福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

「NHK追跡!真相ファイル」に対するアトム真理教老人会の抗議

2012-02-04 20:59:20 | 新聞
2011年12月28日に放送されたNHKの「追跡!真相ファイル:低線量被ばく揺らぐ国際基準」(ウェッブ上でも視聴可)は、テレビでは明示的に語られることのなかったICRPの原子力マフィア的性格を明らかにしていて、御用放送局の中にも批判精神がかろうじて生き残っていることを示した。すると、原子力マフィア・報道統制担当のご意見番老人たちが、112人のがん首そろえて、さっそく抗議にのりだした。この産官学政複合のアトム真理教老人会組織は、『過去にも報道機関に「原子力は危ないという前提で、編集している」といった抗議活動をしてきたが、東京電力福島第一原発事故後では今回が初めての行動だという』東京新聞)。逆風下でガマンしてきたが、『これらは全てICRPの国際的権威に係わることでありますから』こんどはどうにも腹に据えかねる、ということらしい。
=============

 マフィア老人会の面々は、東電や電事連の潤沢なプロパガンダ資金を背景に、事故前は「安全神話」を流布し、反対意見を『客観的なデータと理性を無視して原子力に反対』するなどとして、圧殺してきた。しかし、それがことごとくみんな嘘だったんだぜ、ということを私たちは事故以後、したたか知らされた。『反対派の多くは長年この手の手法を使ってきました』と老人たちは毒づく。しかしそれこそ、原発マフィアのキャンペーンについて言えることだ。「客観的な装いをこらしたごまかしデータと疑問や反論の圧殺、推進派マフィアは長年この手の手法を使ってきました」、なんてもう、ブログだの本だの、あちこちに書かれていることではないか。

NHKの番組は確かに、原発マフィア+日本政府がよりどころとしている『ICRPの国際的権威』にツバを吐きかけた。そういう意図と目的、すなわちICRPの内実を暴露し、それに追随する政府などの公的な言説に対して、われわれ市民が批判的に抵抗できるような基盤を与えようとする意図と目的をもって、この番組は作られている。

ICRPという横文字を、わたしたちは昨年3月の事故当初から、さんざん聞かされてきた。それは、当局の放射線防護の基準と提供するとされ、ICRPがこう言っているから安全だ、だいじょうぶだ、という文脈で使われた。たとえば、学校における被曝線量限度を20ミリシーベルトに引き上げたときも、この機関の「科学的権威に基づく客観的基準」が根拠とされた。ところが、NHKの番組は、ICRPが国際原子力マフィアの御用機関で、『ヒバクを強制する側』の世界的総もとじめであることを指摘した。福島後の必読書、中川保雄の『増補放射線被曝の歴史』(明石書店)が、全編をあげて、かんぷなきまでに明確かつ詳細に明らかにしていることだ。最近、再刊されたとはいえ、この本は、長らく入手不可能であった。こうしたところにも、原子力マフィアの出版・言論コントロールの成果が出ていたのである。

さて、アトム真理教シニアたちの『抗議』は、NHKの『追跡』が、番組の目玉として指摘した以下のような点に関係している。すなわち、1980年代に、広島・長崎に投下された原爆の放射線量の見積もりがまちがっていたことが判明し、その時点での健康被害の疫学調査の前提とされてきた被ばく線量をおよそ半分に訂正しなくてはならないことが明らかになった。ということは、同じがん死等の可能性が、それまで考えられていたよりも半分の線量で生じることになる。すなわち、新しい発見に従えば、一定線量におけるがん死等のリスク評価を二倍にしなくてはならない。しかしICRPは、こうした「科学的なエビデンス」を前にしても依然として、リスク評価を据え置いた。つまりICRPは『リスクを半分に値切っており』小出裕章氏)、『追跡』はそのことを指摘したのだ。そしてそのために使われたのが、『科学的に確定していない線量・線量率効果なる効果』(小出裕章氏)という装置である。「線量・線量率効果(DDREF)」というのは、『抗議』の老人たちが言うように、原爆のように一度に高線量被ばくするのと、長時間・低線量で被ばくするのとでは、被ばく線量の総量が同じでも、「生物学的効果」が異なり、長時間・低線量の場合は、原爆の場合よりも効果が低くなるという説である。この科学的装いは、まさに被曝リスクを高く評価することを阻むために使われている(『増補放射線被曝の歴史』第10章、特に205ページ以下)。その意味で、『追跡』が、『これまでICRPでは低線量の被曝のリスクは低いとみなし、半分にとどめてきたというのです。』とナレーションするのは、ごまかしの技術的なプロセスを省略しているだけで、間違ったことを言っているわけではない。さらに『追跡』はそうした「被曝の強制」が原子力マフィアの意にそって行われたものであることを指摘する。すなわち、ICRPの『当時の主要メンバーは17人。そのうち13人が核開発や原子力政策を担う官庁とその研究所の出身者』であり『低線量のリスクを引き上げなかった背景には、原発や核関連施設への配慮』があったのというのである。当時のICRP委員の『原発や核施設は、労働者の基準を甘くしてほしいと訴えていた。その立場はエネルギー省も同じだった』という発言も引用している。

