いつもと同じセリフで始まります。
アスベストの被害について、知ってもらいたいから・・・
同じ立場で不安を抱えている方の参考になれば・・・
そう考えています。
私も、毎日のようにネットの中を彷徨っていました。
不安で不安で仕方なかったから・・・
これは、叔父の闘病の記録です。
悪性胸膜中皮腫 その1
悪性胸膜中皮腫 その2
悪性胸膜中皮腫 その3
に続きます。
胸膜癒着術後、看護師から今後の治療の方向について聞かれる。
叔父の場合は、手術の適応はなく抗がん剤治療が第一選択となる。
抗がん剤が効くかどうかもわからない。
数か月命を長らえると考えるのが正しいみたい。
叔父にとって、抗がん剤治療を選ぶか、緩和治療を選ぶか・・・
障害のある叔父には選択できないから、家族の決断になるわけです。
82歳の父には、物事を理解するのにちょっと時間が掛かるので、少しずつ先回りをして話し合っています。
二人で話した結論は、緩和治療です。
≪2015年 12月15日≫
今後の治療について、医師から話がある。
化学療法を望まないと話したが、もにょもにょとはっきり言わない。
傷が治るまでの間に化学療法をしようと、強く推される。
医師に「叔父は耐えられますか?」と聞くと、「大丈夫」との返事に抗がん剤治療を行うことにする。
カルボプラチン400mgとアムリタ700mgを点滴投与
この後感じたのは、先生の大丈夫は体力的なものでした。
私の聞きたかったのは、精神的なものだったのです。
この辺りから、ちぐはぐとした感じがはっきりしてきたのです。
抗がん剤を投与して2日ほどしてから、叔父の様子が変わり始めました。
食欲不振です。
吐き気止めは点滴で投与されているようですが、本能のままに生きている叔父には不快でしかない。
食べたくないから食べない。
この状況の原因が、点滴にあるのではないかと疑い、点滴を外したり抵抗するようになる。
叔父にとっては、生きるということもわかっていないし、明日もよくわからない。
目的があれば、前向きにがんばれるでしょうが・・・
それがない。
治療の為に抑制せざるを得ない状態になっちゃうのです。
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