恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

原発事故と「刑事犯罪」

2011年10月17日 | その他
■ 動かない捜査当局
 
 「なぜ警察や検察は動かないのだろう」―そんな疑問が湧いてきて仕方ありません。
 東京電力福島第一原発事故の発生から7ヵ月余り経つというのに、いまだに東京電力に捜査は及んでいません。  
 政府は「ただちに健康に影響はありません」というフレーズを繰り返してきましたが、事故以来、確実に放射線被曝は拡大しています。確かに「ただちに」では影響はありませんが、「やがては」甲状腺ガン、白血病をはじめ、患者が増加することは確実です。それが原因で命を落とされる方々も決して少なくないでしょう。
 この原発事故は東京電力の過失によって起きた事故であり、それによって人々を発症させ、死に至らしめるという彼らの行為は、刑法221条の「業務上過失致死傷罪」に当たります。
 問題は、「まだ被害者が特定できない」という点にあります。

■ 「既遂」になるとき

 しかし、現時点で被害者が特定できなくとも、捜査当局は将来の刑事訴訟に備えてしっかり捜査をしておくべきなのです。
 「業務上過失致死傷罪」の公訴時効は10年ですが、今回のケースで言えば、事故後10年を越えて発症した場合でも、東京電力を告訴・告発することは可能です。
 この「業務上過失致死傷罪」が「既遂」、すなわち犯罪が成立したことになるのは、事故発生の日や被曝させられた日ではなく、被害者が「死傷」した時点です。
 実際、スリーマイル島の事故や、チェルノブイリ事故は、多くの死傷者を出し続け、間接的な例では、親の染色体が壊され、それを原因とする奇形児も爆発的に増えましたが、こうした被害の大半は事故後数年から数十年を経て発症しています。
 こうして将来、健康被害が見つかった場合でも、その時点で東京電力の犯罪は「既遂」になるわけです。

■ 「公判」に備えよ

 だからこそ今、東京電力の犯罪を立証するための証拠集めを行っておく必要があります。
 あれだけ「隠蔽体質」にまみれた企業なのですから、被害者が訴え出る頃、まともな証拠が残されている可能性は極めて低いと考えなければなりません。
 もし、捜査当局がまだ「及び腰」なのであれば、「事故調査委員会」などに提出された書類や資料をしっかりと証拠として保全し、来るべき公判に備えておく必要があるでしょう。

■ 「犯罪者」とその「予備軍」

 「業務上過失致死傷罪」の量刑は、「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。
 あれだけの重大事故を起こしたことを考えれば、明らかに軽すぎる刑ですが、私は何としても東京電力の刑事責任は問われなければならないと思います。
 そしてさらに、まだ原発の再稼動を狙っている他の電力会社の人々に、自分たちが「犯罪者の予備軍」であることを深く自覚してもらう必要があると思います。
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誰が本気で「沖縄の祈り」に応えるのか

2010年07月12日 | 国会・政党・選挙
■ 選挙区を制した自民党か

 11日に行われた参院選。開票の結果、沖縄県選挙区では、自民党公認の島尻安伊子氏が当選を果たしました。
 島尻氏は、これまで宜野湾市の米軍普天間基地を名護市辺野古に移設する「基地たらい回し」を推進し続けながら、これに反対する沖縄県民の声の高まりを見て「変節」し、議席を守りました。
 しかし、本当に主張を改めたわけではないでしょう。
 「移設先は辺野古しかない」と強弁し続ける自民党から公認をもらい、テレビで「島尻さんの意見は自民党のマニフェストとは合わない」と指摘されても、ただ「そうは思わない」と言い張るだけ。「具体的にどう党内で意見を反映させていくのか」という問いにも、「民主党が反省するのが先だ」とはぐらかすだけでした。
 選挙という便宜のために主張を変える島尻氏のような人物、あるいは彼女を公認した自民党に、本当に「沖縄の祈り」の代弁者が務まるとは到底思えません。
 事実、島尻氏の得票は25万票余りですが、沖縄県での自民党の比例票は10万票を割り込みました。沖縄県民は自民党を信用していないのです。

■ 不戦敗の民主党か

 一方、民主党は早々と、沖縄県選挙区への公認・推薦候補の出馬を断念し、「不戦敗」を選びました。
 移設先を「国外」「最低でも県外」と公言しながら、辺野古への移設を盛り込んだ日米共同声明を結んで県民の期待を裏切った鳩山前首相。その後を受け、正式に任命される前にその共同声明を順守すると米国に誓った菅首相。
 このような経緯があったにせよ、政権与党が候補者を出さない選挙区など、正に「異例中の異例」です。
 そのあおりを受けて、比例の現職・喜納昌吉氏も落選し、民主党には沖縄出身議員がいなくなりました。
 喜納氏が獲得した個人名票は7万票余りで、当選ラインまであと約3万票。民主党が沖縄で獲得した比例票は自民党を上回る11万票台だっただけに、民主党が本気で「沖縄の祈り」を国政に反映させようとしていたら、と惜しまれてなりません。
 それどころか、喜納氏の支持者にとっては、喜納氏が獲得した7万票が民主党の票として加算されることさえ、腹立たしく感じられるのではないでしょうか。

■ 選挙区・比例擁立の共産党か

 比例に沖縄県の候補者を擁立したのは、民主だけではありません。
 共産党からも、上里清美氏という候補が出ていました。
 この共産党は、選挙区にも伊集唯行氏という、決して勝算があるとは言えない候補者を擁立していましたが、私は当初、上里氏を勝たせるための戦術ではないか、とも思っていました。
 実際、伊集氏が獲得したのは5万8千票余り。これは「供託金没収点」を下回りますが、共産党はいつも徹底的に「党名」での投票を呼びかけつつ、当選させたい候補者を絞り込んで、「固いところ」に個人名で投票させて当選させるという戦術を取ります。
 今回も、その方法で比例3位で当選した大門実紀史は4万4千弱の得票数で当選しています。「選挙区は伊集、比例区は上里」を徹底していれば、上里氏は「沖縄の祈り」を国政の場で直接訴えることができたはずです。
 しかし、彼女の個人名票は全国でわずか3,478票。しかも、沖縄県内で得られたのは約2千票です。
 初めから「沖縄の祈り」を訴える議員を作ろうとしなかった点では、共産党も自民党や民主党と変わりません。ただ沖縄を利用しただけだったと言わざるを得ません。
 共産党が沖縄で獲得した比例票はわずか3万6千余り。おそらく沖縄の人々も、そのことを見透かしていたのでしょう。

