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長編小説「愛は時を越えて」第二章・第三章・第四章

2006-05-21 21:48:04 | 小説
第二章 ギャレーの仲間たち


ギャレーに七人のキャビン・アテンダントは集まって、亜理紗はてきぱきと指示した。
「いいこと、キャビンアテンダントって看護師とか保安員とか、またある時には主婦とかやさしい恋人とかその場の判断で臨機応変に果たさなければならないの」
今回は新人二人のトレーニングもしなければならずやさしく説明した。

「それ国内線のときに聞きました」
葉月が冷たい反応を見せる。
「このことはむづかしいのよね、つまりお客様の要望って世界各国によって習慣、生活が多種多様だし」
「あたしたち国際線の時にも聞きました」
いずみも同じような態度なのだ。

「香織と優子はお客様のチェックをして呉れる?特に酔っ払ってる方とか具合の悪い方がいないか注意してね」
二人は微笑んで指で〇を作りオーケーと答えた。
「それと不審な動きをする人がいるかも注意して。気をつけて、それとなく見張って」
香織が、
「任せて先輩、あたしたち例えゴキブリ1匹でも逃がしはしません。」
ギャレーに居た皆が笑いに包まれる。
「ゴキブリは、機内にはいないけど、その心構えでやって」

亜理紗は二人を送り出した。彼女は、免税品のカートを目の前にして、
「伊藤さん、後藤さん。今日はどちらも満席なの、それで・・・」
亜理紗は全部説明するのでなく仕事がわかってもらうようにいつも質問して新人の意識を高めるようにしていた。いずみが口を開いた。
「それでお客様のお買い物の際に、ドルだけでなく、ソビエトだとルーブル、ドイツだとマルク、中国だと元とか・・」
葉月がすかさず
「貨幣のレートに気をつけろといってるみたいな」
「ピンポン」
亜理紗の声で二人は笑った。

自分に比べて十五期生と言ったことを思い出して、急に歳をとったと思った。何やってんの、ここでひるむなんて
「言って置きますが、お金の換算にはくれぐれも気をつけてね。大変でしょうが」
ここは先輩らしさを見せなければと思った。
葉月が
「あのお、亜理紗先輩、私たち、キャビンアテンダントになってまだ直ぐだし、どうしてですか?、私たちにそんな難しいことを」
いずみも
「あたしもそう思います。なぜですか、貨幣レートの換算の・・・・もし間違えたら先輩責任取ってくれますか?」
(出た、やっぱり、どうしてですか、なぜですかが)

亜理紗は、
「あのねえ、言って置きますが、どんなことでも最初は難しいと思うの・・そんな・そんなこと言ってたらいつまでも仕事っておぼえられないわ」
いずみが
「わ、わかりました。先輩が責任持つならやってみます」
と、この場はもう逃れることができないと思ったようだ。亜理紗は新人の教育は厳しく叱るときには徹底的に叱ったが反面、和やかな親しみの雰囲気を醸し出すことは誰よりも優れていた。この二人問題意識があるようだし任せようと思った。機内では、キャビンアテンダントたちがいつも客席を廻って乗客の細かな要望に対処していた。

裕彦は、側を通りかかったキャビンアテンダントに
「あの、ニューヨークタイムスありますか」
「お客様今直ぐお持ちしますので」
今度の出張はニューヨークなのでなによりも現地の情報を知っておきたいと思った。英語は際立ってできるほどではなかったが、父が熱心に学生時代教えてくれたので何とか新聞を読んで大筋を理解できるのだった。現地での会話も頑張ってやってきたのだった。

「お客さまおしぼりでございます」
キャビンアテンダントが熱いお絞りを一人ひとりに配って廻る。
亜理紗は皆に仕事を与えた後、ギャレーで 一息ついていた。乗客の様子を巡回していた香織と優子がギャレーに帰ってきた。香織が
「亜理紗助けて」
「はっ、助けてってなに」
「お客様20Dのお子さんが機嫌が悪くて泣いていてお母さんがなだめてるんですが困っておられるようなので」
「それで私がその子を泣き止ませるって言うわけ」

香織は、困った顔をして、
「私たち、お子さんなだめたのですが泣きやまず、亜理紗先輩なら不可能なことはありません」
「香織が私を信頼してくれるのはうれしいわ、だけど無理なことも」
「いいえ、先輩はこれまでもお客様の難問を解決されてきましたし」
「わかった、じゃ行って来る」
亜理紗は、部下や上司に頼まれると決していやとはいえなかった。隅の引き出しから折り紙を取り出してギャレーを出て行った。

