妄念の凡夫

日々是称名

動的平衡でなくなること

2010-02-27 01:14:37 | 日記・エッセイ・コラム
Photo 25日の午前、夏目漱石が通ったという錦華小学校(現・千代田区立お茶の水小学校)そばの植え込みで発見。無常を感じたというより、暖かい日差しの中でグロテスクな物を見てギョッとした、というのが正直なところ。


寒山拾得

2010-02-23 23:37:08 | うんちく・小ネタ
 私たちは、月(真実)を見なければならない。その月を指さす人の風貌、態度、指の形、爪の長さなどをいくら観察していても、指し示された月を見たことにはならない。

 唐の時代、役人の閭丘胤は、自分の頭痛を治してくれた旅の僧・豊干(ぶかん)から、「自分がかつていた寺には、拾得と寒山という、2人のえらい人物がいる」と紹介される。一方は普賢の化身、もう一方は文殊の化身だという。
 強い関心を抱いた閭丘胤は、ぜひお会いしたいとばかり、その寺へ行くのだが……。そこにいたのは、ほんまにエライ人だった。

 キツネにつままれたような短い話なのだが、この伝承を小説にした森鴎外は、以下のような解釈を残している。

 全体世の中の人の、道とか宗教とかいうものに対する態度に三通りある。自分の職業に気を取られて、ただ営々役々と年月を送っている人は、道というものを顧みない。これは読書人でも同じことである。もちろん書を読んで深く考えたら、道に到達せずにはいられまい。しかしそうまで考えないでも、日々の務めだけは弁じて行かれよう。これは全く無頓着な人である。

 つぎに着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事をなげうつこともあれば、日々の務めは怠らずに、たえず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じことである。こういう人が深くはいり込むと日々の務めがすなわち道そのものになってしまう。つづめて言えばこれは皆道を求める人である。

 この無頓着な人と、道を求める人との中間に、道というものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だというわけでもなく、さればと言ってみずから進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念め、別に道に親密な人がいるように思って、それを尊敬する人がある。尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮して言ってみると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そこに盲目の尊敬が生ずる。盲目の尊敬では、たまたまそれをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬのである。


↓「寒山拾得」森鴎外(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/1071_17107.html


「はぐれメタル」とは何か?

2010-02-23 22:58:29 | うんちく・小ネタ
Figipn1010_2『ドラゴンクエスト』シリーズに登場するモンスター。メルトスライム属。
 はぐれメタルという名の由来は「群れからはぐれたメタルスライム」ということか。
 回避率・守備力が高いうえに逃げ足が速いので、倒すことは困難を極める。
 攻撃しておいてすぐ逃げることから、「当て逃げ野郎」とも言われる(「メタルスライムはにげだした」タタタタ……擬音つき)。

http://www.youtube.com/watch?v=ZmimlYkrW4c

 倒して得られる経験値は倒すことで得られる経験値は高く、メタルスライムの約10倍!
 戦いのあとで「なんと はぐれメタルがおきあがり なかまになりたそうに こちらをみている! なかまにしてあげますか」という展開になることがあり、けっこうカワイイところもある人気キャラクター。


Lean On Me(訳すと「私を恃め」?)

2010-02-21 22:25:46 | 日記・エッセイ・コラム
ゴスペルがルーツですが、いい歌です。


Lean On Me         Bill Withers


Sometimes in our lives we all have pain
We all have sorrow
But if we are wise
We know that there's always tomorrow

生きていると、痛みや悲しみはつきものだ。
でも、われわれに智恵があれば、いつでも明日はあるってことを知っている。

Lean on me, when you're not strong
And I'll be your friend
I'll help you carry on
For it won't be long
'Til I'm gonna need
Somebody to lean on

あなたが強くないと思っているとき、私に寄りかかってきて欲しい。
あなたの友となって、あなたが生きていくのを助けたい。
すぐそこにいるから、私を頼ってきてほしいんだ。

Please swallow your pride
If I have things you need to borrow
For no one can fill those of your needs
That you won’t let show

あなたが私に借りたいものがあるとき、どうかプライドは飲み込んで欲しい.
あなたが露わにしてくれないのなら、誰もあなたの求めを満たすことはできないのだから。

you just call on me brother, when you need a hand
We all need somebody to lean on
I just might have a problem that you’ll understand
We all need somebody to lean on

手が必要なときは、ブラザー、ただ私の名を呼んで欲しい。
誰だって頼れる誰かが必要なんだ。
私にだって問題があるかもしれん。
(でも)誰だって頼れる誰かが必要なんだ。

Lean on me, when you're not strong
And I'll be your friend
I'll help you carry on
For ,it won't be long
'Til I'm gonna need
Somebody to lean on

YA just call on me brother, when you need a hand
We all need somebody to lean on
I just might have a problem that you’ll understand
We all need somebody to lean on

If there is a load you have to bear
That you can't carry
I'm right up the road
I'll share your load
If you just call me

運ぶのが辛い重荷があるなら、
私に委せてくれ。
重荷を分かち合おう。
ただ、私の名を呼んで欲しい。

call me (if you need a friend)
call me (call me)
call me (if you need a friend)
call me (if you ever need a friend)
call me (call me)
call me (call me)
call me (call me)
call me (call me)
call me (if you need A friend)
call me (call me)
call me (call me)
call me (call me)
call me (call me)
call me (call me)


http://www.youtube.com/watch?v=HaVXfHZv50Y


つぶての川

2010-02-18 20:15:07 | 仏教
Img_0030 後楽園にある区民センターでの集会に行く途中、信号待ちでパッと目に入った文字。「礫川浮世絵館」と書いてある。近寄ってみるとルビが振ってある。へー、これで「こいしかわ」と読むんだ。この辺はもともと「小石川」と呼ばれている(「大岡越前」で有名な養生所があったところ。榊原伊織というお医者さんを竹脇無我さんが演じていた)。
 「礫」の字は、つぶて。かりもん先生がこないだ法座でお話しされていた「本当の私の姿」ですね。
「能令瓦礫変成金」といふは、「能」はよくといふ、「令」はせしむといふ、「瓦」はかはらといふ、「礫」はつぶてといふ。「変成金」は、「変成」はかへなすといふ、「金」はこがねといふ。かはら・つぶてをこがねにかへなさしめんがごとしとたとへたまへるなり。れふし(漁師)・あき人(商人)、さまざまのものは、みな、いし・かはら・つぶてのごとくなるわれらなり。如来の御ちかひをふたごころなく信楽すれば、摂取のひかりのなかにをさめとられまゐらせて、かならず大涅槃のさとりをひらかしめたまふは、すなはちれふし、あき人などは、いし・かはら・つぶてなんどを、よくこがねとなさしめんがごとしとたとへたまへるなり。(『唯信鈔文意』)

 辞書(デジタル大辞泉)で「礫瓦」を引くと、
たびし‐かわら〔‐かはら〕【×礫×瓦】
《「たびし」は「たびいし」の音変化で小石の意》取るに足りない者。下賤の者。

 なるほど、たびしかはらのごとくなる私なのだ。
 閑話休題(早くないか……)。
 帰りの池袋駅の新聞スタンドで、藤田まことさん訃報の見出し。
 「アニキ、覚悟はよいか?」と、私に対して佛からのご催促である。
 南無阿弥陀仏
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