■ 比例第一党の社民党か

 この沖縄で比例第一党となったのは、社民党でした。

 「社民党は沖縄を裏切らない」

 この一点張りで「筋」を通し続け、下野しながら総理大臣の「首」を取った社民党に、沖縄の人々が12万を超える最大の「祈り」を託したのです。
 公示直前の出馬にもかかわらず、社民党が沖縄社会大衆党とともに推薦した山城博治氏が、選挙区で自民党現職にあれだけの猛追を見せたのも、彼らの底力と、沖縄での高い信頼あってのことではないでしょうか。
 「普天間基地即時閉鎖」「新基地建設は許さない」だけでなく、具体的に米国領の北マリアナ連邦という移設を歓迎・誘致するところを見つけてきた功績も、大きいものがあります。

■ 誰が本気で応えるのか

 さて、「沖縄の祈り」をめぐる戦いは、これから本格化していきます。
 政府が、米国との間で具体的な工法などを詰めるという8月末に向けた動き。
 そして、秋には「最終決戦」とも言うべき沖縄県知事選挙が待っています。
 自民・公明に支えられる現職の仲井真弘多氏が続投の意向を表明し、一方で「普天間」を抱える宜野湾市の市長・伊波洋一氏も意欲を示していると伝えられています。

 今回の参院選で言えば、島尻氏のような口先だけ「変節」の現職か、それとも「沖縄の祈り」に「筋」を通す新人か、という構図になるでしょう。

 その戦いのときこそ、各政党も個人も、誰が本気で「沖縄の祈り」に応えるのか、そのことが試されるのだと思います。
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「従属」に走る新政権

2010年06月06日 | 外交・国際
■ 「期待」

 菅直人氏の首班指名後、新政権への期待が高まっているようです。
 共同通信の世論調査でも、菅氏に「期待する」が57.6%、約20%だった民主党の支持率も36%まで上昇しています。
 この「首相交代」劇は、「新し物好き」と言われる日本の国民性もあってか、かなりの政権浮揚効果をもたらしたようです。
 一方、「期待しない」は37.2%ありました。きっと私は、その中に入るでしょう。

■ 「発端」

 そもそも鳩山首相の辞任の「発端」は、何だったでしょうか。
 米軍普天間基地の移設問題で、「地元」「連立与党」「米国」との合意を条件にしていたにもかかわらず、「基地はいらない」という沖縄や徳之島の声、さらには「国外移設」を追求してきた連立与党・社民党の思いを無視して、米国との協議だけを優先し「辺野古」移設を盛り込んだ「日米共同声明」を結んだことが最大の原因でした。
 そして、最後は「米国言いなり」になって再び「辺野古」への基地の押し付けを強行する鳩山首相の姿勢に、社民党が反発して連立政権から離脱し、国会運営に行き詰まったのです。
 では、菅氏はどうでしょう。

■ 「ポチ」

 菅氏は首班指名からわずか1日半後の6日未明、首相官邸で米国のオバマ大統領と約15分間の電話会談を行いました。
 その中で菅氏は、鳩山首相辞任の発端となった「日米共同声明」について、その「順守」を約束したのです。
 つまり、基地や訓練を押し付けられる沖縄や徳之島の人々が、「絶対に受け容れられない」と言っている内容を、全く見直すことなく「押し付ける」ことを米国に約束したのです。これで、鳩山首相と何が違うと言うのでしょうか。
 かつての小泉純一郎氏に代表される「米国言いなり」「従属」的な外交姿勢は、飼い主に忠実な飼い犬に例えて「ポチ外交」と呼ばれていますが、鳩山首相・菅氏とも、それに勝るとも劣らぬ「ポチ」ぶりです。

■ 「越権」

 さて、衆参両院の首班指名を受け、首相官邸から電話会談を行ったとはいえ、菅氏はこの時点では、日本の「内閣総理大臣」ではありません。
 日本国憲法6条を読めば分かりますが、「国会の指名」に基づいて「内閣総理大臣」を任命するのは「天皇」です。その任命を受けるのは8日の予定であり、彼は6日の時点では「任命権者」である「天皇」から、任命されていません。正確に言えば、菅氏が任命を受けるまでは鳩山内閣は存続しているのです。
 まだ「内閣総理大臣」にも任命されていない菅氏が、一体どのような権限で、首相官邸を使って、日本の他国の首脳と外交的な約束をする権限があると言うのでしょうか。
 確かに、鳩山内閣の「副総理」「財務大臣」という肩書きはありますが、その役職にこれほどの外交上の権限があるでしょうか。
 
 米国の「ポチ」に徹するあまりとはいえ、日本国憲法も「天皇」の任命権も無視するとは、「越権行為」も甚だしい、菅氏の行動に対してそう言わざるを得ません。

■ 「留任」

 そんな「菅内閣」の閣僚の布陣が少しずつ明らかになっています。
 前述の通り、鳩山内閣の「致命傷」となったのは普天間基地移設問題ですが、その「日米共同声明」を結んできた岡田克也外務大臣・北沢俊美防衛大臣など、この問題の「A級戦犯」が、そのまま「留任」の方向です。
 さすがに、首相の「女房役」と言われる「官房長官」は、「超A級戦犯」である平野博文氏ではなく、菅氏に近い仙石由人氏が就任するようですが、外相・防衛相に岡田氏・北沢氏を選ぶようでは、菅氏は「日米共同声明」の「押し付け」を続けるだけの存在です。

■ 「卑怯」

 私は以前、「菅直人」についての人物評を、「公安」警察官僚出身で初代の内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏から聞いたことがあります。
 「70年安保」の、東京工業大学の「闘士」たちの指導者だった菅氏は、いつも「4列目」から指揮を執っていたことから「4列目の男」と仇名されていたそうです。
 その理由を佐々氏は、こう教えてくれました。

 「前列から3人目までは『盾』や『棍棒』で撲るし、安全靴で蹴り倒して踏みつけて逮捕する。そのギリギリ手前の自分の身の安全だけは確保できるところに、いつも菅直人がいた。だから彼は『逮捕歴ゼロ』だった。彼が『扇動』した仲間が痛めつけられ、逮捕されていくのを見ているだけ。いつも菅は卑怯な指導者だった…」

