「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

急転直下……「生死命の処方箋」(65)

2010年12月30日 17時44分47秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
○東央大病院・オペ室

  愕然とする室内、 世良が転がり込んでくる。

世良 「オペはやっちゃダメだ !!  すぐ中止し

 てください …… !!」

犬飼 「どうしたんですか!?」

世良 「安達さんは、 大量のハルシオンを 飲ま

 されてるんです !!  警察からの連絡で…

 … !?

美和子 「そんな …… !?」

犬飼 「薬物の影響が 今切れてきたのか …… 

 !?」

美和子 「緒方先生 …… !!」

緒方 「 …… 何てことだ !」

  外から 杏子の怒鳴り声が聞こえてくる。

杏子の声 「開けろ! 手術はやめて …… !!」
 

○ 同・ オペ室の外

  杏子がドアを激しく叩き、 スタッフが

  杏子を止めている。

杏子 「あの人は まだ生きてる …… !  うちの人

 返せえ …… !!」

スタッフ「手術中です!  静かにしてくださ

 い!」

杏子 「放せ、 バカ野郎 !!  みんなで寄ってた

 かって あたしを騙して !  あたしなんか

 バカだと思ってるんだろう !?  それが医者の

 やり方だよ !!」
 

○ 同・ オペ室の中

  愕然とする一同。

  美和子、 耳をふさいで 頭を抱え込む。

  ドンドンと激しく ドアを叩く音。

杏子の声 「開けろ !! 開けろよォ …… !! 

 うちの人殺すつもり !?  そんなことさせるも

 んか !!  人殺しィ …… !!  医者の人殺し~

 ~ !!」

美和子 「ああ …… !! (肺腑をえぐられる思

 い)」

世良 「どうします !?」

犬飼 「 …… ! (進退窮まる)」

緒方 「 …… 私が行こう」

  ドアのほうへ 歩んでいく緒方。

美和子 「緒方先生 …… ?」

  緒方、 ドアを開ける。

  杏子が スタッフに取り押さえられている。

杏子 「うちの人は !?  どうしたの …… !?」

緒方 「大丈夫です。  落ち着いてください。

 手術は中止になりました」

杏子 「あ、 あ …… ?」

緒方 「冷却灌流装置という器械が 故障して、 

 手術ができなくなってしまったんです」

  杏子、 泣きながら 事情を飲み込もうとす

  る。

  中から見ている美和子たち。

緒方 「ご主人には 指一本触れていません」

  へなへなと座り込む杏子。

  美和子、 頭が混乱し、 茫然としている。

  世良、 一気に緊張が解ける。

美和子 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

絶体絶命 …… 「生死命の処方箋」 (64)

2010年12月29日 21時05分49秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  消毒布を掛けられた安達。

