エクスタシーレコードの本社は、恵比寿の駅前近くのオフィス街の一角にあった。
エレベーターに乗る。「うちの事務所は3階だからね。3階で下りて」とエクスタシーのスタッフが教えてくれた。AKIRAがエレベーターで3の数字を押す。3階でエレベーターが止まった。
ドアが開いて一歩足を踏み入れると、正面に漢字で“無敵”と書いてある。事務所の方がちょっと誇らしげに言った。「我がエクスタシーレコードの字は、無敵と書くんですよ。無敵と書いてエクスタシーと読ませているんです」
事務所の中には、パソコンやワープロが所狭しと並んでいる。スタッフも、夜の10時を過ぎているというのに何人かいた。
●ミーティングルームへ
「お疲れ様。GLAYの皆さんですよね。YOSHIKIさんから話は聞いています」 そう言われながら、ミーティングルームに通された。
とりあえずGLAYのメンバーは、エクスタシーレコードの人間が現れると訳もなくペコペコ頭を下げ続けていた。すると、YOSHIKIのマネージャーがGLAYの前にやって来た。
彼からYOSHIKIがXのメンバーとの打ち合わせで遅れることを伝えられたメンバーは、ミーティングルームで待つことになった。部屋には、色んなミュージシャンのCDや宣伝の材料に使うらしき人形、可愛らしいモノがいっぱいあった。
TERUもJIROもHISASHIもTAKUROも、CDや人形を手にとったりしてみるものの、まったく心は上の空。「YOSHIKIさんが来たら、どんな話をするんだろうか」 そっちに気がいってることはバレバレだった。
その間、約1時間半ほど。長い時間待たされた。
●舞い上がるメンバー
YOSHIKIがミーティングルームに入って来た。
そして、「じゃ、こっちに入って」とYOSHIKIに言われ、GLAYのメンバーはYOSHIKIがX JAPANのメンバーとの打ち合わせで使っていた会議室に通された。
そこには、まだTOSHIやHIDEも残っていた。
TOSHIが「GLAYっていうんでしょ?YOSHIKIから聞いてるよ。よろしくね」と挨拶した。HIDEも「よろしく。がんばってよね」 そう言いながら出ていった。
TOSHIも「僕はもう帰っちゃうけどさ。YOSHIKI、僕が彼らを教育してあげてもいいかな?」と言って立ち去った。GLAYのメンバーはオタオタしながら、相変わらずただ一様にペコペコと頭を下げ続けた。
YOSHIKIと事務所の関係者2人。合わせて3人がGLAYと向かい合う形になった。
YOSHIKIが「どう?みんなちゃんと生活できてるの?」 と話しかけるが、GLAYのメンバーは舞い上がってしまっていて「え、いえ、まぁ、すいません...」 と全然トンチンカンな受け答えだ。
何か言われても「いや、ちょっと、すいません...」と、とにかく謝る方法しか知らない。馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返した。
●ビールで乾杯
見兼ねたYOSHIKIは「まぁ、座って話をしようよ。ねぇ、缶ビールある?」とビールを用意させた。
「この事務所はね、缶ビールだけは欠かしたことがないんだよ」と言いながらグラスが並べられ、YOSHIKIが缶ビールの栓を切って「じゃあ、とりあえず僕に注がせて」 と言って、グラスになみなみとビールを注いだ。
「じゃ、とりあえずお疲れ様。今日はいいライブだったよね」 YOSHIKIの音頭で乾杯となった。
YOSHIKIはGLAYのデモテープをTOSHIに何回も聴かせて、デモテープを聴いたTOSHIは「このボーカルの声、なかなかいいよね。気に入ったよ」と言ったという。
YOSHIKIが「新人バンドで僕がこんなにやる気になったことは久しぶりだよね」 と言って事務所の関係者に話を振ると、同席していた2人の事務所の関係者も深く相づちを打った。
加えて、「ぶっちゃけた話、ジキルはHIDEがどうしてもやりたいと言ったし、LUNA SEAもよかったんだけど、君たちのデモテープを聴いた時、これだって思ったんだよ。君たちって結構いけると思うよ」と言った。
続けて、「君たちの音は、久々に僕がプロデュースしてみたくなるバンドだよ」と言われ、ビールの味もわからないほど緊張しまくっていたGLAYだったが、メンバーは顔を見合わせた。
「今までの苦労は無駄じゃなかった。今までやってきてよかったね」 TERUもTAKUROも、目でお互いにそう語り合っていた。
●究極のメロディー
そんな時、YOSHIKIが再び質問してきた。
「GLAYの永遠の目的って何?」 そう聞かれたTAKUROは、待ってましたとばかりにこう答えた。「究極のメロディーです。究極のメロディーを作ってみたいと思います」
こう言うと、YOSHIKIは嬉しそうに「じゃあ、うちとライバルじゃない。うちもそうなんだよね。究極のメロディーをどうしたら作り上げられるかということをテーマにしてるんだよ」
