妄念の凡夫

日々是称名

現生正定聚について(信楽論文を読む 14)

2011-09-23 23:24:49 | インポート
 かくの如く宗祖にあっては、この信の一念は迷と悟との分極として、ここにおいて如来の救済を受け浄土の証を得る分位におさめられながらも、しかもまだ自己が宿す無明煩悩によって、その浄土の証とはどこまでも遮断隔絶されていることを自覚せしめられたのであり、涅槃佛果の顕現はあくまでも未来でしかなかったのである。このように既に浄土の証を得る分位におさめられながらも尚無明煩悩に纏わられていると言う信の一念の構造のところにこそ、宗祖がその得益論において正定聚と滅度とを分立し、それを現当二世に分属して、浄土の証果は悉く捨命以後の来世においてのみ獲得されうるものと領解した根本的且つ必然的な理由があると窺われるのである。







 信の一念の二種深信(地獄一定・浄土一定)によって、後世において浄土へおさめとられることが知らされても(正定聚)、同時に、現実の自己は浄土とはどこまでも遮断・隔絶された煩悩具足の凡夫である。したがって、大般涅槃(ニルバーナ、滅度)の仏果は、現世ではなく当来世において得る利益であると親鸞聖人は領解されたのである。






 即ち宗祖はこの信の一念において、無明煩悩に覆われながらも既に浄土の業因を成弁せしめられ、往生成佛を得証することに決定せしめられているところを指して、正定聚と言い不退転と呼んだのである。だからこの正定聚と言い不退転と言うも、それは直ちに具体的生活面に顕われる機相について言うのではなくて、本質的には如来の本願を信愛するものに必然的に付与される宗教的な価値を意味するものに外ならないのである。宗祖がこの正定聚を明かすについて時にそれを往生と説くことがあっても、それはあくまでも往生を得ることに決定せしめられたことを表わすものであり、またそれについて等正覚、便同弥勒、諸佛等同などと言うことも、全てこの信の一念において得るところの入信の巨益について嘆じたものであって、この現生正定聚が信心の具徳の所談であり、密益であると言われる所以である。







 「即得往生住不退転」というときの往生は、あくまでも浄土へでの往生を当来世において得ることが決定させられたことを述べたものである。現世では、不退転に住すのである。それは、念仏者の表面的生活態度などに現れるようなものではなく、念仏者自身の信仰において必然的に付与される価値(利益)なのである(【密益】行者の表面に明らかにあらわれない利益。信心の徳)。しかもその価値は、正覚とひとしく、すなわち弥勒菩薩と同じで、諸仏ひとしく同じなどという巨大な価値なのだと、親鸞聖人は感嘆されたのだ。
 ここで、気になる表現がある。「まだ自己が宿す無明煩悩」とか「尚無明煩悩に纏わられている」とか「無明煩悩に覆われながらも」とか、信楽先生は無明煩悩を一括りにしておられる。煩悩は死ぬまでなくならないので信後も続くのだが、無明までくっついてくるいるのはなぜだろう? 信の一念で無明の闇は破られるはずだ。闇は光でなくなるけれども、無明であり煩悩ばかりの自分の正体は変わらない、という解釈なのだろうか。




自分が入る穴

2011-06-19 01:31:25 | インポート
菅首相は18日午後、千葉県を訪れ、東日本大震災での液状化による被害の状況を視察した。
見物人から「さっさと辞めろ!」、「ペテン師はさっさと辞めろ!」など、早期退陣を求める声が上がる中、菅首相は習志野市で、液状化によって下水管が破損したため汚水が流れている川を視察した。……(FNNのニュースサイトから)


 私もこのニュースを見たが、嫌~な気分になった。
 日本人はいつからこんなに劣化したんだろう。
 反面、自由が進みすぎたんだなー、進みすぎて自分勝手主義の国になったんだなー、とも思う。

 主義主張が違っても、言論にはマナーをわきまえるべきだ。といっても、この映像を流している時点で、産経系テレビ局の意図が透けて見える(自民党時代だと決して流さなかっはずだ)。
 権力絶頂のころの中曽根や小泉などに対しても、同様の態度を示した人間はいただろうが、すぐさまSPが取り押さえて羽交い締めにしていただろう。

 罵倒したバカに対する見解を述べても詮なきことだが、民主的な手続きを経て就任したリーダーに対して、礼節を欠きすぎだろう。

 別に私は菅総理びいきではない。むしろ昨年の代表選のときから「この人じゃあダメだろう」と思っていた人間の一人である。しかし、現在のルールで、何の不正もなく選ばれたのだから、反対の意思表示は選挙で示すのがスジだ。

 マスコミにあおられて、総理大臣さえ辞めたら、罵倒したバカの現状の不満が解決するのか? まあ、ちょっとは溜飲を下げるかもね。でも、あんたのつまらない人生そのものはなんも変わらないさ。まあ、自分が支持する勢力が息を吹き返せばちょっとはうれしいのかもね。だけどね、自分自身の生活はあいかわらず、何も変わらないよ。

〝人を呪わば穴2つ〟

 私も気に入らない相手には口汚く罵るが、穴に入る覚悟は出来ている。


「具体的にがんばろう、日本」に感じた違和感

2011-05-11 01:03:26 | インポート
 論壇ブログサイト・BLOGOSの中吊り広告で目にしたスローガン。
 えっ、どういうこと? 具体的にがんばるって?