■ 「交差」

 もちろん「諜報」や「扇動」をも行う「公安」出身の人物の言葉ですから、、この佐々氏の言葉をそのまま信じるほど愚かではないつもりですが、今回の彼の行動にはある意味、佐々氏の人物評が当てはまる気がしないでもありません。

 彼が「指導」してきた「安保闘争」の仲間である人々への「裏切り」は、沖縄・徳之島の人々への「裏切り」と交差します。彼が否定していた「日米安保」の矛盾の多くがいま、その地に集中しているのです。
 それを、「越権行為」に及んでまで米国に「忠誠」を誓い、歴代自民党政権や鳩山政権に続いて住民の思いを踏みにじり、まだ「負担」を押し付けようとしているのです。

■ 「反菅」

 要するに、あの「安保闘争」を闘った菅直人氏は、自分の前の「1列目」に沖縄を置き、「2列目」に徳之島を置き、「3列目」に政府や国民を置き、自分は相変わらず「4列目」にいるのです。
 向こうに回すのは、あの頃と同じ米国ですが、まだ正式に「内閣総理大臣」になる前に首相官邸から公然と米国に「忠誠」を誓うところなど、単なる「変節漢」の域を超えています。

 正式な発足の前ではありますが、このような「従属」的な菅政権を、私は真っ向から「否定」させて頂きます。
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社民党の兵法

2010年06月02日 | 国会・政党・選挙
 鳩山首相が2日、辞意を表明しました。
 その裏側で何が起きていたのか、その流れを考えるとき、私は軍事ジャーナリストの神浦元彰氏が昨年暮れに書いておられた文章を思い出していました。

■ 「社民党切り」

 「今、自民党議員に対して地下で民主党からの切り崩しが進んでいるという。…それらを民主党が取り込めば社民党との連立は必要がないという考えだ。」
 「社民党は小沢幹事長の自民党切り崩し手腕の凄さを理解すべきだ。来年の参議選で民主党単独過半数獲得も十分に可能性がある。自民党が切り崩されて民主党に加わるからだ。」

 さらに神浦氏は、12月24日付けの自衛隊機関紙「朝雲新聞」の、「田村(耕太郎参院)議員の自民党離党で、来年夏の参院選を待たなくても、民主党が社民党を切れる可能性がでてきた」という記事を引用して、「戦国時代の日本史で、敵を切り崩すことが最善の勝つ戦術であった。社民党は孫子に学ばなくてはならない。」と説いていました。
 (以上引用 http://www.kamiura.com/whatsnew/continues_271.html)
 
 そしていま、全く逆のことが起きています。

■ 米国内の「切り崩し」

 確かに、神浦氏や「朝雲」の主張どおり、民主党は参院選前に社民党を切りました。
 神浦氏や自衛隊の期待どおり、日米合意を優先させ、社民党や沖縄県民を裏切ったのです。
 しかし、神浦氏が説いた「切り崩し」は、社民党の方が一枚上でした。

 「国外移設」を追求してきた社民党は、米国への「切り崩し」から始めました。
 米自治領の北マリアナ諸島では知事もテニアン市長も、単なる基地移転の歓迎ではなく「ぜひ誘致したい」と表明しました。議会は上下両院で「誘致決議」を採択しました。

■ 民主党内の「切り崩し」

 この「テニアン移設」案が、単なる「夢物語」ではないと現実味や説得力を強める中、鳩山内閣は「辺野古」移設を盛り込んだ「日米共同声明」を結び、その政府方針の閣議決定を行おうとしましたが、これに対し与党内から180名が「テニアン」を例示して、「国外移設を追及すべき」という声明文を、内閣に突きつけました。
 与党議員が「反旗」を翻す180名は、社民党議員の15倍の人数ですが、これはわずか数日で集まりました。既に民主党内にも「切り崩し」が進んでいたのです。

■ 参議院の「切り崩し」

 さらに、連立を離脱した社民党は、参議院の民主党への「切り崩し」に取り掛かりました。
 まず、あえて「選挙協力」の可能性に含みを持たせることで、「逆風」に喘ぐ改選議員を動揺させました。

 加えて、鳩山内閣への不信任・問責の決議案に「賛成」する意向を表明することで、内閣を揺さぶりました。参議院で首相に対する問責決議案が提出されれば、わずか数名の「造反」で通ります。その動揺を衆議院に持ち込めば、民主党が圧倒的多数を占める衆議院でも、不信任決議案が通る可能性は十分にありました。

■ 国民新党の「切り崩し」

 また、鳩山内閣は社民党の福島党首を「罷免」した日、同じ連立パートナーである国民新党に対しては、彼らの「一丁目一番地」である郵政改革法案を、わずか1日の審議で採決を強行しました。
 しかし、この法案は参議院の総務委員会で審議中です。25名の委員のうち民主・国民新の会派は12名、社民は1名です。社民党が他党と結束して反対すれば委員会で否決されますし、欠席すれば委員会そのものが成立しなくなります。
 「切り崩し」は、民主・国民新両党との関係にも及んでいたのです。

 もう既に「切られた」側の社民党の「切り崩し」は、「切った」側の鳩山内閣を、そこまで追い詰めていたのです。

■ 「社民党の兵法」

 さて、冒頭ご紹介した通り、神浦氏は「社民党は小沢幹事長の自民党切り崩し手腕の凄さを理解すべきだ」と説き、さらに「戦国時代の日本史で、敵を切り崩すことが最善の勝つ戦術であった。社民党は孫子に学ばなくてはならない」と説いていました。
 しかし、その小沢幹事長は、「切り崩し」に敗れた鳩山首相の「道連れ」で、幹事長職を辞任することが決まっています。
 あえて「孫子」で言うならば、「始めは処女のごとくして敵人戸を開き、後には脱兎のごとくして敵防ぐに及ばず」という「社民党の兵法」に敗れ去ったのです。

 軍事や政治を語る人々には、今回の「社民党の兵法」こそ学んでもらう必要があるように思います。

■ 「民意」

 さて、その社民党の「戦術」の強みは、決して「奇策」にあったわけではありませんでした。
 一つは「絶対に沖縄県内に新基地は作らせない」という「信念」「執念」であり、もう一つは徹底的に「筋を通す」ということでした。

