地形学とGIS / Geomorphology & GIS

ある研究者の活動と思考の記録

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平和をシリアに

2015-08-19 | つれづれ

地理学や地球科学の研究のため、二ヶ月に一度程度のペースで海外出張をしている。一番印象に残っている国は8回訪れたシリアである。

シリアへの最初の訪問は大学院生だった1990年。考古学者と一緒にアラブ人やクルド人が住む地域に約2ヶ月滞在した。多くの知識を得たが、クルド人から聞いた弾圧の話が印象に残った。イラクのフセイン大統領が毒ガスで多数の同胞を殺害し、これを「クルドのヒロシマ・ナガサキ」と呼んでいると聞いた。奇しくもシリア滞在中にイラク軍がクウェートに侵攻し、隣国シリアでも緊張が高まった。

次の6回の訪問は1990年代の中頃に2回、2000年代の前半に4回だった。この二つの時期の間には変化があった。1990年代には僕が日本人だとわかるとシリア人は大歓迎してくれた。しかしその後、日本人と聞いても冷めた対応をとるようになった。理由は2001年の同時多発テロ以降の日本政府の対応。日本人は、「白人ではなく、第二次大戦では米国に原爆まで落とされたが、その後立ち直り、欧米に勝るとも劣らない国を築いた」といった理由で英雄視されていた。そこには「いつか我々も日本のようになれるのでは」という希望も重なっていた。しかし日本がイラクやアフガニスタンの問題で欧米と歩調を共にした。これはシリアなどのアラブ人を失望させた。

最後の訪問は2011年3月の初頭で、シリアで内乱が始まる約半月前だった。久しぶりにシリアに行けて嬉しかった。現時時間で3月11日の早朝に帰国の途についたが、その途中で東日本大震災が発生。経由地のローマで足止めとなり、予定よりも遅れて帰国した。日本は大混乱だったが、間もなくシリアの情勢も急変し、今日まで内乱が続いている。

以前は、「シリアと聞くと怖そうな印象だが実際は平和な国だ」と語っていた。アラブ人、クルド人の他にキリスト教徒も1割くらいおり、問題なく共存していた。その国が悲しい状況になった。ベトナム戦争の時、ジョン・レノンが作曲した「平和を我らに」という曲が世界中で歌われたが、僕は「平和をシリアに」と心の中で言い続けている。

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