緒方 「では、 始めさせていただきます」

  美和子、 心臓が早鐘のように高鳴る。

緒方 「まず 両岸の摘出。  その間に 皮膚を消毒

 して」

ナース「はい」

緒方 「それから腎臓、 肝臓の順でいく」

山岡「分かりました」

  美和子、 呼吸が喘ぎ、 震えはじめる。
  

○ 同・ 廊下

  走る世良。
  

○ 同・ 廊下

  走る杏子。
 

○ 同・ オペ室

  手術台の上の安達。

  震撼する美和子。

緒方 「メス !」

ナース1 「はい (メスを手渡す)」
  

○ 走る世良と杏子、 カットバックで
  

○ 同・ オペ室

  緒方のメスが 安達に加えられようとする。

美和子 「(絶叫) やめてください …… !!」

  美和子、 泣き崩れる。

犬飼 「どうした !?」

ナース1 「佐伯先生 !?」

美和子 「(震えながら) の、 脳波を …… 見た

 んです …… 安達さんの …… !!」

緒方 「何だって ?」

犬飼 「そんなバカな …… ! 錯覚じゃないの

 か ?」

美和子 「自分でも疑いました …… ! でも、 

 確かにこの目で …… !」

犬飼 「静電気か、 他の器械の 電磁波の影響

 かもしれん」

ナース1 「でももし 本当に脳波が出たんだと

 したら ?」

緒方 「いずれにしろ 問題にはならない」

美和子 「緒方先生 …… !?」

緒方 「脳幹機能が停止していれば 完全に脳死

 だ。  死後に わずかな脳波が残存していても

 無意味だ」

美和子 「でも …… !」

緒方 「オペは続行する」

美和子 「先生 …… !」

犬飼 「ここまで来てしまったんだ。  止むを得

 ないだろう。  どの道、 この人はもう助から

 ない」

ナース2 「(脳波計を見て) 先生、 来てくだ

 さい …… !!  モニターが …… !!」

犬飼 「どうしたんだ !?」

  一同、 モニターを覗き込む。

  不規則ながら 脳波が現れている。

美和子 「こんな …… !?」

犬飼 「信じられん …… !」

ナース2 「どういうことですか !?」

緒方 「ばかな …… 」

(次の日記に続く)
 

生きたままえぐり出される …… 「生死命の処方箋」 (63)

2010年12月28日 20時54分47秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  美和子、 血液製材の点滴をするために、 

  安達の血管確保 (血管に針を刺す) をし

  ているが、 手が震えて 何回も失敗してし

  まう。

緒方 「何をもたもたしてるんだ !?」

美和子 「す、 すみません …… !」

緒方 「これが生きている人だったら 大変だ

 ぞ」

美和子 「! …… (安達の顔を見る)」

 

○ 暗闇

  (声だけが聞こえる)

安達の声 『 …… ここは、 どこだ …… ?

 何だ …… ?  俺はどうしたんだ ……

 ?』

緒方の声 「メス …… 」

ナースの声 「はい」

  器具の金属音が響く。

安達の声 『誰だ …… ?  俺の体に何をしてる

  …… ?』

緒方の声 「大動脈カット …… 冷却灌流開始」

ナースの声 「心臓が停止しました」

安達の声 『心臓が止まった?  俺の?  ばか

 なことを言うな …… !!』

  フェイドイン。

 

○ オペ室

  暗闇が明るくなり、 オペ室の様子が現れ

  る。

  無影灯や 医師の顔が見える。 (安達の目

  線から)

  安達の摘出手術中である。

緒方 「右腎動脈カット (能面のような顔)」

美和子 「はい」

安達 『(体は動かず意識だけ) ちょっと待て

  …… !!  何をするんだ …… !?』

緒方 「静脈、 尿管カット」

安達 『やめろ !!  俺は生きてるぞ …… !!』

緒方 「右腎摘出」

安達 『分からないのか !?  俺は生きてるん

 だ !!  お前たちの話、 全部聞こえてるぞ …

 … !!』

美和子 「次は左腎摘出ですね」

緒方 「メス !」

安達 『やめろ !!  やめないか !!  助けてくれ

 ~~ !! …… 』

 

○ 東央大病院・ 家族室

  仮眠中の杏子、 ガバッと夢から覚める。

杏子 「(脂汗を流し) ……… あ、 あんた ……

 !?」
 
(次の記事に続く)
 

甦った脳波 …… 「生死命の処方箋」 (62)

2010年12月27日 20時17分33秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ オペ室

  ナースたちが安達に脳波計、 心電図、 

  血圧計などを着けている。

犬飼 「私も見学させてもらうよ」

  力なく頷く美和子。

  犬飼、 奥へ行く。

  美和子、 安達をじっと見ている。

  平坦だった脳波計が、 一瞬小さく波形を

  刻む。

美和子 「 !? …… 」

  他には誰も気付かない。

  脳波は平坦に戻る。

美和子 『(愕然として) 死後の残存脳波 …

 … !?  それとも目の錯覚 …… !? 』

世良 「(美和子の後ろから)いよいよ始まる

 な」

美和子 「 !! …… (ハッと息を呑む)」

世良 「どうしたんだ?」

美和子 「 …… いえ、 何でもない …… (動揺を

 隠す)」

  世良のポケットベルが鳴る。

世良 「こんな時に …… 」

  世良、 歯がゆそうに出ていく。

  狼狽する美和子。

  脳波計も安達も ピクリともしない。

  周囲は何事もなかったように 作業が進行

  している。

  

○ 同・ ロビー

  電話をかけている世良。

  

○ 警視庁

  電話をしている刑事。

刑事 「安達三郎さんの件なんですが、 取り調

 べ中の容疑者が 変なことを言ってまして。

 ええ、 この男は 薬物の知識があるようなん

 ですが、 (メモを見ながら) 睡眠導入剤の

 ハルシオンというのを、 安達さんに大量に

 飲ませたということなんです」

 

