引き続き、NHKスペシャル『アジア巨大遺跡』第2集「ミャンマー・バガン遺跡」を観た。
アンコールワットとほぼ同時期に作られていったらしいが、ここでは今も仏教が生き続けている。
もともといろいろな宗教があったらしい(密教とおぼしき怪しい宗派が主流だったという)が、11世紀半ば、バガン王国の初代王・アノータヤーが上座部仏教(NHKは小乗仏教とはいわなかった)を取り入れ、国教とした。パガンでは、納められた税をもとにパゴダ(仏塔)が建設され、その建設に携わった民に賃金が支払われ、民はそれをもとにコミュニティのためのパゴダを勧請していった。遺跡群には3000を越えるパゴダや寺院があるというが、権力者が建立した巨大なのものは数えるほどで、ほとんどが一般民衆が作ったものだそうだ。なぜそれがわかるかというと、それぞれ碑文が残されており、きちんと記録されていたからである。
パゴダはインドでは仏塔(ストゥーパ)であるが、日本では五重塔、卒塔婆へと変化している。たしか、鎌倉時代の絵伝(「玄奘三蔵絵」)では、木の柱(卒塔婆)を拝んでいる玄奘が描かれている。しかし、それは描いた人の勘違い。ホントは、煉瓦で築かれた仏塔を拝んでいたのである。
パゴダの形にも意味があって、土台は下界、回廊は人間界、膨らんだ塔の上部は天界、尖った最上部が涅槃を現している。なぜパゴダを拝んで祈るのか、それは、今の自分がどこにいるのかを確認するためなのだ。それが、日本だと墓石の隣に刺された木の板になってしまい、オバケ屋敷にはつきものの飾り付けにしか見えないが(一反木綿が出てきそう)。
さて、バガン王朝がなくなった現在でも、民衆の信仰は生きている。来世に今よりもよいところに生まれるためである。富める者も貧しき者も、そのために「功徳」を積む。バガンでは「功徳主義」が千年以上も貫かれているのだ。寺院に1000万円の寄付をするのが当然という実業家の社長。我が子や恵まれない親類の子のために100万円の貯金をして得度式を受けさせる土産物屋の夫婦。そのお父さんは「迷いのない涅槃に近づけたのだから、お金は全然惜しくありません」と、子供の得度のあと自らも得度した。
「私の功徳が5000年続きますように」碑文に書かれた願文がナレーションされたとき、涙があふれて止まらなかった。