20の通路側の母親が
「何を言ってもこの子が言うこと聞かなくていやがったりして困ってるんです」
「わかりました、お子様のお名前は」
「隆夫といいます」
「隆夫ちゃん、あのね、お姉ちゃんがこの折り紙でなにか作ってあげましょう」
嫌がってる隆夫が亜理紗の優しい顔を見て、急ににこにこして
「お姉ちゃん、じゃキリンさん折ってくれる、象さんでもいいよ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん両方ともわからないの、その代わり隆夫ちゃんに鶴を折ってあげるね」
亜理紗は隆夫の顔を見つめながら鶴を折り始めながら、はっとした。

「ありちゃん、僕、折れないよ」
「ひろちゃん、折ってあげるね、ええとこうして」
ふと、自分が幼稚園だったとき、裕彦に鶴を折っている姿が目に浮かんだ。鶴を折り終えると、亜理紗は、
「隆夫ちゃん、ほら、鶴さんが折れたでしょう」
「お姉ちゃん、どうもありがとう」
母親も軽く頭を下げた。
「本当にこの子のために、すみません」
亜理紗はこの時まさか、その裕彦と三十分後に運命の再会をするとは考えてもいなかった。


第三章  運命の出会い

離陸して二時間、すでに808便は太平洋上にあった。キャビンアテンダント山下はるかが聞いた。
「お客様お飲み物はいかがですか」
六人のキャビンアテンダントは休みなく乗客の機内サービスを行っていた。
「これからまだ十時間の旅か」

裕彦は、カップのコーヒーを飲み終えた時、
「コーヒーよろしいですか、お代わりしましょうか」
まだういういしい感じのはるかが話しかける。
「結構です」
裕彦は答えた。

「次のお客様にお飲み物を聞いてね」
新人に付き添ってる背の高いベテランキャビンアテンダントがいう。新人の機内の実習なのかなあ、裕彦は何気なく彼女の顔を見ると、胸のネームプレートには、FAL TAKANASI 高梨と記されている。
「あっ、似てる、亜理紗さんに」
 
裕彦は、驚きの声をあげようとしてあわてて口を抑えた。
「まさか、あの幼稚園の幼馴染で二十年間消息不明の亜理紗さんじゃないよ」
心の中でそう思う。その瞬間さっき配られた手に持っていたお絞りを床に落としてしまった。
彼女は同じように二十年間も頭の隅から離れない裕彦がこの国際線に乗ってるとは考えていなかった。裕彦に軽く会釈して次の座席でドリンクサービスをしてやがて裕彦の視界から消えた。

「まさか、戦争で行方不明の彼女が乗ってるはずはないよ」
無理に考えを打ち消そうとした。
「だめだ、記憶から消えない、抹消しようとしても、だめ」
あたりの乗客に聞こえない小さな声でつぶやく。
「よおし、今度のレポートでも見ておくか」
そう思って頭上の収納棚を空けてアタッシュケースを取り出して書類を取り出す。北米販売網確立に伴う予備調査、大きな活字が目に飛び込んできたが、さっきの高梨 亜理紗のことばかりだった。

ありちゃん、僕折り紙できないよう
あたしが折ってあげるから貸してごらんなさい
忘れていた幼稚園での想い出がよみがえってきた。

「書類も頭に入らないし」
機内のエアコンはよく効いて裕彦の周りには冷気が漂っている。足の周りが冷えてきたことに気がついて
「そうだ、亜理紗さんにブランケットを持ってきてもらおう、そして聞いてみよう」
そう考えただけで心臓がぱくぱく鼓動しているのを感じた。裕彦は、ちょうど通りかかったキャビンアテンダントに
「済みません、エアコン効きすぎて、ブランケットを」
「済みません、今お持ちします」
と絵里子がいうのを遮るように、
「あのお、高梨亜理紗さんにお願いしたいのですが」
「お客様、高梨亜理紗ですか?」
「ええ、お願いします、友人なので、僕の名前は錦小路裕彦といいます」
「わかりました、その旨伝えます、少々お待ちくださいませ」

皆にそれぞれ役割分担した後、亜理紗はギャレーで熱いコーヒーをポットに入れてコックピットの平井機長と福島機長、小林機関士に持っていこうと思った。その時だった。絵里子が客席から戻ってきて
「今客席17Cのお客様から空調がきついのでもう一枚ブランケットを持ってきてって。高梨亜理紗さんにお願いしたって」