○ 東央大病院・ ロビー

世良 「(電話で) ハルシオン?  睡眠導入剤

  …… 」

刑事の声 「一応 お伝えしておこうと思いまし

 て」

世良 「(ハッとして受話器を離す) 急性薬物

 中毒 …… !? 」

  蒼白になって電話を切り 走っていく世

  良。

  受付に駆けつける。

世良 「第2オペルームの緒方先生に 連絡を取

 りたいんです …… !! 」

受付係 「はい、 どちら様でしょう ?」

世良 「緊急事態なんです !!  早くしてくださ

 い !!」

受付係「どういうご用件で ?」

世良 「(焦燥) 今オペルームにいる人が、 

 薬物の影響で 疑似的な脳死になってるのかも

 知れないんです !!  すぐオペの中止を…

 … !!」

受付係「はあ …… 少々お待ちください (怪

 訝)」

  受付係、 奥へ行って 年配の事務員に話を

  する。

世良 「(台をバシッと叩き) もういい …… 

  !!」

  世良、 全力で走っていく。

(次の記事に続く)
 

オペ室へ …… 「生死命の処方箋」 (61)

2010年12月26日 19時27分31秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 外景 (昼)

  空が広い。

  

○ 同・ 淳一の病室

  美和子、 淳一の手を握っている。

  無言のまま 互いを見る

  全て 心は通じている。

  美和子、 淳一の顔に頬を寄せる。

  

○ 同・ オペ室前の廊下

  ストレッチャーに乗せられた安達。

  美和子、 世良、 ナースが付いている。

  杏子と川添が これを見送る。

杏子 「川添先生がね、 最後にこの人の体、 

 あたしに拭かせてくれたんだ …… 」

美和子 「そうですか …… 」

杏子 「(安達に) あんた、 よかったね、 いい

 先生に診てもらって …… 」

  眠っている安達。

杏子 「何だい、 ちょっとくらい笑っとくれよ

  …… 」

美和子・ 世良 「 …… 」

杏子 「ふふ …… 笑うわけないですよね …… 」

美和子 「 ……… 」

杏子 「(美和子に) よろしくお願いします …

 … (頭を下げる)」

美和子 「ありがたく承ります …… 」

  美和子とナース、 安達を押して、 オペ室

  に入っていく。

  世良が続く。

  オペ室に消えていく安達。

杏子 「(川添に) …… 何だか、 まだ、 生きて

 るみたいでしたね …… 」

 

○ 同・ 麻酔室

  淳一に準備麻酔がかけられる。

  多佳子が淳一の手を取っている。

淳一 「じゃ、 ちょっと、 寝るからね …… 」

多佳子 「うん …… ちょっと、 おやすみ …… 

 (微笑)」

(次の記事に続く)
 

仏の顔 …… 「生死命の処方箋」 (60)