「デジタル大辞林」によると、

 ぐたい-てき 【具体的】
 (形動)
 〔concrete〕
 (1)実際に形や内容を備え、はっきり知ることができるさま。
 「―な形を示す」「―な案を作る」
 (2)一般的なものや観念的なものではなく、個々の事実によっているさま。
 「―に例をあげる」

 反対語は、「抽象的」である。

 ちゅうしょう-てき 【抽象的】
 (形動)
 〔abstract〕
 (1)概念的で一般的なさま。
 「現象を―にとらえる」
 (2)事物を観念によって一面的にとらえ、実際の有り様から遠ざかっているさま。
 「―な説明に終始する」

 どうやら、「観念的なかけ声だけに終わらず、形になって目に見えるようにがんばろう」ということとか。
 余計なお世話である。いちいち指図を受けなきゃいかんのか。観念的なかけ声の何が悪いのか。「がんばろう」の呼びかけだけで十分だろう。
 「具体的な結果を出せ」という、現代にはびこる成果主義を、人に押しつけるセンスがいただけない。

 「がんばる」の語源も調べてみた。2つ掲載されていた。

 がんば・る 【眼張る】
 (動ラ四)
 (1)目をつける。
 「さつきに跡の松原で―・つておいた金の蔓/浄瑠璃・神霊矢口渡」
 (2)見張る。よく見る。
 「大道を―・つて、かな釘一本でも落ちて居る物を拾ふ/洒落本・根柄異軒之伝」

 がんば・る 【頑張る】
 (動ラ五[四])
 〔「我(が)に張る」または「眼(がん)張る」の転という。「頑張る」は当て字〕
 (1)あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する。
 「―・って店を持とう」「負けるな、―・れ」
 (2)自分の意見を強く押し通す。我を張る。
 「ただ一人反対意見を述べて―・る」
 (3)ある場所を占めて、動こうとしない。
 「入口には守衛が―・っている」
 [可能] がんばれる

 「我を張る」にしても「眼張る」にしても、ただでさえ〝雑行雑修自力〟の匂いがプンプン漂っている。それに加えて〝具体的に〟というもんだから、ますます心休まらない。

 中国語の「加油」(jiayou)は、相手を励ますときの言葉だそうだ。「具体的に」というんなら、あとに「がんばろう」を続けてはいけない。「具体的に●●します」と自分の意思表示をするのが、正しい言葉の使い方だと思う。


いつまで出がわる?

2011-03-10 22:24:04 | インポート
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門雀なくやいつ迄出代ると 一茶
かどすずめ なくや いつまで でがわると

 「出代わり」はいまの季節の季語だという。年季奉公があけて新参者が御目見得するのが、この時季なのだそうだ。年季を開けた人は田舎に帰って何をしていたのだろう。帰っても温かく迎えてくれていたのだろうか。奉公から帰って自分の在所で根を張り所帯を持ったのだろうか。
 春は門出の季節といっても、新生活に心躍るということは久しく、ない。子供もいないので、家族の門出を祝うこともない。相変わらず愚痴ってばかりの毎日だ。そうこうするうちにあっという間に娑婆から別れ、なんどもなんども迷い道くねくね……なのだろうか。

↓こんな句もあった。ちょっとギョッとする。正岡子規に送った句稿のなかにあるという。どういう意味なのだろうか。

出代りや花と答へて跛なり 漱石
でがわりや はなとこたえて ちんばなり





立往生……NHKですら

2010-10-14 20:36:49 | インポート
 有楽町マリオン近くを歩いていると、道路脇に野次馬たちが群れていた。私もその仲間になろうと近づいてみると、道の対岸に大きなトレーラーが止まっている。
Photo「何かの撮影かしら?」という声も聞こえたが、どうやら事故だ。高さ制限の鉄ゲートをトレーラーが押し倒したらしい。2車線が完全にふさがれている。運転手は会社から大目玉だろう。クビになるかもしれない。
 とりあえず写真に撮っておく。
 帰ってニュースをググってみると、複数のメディアが見出しで「トレーラー立往生」というタイトルを打っていた。
 下の引用は、言葉選びでは厳しいはずのNHK。

銀座 大型トレーラーが立往生

10月14日 17時8分

14日昼すぎ、東京・銀座で、大型トレーラーがJRの線路と交差する地下道の手前に設置された高さ制限を知らせる鉄製のゲートに衝突し、ゲートをなぎ倒して立往生しています。
 14日午後0時45分ごろ、東京・中央区銀座の通称「晴海通り」で、大型トレーラーが、東海道新幹線などの線路と交差する地下道の手前に設置された高さ制限を知らせる鉄製のゲートに衝突しました。大型トレーラーはゲートをなぎ倒して立往生し、この事故の影響で地下道は今も通行できなくなっています。けが人はいませんでした。警視庁によりますと、ゲートは高さ3.5メートル以下の車しか通行できないことを知らせる標識が掲げられていたということで、高さが4.1メートルある大型トレーラーの荷台部分が引っかかったということです。~


 なんだかなあ。トレーラーが往生するのかよ(しかも、立った状態じゃないし)。
 立往生なら、本来おめでたいことじゃないですか。
 その点、日経はエライ。ちゃんと正確に書いている。
高さ制限ゲートにトレーラー衝突


 〝往生=困ったこと〟という大誤用を平気で使うんだ、天下のNHKも。もし抗議したら、「誤用でも定着していて辞書にも載っているからいいんだ」と開き直るんだろうね、たぶん(他力本願も同様)。それこそホントに困ったもんだね。