地形学とGIS / Geomorphology & GIS

ある研究者の活動と思考の記録

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20年前の学会

2010-04-01 | 昔話
1990年の3/31~4/1に,千葉大学で日本地形学連合の学術大会が開かれました.当時,僕は博士課程の3年目を終え,学位なしでD4(=D3留)になる時でした.奨学金が切れて就職の予定もなく,不安が増していました.将来を信じて頑張るしかないと自分を鼓舞していました.

学会の初日は都合で出席できず,2日目の4/1に会場に行きました.その際に,僕の後ろにたまたま座っていた人が,学部4年生だった今の家内です.セッションの合間に会話をしたのが,我々の出会いでした.

配偶者と学会で出会ったことは,ロマンチックではない感じです.また,かつての日本では,仕事と家庭を分けるために同業者とは結婚しない雰囲気があったので,我々はちょっと変わっていたと思います.しかし今では,同分野の研究者どうしの結婚も普通になってきたようです.

ともあれ20年が経ちました.4/1の出来事でしたが,エイプリル・フールとは無関係でした.二人とも多くの方々に支えていただき,今日に至りました.

1990年産のワインを家内と飲むことにしました.

On that you can rely.
No matter what the future brings.
(As Time Goes By / Dooley Wilson)
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災い転じて福

2010-01-25 | 昔話
前回に引き続き,卒論に関連した話です.写真は,学部3年の春休みに撮影したもので,阿蘇カルデラの中央火口丘にある夜峰山(913 m)の中腹からカルデラの南東部(南郷谷)を見たものです.春霞のために,ぼやけています.

このときは,国鉄が発行していた20日間有効の九州周遊券を使って旅行をしていました.貧乏学生だったので,激安で泊まれた大学の自治寮の談話室,車中泊,駅寝などで過ごし,たまに銭湯やコインランドリーに行きました.今なら確実に体を壊しますが,当時は何とかなりました.

阿蘇では,南側の阿蘇下田駅(現:阿蘇下田城ふれあい温泉駅)から中岳の火口を経て,北側の阿蘇駅に徒歩で向かいました.一日がかりのルートです.ところが出発して間もなく道を間違え,夜峰山の南斜面に行ってしまいました.誤りに気づいて戻りはじめましたが,その際に見えた風景に感動して撮ったのが上の写真です.狭い範囲に山地斜面,山麓緩斜面,扇状地,河岸段丘,蛇行河川などが分布しています.まるで箱庭のようでした.

当時,地形学に興味を持ち,大学院への進学を希望していました.卒論のフィールドは実家の近くにする予定でしたが,上の「箱庭」に魅了されてしまいました.ここなら短時間でいろいろな地形を研究できると思いました.九州周遊券と熊本大学の寮での宿泊を組み合わせれば,お金はさほどかからないこともわかりました.結局,阿蘇を卒論のフィールドにしました.

ノーベル賞をとるような偉大な研究が,手続きを間違えた実験から始まったというような話を時々耳にします.僕の場合は,卒論で優れた研究を行うことにはなりませんでしたが,その後につながる多くのアイディアを得ました.火山の中に面白い斜面や河川地形があるのは,全く予想外でしたが,道を間違えたために知ることができました.明らかに「災い転じて福」でした.

なお,九州旅行の時には「ウォークマンもどき」で音楽を聴いていました(SONY製は高くて買えなかった).その時に,一人旅に実に似合うと思った曲を引用します.

We sailed for parts, unknown to man.
(A Salty Dog / Procol Harum)
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シラス台地の河成段丘

2010-01-16 | 昔話
毎年この時期に,卒論や修論のために奮闘している学生を見ると,自分の学生時代を思い出します.25年前に卒論の調査を阿蘇でやっていたときには,熊本大学の横山勝三先生をしばしば訪問し,情報をいただきました.当時,横山先生はシラス台地の河成(河岸)段丘を研究されていました.一度,先生の調査に同行する機会がありました.

調査の際には,段丘の地形的特徴と段丘面の上の火山灰を調べました.シラス台地の河成段丘は,火砕流台地の原面を掘り込んでできた侵食段丘です.写真は,調査の際に撮影した段丘面の例です.これらの段丘の上に載っている火山灰の層序は,台地の原面の上のものと全く同じです.このことは,入戸火砕流の噴出によってシラス台地が形成された直後に,段丘も形成されたことを示しています.横山先生は,台地の形成後,植生が侵入するまでのごく短期間のうちに,段丘ができたと考えておられました.