2010年12月24日 20時58分32秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」

○ 夜空

  下弦の月に 雲がかかる。

  月が隠れていく。
  

○ 東央大病院・ ICU

  人工呼吸器に動かされている 安達。

  杏子、 安達の手を取り、 寄り添っている。

  ほんのりと上気したような 安達の顔。

  杏子、 見つめている。

  長く …… 長く …… 長く ……。

  杏子の顔が、 諦念にも似た 柔らかい微笑

  みを たたえたかのように見える ……。
  

○ 同・ カンファレンスルーム

  緒方は犬飼が、 杏子に 最後の説得をして

  いる。

  美和子が 悄然として座っている。

緒方 「奥さん、 こんな状態を いつまでも続け

 ているわけには いかないんです」

犬飼 「どうしても お分かりいただけないとな

 ると、 当方としては ご主人の死亡診断書を

 書きかねるということにも なりかねませ

 ん」

  杏子、 心ここにあらずという様子。

犬飼 「私どもも こんな脅しまがいのことは

 言いたくないんです。  どうかもう一度、 考え

 直していただけませんか ?」

杏子 「え …… ? (茫然) ああ …… すみません、 

 よく聞いてなかった …… 」

緒方 「奥さん ! (憤慨)」

美和子 「 ……… 」

杏子 「 …… あたし、 あの人の寝顔、 見てたん

 です、 ずっと ……。  いい顔してるんですよ、 

 あの人 …… いつも怒鳴りちらしてたのが

 嘘みたい …… この人も、 こんな優しい顔 して

 たのかって …… 」

美和子 「 ……… 」

杏子 「人に迷惑ばっかり かけてる人だったけど、 

 今はまるで 仏さんみたい ……。  そうかあ、 

 この人も 仏になれるんだって思って ……

 内臓あげれば、 人様を助けることができる 

 …… 生きてる時ァ 何の役にも立たない

 人だったけど、 最後の最後で ご奉公ができる

 んなら …… (涙が滲む) この人も 仏になれ

 るんじゃないかって ……。  だから …… 

 (むせぶ)」

犬飼・ 緒方 「 ……… 」

  放心状態の美和子。

(次の記事に続く)
 

慟哭 …… 「生死命の処方箋」 (59)

2010年12月20日 19時26分11秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 淳一の病室

  淳一が ベッドに寝ている。

  美和子が 消沈して入ってくる。

淳一 「 …… 姉キ …… どうしたの …… ?」

美和子 「 …… ジュン …… 」

  美和子、 淳一の横に座る。

  淳一を片手で抱く。

美和子 「 …… もう、 いいよ …… あたしが悪か

 った …… あたし、 人は それぞれ違うんだっ

 てことが、 そんな簡単なことが、 分からな

 かった …… 自分の気持ちばっかり 押しつけ

 て …… ジュン、 あんたのしたいようにすれ

 ばいいよ …… あたしもう、 何も言わない…

 …」

淳一 「 ……… 」

  美和子、 淳一の頭を抱く。

  ベッドから立ち上がり、 退室しようとす

  る。

淳一 「 …… 姉キ …… 」

美和子 「 …… (立ち止まる)」

淳一 「 …… オレ …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「 …… 生きたいよ …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「移植、 受けたい …… 」

美和子 「 ……… 」

淳一 「 …… オレ、 誰かが死ぬのを待ってるよ

 うな …… そんな自分が、 嫌で、 嫌で …… 

 堪らなかったんだ …… !(涙)」

美和子 「 ……… 」

淳一 「いや、 自分のことなら まだいい …… 

 姉キがオレのために、 人の臓器を 追っかけ回

 すようなこと …… まるでハイエナみたいに

  …… 」

美和子 「 ……… (深く頭を垂れて)」

淳一 「姉キのそんな姿、 見せてほしくなかっ

 たんだよ …… !!(泣)」

美和子 「 ……… 」

淳一 「だけど …… だけどオレ、 姉キのために

 も、 タカちゃんのためにも …… 」

美和子 「(押し殺したように) …… ハイエナ

 だって …… ? (「クゥ~~ …… 」 という

 細い呻吟がもれる)」

淳一 「(涙を流しながら) ? …… 」

美和子 「(声が震える) …… 勝手なこと言わ

 ないでよ …… きれいごとばっかり言って…

 …」

淳一 「 ……… (息を呑む)」

美和子 「(徐々に顔を上げる) あたしがその

 ために、 どんな想いをしてきたか …… !

 生きたいなら生きたいって、 何でもっと早

 く言わないのよ !?  今頃になってそんなこ

 と …… !! (唇が震え、 顔が引きつってく

 る)」

淳一 「姉キ …… !?」

美和子 「あたしが今まで どれだけ苦労してき

 たと思ってるの …… !? (いても立ってもい

 られない悔しさ) あたしは みんなあんたの

 ために 生きてきたのよ …… !!  父さんも

 母さんもいなくなって、 あたしがあんた育て

 てやったんだよ …… !  医者になったのだ

 って あんたのため!  毎日 嫌いな勉強ばか

 り …… ! だけど我慢してきた ! あんた

 が普通の子じゃないから …… !!  あたしだけ

 いい思いできないから …… !!」

淳一 「 ……… (顔を伏せ 肩を振るわせてい

 る)」

美和子 「みんなあんたのためよ …… !! その

 挙げ句が …… 何もかも台無し …… !!」

淳一 「 …… (しゃくりあげる)」

美和子 「あんた、 何で病気になんかなったの

 よォ !?  あんたさえいなけりゃ …… !! 