 沖縄・徳之島などの「米軍基地はいらない」という「民意」を、それこそ「体を張って」守りぬく姿勢、そして「テニアンが歓迎してくれている」という強い説得力への「共感」こそが、日本の政治史を塗り替える原動力となったのです。

 もうすぐ、次の日本の首相が決まります。
 その真価は、「今度こそ『民意』を大切にしてほしい」という国民の願いに応えるのかどうか、そこで判断されるべきだと思います。
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副大臣の涙

2010年06月01日 | 国会・政党・選挙
■ 「高揚感」

 普天間基地移設問題をめぐって「5月末決着」を唱えた鳩山内閣では、その「期限」である31日、辻元清美国土交通副大臣が辞表を提出し、社民党の「連立離脱」が完了するという、実に寒々しい「決着」を迎えました。
 
 さて、その辻元氏は、連立政権を去ることについて「さみしいし、つらい」と、目に涙を浮かべました。
 かつて「総理、総理」と20回以上も叫んだ「追及の鬼」による、正に「鬼の目にも涙」です。
 その涙ながらの「さみしい」「つらい」という言葉に、何も知らない方々は、単に「政権への未練」と思われるかもしれません。

 しかし私は、辻元氏が副大臣として取組んできたことを知っています。
 普通、大臣や副大臣の話など「催眠効果」しか実感できないものですが、辻元氏の行動には「わくわく」するほどの「高揚感」がありました。

■ 「視野」

 辻元氏の取り組みは語り尽くせませんが、最も力を注いでいたのは「交通基本法」の制定です。
 これまでの場当たり的な「街づくり」「道づくり」から脱却し、「移動」や「住まい」を人権と捉え、その人権保障のための環境を整備を行う「基本法」を作ろうとしていたのです。
 まだ着任から間もないとき、関西でこうした取り組みを行っているNGOのシンポジウムがあり、辻元氏も副大臣として出掛けたそうです。そこには、聴衆に紛れて地方整備局の「お偉いさん」たちが「偵察」に来ていたそうです。
 辻元氏はシンポジウム終了間際に彼らを壇上に呼び、「折角来たんだから挨拶を」と求めたところ、彼らの一言目は「こんな役人みたいな格好ですみません」と言ったそうです。NGOの集まりですから、会場でスーツ・ネクタイ姿は彼らだけ、「浮いている」ことを彼らも認識していたのでしょう。
 そしてその彼らは「恥ずかしながら、今までこんな話を聞いたことがありませんでした。本当に勉強になりました」と、心から「来て良かった」と語ったそうです。
 彼らの「視野」が広がった瞬間です。

■ 「静かな革命」

 その後、辻元氏は「霞ヶ関」にも、動きを広げていきました。
 「やる気のある人だけおいで」と全くの「任意参加」で、「交通基本法」のための勉強会を始めたのです。
 最初は、「何だろうか」と傍観していた官僚が、次々と新たな切り口を学ぶ中で「面白そう」に変わり、役職の上下を超えて「俺たちもやってみよう」と1人増え2人増え、ついに全部局から人が集り、立場を超えて自由闊達にアイデアを語り始めたのです。

 さらに、様々な審議会や、諮問機関は従来「御用学者」が占めていましたが、その人事には「政務三役」の同意が必要です。辻元氏は、女性や高齢者、障がい者の皆さん、あるいはその声を代弁するNGOの人々を積極的に登用し、政策の立案・決定にあたって、その意見反映に務めたのです。

 辻元氏はこうした一連の取り組みを「静かな革命」と呼びました。

■ 「不幸」

 思えば、それまで「霞ヶ関」やその出先、すなわち官僚の皆さんは「不幸」だったと思います。
 交通政策や住宅政策を考えるとき、御用学者や業界団体の代表、地域での政策の立案では、その地方の経済団体や地権者、首相、地元議員など、利害関係の絡む人々に惑わされ、利用者であり主権者である「国民」の声は置き去りにされがちでした。
 そこに、辻元氏は「活力」という風を吹き込んだのです。それは「脱官僚」ではなく、官僚を活かすという「活官僚」ではなかったでしょうか。

 その道半ばでの辞任は、やはり辻元氏には「さみしいし、つらい」ものだったことでしょう。
 そして、このような副大臣を失ったことは、「国民的な損失」であり、「不幸」と呼ぶべきでしょう。

 もし今の政権に心ある人がいるならば、あるいは今後、内閣の一員として政治に参画しようとする人がいるならば、辻元氏のように去り際に涙を流せるような人であってもらいたいと思います。
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「連立離脱」後の社民党に求めるもの

2010年05月31日 | 国会・政党・選挙
■ 「離脱」

 社民党は30日、正式に「連立離脱」を決めました。
 先の総選挙の際、民主党の鳩山代表が普天間基地の移設先として「国外、最低でも県外」と語ったのは有名です。
 それに合致する「普天間基地閉鎖」「沖縄県内での新基地建設反対」を掲げてきた社民党は、その実現のために米自治領の北マリアナ諸島の人々と連携し、現地の知事、市長は「歓迎」を表明し、上下両院の議会は「誘致」する決議を採択しました。
 一方、鳩山首相や民主党はひどい有様でした。平野官房長官をはじめ多くの関係閣僚が好き勝手を言い、さんざん「迷走」を繰り返し、いつしか「国外、最低でも県外」という言葉を忘れ、地元自治体や住民の合意も得ず、政権内の理解も得ないまま、米国の意向を優先して「日米共同声明」を発表し、国民に押し付けようとしたのです。
 この「裏切り」には、沖縄県の皆さんをはじめ多くの国民が「怒り」「落胆」「失望」など様々な思いを抱いたことでしょう。

■ 「協力」

 「国外、最低でも県外」をあくまで追求してきた社民党の福島氏を、逆に「変節」した鳩山首相が28日に「罷免」したのですから、これほどの「矛盾」はありません。
 「連立離脱」という社民党の毅然とした決断は、私は率直に評価したいと思います。

 さて、こうした社民党に対し、民主党は未練がましく「選挙協力」を求めているようです。
 社民党は毎回、比例代表で約300万票を獲得しています。各都道府県ごとに数万人から数十万人の方々が比例代表に、社民党あるいは社民党の候補者の名前を書くために投票所に足を運びます。それでも選挙区の独自候補がいない選挙区が多く、民主党はその票がほしくてたまらないのです。
 とはいえ、言わば、自分から「別れ話」をした相手に「関係を続けてほしい」と迫るような民主党の厚顔無恥には飽きれるばかりです。

