ひだまり オーガニックな時

阿波の地御所野という集落の谷戸で自然農の畑と田んぼを描きながら山の水薪で生活し 農園ゲストハウスを営んでいます。 

里の生活

2011-10-19 17:57:17 | Weblog

ひだまりに 薪の置き場が完成しました。

廃材で 作りました。

ここは 普通のサイズの薪を置くところ

斧でひたすら割っている薪

ここの上は 細めの木を なたで割った ご飯や料理用の

釜戸で使う 細かい薪

今までは そのつど 細かくしていたんだけど

最近は 焚き火をしながら ぼちぼち なたで割り

ストックしいているんだぁ・・。

下はたきつけようの 材など・・

後は たきつけようの 杉ッ葉や松ぼっくりを置くところを 作りたいんだよね~

とにかく薪が かなり生活の重要なポイントで、これから来る 冬に向けて

整えていこう。

細い木を おくどさんように なたでこまかくする。

最初は適当に 割っていたんだけど

最近は 四面になるように割っている

何かしながら こつこつ割る

 

四面にすることで 乾燥も速く たきつけの 火がつくのも

断然早い 小さな事のようで 日々の中から学ぶこと

以外に重要だと 最近重要だと感じます。

ここいら変も 以前は 山に皆入り間伐して薪を作り 各家で炭焼きもおこなわれ

山の手入れが行き届いていたようです。

今では中々山に入らなくなり 山が大きくなりすぎていると

おじいさんが言っていました。

ぱっと見は広葉樹の綺麗な里山なんだけど

山には萱場があり 萱を刈り家の屋根裏で三年分ため

集落 共同で各家の屋根を葺き替えていたそうです。

今では萱も減り 職人も減少し 僕の家もそうなんだけど

萱の上に トタンを乗っけて 劣化を防ぎ

しのぐ形になっています。

萱は農にも深く関わっていて

畑にはみな 萱倉といい 萱を刈り 木に巻きつけ積み上げて乾燥し

畑で保管して 季節になると刻んで畑にしく

忌部式有機農法が営まれていた

2000年も前から続けられてきた 日本の農のルーツ・・。

徳島の高地集落では 今もこの農法が見られる

建築に置いても 家の基礎の石から 梁 土間 屋根の萱まで

全ての建材が家から見える範囲の材で建てられていたそうで

今の我が家もそうです。

里の生活と山 農全てが循環してはじめて

僕ら人の里が成り立っていたのだと その重みに

自分の深くがずっしりと・・。

今 自分がこの里で生きていくうえで 自分に表現できることはなんだろう。

もちろん 昔からの先人の知恵を少しずつ学びながら

自然に添った生活を営んでいくわけなんだけど、目の前の山を元の姿に戻すということの

あまりのボリューム・・。

あまりに全てのいのちが廻り 営まれていることの難しさ

僕自身 日本古来から 続いてきた 里の生活 文化には

ただ 敬意を感じ 美しいと思う。

ただ ここで生活する上で 自分の表現できること、都会で生まれた自分・・。

現代社会をいやと言うほどくらい そこに身をおいてきた自分だからこそ

また 違った角度から アプローチできる気がする。

もちろん 少しでの先人たちの生活を学び リスペクトした上で

高齢化し 過疎になりつつある 日本の美しい里とどう向き合っていくか

音をとうし 祭りなどイベントをオーガナイズして盛り上げようという動きがだいぶ見えてきている

もちろん それも素晴らしい アートをとうして 大切な事を融合させていく

ただ 一部の感覚だけが 凝縮し 地元と離れた雰囲気が見られるのも一つ

集まる人の色も似ている。

野の原も 森も 個が光り多様の命の

結びからなりたっている。

何をはじめても やはり 問題はおきる だからこそ

とらわれない 多様性 柔らかさが大切になってくると思う

農をベースとした上でどう生きるか 日々感じて生きたい。

里に生きる 生きてきた 先人達に心からのリスペクトを

憶念しながら。

明日 四ヶ月ぶりに 四国を出て神奈川へ戻ります

自分の感覚がどう感じるかが楽しみだ。