 みんなあんたのせいで …… !!」

  もはや 自分で何を言っているか 分からな

  い。

  痙攣的な、 喘ぐような呼吸。

  淳一は 流れ出る鼻水を 拭こうともせず、 

  ボロボロと涙を流す。

  美和子、 次第に我に返る。

  自分の口から出た言葉に 気づきはじめる。

  「ああ …… 」 という細い音が 喉からしみ

  出る。

  悔恨の情が こみ上げてくる。

  みるみる表情が歪む。

  淳一に、 震える両手を伸ばす。

  太い涙がこぼれ落ちる。

  淳一を深く抱きしめる。

  絞り出すような泣き声。

  淳一も 美和子を抱き返す。

  互いに 骨も折れんばかりに抱き合う。

  二人 …… 。

  慟哭 ……… 。

(次の記事に続く)
 

亀裂 …… 「生死命の処方箋」 (58)

2010年12月19日 18時35分27秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○ 東央大病院・ 階段

  世良が 美和子の腕を掴んで 昇っていく。

美和子 「痛い、 世良さん …… !」

 

○ 同・ 屋上

  世良、 美和子の両肩を押して 金網に押し

  つける。

世良 「立場をわきまえろよ !  あれが医者の

 することか !?」

美和子 「(絞り出すように) …… 医者として

 どんなに非難されても構わない …… ! 

 あたしは医者である前に ジュンの姉よ …… 

 !!」

世良 「たとえわずかでも 脳が生きている人から

 臓器を摘出するのは、 立派な殺人罪だ

 !」

美和子 「そんな建て前論 …… ! 自分ばっかり

 善人面して …… !  あなたは人の死が 分から

 ない偽善者よ …… !!」

世良 「死んでいく人の命は、 生きていく人の

 命より 価値がないって言うのか !?」

美和子 「(爆発するように) ジュンが 意識障

 害を起こしたのよ …… !!  このままジュン

 が死んでくのを 黙って見てろって言うの …… 

 !?」

世良 「 !! …… 」

美和子 「そんなに あたしをいじめて嬉しい …

 … !?  どうしてそんなむごいこと …… !!

 (涙)」

世良 「 …… 俺はただ、 真実を偽ってはいけな

 いと …… 」

美和子 「真実と 一人の人間の命と、 どっちが

 大切なの …… !?」

世良 「 …… (言葉を失う)」

美和子 「大した正義感だわ …… !!」

世良 「(金網をガシャンと掴む) …… こんな

 取材、 始めるんじゃなかった …… !!  本当

 のことを知らなければ、 こんなことには …… 

 !!」

美和子 「 ……… (涙)」

世良 「 …… 脳死なんてものがなければ、 俺た

 ちは うまくいってただろうな …… 」

美和子 「 …… いってた …… ?」

世良 「 …… 一度、 こうなってしまったら …

 …」

美和子 「 …… 待って …… 世良さんとあたしは

 立場が違うだけで …… 」

世良 「立場の違いは、 心の違いよりも大きい

 よ …… どっちが 悪いわけでもないのに …… 

 …… 互いの嫌な面ばかりが 表に出る …… 

 互いに傷つけられた分だけ、 傷つけ返そうと

 してる …… 」

美和子 「 ……… (泣)」

世良 「情けないよ …… !」
 

○ 河川敷

  泣きながら歩く美和子。

  夕日。

  白鷺が飛ぶ。

(次の記事に続く)
 

土壇場の嘆願 …… 「生死命の処方箋」 (57)

2010年12月18日 20時30分53秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 裏庭

  美和子が 杏子を引っ張ってくる。

杏子 「何ですか !?  こんな所に連れてきて

 …… !?」

美和子 「奥さん、 もう時間がないんです !

 心臓が止まる前に、 どうかご主人の臓器を

  …… ! (焦燥)」

杏子 「ち、 ちょっと待ってよ 先生 !  うちの

 人が 生き返らないのはしょうがない。 でも、 

 まだ息してるんだから …… !」

美和子 「人工呼吸器で 動かしているだけなん

 です !  いわば死体を 機械で無理やり…

 … !」

杏子 「そんな言い方 …… !!  そりゃ、 うちの

 人は ひどいこともしてきたけど、 だからって

 血が通ってる体を 切り刻むなんて殺生な

 こと …… !!」

美和子 「移植を待ち望んで、 今この瞬間にも

 死んでいく人たちがいるんです …… !」

杏子 「そ、 そりゃ 気の毒だとは思うけど …… 

 … !」

美和子 「ご主人だって 人を救うことができれ

 ば、 立派な死だったと 言えるんじゃないで

 すか !?」

杏子 「じ、 じゃあ何 !?  移植しなけりゃ 犬死

 にだとでも 言うの !?  冗談じゃないよ !!

