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西東京市・北海道富良野の森林を舞台にした遺伝,育種,生態などに関する研究ノートの一部を紹介します

エーメンタールの択伐システム

2008-05-14 | フィールドから
・Oさん,フィンランドのHekkiと朝食で合流。列車でBirmensdorf駅まで移動した後,スイス連邦研究所(森林・雪・環境)のZingg氏の案内で著名なエーメンタール(Emmental)の択伐林を見る。択伐の定義でしばらく話題が持ちきりなるが,ここではドイツ語が起源である“Plenter"という用語をしきりに強調していた。同行したフィンランドのHekkiはUn-even aged standsという用語を用いており,これらの用語の定義の裏には実は色んな思いが凝縮されている。ちなみに、Zingg氏は色んな言葉を話せるらしく,最初の一言が「今日はドイツ語にする?英語にする?」であった。英語は苦手といいつつ,よどみなく流暢に次から次へと説明してくれる。当方のリスニング能力では,ついていけなくなることもしばしばだったが,こうした会話のシャワーに身を慣らすことがまずは大切である。この点、二人は何の問題もなく英語を操っており、ため息ものである。



・まず,印象的だったのは,スイスのランドスケープを紹介しながら,Zingg氏がPlenterは森林だけでなく,牧草地も含めたランドスケープ全体の持続的な経営保全を意味すること,また,このシステムが農家にとって代替のない実にシンプルなシステムだと言っていたことである。つまり,Plenterシステムは自然の法則に則っており,たとえば,森林を皆伐してしまうと土壌が流出したりして,ランドスケープそのものが維持できなくなるという問題があるらしい。Hekkiによればフィンランドでも択伐による異齢林は決してメジャーではなく,あくまで皆伐一斉更新がメジャーだそうで,この辺はスイスならではの流儀とでもいうべきものだろうか。後で聞いたところによると,農家には様々な法律(一定範囲以上の皆伐はできない)などがかなり細かく指定されているらしい。そうした背景も実際には効いているのであろう。



車でドライブしながらアルプスの田舎の風景を堪能。まさにハイジが暮らしていそうな感じである。桜,ライラック,タンポポ,アブラナなど花盛りで,こちらのテンションも上らないわけにはいかない。クライマー憧れのアイガーやユングラウフも見ることができ,つかの間の観光客気分を味う。





・ところで、この周辺の樹種構成であるが,沢沿いでは普通にタモの仲間Fraxinus excelsior(ヨーロッパトネリコ)を見ることができる。少し山地に行くと,ヨーロッパトウヒ,Abies alba(Silver fir),ヨーロッパブナが卓越する。思った以上にヨーロッパトウヒが多いと思ったら,結構の部分は植林によるものであった。しかし,そうした場所でも徐々に択伐が行われるところが増えているようだ。また,カンバ類は少なかったものの,ナラやカエデ類も普通にあり,北海道と実によく似た景観をしている。

・Emmentalのリサーチプロットでは1900年初頭から2000年までのデータが事細かに記載されている。択伐の対象樹種は前述した,ヨーロッパトウヒ,Abies alba(Silver fir),ヨーロッパブナの3種である。これは全て耐陰性が高く,それこそが択伐施業をする上での重要なポイントだという。ただし,ヨーロッパブナはどちらかといえば,ほっとくと多くなってしまう樹種という言い方をしていたのが面白かった。ちょうど,Iくんのイヌブナの更新がいかに大変かということを見ていただけに,何もストレスを受ける様子もなく更新しているヨーロッパブナには恐れ入りました,という感じであった。また,興味深かったのは,モミとトウヒではモミの方が若干耐陰性が高く,しかも,それは氷河期以降の歴史を反映している(AtlanticかContinentalか)という指摘であった。

Emmentalのリサーチプロットの林床は,ササがなく(無論!),コケに覆われており,確かにトウヒが地表から更新している。こうしたことは話には聞いていたが,やはりこの目で見るというのは大事なことだ。





・Abies albaの更新も同様に起こっているのだが,実生サイズの更新と稚樹・幼樹クラスの分布は同じではないようである。とにかく進界前の前生稚樹が豊富であることは間違いないのだが,その分布は決して一様ではなく,必ずしもギャップに対応しているわけでも,地形に対応しているわけでもないのが意外だった。結局,どうしたら,稚樹や幼樹クラスがわっと一斉に更新するのかはつかめなかった。しかし,Emmentalの森林の大部分では,これら3種の更新はほとんど問題にならないほど順調であり,伐採によって光環境をコントロールするだけで,持続性をコントロールできるということは納得できた。



・リサーチプロットでは,生データに近い値だけでなく,モデルによる解析結果も示されている。データを見てみると,サイズ構造の時系列的変化(100年!)を見ても,想像以上に安定している。このサイズ構造の時系列データの示し方はすごく参考になった。北畠ら(2003)ではわずか30年で半分のプロットではトドマツのサイズ構造が崩れてきていたのだが,Emmentalでは思った以上に安定している。まさしくこれが持続性を保証する論拠にもなっているわけで,もっとサイズ構造の保続性に注意を払う必要があると感じた。

・Zingg氏によると,大事なのは対象樹種が全て耐陰性があるということであった。つまり,陽樹ではこのような択伐施業を保続させることは難しいというのである。これを北海道に置き換えてみると,ヨーロッパトウヒはエゾマツ,Abies albaはトドマツということになり,これらは耐陰性という点からすればクリアーしていると思われるが,やはり更新の難易が全く異なる点がポイントであろう。そして,エーメンタールでは、想像以上にヨーロッパトウヒの蓄積が多く,また,後継樹のストック量がとにもかくにも多かったのが印象に残った。また,この付近は地位が高いのか、全体に樹高が高いのがすごい!と素直に感じた。最大では50mを超える樹高であり,こうしたポテンシャルがこのシステムを支えている一因であるともいえるのだろう。





・もう一つ気になったのは、ヨーロッパブナの存在である。これに対応する樹種を北海道で考えても意外と見当たらない。ミズナラもかなり性格が違いそうだし,カンバは論外,シナノキはある程度当てはまりそうだが,当方からすれば、かなり性格上のイメージが異なる。そもそも,北海道の混交林は耐陰性という点で見れば(といいつつ,耐陰性をどう定義するのか,評価するのかというのはまた別の問題があるのだけれど・・・),実は耐陰性が低い樹種もその構成員として重要な役割を果たしているようにも思える。とすれば、Zingg氏の意見が正しければ,そもそも安定した択伐を続けられる樹種構成になっている場所、とそうでない場所があり,それを峻別する必要があるのかもしれないという印象ももった。



・色々と示唆に富んだ体験をしているはずで、考えるべきことはたくさんありそうなのだけれど,思考の整理が全く追いついていない。とりあえず、印象が鮮烈なうちに書き記した(書き散らかした?)という感じで、せっかく読んでいただいた皆さんには分かりにくかったりするかもしれません・・・(すみません)。ただ,自然の理を模倣するのが天然林施業の理であるとすれば,現在の様々なトライアルが本当に模倣となっているのかどうか,もう一度,原点に立ち返って考えなければならないという思いが強くなった旅であった。気が付くと97枚もの写真を撮影していた。明日はまたもや有名なクベェの照査法試験林、想いは尽きない・・・。