 しかし、今後の「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のためには、私はこの「選挙協力」の話は「必ずしも悪い話ではない」と考えています。

■ 「存在」

 こうした課題について、今まで社民党が果たしてきた役割は、その政党の規模とは比べ物にならないほど大きなものがありました。
 例えば、民主党や国民新党を説得して参議院で憲法審査会の始動を止めてきたのは社民党でしたし、野党時代にはこの2党に共産党を加えて労働者派遣法改正案の共同提出をリードしてきたのも社民党でした。
 連立政権に加わるとき、基地問題に関して「沖縄の負担軽減」を主張し、「3党合意」に盛り込んだのも社民党ですし、「消費税率の4年間凍結」を盛り込んだのも社民党です。
 いま、社民党がいなくなった「民・国」連立政権は、まず参議院で過半数を得ることはないと思いますが、衆議院を解散しない限り、以後3年間は衆議院で圧倒的多数を占め続けます。
 そこで参議院でも安定多数を得るべく、他党との連立を模索するでしょうが、社民党や共産党以外の党は全て「改憲」や「消費税増税」を目ざしています。
 もし今のままであれば、基地問題のさらなる見直しの動きは止まり、消費税は増税に傾き、憲法審査会は動き出すと見なければなりません。
 議員数で言えば衆参合わせてわずか12名の社民党の存在が、これだけのことを食い止めてきたのです。

■ 「署名」

 しかし今は、引き続きこうした影響力を社民党に求めることは困難です。
 それであれば、社民党には敢えて「選挙協力」することで、民主党の中に影響力を残すことを考えてほしいのです。

 今回の普天間基地移設問題では、鳩山政権の「日米共同声明」に反対し、今後も「国外」移設を求める内容の署名が提出されました。これには与党内議員約180名が署名しています。これは初めから「政務三役」を除いていますので、与党内の約半数の署名が集まったことになります。
 こうした「与党内良識派」「同志」とも言うべき人々と対立して、自民党など他党の候補を喜ばせる必要はありません。
 逆に、彼らへの支援を通じて民主党内に影響を与え、やがては「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のために動くことのできる新たな勢力を結集する「政界再編」を展望してほしいと思います。

■ 「決意」

 もちろん、その道は平坦ではありません。
 「喧嘩別れ」した相手との協力というのは、国民には分かりにくいものがありますし、そうした「分かりにくさ」は支持離れにつながることも考えなければなりません。
 かつて自民党の「自主憲法制定」を封印することに成功しながら、支持を失った「自社さ」政権のときのようなこともあり得るかもしれません。
 大変な苦労を味わうことになるかもしれません。

 しかし、社民党にだけ、その苦労を負わせるつもりはありません。
 もとより私も、「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のため、力を尽くす決意です。
 それが、今を生きる歴史的責任として、次代を担う子どもたちに平和と民主主義を受け継いでいくため、絶対に必要だと考えるからです。
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憲法記念日に思う

2010年05月03日 | 憲法
 日本国憲法が施行されてから63年、今年も憲法記念日を迎えました。
 半月後に「改憲手続法」(いわゆる「国民投票法」)が完全施行されるということもあってか、今年は何かしら異様な雰囲気を感じます。

■ 「欠陥」

 そもそも、この「改憲手続法」とは何なのでしょうか。
 端的に言えば、それは「任期中の改憲」を掲げた安倍政権が、先の小泉政権による「郵政選挙」で自民党が得た議席を背景に、その目指す「改憲」を「ごり押し」するための手続きを定めた法律と言えるでしょう。法案は欠陥だらけで、まともな審議も行わないまま、当時の与党(自民党・公明党)が強行採決で押し切っていったものです。
 国の「最高法規」を左右するという重要な法律にもかかわらず、あまりにも多くの欠陥や疑問を残したままの強行採決でしたので、前代未聞の18項目にも及ぶ「附帯決議」が付けられました。
 この「附帯決議」は、本来ならば法律で定めるべきことが盛り込まれていない等の様々な問題点を列挙し、その不十分さを補うために、内閣にも国会にも「宿題」を課すものでした。
 しかし、「国民投票の対象」「最低投票率」「有料広告」「公務員や教員の運動の制約」、そして判定のための「分母をどうするか」などについて、施行前に「十分に検討しなさい」「適切な措置を講じなさい」という「宿題」が何一つ出来ていないのです。
 さらに決定的なことで言えば、「改憲手続法」では国民投票を行う「成人年齢」を「18歳以上」と定め、他の法律もこれに合わせて成人年齢の引き下げを行うよう付則で定めていますが、これも全くの「手付かず」です。
 ただでさえ「欠陥法」であり、しかも施行前に課された極めて基本的な「宿題」さえ出来ていない「改憲手続法」など、施行する価値さえありません。「施行延期」を望む声もありますが、私はむしろ、「憲法3原則の尊重」を「連立合意」で決めた現内閣の立場からすれば「廃止法案」を出すべきではないか、とさえ思います。

■ 「自主」

 さて、この「改憲手続法」を強行したのは自民党・公明党ですが、このほかにも「改憲」を唱える人々がいます。特に、自民党を離党・除名されながらも異口同音に「自主憲法制定」を唱える新党がいくつかあります。
 この「自主憲法」という言葉の裏側には、日本国憲法を「GHQによる押し付け憲法」だとする批判が込められているのですが、この「押し付け論」もまた「欺瞞」に満ちています。
 確かに、現憲法の草案はGHQが作りました。しかし、その草案作りに最も影響を与えたのは、高野岩三郎氏や鈴木安蔵氏ら「憲法研究会」の「憲法草案要綱」だと言われています。
 こうして出てきた「草案」について、日本人は、当時の「大日本帝國憲法」の改正手続に則って、初めての「改憲」作業を行います。
 枢密院から帝国議会へ、衆議院で一部修正し可決後に貴族院へ、貴族院で一部修正して可決、その修正部分を議論すべく再び衆議院で審議・可決後に枢密院へ、そして天皇がこれを裁可し、公布するまで約7ヶ月間、正に日本人が侃々諤々の議論を尽くしたのです。
 「主権の存する国民の総意に基づく」という天皇の権威付け、国会の「二院制」や、内閣の「文民」規定などなど、帝国議会での日本人の修正が、この日本国憲法を生んだのです。
 米軍のマッカーサー元帥は、この憲法を「天皇との合作」と呼びましたが、それ以上に日本人の「自主」制が反映されていることは間違いないところでしょう。
 