 誰が助かったって そんなの関係ないわ !!

 一番大事なのは あの人よ !!」

  杏子、 美和子の手を振り払って 走ってい

  く。

美和子 「奥さん …… !! (杏子を追う)」

  
○ 同・ ICU

  杏子が狼狽して 駆け込んでくる。

  驚く世良と川添。

川添 「奥さん、 どうしたんですか!?」

杏子 「(安達にすがりつく) あんた、 目ぇ

 覚まして !!  先生がとんでもないこと 言って

 るよ !!  早く起きないと 内臓 取られちゃう

 よ …… !!」

  美和子が追ってくる。

世良 「美和子 !?  君は …… !?」

美和子 「 !! …… 」

杏子 「あんたあ~~~ !! (泣く)」

川添 「奥さん、 安心してください。 ご主人の

 臓器を 取ったりはしません」

  安達の目から 一筋の涙が流れる。

杏子 「あ、 生きてる …… !  この人、 聞こえ

 てるんだ …… !!」

美和子 「 …… 」

杏子 「見てごらん!  これでも死んでるって

 言うの !?  川添先生、 何とか言ってやって

 よ !」

川添 「(言いづらそうに) …… それは、 単な

 る生理現象で、 聞こえているわけではない

 んです …… 」

杏子 「う、 嘘 …… !?  川添先生まで そんなこと

 言ってごまかそうと …… !」

川添 「 ……… 」

美和子・ 世良 「 ……… 」

  安達に亡きすがる杏子。

(次の記事に続く)
 

淳一 錯乱 …… 「生死命の処方箋」 (56)

2010年12月17日 20時03分25秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61379524.html からの続き)

○ 佐伯家・ 食卓 (朝)

  美和子が 朝食の用意をしている。

  淳一が入ってくる。

  全裸でサングラスをしている。

  視点が定まらず、 茫然としている。

美和子 「ジュン?  どうしたの、 その格好 

 …… !?」

淳一 「 …… ポチは …… ? どこ行ったの 

 …… ?」

美和子 「え、 なに言ってるの !?」

淳一 「 …… 探してもいないんだよ …… 

 (虚ろな目)」

美和子 「意識障害 …… !?」

淳一 「 …… どこに隠したんだよ …… ?」

美和子 「(淳一の肩をつかみ) ジュン !!

 しっかりして !!」

淳一 「 …… ポチ …… どこだ …… ?」

美和子 「ジュン !  分かる !?  ポチは死んじ

 ゃったじゃったのよ ! (淳一のサングラス

 を外す)」

淳一 「ああ …… ?」

美和子 「おいで ! (淳一の手をつかみ、 

 引っ張っていく)」

 

○ 同・ 庭

  美和子が淳一を ポチの墓に連れてくる。

美和子 「ジュン !  ポチのお墓よ !  分か

 る !?」

淳一 「あ、 ああ …… (少しずつ我に返る)」

美和子 「ジュン …… !!」

  淳一、 次第に自分に気づき、 ぶるぶる

  震えはじめる。

美和子 「大丈夫!?」

淳一 「 …… あああ …… !!」

  淳一、 家の中に 駆け込んでいく。

美和子 「ジュン !! (追いかける)」

 

○ 同・ 淳一の部屋の前

  淳一、 わめきながら走ってくる。

  光のついた 部屋の中に入り、 ドアを閉め

  る。

  美和子が追いかけてくる。

美和子 「ジュン !」

  美和子、 ノブを回すが 動かない。

美和子 「開けて ! (戸を叩く)」

  中から 淳一の叫び声と 激しい物音が聞こ

  えてくる。

美和子 「何してるの、 ジュン !?」

  淳一の叫び声。

  美和子、 向かいの 自分の部屋に飛んでい

  く。

  机の引出しから 淳一の部屋の鍵を 取り出

  し、 踵を返す。

  淳一の部屋の鍵を 開ける美和子。

美和子 「ジュン ! (ドアを開け 部屋の中に

 飛び込む)」

  淳一が 両膝を抱えこんで震えている。

  蛍光灯が割られ、 破片が飛び散っている。

美和子 「大丈夫 …… !? 」

淳一 「 …… ううう …… 」

美和子 「ジュン …… !! (淳一を強く抱きしめ

 る)」

  淳一、 視線が宙を漂い、 顎をガクガクと

  震わす。

美和子 「ジュン …… ! (思い切り抱きしめ

 る)」

(次の記事に続く)
 