亜理紗は熱いコーヒーを手にしながら
「私でないとだめなの?」
「ええ、どうしても亜理紗先輩でないとって、もしかしてお客様、先輩のことが好きかも」
「そりゃねえ、絵里子さんならわかるけど、あたしもうアネゴの歳よ」、
「とにかく、高梨さんをと言ってます」
「まさか、もう、で、お客様のお名前は?」
亜理紗はたずねた。絵里子は亜理紗の顔を意味ありげに見つめながら
「錦小路裕彦様とか」
「はあっ」
亜理紗は目を丸くして驚いて瞬間ふらついた。

「どうしたんですか、先輩?」
絵里子は心配し手を持って身体を支えるようにして手を掛ける。
「ありがとう、ううん、何でもないよ」
平静を装ったもののもう心臓の鼓動が音をたてて耳に聞こえるほどだった。まさか、人違いじゃないのか、でも錦小路っていう苗字は全国探してもほとんどなかった。二十年間、頭のどこかにあったあの裕彦さんがこの飛行機に乗っているなんて。信じられないと思った。

亜理紗はブランケットを取り出し
「行ってくる」
ブランケットを手に持って裕彦に届けに行った。客席17C、ここだわ、裕彦は書類に目を通している。亜理紗は身体を少し屈めて声を掛けた。
「お客様、ブランケット、お届けに参りました」
乗客は、
「どうもありがとう。少し空調強くって」
書類を見ていた裕彦は顔をあげ亜理紗をしげしげと眺めた。

「あっ」
亜理紗は小声で驚いた。幼かった頃の面影が顔ににじみ出ていて
「あ・・あなたは高梨亜理紗さんですね?。横浜の幼稚園時代で一緒だった、僕のこと覚えて・ニューヨークに仕事で行くところで」
そう裕彦から言われて驚いて声も出なかった。のどはからからに渇き思わず
「お、・・お客様、失礼ですが、人違いだと思います。どうも大変し・・失礼しました。」
とやっとのことで答えて、丁寧に頭を下げてギャレーに消えた。

裕彦は亜理紗に人違いと言われてひどく落胆した。自分からキャビンアテンダントのコーナーに行って高梨亜理紗に話をしようかとも思った。でもそれは仕事中の彼女を困らせたり傷つけてもよくないと思った。目の前に二十年間想い続けてきた初恋の人とやっとめぐり逢ったのに、その想いは目前で崩れ落ちる思いだった。亜理紗が去ったあと、膝に置いていた書類に目を通しはじめたが、彼女のことだけ考えていた。まだサンフランシスコ迄、随分時間があるし、また機会があるだろうと考えても落ち着かなかった。ギャレーでは仲間が待っていた。亜理紗はどきどきする心臓を手で押さえながらギャレーに入った。

「ああ、驚いた」、
「お帰りなさい、で、どうなの」
「それが、ねえ、、ねえ、ねえ。もう」とまだ気持ちが落ち着かなかった。
絵里子が、
「何なんです。亜理紗先輩」
亜理紗はまだ驚きを隠しえずに
「か、彼、幼稚園、小学校のときからあたしを好きで。」
葉月が
「超すごいっつ」
絵里子がすかさず
「それでデートの約束したの?」
「う~んん、お客様なにか人違いではないかって・・・・」

「亜理紗チーフ、どうしてそんなことを、最高のチャンスなのに」
「そうかもねえ、ああ、あたしって馬鹿じゃなかろうか」
絵里子が、
「私だったら」
「でも、今はフライト中だし、お客様に愛してるなんて言えないよ」

そこへ乗客の様子を見に行った香織と木綿子がギャレーに戻ってくる。
「何かあったんですか、亜理紗、なんだか元気ないし」
亜理紗は、この二人にもわかっちゃうのかなあ、香織とは一番親しいし知られたくないなあと心の中で考えていた。
亜理紗と香織は歳が二歳違いでいつも香織の相談に乗っていた。
「亜理紗、あなたならどうする?」
と恋人のこととか、両親のことからちょっとした仲間とのトラブルにいたるまで親身になって相談に乗るのだった。

香織は、本当に亜理紗を頼って心強い先輩と尊敬されている。それだけに香織にだけは自分の情けない姿だけは知られたくなかった。
その時葉月が
「亜理紗チーフの恋人が機内に」
「余計なことを言うんじゃないの」
亜理紗は、目をつりあげ葉月に怒って見せた。

