夏天故事

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北方『水滸伝』を水滸伝として評価することに対する批判文 6

2013-01-28 20:22:22 | 雑感・その他
山田氏の文章中の一~三の問題点と北方氏が見出した解決点についても、意見はあるもののここでは述べない。しかし山田氏も魯智深をただの「酒乱の乱暴者」としか捉えられていないようだ。「稚気あふれる」とも言及しているが、水滸伝世界(というか、陽明学。水滸伝の成立に多大な影響を及ぼしたのは李卓吾という人物で、彼は陽明学左派の思想家。「童心説」を唱えた。また中国社会もこの考え方の影響を受けている)において、この「稚気あふれる」というのがいかに大切なことか。山田氏も原典の水滸伝をきちんと読んでいるとは言い難いようだ。

山田氏は結びで次のように〆ている。

  この北方「水滸伝」全巻が、しかるべき後、かつての金聖嘆版七十回本が「水滸伝」定本とされたように北方「水滸伝」が定本になる。

これは傲慢以外のなにものでもない。
例えば次のようなことを想像していただきたい。
日本で民衆によって大切に育て上げられてきた物語…なんでも良いがここでは例として桃太郎をあげる。これに目を付けた中国人の人気作家蕭譲(仮名)が「豊穣な近現代小説の歴史を踏まえて」解体改変を加えたとする。それは、こうなる。

  ある日、国境の村の近くの桃の木の下に、首筋に大きなあざのある男の子が打ち捨てられていた。子のない中年夫婦がこの子を拾い、名前は桃の木の下から拾ってきたことから桃太郎と名付けた。二人はこの子を育てて、鬼退治をさせようとしたため、厳しい修行を幼い時から積ませた。十数年後、子は立派に育ち、念願の鬼退治に出かけることになった。桃太郎は屈強な男を100人余り従えて、鬼がいるという地目指して出発をした。
国境を超えしばらく行くと、犬を崇拝する部族がすむ村にたどりついた。桃太郎の村では単に鬼と呼ばれて恐れられていたが、鬼とは「エミシ」のことであるという。犬信仰部族はエミシとの間に、新羅・渤海貿易をめぐって対立があったために桃太郎と利害が一致してエミシ討伐に参加することとなった。
また兵を進めていくと猿を崇拝する部族がすむ村についた。彼らはエミシとヤマトの間で商売をする部族でありエミシ・ヤマト間の戦争を踏み台に有利な立場に立とうという目論見から猿信仰部族も桃太郎についた。桃太郎はこのとき、自分が育った村がヤマトの重要な一地方であることを知り、自身がヤマトの征夷の先鋒であることに誇りを感じた。
さらに兵を進めると雉を信仰する部族の村に出くわした。彼ら自身は、エミシの一員であった。桃太郎はさっそく戦闘の準備を始め、雉信仰部族の村々を略奪していった。ところが雉信仰部族の中に、桃太郎の出生を知るものがいた。それは桃太郎の首筋のあざからわかったことだった。
桃太郎が育った村は、もともとエミシの村だった。ある日、ヤマトの軍勢が押し寄せて村を散々に打ち壊し、略奪して奪い取ってしまった。丁度それは、桃太郎が雉部族との戦いでやったようなことだった。桃太郎は逃げ惑う村人のある夫婦の子どもであった。母はこのとき、桃の木の下でヤマトの兵に殺され、父はエミシのクニの奥のほうに逃げて行方不明だという。そしてこの村を襲ったヤマトの大将が、桃太郎を育てた中年夫婦だった。
桃太郎を見知った人は、桃太郎の母が殺されるとき、近くにいたが運よくヤマトに見つからず逃げのびた。のち、危険を冒して桃太郎の村の近くの桃の木のそばに小さな墓を建てた。桃太郎ははじめその話を信じなかったが、彼の言うことがいちいち桃太郎の記憶と符合し、また、桃の木の下で見つけた、育ての夫婦には内緒にしてもっておいた物とこの人物が持っていた物が符合したことで、桃太郎もエミシの…鬼の一員であることが、はっきりした。
悩みの中で、雉信仰部族の長の勧めと案内で、桃太郎、犬部族の長、猿部族の長はエミシ全体を束ねる長のところに行くことになる。
エミシの長はヤマトの人間はヤマト以外の人間をエミシと呼び、桃太郎もその出生が知られればエミシと蔑視を受けるだろうこと、犬部族にしても猿部族にしてもヤマトからみればエミシにほかならず、エミシがまとまらなければいつかはヤマトに滅ぼされるだろうことを説いた。
桃太郎は悩みの末にエミシとして生きることを選び、ヤマトと戦うことで父を探そうと決意し、犬、猿両部族も桃太郎とともに、戦うことを選んだ。桃太郎は雉部族の村に戻り雉部族との和解をし、故郷から連れてきた100余人で、エミシに降伏しないものを殺して未練を断ち切ったのち、自分の故郷に兵を向けるのだった。

この内容の小説が中国で人気がでて、出版社から紹介文が出たとする。
そしてその紹介文に「日本版『桃太郎』にかわり、蕭譲版『桃太郎』が桃太郎として地位を確固のものにするだろう」なんて書いてあったらどうだろう。
今の日本社会の雰囲気からして、「中国、今度は桃太郎をパクる」なんて反応が出るだろうことは想像に難くない。

(続く)


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2 コメント

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Unknown (mumyo)
2013-02-03 17:32:53
北方氏の歴史小説を読んでずっと喉に引っかかっていたことがあったのですが、こちらの一連の文章を読ませて頂きやっと腑に落ちた気がしました。
エンターテイメントとしての面白さを否定するつもりはなかったのですが、原典にあった需要な要素が抜け落ちていると感じていました。
それが永い年月の中で語り継がれた中国民衆の思いが物語化され凝縮されたものなのだと思います。

北方氏の歴史小説は非常に優秀な二次創作にすぎないんだろうなというのが私の結論です。
そう考えると方々で人気があるのも何故かうなずける気がしました。
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Unknown (はぬる)
2013-02-04 20:44:36
mumyoさん、コメントありがとうございます。
>北方氏の歴史小説は非常に優秀な二次創作にすぎないんだろうなというのが私の結論です。

私も同感です。
二次創作であるならそれなりの対処の仕方があるはずなのですがねぇ…
それをしていないことに「?」がついてしまうわけです。
そして私は日本ではこの「?」付きの方に評価が高いということに問題意識を持っているのですが、このあたり続き(多分最終回)であげたいと思いますので、拙い文章ですがもう少しお付き合いください。
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