地形学とGIS / Geomorphology & GIS

ある研究者の活動と思考の記録

ベイルート

2009-11-30 | ひと
パリの学会の後,レバノンのベイルートにやってきました.目的は,レバノン人の地形学者,ラニア・ブヘ(Bou Kheir, R.)との議論です.中近東では,イスラエルを除くと国際的に活躍している地形学者がとても少ないのですが,ラニアは例外です.彼女は多数の論文を国際誌に執筆しており,デンマークの大学の客員教員でもあり,フランスやアメリカの研究者とも共同研究を行っています.とても貴重な人材です.

そんなラニアも,かなり苦労してきたことが今回わかりました.彼女はイスラム教徒ではなく少数派のキリスト教徒で,かつ女性であるため,レバノンでは不利な扱いを受けることが多いそうです.そこで彼女は,国内よりも国外で理解されることを目指してきたそうです.実に共感する話でした.

ラニアはGISを用いた侵食地形の研究を行っています.今回,ベイルートの郊外の山地に連れて行ってもらい,侵食の実態を見ることができました.写真の斜面には全面的に人の手が加わっており,多数の段々畑が分布しています.しかし農業の従事者が減ったため,写真の手前側の斜面や,奥側の斜面の左側のような放棄された畑が増え,侵食の原因になっています.彼女の論文には,この問題に関する記述があり,僕はそれを事前に読んでいました.しかし今回現場を見て,初めて具体的なイメージを得ました.フィールド調査の大切さを再認識しました.

レバノンというと,ヒズボラの存在やイスラエルとの争いが報道される機会が多いため,危険な国というイメージがあるかもしれません.しかし現地はすこぶる平和です.また,僕は2004年まではシリアに頻繁に行っていたので,久しぶりに味わう本場の中東料理に感激しました.ただし,ベイルートの海岸を歩いていた時には,古い建物の壁に,内戦の時代の銃撃でできた多数の穴や窪みがあるのを見ました.また,2006年にイスラエルがレバノンを空爆した際には,ベイルートも標的になりました.平和の時代は決して長くないといえます.

This-ism, that-ism, ism ism ism.
All we are saying is give peace a chance.
(Give Peace a Chance / John Lennon)

冬のパリ/冬の大学

2009-11-26 | おでかけ
パリに来ています.昨日まで,S4(Spatial Simulation for the Social Sciences)というグループの国際学会に参加していました.自然地理学を専門とする僕が,社会科学系の学会に出るのは少々奇妙ですが,空間情報科学研究センターがS4に加入しており,地理系の研究者が環境を含む問題を取り上げているので,議論と情報交換のために参加しました.副センター長の浅見先生と,先生の学生さん2名も一緒でした.

僕の発表は地形の傾斜の統計分布に関するもので,haya君およびlinさんと連名でした.他の発表とは対象が異なるため,最初に「これはStudy on Simple Statistics of Slope なので,S4で発表して良いはず」と述べました.場違いでなければと思っていましたが,発表後には質問が多数出たのでホッとしました.対象が何であれ,地理情報の分析として相互理解が可能なようです.参加者の多くはヨーロッパ人でしたが,北米,オセアニア,タイなどからの参加もあり,なかなか面白い学会でした.

パリの天気はどんよりとしていますが,お洒落な人たちが行き交う街を歩いていると,気分が明るくなってきます.一方,宿に戻ってパソコンをネットにつなぎ,「国立大運営費にも厳しい仕分け」という日本のニュースを見たときには,一気に憂鬱になってしまいました.

日本の大学は欧米の大学に比べて,教員に対する事務職員や技術職員の比率が小さく,教員が研究や教育に集中しにくい環境になっています.この話を欧米の研究者にすると,先端的な経済大国という日本のイメージと合わないらしく,とても驚かれます.大学運営費の削減は,この奇妙な状況をさらに悪化させることを意味します.

I was so hard to please.
(Hazy Shade of Winter / Simon & Garfunkel)

地図の歌

2009-11-23 | 音楽
僕の自宅の最寄り駅は京浜東北線の北浦和駅ですが,武蔵野線の東浦和駅もときどき利用します.毎年,11月から年末まで,東浦和駅前の広場にクリスマスツリーが点灯されます.派手ではないですが,見ていると家庭的な暖かみを感じます.

先日,夜7時過ぎに電車から降りたところ,駅前広場で女性がキーボードを弾きながら歌っていました.10秒ほど聴いた時点で,すっかり魅了されてしまいました.優しく透明な声に穏やかな曲.クリスマスのイルミネーションと見事に調和していました.キロロを連想しましたが, 独自性も感じました.