裁判員の負担軽減を目指す …… 重い選択 (2)

2010年12月16日 19時35分36秒 | 死刑制度と癒し
 
 被害者の首を生きたまま 電動ノコギリで切断した 池田被告に対し、

 裁判員制度で初の 死刑判決が出ました。

 残虐さが突出しており、 死刑が出やすいケースでしたが、

 それは裁判員の重圧を 軽くすることにはなりませんでした。

 法廷の最後に裁判所は、  「控訴してください」 と付け加えたのです。

 このことは、 どんなに残虐な罪を犯しても、

 目の前の被告に 死刑を宣告する精神的負担が、 いかに大きいかを示しています。

 それは 職業裁判官でも同じで、 ある裁判官は こう言っています。

 「死刑の結論を述べるとき、 のどがつっかかる感じがした。

 その瞬間の被告の表情は えも言われぬものがあり、 一生忘れられないだろう」

 「法と証拠に基づけば、 これが最善の結論だったと 思うしかない。

 そのためには 一人で結論を出したのではないと 実感できるよう、

 充実した評議を する必要がある」

 市民の間では、  「裁判員経験者ネットワーク」 が作られています。

 経験者同士が 率直に語り合うことで、 負担が軽減されるといいます。

 裁判員には もうひとつの負担があります。

 高齢夫婦強盗殺害事件では、 裁判期間は最長の40日間。

 連日、 審理時間が予定オーバーし、

 裁判員の疲労がたまって、 公判内容を振り返る 余裕もなかったそうです。

 休廷日を入れるなど、 時間を取って 審理することが求められます。

 死刑判決は、 被告の生命を絶つという 究極の権力行使です。

 その過程の一部を 国民がチェックする意味では、 裁判員制度は意義があるでしょう。

 しかし現状では、 負担の方が 余りに大きすぎます。

 守秘義務を軽くし、 裁判員経験者が 意見を交流できる 場が必要です。

〔 読売新聞より 〕
 

死刑 人間像で決める …… 重い選択 (1)