昨年,このブログに段丘地形の呼称に関する話を書きました.その記事に対するコメントの中で,田代先生が「一気呵成にできる河成段丘」というダジャレを書かれました.シラス台地の河成段丘は,その実例になります.もちろん,通常の河成段丘は数千年といった長い時間をかけて形成されます.シラス台地の場合には,巨大噴火の火砕流によって突然高い台地ができ,その表面に植生が全くなかったので,大規模な侵食が急速に生じたという特殊事情があります.

なお,僕が小学生か中学生の時には,「シラス台地=火山灰台地」と学習しました.これは大きな誤解をもたらしました.火山灰が長い時間をかけて降り積もったために,台地ができたと思ってしまったのです.火山灰の噴出で有名な桜島があるので,それと結びつけて考えた気がします.また,実家の近くの台地の上に,御嶽山の火山灰などに由来する「信州ローム」が載っていたことも,誤解を助長したと思います.

It all took place so quick.
(Your Latest Trick / Dire Straits)
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事業仕分けとポスドク

2009-11-19 | 昔話
前回の記事で「地形学の将来が明るいことを確信した」と記したが,それは学術的な状況である.社会的な状況は,残念ながら相当異なるようだ.

行政刷新会議が行っている「事業仕分け」に関して,多数の記事がネットに出ている.その中で,今後予想される研究関係の予算の減少がポスドクの雇用を縮小させ,将来の学問を滅ぼすことが懸念されている.僕の分野では,日本地球惑星科学連合の木村会長がブログに記事を書かれている(リンク).事態を踏まえて,近日中に連合が公式なメッセージを出すことが予告されている.

ここ数年,博士の学位を取得した若手研究者が,常勤職につけない状況を目の当たりにしてきた.国際誌に論文を多数書いたり,学振のSPDに選ばれたような人であっても,常勤職をすぐには得られない.そのような状況の中で,ある優秀なポスドクが研究室の机で長時間泣いている姿を見たことがある.忘れられない光景である.

現状での多少の救いは,任期はあるが給与が出るポスドクになれる機会が,以前よりも増えたことである.科研費で研究員を雇用可能になったことや,多様な研究機関がポスドクを戦力として重視していることが背景にある.しかし,研究予算が削減されればポスドクの雇用も確実に減る.そうなると,「多少の救い」さえもが失われてしまう.一方で常勤職が増えることは期待できない.背筋が寒くなる話である.

今思うと,僕の就職は旧制度の最後の遺物であった.1991年に地理学教室の助手として就職した際には,博士の学位がなく,お恥ずかしいことに英語論文や国際学会発表もなかった.それにもかかわらず,得た職には任期がなかった.今とは雲泥の差である.ただし僕も全く苦労しなかったわけではなく,就職の前はD5(=D3の留年2年目)で奨学金が切れていたため,バイトで何とか食いつないでいた.また,就職後には自己の国際化に取り組み,それなりの結果を出したと思う.それでも今の若手は,僕の就職の話を不条理と感じるだろう.「その実績で,任期なしの職を得たのですか?」と.

僕の義務は,今の厳しい時代の中で頑張っている若手のためにできることを考え,それを実行することだと思う.「自分はラッキーだった」で終わらせてはいけない.国政のようなモンスターに比べて個人は非力で,できることがとても少ないとしても.

Try to plant a seed, fulfil the need, to make it grow.
(Foreign Sand / Roger Taylor with Yoshiki)
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元工学志望

2009-07-20 | 昔話
若手地形学者セミナーの講演では,自分の昔の写真をいくつか見せた.その一つが,小4の遠足で伊那の三峰川に行ったときのもの.僕は5人の中央に立っている。

礫だらけの河原という,日本の急河川を象徴するような写真である.当時は,このような場所でよく遊んでいたので,川などの自然について特に意識することはなかった.それでも小5の頃に,霧ヶ峰で緑の草に覆われた谷を見て,妙に感動したことを憶えている.自分がいつも見ていた風景とは違ったからである.

高校生の時には地形に少しだけ興味を持った.地理の授業で,いろいろな地形の説明を聞いたのが楽しかった.でも強い興味にはならなかった.よって,大学に入学した時には,工学部の機械系か電気系の学科に進学したいと考えていた.

しかし,東京で暮らすうちに,山や川が近くにないことに違和感を持ち始めた.以前は身近すぎてわからなかった自然の価値を理解できるようになった.その頃,授業をさぼって多摩ニュータウンに行き,宅地開発の状況を見たことがある.自然と関係しそうな工学の分野として,都市工学科への進学を考え始めたからである.