そう言われると、TAKUROは頭をかきながら「え、いや、あ、すいません」と、またわけもなく謝る。
ビールがまたグラスになみなみと注がれる。「ずっとこのメンバーでやってるの?」 TAKUROが口を開いた。「はい。結束力は、おそらく日本一のはずです」
YOSHIKIはまたニコニコしながら「いや、2番でしょう」 その言葉に、メンバー全員が再び顔を合わせる。
「どういう意味なのかな?」という顔をしていると、YOSHIKIが「そんなの簡単だよ。うちが1番だからね。うちのバンドの結束力ってすごいんだから」と、自らが所属するX JAPANの自慢をした。
すると、全員が「あ、そうですね。どうもすいません...」と謝る。常にそんな感じで会話が進行していった。
●青天の霹靂
「まずは、エクスタシーからアルバムを出してみないか」
YOSHIKIは言った。「それからもう一つ。僕には今、新しいメジャーレーベルを立ち上げようという計画がある。プラチナムレコードというそのレーベルの第1弾アーティストになってみる気はないかな」
彼の提案は、想像していた以上に魅力的だった。アマチュア最高峰のレーベルからアルバムが出せるだけでなく、YOSHIKIのプロデュースする新しいメジャーレーベルから一気にプロへとデビューするという話なのだ。
青天の霹靂、願ったり叶ったりの雲の上に乗るような話だ。しかし、冷静に考えてみると「ただGLAYがデビューするというだけの話では弱い」とTAKUROは思った。
GLAYの音楽は信じていたが、その人気についての確信はない。何にしてもGLAYは、観客動員数150人がやっとのアマチュアバンドだったからだ。
TAKUROは「エクスタシー側はアルバム1万枚を約束してくれたし、売れなければ自分たちの責任だとまでいってくれたのは嬉しいけど、それだけに、GLAYの成功を確実にする戦略が必要だ」と思った。
YOSHIKIといろいろ話しているうちに、その戦略については思いつくところがあった。
ただし、名もないアマチュアバンドの要求としては思い上がっているといわれてもおかしくないアイデアではあった。それを口に出せたのは、YOSHIKIの人柄が醸しだす安心感ゆえだ。TAKUROは、「この人になら言えそうだ」と思った。
このくらいで怒られるようなら、僕らの将来のためにここで話しが壊れてもいいという計算もあった。
●ピアノ弾いてもらえませんか
「YOSHIKIさん、ピアノを弾いてもらえませんか」 TAKUROは、YOSHIKIにそうお願いした。
世間的にいえば、GLAYはその時点ではまったく知られていない。でも、YOSHIKIのことは誰でも知っている。そして、彼のピアノの凄さは万人の認めるところだ。
「YOSHIKIさんの名前があれば、とにかく注目はされるだろう。それがGLAYの将来にとって吉か凶かはわからない。今のGLAYには分不相応かもしれない。けれど、とりあえず打ち上げ花火を上げて、あとはまたもがけばいい」 TAKUROはそう思った。
YOSHIKIはTAKUROのアイデアに意外そうな顔をしたが、怒り出すこともなく真面目に考えてくれているようだった。「わかった。ちょっと考えさせてくれ」 と言った。
それでさらに安心し、TAKUROとしてはもう一つ聞いておかなければならない質問をした。「あの・・・もう一ついいですか?先輩に飲めっていわれた一升瓶を一気飲みできないと殴られるって、ホントですか?」
TAKUROの質問に、YOSHIKIは笑いながら答えた。「大丈夫。今はもう、そんなことはないよ」
「今はもう?」ということはやっぱり昔はそうだったのかと思いながらも、GLAYのメンバーは安堵した。「音楽だけに専念できるんですね?」 「そんなこと、当たり前だよ」 YOSHIKIはお腹を抱えて笑っていた。
であるなら、これ以上慎重になる必要はない。GLAYのデビューは決まった。
●イチオシで売ってみせる
YOSHIKIは「僕、何日かするとロスに帰っちゃうんだけど、GLAYのことはできるだけバックアップするように事務所の関係者に伝えてあるから、君たちも何か質問があったり相談ごとがあったら、何でもうちの事務所の人間に言ってくれないかな」
そして同席していたマネージャーの方を向き、「よろしくね!僕は絶対にこのバンドをイチオシで売ってみせるから」と宣言した。
そんな会話のあと、YOSHIKIが「とにかく頑張ろうよ」と手を差し出して、GLAYのメンバー1人ひとりと固い握手を交わした。「こちらこそ、よろしくお願いします」 TAKUROのその言葉で解散となった。
【記事引用】 「胸懐/TAKURO・著/幻冬舎」
「Beat of GLAY/上島明(インディーズ時代のドラマー)・著/コアハウス」