■ 「押し付け」

 この日本国憲法を「押し付け」だと否定する人々は、一体何をしたいのでしょうか。
 安倍政権が「改憲手続法」を強行してまで押し通したかった憲法とは、前の小泉政権が作った自民党「新憲法草案」です。
 よく「最大の焦点は憲法9条である」と言われる通り、彼らの願いは「再軍備」にあることは言うまでもありません。「自衛軍」という名の「軍隊」を保持し、「国際協調活動」という名の「軍事行動」などを行ない、さらに「軍事裁判所」を設置するなど、随分と勇ましいことが書かれています。
 もちろん、憲法9条での「戦争」「武力威嚇」「武力行使」という禁止事項を維持していますので、このような「自衛軍」になっても、日本がいきなりどこかの国に戦争を挑み始めると考えているわけではありません。
 最大の問題は「国際協調活動」にあります。
 「国際協調」と言いますが、これまで日本に軍事的な要請を行ってきた国がいくつあったでしょうか。
 「警察予備隊(保安隊、自衛隊)を作れ」「海上保安庁を作れ」「掃海艇を出せ」「軍資金を出せ」「無償で給油活動を行え」「地上部隊を出せ」。これらは全て米国からの要求です。
 すなわち、「国際協調活動」とは、世界中で絶え間なく戦争を引き起こしている米国の、強引な要求に応えるための「方便」に他なりません。
 自民党やその流れを汲む人々が声高に叫ぶ「自主憲法制定」の本質は、米国のための「軍」を創設することにあるのです。
 そして、それこそが米国の真の「押し付け」だったのです。

■ 「売国」

 そもそも、ポツダム宣言によって武装解除した日本に、再び「軍」を持たせようと言い出したのは米国です。
 1948年、当時の米国の国防長官や陸軍長官が「日本と西ドイツの再軍備」を唱えたことが発端でした。しかも、彼らがそれを推進しようとした最大の理由は「米国の人的資源の節約のため」、すなわち今後想定する東側諸国との戦争において米兵を「節約」するために、日本や西ドイツの「兵士」たちに死んでもらおうというわけです。
 その後、日本では、例の「自主憲法制定」を唱える自民党が1955年に発足しますが、この自民党は1950年代から60年代後半まで、米国の諜報機関CIAからの工作資金を受け取り続けていたことが、米国側の史料で既に明らかになっています。そして彼らはその資金を背景に、国内で勢力を伸ばしていったのです。
 つまり自民党は元々、米国に金で買われ、米国の国益のために動く組織でした。米国側の史料によれば、その金を最も多く受け取っていたのは、自民党結党の「立役者」とも言うべき岸信介氏でした。岸氏は言うまでもなく、前述の安倍晋三氏の祖父です。 
 岸氏と言えば、強烈な「改憲」論者としてだけでなく、今から半世紀前の「60年安保」を決めた当時の首相としても有名な人物ですが、日米安保条約を締結するか否かを決める最高責任者が、交渉相手である米国から金をもらっていたのですから、これほどの「売国」はないでしょう。
 このような汚らわしい歴史を持つ自民党や米国のために、今も多くの日本国民が在日米軍基地の負担に苦しんでいる現状に、強い憤りを感じます。

■ 「感謝」

 さて、このような米国や自民党の「思惑」をよそに、日本国民は63年間、日本国憲法を堅持してきました。これは国民の良識の表われであり、誇りに思います。
 また、日本国憲法と、その憲法を守り抜いて下さった人々への「感謝」の念が込み上げてきます。

 この63年間は、私たち国民が戦死させられることなく平和に生きられた時代でした。自由に考えることができ、その考えを言うことができました。教育を受けることができました。一人一人の人権が尊重されました。本当に困ったときには生きていくことを支えてくれる世の中でした。
 私たちの人生の様々な場面に、日本国憲法は確かに私たちのすぐ側にいてくれましたし、私たちを優しく守ってくれました。
 日本国憲法には、これからも私たちのすぐ側にいてほしいと思います。もちろん、私たちの子どもや、その子ども、さらにその子ども…と、将来の世代を守り続けてもらわなくてはなりません。

 2010年の憲法記念日にあたり、あらためて日本国憲法に「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします。私も頑張りますから」、そう言いたいと思います。
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普天間問題を動かす日米双方の「民意」

2010年04月14日 | 基地・有事体制
■ 普天間移設、北マリアナが「誘致」

 米国の属領に北マリアナ諸島という地域があります。14の島々から成る、人口約8万人余りの島国です。
 かつてスペイン領からドイツ領となり、第一次大戦のとき日本が占領して以後、日本の委任統治領となり、先の大戦では米国が旧日本軍を破って占領した地域です。
 その北マリアナ諸島が、普天間に駐留する米海兵隊ヘリ部隊の「誘致」を目指しています。
 これは、沖縄2区選出の照屋寛徳氏を団長とする社民党の視察団が、現地での会談内容を明らかにしたものです。

■ 知事・市長・議長が受け入れを「歓迎」

 これまで社民党は政権内で、この諸島にあるテニアン島などへの移設を強く主張してきました。
 今回この案に対して、北マリアナ議会の下院議長が「米国海兵隊がテニアンに来ることは、疑いなく歓迎される」と語るなど議会を挙げて誘致決議の採択を目指す考えを示し、同席したテニアン市長も「海兵隊の恒久的な基地建設を強く希望する」と発言するなど、かなり積極的な発言が相次いだことが報じられています。
 これに先立って2月に現地を訪れた、社民党の阿部知子氏や、沖縄1区選出の国民新党の下地幹郎氏と会談した北マリアナの知事も「ウェルカムだ」「北マリアナとして賛同する」と語っています。
 この「国外移設」案は、社民党のみならず沖縄県の多くの皆さん、米軍基地に苦しむ多くの周辺住民の皆さん、そして移設候補地に挙げられた地域の皆さんにとって、大きな「希望」であり、「悲願」だと思いますが、北マリアナ諸島を代表する皆さんの「誘致」への動きは、その案を前進させる「大きな一歩」だと思います。