アトム老人会が、事故後の自粛もかなぐり捨てて、安全神話の条件反射に復帰してしまったのは、こうしたICRPの露骨なごまかし行為を、『追跡』がそのとおりに暴露したからだ。だから、原発安全キャンペーンが事故前までさんざんくり返していたのと同じ『長年この手の手法』がここでも動員された。いわく、取材対象者は「線量・線量率効果係数(DDREF)」のことを話していたではないか、そのような科学的・客観的議論を取り上げて、健康影響を半分にごまかしたなどというのは、何ごとか。非科学的で、客観性を欠いている。『非常に偏見に満ちた』愚かな記者が、低偏差値の『国民の放射線恐怖症をいたずらに煽っている』。御用放送局たるNHKがそれではいけない。だから『一般視聴者に放射線の恐怖のみを煽るような"風評加害者"的報道は今後止めるよう強く要望』するのである。

彼らの『抗議』はいつも科学性・客観性が自分の側にあると主張するが、その科学的・客観的権威が何のために存在し(存在させられ)、何に奉仕しているか、言いかえれば、彼らの技術的概念や議論や言説の壮大な構築物が何をごまかし、だれの利益を守っているか突っ込まれるのが、とてつもなくいやなのだ。この老人たちは戦後高度経済成長のエリートたちで、彼らが軍事国家の統制に差し替えた経済大国の論理を理解しない愚昧な大衆の浅薄で自己チューな情動が我慢ならない。だから、『抗議』でも、お勉強のできる優等生が、落ちこぼれの不良や科学音痴の女子供をしかる調子(ジジイたちは「専門学的に評価」なんておかしな学問気取りが好きです)が、どうしても出てしまう。そういうわけで、老人たちは出演者の室井佑月氏に、もっと勉強しろ、などとお説教を垂れてしまう。室井氏が、「情報が出されていない」と発言したことに対して、放射線や被曝の問題はあちこちのサイトや本などにいろいろ出ている、と。

しかし、室井氏が足りない、と言っていた「情報」とは、マフィアがプロパガンダで流布させている種類の情報、「100ミリシーベルト以下では健康に影響が出ることはありません」とかいうたぐいの情報ではなく、「ICRPなどという国際機関は、原発利権者のために被曝を強制する組織であり、原発マフィアが世界中の人々に被曝を強制していることを科学の装いをこらして見えなくする役割を担っている」という種類の情報であり、また、「被曝を強制するという視点ではなく、被曝から私たちを守るという視点からみたら低線量被ばくの危険性はどれだけなのか」という、フクシマ後の私たちの生活に不可欠な情報なのだ(ICRP以外のリスク評価には、ゴフマンECRRのものがある)。

 室井氏が知りたいと思っている情報は、『放射線被曝の歴史』にもたくさんある。ICRPをはじめとする国際「科学」機関がどんなに低線量被ばくのリスクを低く抑えるためにさまざまな「科学的・客観的」な装いを取ったごまかしをくり返してきたか、同書には「値切り係数」以外の手段も数多く指摘されている。その中から一つだけ拾ってみよう。

・疫学的対照グループの恣意的設定
放射線被曝の影響を調べるには、被曝した人と被曝しなかった人を比べなければならない。ところが、原爆による放射線被曝の健康影響を調査する時、日米の「科学的」調査機関(広島から「放射線安全」御用学者を供給している放影研こと放射線影響研究所はその後身)は、

『「有意な線量」をあびた被爆者と比較対照するべきものとして、同じような社会的条件に合ったものとして(注・マフィアには、こうした「科学的」こじつけ考察をいくらでもくりだす金と時間と御用学者人材がある)、2キロ以遠で被爆した低線量被爆者を選んだ。このように、高線量被爆者を、低線量被爆者を基準として放射線の影響を見出そうとする方法を採用すれば、その影響の過小の評価につながるのが当然である。同時にこのような方法の採用は低線量被爆者の間に現れていた放射線の影響を切り捨てることにつながらざるを得ない。』(102ページ)

 このほかにも、たとえば、今や当然のことのようになった「実効線量」という考え方の導入がいかに被曝の強制させる方向に作用したか(『「科学的操作」が複雑に行われるだけ実際の被曝量との差が入り込みやすい。それだけごまかしやすいのである』156ページ)など、『放射線被曝の歴史』には放射能マニア老人たちが、逆上して悶死しかねない重要な指摘がたくさんある。室井佑月さん、あなたに必要な情報はまずこの本の中にある!