すぐにバスに乗る必要があったため,聴けたのは1分間くらい.キーボードの脇に書かれた「あえか」という名前を急いでメモしました.家に帰ってネットで検索したところ,春日部市のミュージシャンと判明.インディーズで高い評価を受け,最近アルバムを出したとのこと.

さっそくアルバムを入手して聴いたところ,駅前ライブの印象どおりでした.歌詞とメロディがきれいにかみ合った曲と,一音一音に微妙な抑揚がついた歌い方に癒されました.

アルバムの最後の曲は「地図」です.感動的な佳曲で,小坂明子の「あなた」と同じ旋律が一瞬聞こえるのが懐かしく感じられました.地理学を専門とする僕は,一般の人が「地図」の語をどう認知しているのかに興味があります.あえかさんの「地図」は,心の中にある情報の集合のような概念で,この点では尾崎豊の「十七歳の地図」と共通といえます.一方,あえかさんは,地図が書き換えられる過程で,新しいことが可能になるかもしれないと歌っています.

この視点は,都市などの発展を地図に示した場合と似ていると思います.たとえば地図に鉄道が加わることは,新たな行動が可能になったことを意味します.地図というと,現在もしくは過去の静的な情報を連想しがちですが,将来への期待と結びつけている点が新鮮に感じられました.

なお,少し前に地形学に関連する番組と記した「ブラタモリ」の最後には,井上陽水の「Map」という曲が流れます.地図はミュージシャンを含む多くの人に,インスピレーションを与えてくれるようです.

***

たとえ今日はできなくても
明日はできるかもしれないよ
だから今はただ前向いて
ただ一歩進めばいいよ
(地図/あえか)

事業仕分けとポスドク

2009-11-19 | 昔話
前回の記事で「地形学の将来が明るいことを確信した」と記したが,それは学術的な状況である.社会的な状況は,残念ながら相当異なるようだ.

行政刷新会議が行っている「事業仕分け」に関して,多数の記事がネットに出ている.その中で,今後予想される研究関係の予算の減少がポスドクの雇用を縮小させ,将来の学問を滅ぼすことが懸念されている.僕の分野では,日本地球惑星科学連合の木村会長がブログに記事を書かれている(リンク).事態を踏まえて,近日中に連合が公式なメッセージを出すことが予告されている.

ここ数年,博士の学位を取得した若手研究者が,常勤職につけない状況を目の当たりにしてきた.国際誌に論文を多数書いたり,学振のSPDに選ばれたような人であっても,常勤職をすぐには得られない.そのような状況の中で,ある優秀なポスドクが研究室の机で長時間泣いている姿を見たことがある.忘れられない光景である.

現状での多少の救いは,任期はあるが給与が出るポスドクになれる機会が,以前よりも増えたことである.科研費で研究員を雇用可能になったことや,多様な研究機関がポスドクを戦力として重視していることが背景にある.しかし,研究予算が削減されればポスドクの雇用も確実に減る.そうなると,「多少の救い」さえもが失われてしまう.一方で常勤職が増えることは期待できない.背筋が寒くなる話である.

今思うと,僕の就職は旧制度の最後の遺物であった.1991年に地理学教室の助手として就職した際には,博士の学位がなく,お恥ずかしいことに英語論文や国際学会発表もなかった.それにもかかわらず,得た職には任期がなかった.今とは雲泥の差である.ただし僕も全く苦労しなかったわけではなく,就職の前はD5(=D3の留年2年目)で奨学金が切れていたため,バイトで何とか食いつないでいた.また,就職後には自己の国際化に取り組み,それなりの結果を出したと思う.それでも今の若手は,僕の就職の話を不条理と感じるだろう.「その実績で,任期なしの職を得たのですか?」と.

僕の義務は,今の厳しい時代の中で頑張っている若手のためにできることを考え,それを実行することだと思う.「自分はラッキーだった」で終わらせてはいけない.国政のようなモンスターに比べて個人は非力で,できることがとても少ないとしても.

Try to plant a seed, fulfil the need, to make it grow.
(Foreign Sand / Roger Taylor with Yoshiki)

オリバー

2009-11-16 | ひと
ドイツ人の地形学者であるオリバー・コルップ(Korup, O.)が日本にやってきました.土木研究所と国際砂防シンポジウムで招待講演を行うためですが,昨日,自由な時間が半日あるというので東京を案内しました.オリバーとは5年ほど前からメールをやりとりしていましたが,会ったのは今年9月の台湾の学会が最初でした.