気がつくと新人いずみも帰ってきていた。亜理紗は恥ずかしそうにして小さくなっていた。
舞衣子が、
「ねえ、亜理紗、ラブラブのようだけど、今は仕事中だから、ニューヨーク着いてから遭うのはいいけど」
葉月も、
「あのう、こんなこと亜理紗チーフに言ってわるいんですけど、彼の夕食にメモを書いてパンの下にそれを置くとか」
舞衣子も
「サンフランシスコ着いた時、デッキでそっとメモを上げるとか」

香織が、
「それとも亜理紗、私がお客さまのところに行って、錦小路裕彦さんをここに呼んできてあげようか」
「そんな」
「お客さまとの対応、会社の規則にあるけど、すでに亜理紗は昔からのお知り合いだから、チーフが行くと目立つし」
「香織、ありがとう、でも私」
「それでここで彼とここで話している間、少しくらいなら、住所とか電話聞くくらいなら、席はずしてもいいよ」

「香織さん、皆さん、お気持ちだけでいいの」
「なに、私たちその間、席はずしてお客さまのサービスだって出来るんだし」
「皆、本当にありがとね」
亜理紗は、私の彼のためにこんなに皆が親切にしてくれてと思うと、思わず目になみだが溜まりギャレーの仲間たちってなんと優しく思いやりがありあり素晴らしい仲間だろうと胸があつくなった。


第四章 揺れ動く心


亜理紗は、忘れていたコーヒーポットにコーヒーを入れ直してコックピットに向かった。
ドアを開けると平井機長、福島副操縦士、小林機関士がいた。
「ご苦労様です。コーヒーお届けに参りました」
と丁寧に敬礼した。機長には特に丁寧なお辞儀を持って望むことと決められていて、上司からいつも言われていたのでそれに従った。大勢の乗客を乗せて世界各地に雄飛し悪天候の時にも常に沈着冷静で生命の安全を委ねられている機長には尊敬しなければならない亜理紗の信念だった。

亜理紗は、ポットを置いてカップにコーヒーを注いだ。平井機長は亜理紗の方を振り向いて、
「高梨君の入れてくれるコーヒー飲むと元気が出てね」
左側にいる福島機長が亜理紗の顔を見つめながら
「今日はいいことがあったようだね。もしかして高校時代の恋人に逢ったとか」
 小林機関士も微笑んで亜理紗を見つめている。
「はっ、どうして福島副操縦士知ってるんですか」

亜理紗は、顔が赤くなって
(これ以上突っ込み入れられたらあたし沈没しちゃうよう」
話題を変えないと思い、
「機長、今日は飛行状況はどうですか?」
「順調だよ。このままだと予定よりサンフランシスコ早く着くかも、タービュランス(揺れ)の心配もなさそうだし」

「本当にご苦労様ですね、コーヒーとかお茶をお飲みになりたいときはいつでもどうぞお申しつけくださいませ」
と最高に亜理紗は頭を下げてお辞儀をしてギャレーに帰った。途中あの裕彦が乗っているのにと思うと気持ちはとても複雑だった。

亜理紗は好きな人の前でも控えめな態度しかできなかった。それと言うのも高梨家は祖母や祖父が口うるさく
「女の人は決してはしたないそぶりを見せてはならない、女性は品位を保ち貞淑であり続けなさい」
と小さいときから言われてきたのである。父や母からも先祖代々続いてきた高梨家の名前を汚してはなりませんといわれ続けてきた。決して大富豪ではなかったが、白い洋館建ての家にふさわしくとても上品で落ち着いていて優雅な女性だった。

そんな亜理紗が極東航空に入ってからは大きな変化を見せた。世間知らずのお嬢様がキャビンアテンダントになって国内線、国際線に乗務するようになってから亜理紗のまったく知らない世界がそこに広がっていた。大勢のお客様に機内で会い、会社で同僚、先輩に会ってそこで、いつまでも世間を知らないお嬢様であっちゃいけない。特にキャビンアテンダントとして後輩の教育をするなら、後輩の懐に飛び込んでいく必要があるわと考えた。

同時に長い間、父母の家から、いわゆる自宅通勤をしていたが、私はもういい歳だから、いつまでも父母の家にお世話になっていてはいけない。自分をもう一度見つめるために一人で自活した生活をしなければと思った。亜理紗はそのことを両親に話したら父から反対された。
「結婚するまでは家にいなさい。父さんは今のお前がキャビン・・・・・ええとなんとかになってるのも反対したのに、母さんが賛成するもんだから」
と少々不満げだった。