 『抗議』の中で、原発おたくジジイたちが「(3)論旨に不都合な事実の隠ぺい」と称して『追跡』を告発しているところがある。ICRPは『1990年の勧告で職業被曝を年50mSvから5年100mSvに、公衆被曝を年5mSvから1mSvに規制強化していますが、番組ではこのことは全く触れてなく』、不公平だ、とゴフマンのご様子だ。これは、原発推進派が期待するICRPのごまかし機能を示す大変面白い例だ。5年で100mSVということは、1年ごとにその5分の1、20mSVの被曝に制限するということではない。ICRP自身が言うように、5年間の平均で1年ごと20mSVになるというだけで、『このことが意味している内容やそのごまかしは、原発での被曝労働を具体的に考えてみればよく分かる』。電力会社の正社員なら、「5年間の平均で1年ごと20mSV」という規制は、年50mSvという規制値に比べて、一定の意味をもつかもしれない。しかし、一番きつい被曝労働は『弱い立場にあり不安定な雇用状態にある被曝労働者』に押し付けられている。そのような労働者にとっては、「年50mSv」という今までと同じ上限で被曝していって、値が100mSVになった時に解雇されるか、あるいは、その前に健康を損なってやめざるをえなくなるか、しかないのである(『放射線被曝の歴史』212‐13ページ。ちなみにこういうところに、電力会社の労組が、経営者と同じように原発存続にしがみつく条件があるのではないか)。

 さて、放射能マニア老人たちが、ICRPの実態暴露にあんなに過敏に反応していたのに、『追跡』番組中の以下の点に関しては、何の抗議もなさっていない。番組の書きおこしから引用する。

『西脇:ちょっとこちらをご覧いただきたいんですけど、これは2010年のICRPの予算がどこから来ているのかを示したものなんですけども、アメリカの原子力規制委員会を筆頭に、原子力政策を担う各国の官庁から・各国政府からの寄付によって成り立っているんですね。
西脇:日本も原子力を推進する日本原子力研究開発機構が毎年それなりの額を寄付していると。
室井:そうするとICRP自体が原発を推進したい人たちの側が作ったものだから、安全基準値を決めるわけだから…それじゃいけないんですよね。
西脇:ICRPというと日本では科学的な情報を提供してくれるイメージがあるんですけれども、彼ら自身も繰り返し言っていたんですけれども…彼らは政策的な判断をする集団だと。どこまでが許容できて許容できないのかを、政治的に判断する組織だと。
室井:ということは、自分で判断していくしかないと思うんです。しかも安全な方に。どれだけ取らないようにするか、自分で決めっていった方がいいのかなと思いますね。』


いうまでもなく『日本原子力研究開発機構』とはニッポン原発マフィアの一つの中心である。番組中に提示された表では、この連中は2010年に45000ドルICRPに出している。ところで、『機構』自体に経産省の原子力予算から多額の金が流れているから、結局、私たちは税金で「被曝を強制する論理」を買い、それを自分たちに適用されていることになる。そして、この金の支出について、原発老人会は何も言わない。金は科学的で客観的ですからでしょうか。

最後に、放射能変態老人たちの言説で、とても気になったことがある。それは、『追跡』の「風評加害」報道が、

『わが国における汚染地域の放射線防護の基盤を根底から覆す惧れのあるものであり,そのことは,環境修復や避難民帰還のハードルを著しく高めることになり・・・結果として年間放射線量が20mSv未満の区域に今なお住み続けておられたり、あるいは除染が済んで20mSv未満の避難指示解除区域になったら避難先から帰ろうと考えておられる福島県の住民自身を一層不安に陥れ、復帰を断念させることを大変危惧します。』

原発マフィアがいまやっきになっていること、それは、放射線が計測されても、何が何でも地元・「ふるさと」に住民を帰還させ、住民に被曝を強制しながら強引に以前の日常生活を回復させ、それによって事故をできるだけ小さく見せ、できればなかったことにしてしまおう、ということなのが、この老人的偏執を見せるコメントからよくわかる。ICRPの権威を傷つけることは、ここで大事な被曝の強制装置にきしみを生むことになるのである。

当ブログの関連記事
→ 一家に一冊、必読必携の名著復刊!みんなで中川保雄著『放射線被曝の歴史』を読もう


最新の画像もっと見る