オリバーは学位をニュージーランドで取得した後,スイスの研究所に勤務していましたが,最近,母国のボツダム大学に異動しました.経歴のみならず研究も国際的で,ニュージーランド,ヨーロッパ,ヒマラヤなどの山地や河川を研究しています.チベット高原が平坦な理由について,新たな解釈を提示した論文をNatureに執筆するなど,30代後半にして地形学のスーパースターの一人になっています.

最初にランチに行き,「日本のシュニッツェル」としてトンカツを食べました.カツという名前をオリバーに教えたところ,彼は「ドイツ語の猫(Katz)と同じ」と言いました.僕はその時,シュヴァルツェ・カッツという黒猫の絵のドイツワインを連想しました.今度,このワインとトンカツの組み合わせを試してみたいと思います.

食事の後,都庁の展望台,原宿,神宮外苑,銀座の順に移動しました.オリバーの3歳の娘さんがハローキティが大好きなので,銀座駅の近くに最近オープンしたサンリオワールドに行き,お土産を買うのを手伝いました.その後,回転寿司で夕食となりました.

神宮外苑からはhaya君も合流しました.初対面でしたが,すぐに研究に関する会話が始まりました.寿司屋ではhaya君がオリバーに,「どうしたら論文をたくさん書けるのか」と質問しました.僕はhaya君の論文執筆の実績を知っているので,イチローが王貞治にバッティングの極意を尋ねているような感じがしました.オリバーは,自分の時間の配分法や,草稿をどのようにポリッシュしていくかを,haya君に丁寧に説明していました.

二人のハイレベルな会話を脇で聞きつつ,寿司とビールを楽しんでいた僕は,地形学の将来が明るいことを確信しました.

It's a professional career.
(Oliver's Army / Elvis Costello)

CSIS DAYS 2009

2009-11-13 | できごと
昨日と本日,東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)のシンポジウム「CSIS DAYS 2009」が行われています.GISに関連した約50件の発表で構成されています.内容は,自然環境,都市,理論,システム,災害など多分野に及んでいます.

昨日のセッションでは,地形解析に関するラボの成果を土志田君と大澤君が発表しました.また,OGの林さんも,産総研での研究成果を発表してくれました.今日はOBの勝部君らの発表が予定されています.また,早川君は運営のサポートで活躍しました.

CSIS DAYSは毎年行われ,今回が5回目です.昨年の記事にも書いたように,全ての発表が5分の口頭発表+ポスター発表で構成されています.ちょっと変わったスタイルですが,すでに定着した感じです.アブストラクト集が美しいのも売りの一つです.最近の学会では,アブストラクトを印刷せず,ウェブのみに載せる場合が増えています.しかしCSIS DAYSでは,フルカラーのきちんとした冊子を作っています.

ポスターの前での討論は,普通の学会よりもリラックスした感じで進みます.懇親会も和気あいあいです.「CSIS DAYS = CSISでEASE」という感じでしょうか? 

来年度も開催予定ですので,GISに関心のある方は,ぜひご参加下さい.

I think I did have good days.
(Just Hold Me / Maria Mena)

斜め空中写真

2009-11-10 | つれづれ
7月の若手地形学者セミナーの際に,国際地形学会の会長であるMike Crozierが,「地形学者は飛行機の窓側の席にいつも座る」と講演の中で話しました.

自分も以前はそうで,スチュワーデスに「映画をやるから日よけを下げて」と言われても,スキをみて日よけを少し上げ,地形を見ていました.しかし今は,フライトのルートや時間によっては動きやすい通路側の席をとります.Mikeの話を聞き,自分の熱意が落ちてしまったように感じました.

先週,済州島での学会に向かう時のフライトでは,窓際を確保して地形を見ていました.我が郷里である諏訪盆地の少し南側を通過しましたが,伊那市付近の風景をみて驚きました.天竜川,三峰川,小沢川の河道と段丘崖が作る,十字架のような形が見えたからです.はくちょう座か南十字星,という感じがしました.

その後,伊那市付近の地図や衛星画像を見てみましたが,十字のパターンに気づくのは困難でした.どうやら,飛行機で斜めから見ないと,認知できないようです.