その後,自然への思いが深まる一方で,工学への関心は相対的に小さくなった.その結果,進学先として理学部地学科の地理学コースを選んだ.工学のような実学を専攻することを期待していた親は,予想外の展開に驚いていたが,「それで良かったんだよね」という寛大な言葉で受け入れてくれた.

10年ほど前,理学部から空間情報科学研究センターに異動すると,工学系の研究者と接する機会が増えた.当時のセンター長をはじめ,都市工学の先生が何人かいらしたことは,一種の縁に思えた.

人生がどのように進むのか,まだよくわからないが,単純な二者択一ではないことは確かである.以前は選ばなかったことに対して,後から予期せぬ接点が出てきたりする.

したがって,人生の選択に迷ったときには,あまり時間をかけずに決めるのが良いと思う.一つを選ぶことが,もう一つを捨てることにはならないと信じて.

Have you made your selection?
(Clean Money / Elvis Costello)
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南流山+赤羽

2009-06-20 | 昔話
今日は画期的な日.研究室のコンパを南流山の台湾料理店でやったので.外でやるのは4年ぶりくらい.いつもの買い出しワイン+チーズではなく,紹興酒+ナマコだった.

今日の主役は二人.博士に進学し,博論のテーマが決まりつつある張さんと,元研究員のロンさんの奥様で,もうすぐニュージーランドに渡るミオさん.あと,kota君も就職内定ということで,半主役に.

その場に,haya君が友人の漫画家の新著を持ってきてくれた.清野とおる氏の「東京都北区赤羽(1)」.本人のサイン入りのものを有り難くいただき,帰宅途中の武蔵野線で読んでいたら,とても共感する話があった.第3話「坂の上の町」.著者が赤羽に住み始めたころに,好奇心で散策していたら道に迷い,やっとの思いで帰宅したという内容である.

僕は学部生の時に,赤羽で関東ローム層と段丘礫層が見える露頭を探したことがある.ある古い本に,赤羽には23区では珍しい,コンクリートや植生に覆われていない台地の露頭があると書いてあった.当時は隣の川口に住んでいたので,さっそく現地に行った.しかし,なかなか見つからない.あれこれ歩き回り,やっとそれらしき場所を特定したが,植生が侵入していて地層はほとんど見えなかった.すでに夕方で,がっかりしながら駅に向かった.

漫画のお陰で,すっかり忘れていたことを思い出した.露頭をわざわざ見に行くなんて,当時の僕はちょっと張り切っていた.一方で心は不安定で,些細なことでも落ち込みやすかった.20歳の頃の感覚.とても懐かしい.

I had a dream.
When I was young.
A dream of sweet illusion.
(One Vision / Queen) 
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ギャートルズ

2009-01-18 | 昔話
少し前に記したように,ギャートルズの絵と日本第四紀学会に関する記事を雑誌に書いたことがあります.では,なぜギャートルズ?

1989~91年に第四紀学会の庶務委員長を担当されていた東京学芸大の小泉先生が,自分以外の全ての委員を院生から選び,僕もその一人でした.ある日の委員会で,第四紀学らしいイラストを載せた入会案内を作ることになり,「氷河時代のマンガであるギャートルズはどうか」という意見が出ました.これに,60年代にギャートルズを本で読んだ小泉先生と,70年代にテレビで見た院生が賛同.小泉先生がギャートルズの作者である園山俊二氏に手紙を書き,絵の作成を依頼することになりました.新聞の連載を担当されている多忙な著名人が,引き受けて下さるかは不明でしたが...

その後,園山氏から書き下ろしの絵が届いたという連絡がありました.学会の意図を理解して下さり,薄謝しか用意できないにも関わらず,快諾して下さったとのこと.超感激! 絵には,氷河時代を象徴するマンモス,オオツノジカ,シカを追う石器人,および噴火する火山が描かれていました.当時の入会案内には,この絵が白黒で印刷されていましたが,今は第四紀学会のホームページでカラー版を見ることができます(「本学会の紹介」→「第四紀とは」とリンクをたどる).

なお,園山氏は我々が絵をいただいてから2年後に他界されてしまいました.まだ50代だったそうです.その少し後に,「ゴンベ ガタピシ ギャートルズ 園山俊二と心優しき仲間たち」という作品展を見に行きました.園山氏の暖かい人間性が感じられる,素晴らしい企画でした.

He went out tiger hunting with his elephant.
(The Continuing Story of Bungalow Bill / Beatles)
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