しかし、母は亜理紗に理解を見せ、
「亜理紗はしっかりしてます。将来のことも考えてマンション迄手に入れて、お父さん、娘がそうしたいっていってるんだから亜理紗を信用してあげなさい」
と応援してくれるのだった。いつでも結婚できるようにと山の手のマンションまで長期ローンで購入した。あとはお婿さんを探すだけといつも考えて十一年も経った。

ふとわれに返った亜理紗はこんなことではいけない、今は将来の極東航空を担う新人キャビンアテンダントの実習に集中しなければと大きく深呼吸をして気持ちを切り替えた。化粧室に行って髪をきちんとセットし、きりっとした表情を作り、ギャレー・ルームに戻った。亜理紗は、
「ところでねえ、今日はインド、中近東、イスラエル、エジプト、イランのベジタリアンのお客様が三人ほど搭乗されてるの。お食事をお出しする際、気をつけてください。それで五人分を用意しているからくれぐれも間違ってお出しすることのないようにしてください」

百七十七人のお客様に食事を提供するときはキャビン・アテンダント七人全員が当たっても凄く忙しい。亜理紗は新人二人をまた用いなければならないと思った。もちろん、チーフも加わってのことである。亜理紗は時計を見て、夕食サービスの案内を行った。

「お客様に申し上げます。ただいまよりお夕食のサービスをさせていただきます。なお、本日のスペシャルカレーメニューはタイ風グリーンカレーでございます」
極東航空では、東南アジア、マレー、インドネシアというように月変わりでエキゾチックカレーを提供する、乗客への新しいサービスだった。
エコノミークラスの乗客に配られる弱冷凍した料理をオーブンで温めるなど、狭いギャレーが活気づいている。肉、魚、二種類の料理をカートに積んで乗客の希望を聞いて狭い通路幅に合せた特性カートで食事を配ることは結構神経と肉体を使う仕事である。満面の笑みを浮かべて
「お客様、お夕食でございます。お肉とお魚がありますが」
「ああ、それならば肉がいいなあ」
客席の至るところでキャビンアテンダントと乗客のやりとりが続いた。、

亜理紗は、別に用意した夕食のトレーの二枚に急いで誰にも見られないよう急いで走り書きをメモに書き、ひそかにパンの下に隠した。裕彦の席のところに行き、
「お客様、錦小路裕彦様、お夕食お持ちしました。お肉とお魚どちらになさいますか?」
裕彦は 亜理紗を見上げてそれからトレーの夕食に目を移しながら
「どうもありがとう、じゃ肉を、おいしそうだなあ」
亜理紗はあのパンの下のメモに気がついてくれるかなあと思った。

裕彦の顔を見ながらそれ以上は言えなかった。やっと
「お客様どうぞごゆっくりお召し上がりください」
一人でカートを引いている香織と一緒に次のお客様に夕食を出すのだった。裕彦は、夕食のトレーを見つめていた。和風ビーフステーキおろし添え、玉ねぎとハムのマリーネ、シーフードグラタン、タイ風カレー、フルーツサラダ、信州蕎麦があり、デザートはバニラアイスクリーム、パンがあった。裕彦はパンをちぎって口に運ぼうとした。パンの下に小さい紙片があった。おや、これは何だろう、紙片を拡げると、
「先ほどは失礼しました。裕彦様、ニューヨークでお逢いしましょう。滞在先のホテル番号は212・755・4600です。高梨亜理紗」
と書かれていた。

メモを見て二十年間ずっと思い続けてきた初恋の人に逢えると思うとうれしくて微笑んだ。さっきまでもう亜理紗さんに永久に会えないという悲しみは消えていた。亜理紗は次々とトレーの食事をお客様に提供して皆が一生けんめい働いているのを確認してキャビン・ルームに戻って、コックピットの平井、福島、小林クルーにも食事を運んだ。

機長は亜理紗が夕食を持ってきたことを背中で感じて、振り向き
「高梨君にはいつも申し訳ないねえ」
と頭を下げた。既に日が暮れてコックピットから見る空は満天の星が輝いていて、亜理紗はこの例えようもない美しい眺めを見る度に荘重な面持ちさえして、きっと神様が私達への贈り物をしてくれているのだと思った。





















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1 コメント

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ブロク拝見しました (たろう)
2006-05-26 00:32:33
ブログ拝見しました。

色々な小説また電車に精通されてて勉強になります。

ブログの更新頑張って下さい。

応援してます。