地表のパターンを知るのに斜め空中写真が使えるというのは,新たな認識でした.もちろん,斜めから見るとバイアスがかかるので,読み取ったパターンの客観性は高くないのでしょう.伊那の場合にも,実際には屈曲のある地形が,斜めから見ると直線的に見えるという効果に起因するようです.それでも,予想外のパターンが見えるのは面白いと思いました.

なお,この「十字」を地形学的に説明するのは難しそうです.黒部の十字峡のように,岩盤を刻む谷であれば,方状節理などで説明できそうです.しかし伊那の場合は,河川堆積物に覆われた盆地の中なので,たまたま本流と支流がそう分布している,ということに尽きる気がします.

All right.
Sail away to the sign.
(The Sign of the Southern Cross / Black Sabbath)

済州島

2009-11-06 | おでかけ
地理情報システム学会と,韓国GIS学会の合同シンポジウムのために,済州(チェジュ)島の西帰浦(ソギポ)市に来ています.

済州島に来るのは約20年ぶりです.前回は院生の時で,早稲田大学の大矢先生が韓国本土で企画した巡検に参加した後,一人でやってきました.多数の滝や洞窟を持つ火山島に,興味があったためです.

その時,ローカル・バスに乗ってガイドブックを開き,宿の候補を探していると,「あなたは日本人ですか」と現地の人に声をかけられました.日本語を少し勉強した方で,後は英語にスイッチして話をしました.当時の僕の英語はひどかったはずですが,何とか意思疎通をし,結局,その方の家に泊めてもらいました.外国の普通の家に泊まった最初の経験で,統治時代に学んだ日本語を話す彼の両親にも会いました.旅先での親切のありがたさを実感しました.

時はかわり,今回は大韓航空(KAL)のホテルに泊まっています.部屋の窓から見える漢拏山がきれいです.20年前には山頂まで歩いて登りました.途中で下方を見たら,側火山がとても密に並んでいたのが印象的でした.

今回の学会では,最初のセッションで座長を担当し,次にフィリピンのピナツボ火山における噴火後の植生回復について発表しました.ロンさんらと行った研究です.リモセンのデータ解析に基づき,植生の完全な回復には50~100年を要すると推定しました.ただ,発表時間が12分しかなく,ジョークを入れるのは困難でした.最後に「この火山は安全であってほしい」というコメント付きで,漢拏山の写真を出したのが唯一の遊びでした.

実は,小泉首相が女優のチェ・ジウに,「チェジュ(島)とあなたの名前は似ていますね」という,カタカナの発音から発想したジョークを言ったけれど,彼女は理解できなかったことを紹介しようと思いました.でも,内容がちょっと複雑で,時間を浪費しそうだったので,やめました.一応,ジウ姫の写真も用意したのですが...

Take me back to waterfalls in volcanic canyons.
(Island Life / Michael Franks)

神聖ビール

2009-11-02 | お酒
9月の台北での学会のときに,発表者が集まって夕飯を食べていたところ,「後でオデオンに行こう」という話が出ました.「オデオンっ て劇場?」と思いましたが,行ってみたらパブでした.

驚いたことに,そこにはさまざまなベルギー・ビールが置いてあり,一緒にいたベルギー人も品揃えに感心していました.僕はChimay(シメイ)というアルコール度が高いものを飲み,隣に座ったオランダ人はOrval(オルヴァル)を飲みました.

これらは共にトラピスト・ビールと呼ばれ,カトリックの修道院が醸造しています.神聖な修道院に俗的なビールは似合わない気もしますが,聖書には,婚礼の宴会でワインが不足した時に,キリストが水をワインに変えた話が出てきます.よって,ビールを作る修道院を異端視する必要はありません.

先日,ヨーロッパの調査から帰国したカミさんが,Orvalを専用グラスとともに持ち帰りました.このため,和食とベルギー・ビールの組み合わせが実現しました.日本の普通のビールよりも濃厚な味ですが,あっさり系の和食と意外によく合います.

グラスの形はキリスト教の聖餐で用いられる「聖杯」を模しており,一本分を一度に注ぐのがベルギーでの流儀です.ただし写真では,グラスの文字がよく見えるように途中で止めています.

なぜOrval?とカミさんに聞いたところ,Orvalを作っている修道院の建物の風化を,フランス人らと調査し始めたとのこと.風化は僕の領域ではありませんが,調査地がめちゃくちゃうらやましい! 僕も,「斜面地形学からみたワイナリーの立地」を,次の研究テーマにすべきかもしれません.

There was nothing left to eat.
Suddenly two angels walked in.
With a loaf of bread and meat.
(Dominique [originally in French] / Soeur Sourire)