■ 「スーパーマニフェスト」と「民意」

 社民党・国民新党など与党内少数政党の熱心な取り組みは、現地の皆さんを動かしました。
 さて、最大与党の民主党はどうでしょうか。
 社民党・国民新党に、連立政権入りを依頼したのは民主党です。そこで生まれた「政策合意」は、各党のマニフェストを超えるという意味で「スーパーマニフェスト」だと鳩山首相も認めていますが、その中には「沖縄県民の負担軽減」がしっかりと明記されています。
 そればかりか、昨年の総選挙のとき鳩山代表が「国外移設。最低でも県外」と沖縄で約束したのです。
 ところが出てきたのは、「嘉手納統合案」、「キャンプ・シュワブ陸上案」、「ホワイトビーチ埋め立て案」など、全て沖縄県内です。平野官房長官などは、社民・国民新を排除して移設先を決めようと画策したほどで、そこで出てきたのは「徳之島案」ですが、現地は「絶対反対」の構えです。
 もはや民主党は「スーパーマニフェスト」どころか、「民意」さえも踏みにじるのか、という怒りが込み上げてきます。

■ 「地元の同意」という条件

 一方、米国の民主党政権はどうでしょうか。
 12日から開かれた核安全保障サミットに出席する鳩山首相が、「普天間移設問題への協力」を求めるはずだった会談を断り、「非公式協議」に留めました。前代未聞のことです。
 この「非公式協議」とは、言わば首脳間の「立ち話」を意味します。「それほど鳩山首相が馬鹿にされているのだ」という捉え方も一理ありますが、曲がりなりにも日本を代表する人物です。「どこの軍隊の基地の話なのか」と考えれば、会談拒否など失礼千万ですし、「国辱」と言っても差し支えないと思います。
 米国のルース駐日大使も、日本政府が提案した実務者協議を断っています。
 ルース大使は米国の考えとして「地元自治体との同意がない限り、日米が協議するのは時期尚早だ」というものでした。

■ 沖縄と北マリアナの双方の「民意」

 さて、ここまで述べてきた中で、一つだけルース氏が語った「日米が協議する」ための条件をクリアした移設案がありました。それは北マリアナへの「国外移設」案です。
 鳩山首相、オバマ大統領とも「民意を受けて政権交代を実現した」ということを誇示していたはずですが、同じように選挙で「民意」を受けているのは現地の首長や議員も同じです。そして彼らが言っているのは、沖縄では「国外移設」、北マリアナでは「基地を歓迎」です。 
 つまり、海兵隊を出す側の沖縄も、受け入れる側の北マリアナもそれを望んでいるのです。
 日本も米国も、政権政党が「民主」という看板を掲げる以上、それぞれの「民」である、沖縄や北マリアナの「民意」にこそ、真剣に耳を傾けるべきだと思います。
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「高校無償化」をめぐる「誤解」と「差別」

2010年03月16日 | 教育基本法・教科書
 16日、いわゆる「高校授業料無償化法案」(「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律案」)が衆議院を通過しました。
 ご存知の通り、この法案については様々な批判があります。
 しかし、その中には多くの誤解もあるようですので、少し私なりに整理してみたいと思います。

■ 「国際人権規約」

 まず、良くある批判が「選挙目当てのバラマキだ」という批判がありますので、これについて考えてみましょう。
 国際人権規約という条約があります。1979年に批准しています。
 その中の「A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)」には、「高等教育の無償化」が盛り込まれています。
 この「高等教育の無償化」について日本は長い間、留保してきました。もちろん国々にはそれぞれ様々な国内事情もありますので、この「A規約」を批准したからといって直ちに国内法の整備を行う義務があるわけではありませんが、批准から約30年もの間放置されてきたこと自体、少し放置し過ぎたようにも思います。
 それが今回、ようやく着手することになった、これが今回の「高校無償化法案」だというわけです。

 こうした経緯から考えれば、本質的には子どもたちの人権(「教育を受ける権利」)の問題であって、「バラマキ」などの類いの問題ではないのです。

■ 国どうしの「仲」の良し悪しと「人権」は別物

 さて、もう一つ問題になっているのは、朝鮮学校などに通う生徒さんたちも対象にするのか否かということです。
 例えば、閣僚の中では国家公安委員会の中井洽委員長が、拉致問題と経済制裁を理由に朝鮮学校を除外するよう求めたことがありました。
 前述の通り、そもそも法案の本質は「子どもたちの人権」の問題です。人権を論ずるのに国どうしの「仲」の良し悪しが判断基準になるようでは、お話にもなりません。

 もちろん北朝鮮による拉致も、重大な人権侵害ですし国家犯罪ですが、日本が北朝鮮や韓国の国籍を持つ人々、まして子どもたちを「差別」や「人権侵害」を行なっても良いとするならば、逆に北朝鮮などが日本人に対して「差別」や「人権侵害」を行なうことに、「日本もやっているだろう」と根拠を与えてしまうことになります。
 「子どもたちの人権」の問題だという本質を見誤らない限り、中井氏のような主張はできないはずです。

■ 「教育を受ける権利」

 さて、批判の中には憲法の条文を根拠にしたものもあるようです。
 その一つは、憲法26条の定める「教育を受ける権利」は「すべて国民は」としており、日本国民だけが対象だというものです。
 残念ながらこうした批判は誤解に基づくものであり、妥当とは言えません。有名な最高裁判所の判例をご紹介します。1978年10月4日に出された、いわゆる「マクリーン事件判決」です。

 「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。」
 
 「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるもの」が、どの程度の範囲かという議論もあるでしょうが、例えば外国籍の子どもたちが普通の小学校に入学しようとしたとき、外国籍であることを理由に入学や転入が拒否されるでしょうか。「教育を受ける権利」が保障の対象外だとすれば、拒否されて当然となるわけですが、実際はそうではありません。
 「教育を受ける権利」の保障も、「わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ」と考えるべきでしょう。

■ 「公の支配」

 また、中には憲法89条を根拠にした批判もあります。
 89条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と定めていますが、朝鮮学校は「公の支配に属しない」存在であり、これに公金を支出するのは憲法違反だという主張です。

 これも一見、かなりの説得力があるように見えますが、繰り返し述べてきた通り、ことの本質は、「子どもたちの人権」を支援するものであり、学校を支援するのではありません。
 これは一般の公立高校や私立高校でも同じで、学校が受け取る授業料を「子どもたちから取るのか」「国から受け取るのか」の違いだけで、学校からしてみれば変わりません。あくまで、支援を受けるのは学校ではなく、そこに通う子どもたちなのです。

 すなわち、89条の規定をもって憲法違反だという批判も全くの「的外れ」なのです。

■ 「学校法人」への「支配」は絶大

 ついでに余談ですが、朝鮮学校が「公の支配」に属していないかというと、そうとも言い切れません。
 朝鮮学校は他の私立学校などと同様「学校法人」が運営していますが、この設立に当たっては日本国政府(文部科学省)の認可が必要です。
 また、その管理や寄付行為の変更などについて定められた日本の私立学校法に服しており、法令や所轄庁の処分に違反した場合、文部科学省は私立学校審議会の意見を聞いた上で「解散命令」を出すこともできます。
 しかも、この「解散命令」は絶大で、「行政不服審査法による不服申立てをすることができない」と定められています。
 これだけの絶大な「支配」が朝鮮学校にも行き届いていることは、知っておいた方が良いのではないかと思います。

■ 反対政党の「付け焼き刃」

 ここまで述べてきたことを知らなかった人々を、批判するつもりはありません。
 今まで知らなかったことが多かったのは、ある意味、提案者側の「説明不足」の責任でもあります。
 ただし、今回法案に反対した自民党や、その「亜流」みんなの党に対しては、その「説明不足」の責任も含めて「軽蔑」を禁じ得ません。
 ここまで書いてきた「批判」も、すべて自民党・みんなの党の、言い分です。
 日頃から、憲法にも人権にも見向きもしない政党の「付け焼き刃」では仕方ないかもしれませんが、いかにも中身が「薄っぺら」です。

■ 人種差別撤廃に動いたはずの「保守」

 具体的に言うならば、前述の1979年の「国際人権規約」の批准は、自民党政権の大平正芳内閣のときです。大平氏といえば、自民党総裁の谷垣禎一氏の「宏池会」の大先輩です。なぜ内容を理解できないのでしょうか。

 また、自民党が最大与党として、社会党・新党さきがけと連立を組んでいた1995年に批准した「人種差別撤廃条約」には、国や自治体など公共機関が人種や民族などで差別する行為や、差別の扇動や助長を行わないことが定められています。
 この「人種差別撤廃」を国際会議で最初に提案したのは日本です。第一次大戦後に作られようとしていた「国際連盟」の規約に「人種あるいは国籍如何により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざること」という文言を入れるべきだと主張したのは、1919年当時の日本なのです。 

 しかも、そのときの全権大使だった牧野伸顕氏は、麻生太郎前首相の「ひいお爺様」です。なぜ、それさえも無視するのでしょうか。

■ 「恥ずかしい歴史」を刻む「保守」

 もちろん、それだけ立派な主張を国際社会に訴えた日本も、その頃は国を挙げて他のアジア諸国やその民族を「差別」していたのですから、お恥ずかしい限りです。

 それでも、先人が尽力してきたことや、世界に誇れるような功績を受け継ぐべきなのに、逆に負の「差別」だけを受け継ぐ良識なき末裔が「保守」を僭称し、まだこの日本に蔓延っていることは、やはり嘆かわしいことです。

 「人権」や「教育」を思うとき、他者への「差別」を1世紀近くにわたって引きずるためだけの「保守」。「人権」と「外交」の区別もつかない「保守」。
 すなわち今の自民党・みんなの党などは、「恥ずかしい歴史」を刻み続ける「恥ずかしい」存在なのではないか、私にはそう思えてなりません。
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日教組を標的とした自民党「スパイ活動」指示文書

2010年03月08日 | 国会・政党・選挙
■ 北教組事件の「裏側」で

 民主党の小林千代美議員に対する北海道教職員組合の違法献金問題が取り沙汰されています。
 3月に入ってからは組合役員が逮捕され、国会でも自民党がこの問題への追及を強めています。
 もちろん違法献金ですから同情の余地はありません。しっかりと法による裁きを受ける必要がありますし、国会でも再発防止に取り組んでもらわなければなりません。
 また、小林氏は自ら説明責任を果たすべきですし、政治責任も問われて当然だと思います。
 ただ、今回の件で私が気になるのは、その裏側で繰り広げられている自民党の「スパイ活動」です。

■ 「スパイ活動」指示文書

 2月10日、自民党は全国の地方組織に対して指示文書を出しました。
 その文書は、政務調査会副会長の下村博文氏、同じく文部科学部会長の義家弘介氏の連名による「日教組の違法活動・偏向教育等に係る証拠収集の依頼方について」というものです。
 詳しくは、弊ブログに指示文書を画像として掲載しましたが、要約すれば「鳩山政権と日教組を追い込む。その材料となる証拠をつかむため、自民党の全国組織はあらゆる手段を使ってスパイ活動に当たれ」という指示内容です。

■ 予算審議「そっちのけ」

 2月といえば、国会では予算審議の真最中でした。この予算案そっちのけで、自民党は全組織を挙げて「スパイ活動」に明け暮れていたのです。
 実際、予算委員会などでも、彼らは口を開けば「政治とカネ」の問題だけで予算案にはほとんど触れず、挙句、長崎県知事選挙で自民系候補が勝った翌日からは、また予算審議を放り出して「審議拒否」です。
 予算案の「対案」である「組み替え」動議も、3月2日にようやく提出ということですが、これは衆議院での採決の日です。これでは「組み替え」動議は、「検討しなくても良い、ただのパフォーマンス」だと自分から言っているようなものです。

■ 「政局」最優先の「スパイ政党」

 半年ほど前まで政権の座にあった自民党は、「政局より政策」と言っていたはずですが、今や国会での政策論議や予算審議に、そうした姿勢は微塵も見えません。
 国会では、「批判のための批判」「反対のための反対」を繰り返し、裏では全国組織を挙げての「スパイ活動」に血道を上げ、そうして集めた情報を、検察や一部メディアにリークしては、政府の足を引っ張るだけ、もはや「政局」最優先です。
 思い返せば、自民党が大敗した09年の総選挙で彼らは、それこそ政策もろくに訴えず、ただ民主党や労働組合への誹謗・中傷・怪文書攻撃を繰り返し、逆に反感を買いました。
 最近少し政党支持率が上がったという世論調査もあるようですが、「政局」最優先の「スパイ政党」を支持するほど、日本は愚かな人ばかりではないと思います。
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