2010年12月15日 21時28分56秒 | 死刑制度と癒し
 
 死刑が求刑された 裁判員裁判で、 裁判員の重い選択と 審理についての記事が、

 読売新聞に掲載されています。

 その記事から 書いてみたいと思います。

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 ある裁判員経験者は、

 「被告が少年だということは 重視しなかった」 と 述べています。

 石巻で 少年が 元交際相手の姉ら3人を 殺傷した事件です。

 同じ日、 宮崎では、 

 義母と妻、 5才の長男の3人を 殺害した被告に 死刑が求刑されました。

 評議で 裁判員に示された、 過去の同種事件の量刑資料は、

 死刑を回避した事例でした。

 家族間の殺人事件は、 複雑な人間関係が絡むなど、

 被告に同情すべき事情が 多いからです。

 しかし この判決も死刑でした。

 裁判員は、 少年事件や家族間の事件といった パターンより、

 被告の人間像に着目し、 死刑の是非を 判断しているようです。

 裁判官は少年に対しては 更生の余地を考慮しますが、

 裁判員は 「少年のときから こんな犯罪に走るのでは、 人間性の欠如が一層深く、

 我々とは異なる存在だ」 と 見なした可能性があるといいます。

 宮崎の裁判でも、 「守るべき妻子を殺すとは、 著しく人道に反する」 と考えて、

 量刑が重くなったことがあり得ます。

 一方、 耳かきサービス店の女性従業員らが 殺害された事件では、

 「動機は極刑に値するほど 悪質ではない」 として、 無期懲役を言い渡しています。

 被告が被害者に抱いた 恋愛感情は、

 同じ人間として 理解できなくもないと感じたのかもしれません。

 裁判員には 過去の量刑基準は通用しないようです。

 今後、 死刑の基準は 一般的な日本人の価値観に 近づくでしょう。

 見方によって 結論にばらつきが出ることもあるでしょうが、

 それは裁判員制度の現実と 受け止めるべきだといいます。

〔 読売新聞より 〕
 

死刑を下す重責

2010年12月13日 21時55分10秒 | 死刑制度と癒し
 
 鹿児島夫婦強盗殺人事件に 無罪判決を出した 裁判員経験者の何人かは、

 「被害者遺族には申し訳ない」 と 述べています。

 冤罪を作らないようにしたのであって、 申し訳ないと感じる 必要はないわけですが、

 裁判員経験者は 被害者遺族に対しても 罪悪感を感じてしまっています。

 ある心理学の調査では、 殺人事件の被害者遺族の陳述を 聞いた場合、

 有罪と答えた割合は 71%でしたが、 聞かなかった場合は 46%だったそうです。

 被害者の声によって 大きな影響を受けていることが 分かります。

 一方、 先の石巻3人殺傷事件 (被告が少年) の 裁判員経験者は、

 死刑判決を下したことを 被告から一生怨まれても 仕方ないと、

 重い責任を 生涯背負う覚悟をしています。

 裁判員は どのような判決を出しても、

 誰かから責められる 重荷を負わされるわけです。

 その深刻さを、 未経験者は 理解できていないだろうと思います。

 ネット上には 相変わらず軽々しい 死刑合唱の書き込みが見られます。

 またTVでは、 裁判員と被害者の 両方の立場を経験した人が 紹介されていました。

 2年前に 妊娠中の娘が 交通事故に遭い、 母子とも後遺症を負ったという 父親は、

 加害者に死刑を求刑してほしいと 望みました。

 しかし 自分が裁判員になり、 放火で 自宅の一部を失った被害者が、

 加害者に死刑を求めたとき、 「勘弁してください」 と 思ったといいます。

 そして、 憎しみだけで簡単に 人を殺してほしいと 言った自分が、

 恥ずかしくなったというのです。

 自分が裁く側になって 初めて、

 「死刑」 という言葉の 大変な重さを感じたわけです。

 この男性は 裁判員を経験したことによって、 憎しみからは離れたといいます。

 このような経験も、 裁判員制度の 大きな効用と言えるのでしょう。

 厳罰化を要求する 多くの人は、 処罰感情だけで 決めているように思えます。

 けれども 自分が実際に 裁く立場になれば、

 とても簡単に 極刑を下すことなど できないということです。

 繰り返し言っているように、

 被害者の立場では 犯人が死んでほしいと思うのが 自然だとしても、

 裁判は決してそれだけで 判断するものではないのです。

〔 参考文献 : 読売新聞, TBS 「報道特集」 〕
 

証拠認定の重大さ

2010年12月12日 00時21分16秒 | 死刑制度と癒し
 
 鹿児島夫婦強盗殺人事件では、 被害者宅の物色された場所のうち、

 一部からは 被告のDNAや指掌紋が 発見されましたが、

 他の場所からは見つかりませんでした。

 弁護側は、 偽装工作の疑いがあると 訴えています。

 僕は、 共犯がいて、

 被告は 何かかばっている可能性も あるのではないかと思ってしまいました。

 それはさておき、 今回の事件では、

 「被告が犯人でなければ 説明できない事実」 が ありませんでした。

 判決は、  「被告が犯人なら発見されるはずの 痕跡がない」 という、

 消極証拠も取り上げるべきとまで 述べています。

 まして 死刑が求刑されている 裁判であれば、 それも当然だと 僕は思います。

 ところが 今回の判決で、 有罪認定のハードルは 高くなったと言われます。

 ある検察幹部も、 状況証拠を積み重ねで 立証する事件では、

 これまで以上に 丁寧な立証が必要だと 述べています。

 ということは、 従来は 上記の当然の判断材料も

 充分に踏まえられていなかった ということでしょうか。

 だとすれば、 幾つもの死刑冤罪事件が 生まれたように、

 職業裁判官の裁判は 恐ろしいものですし、

 裁判員の 良識的な感覚による 判断が活かされるのは、 とても願わしいことです。

 一方、 争点を絞った迅速化を 危ぶむ声もあります。

 裁判員裁判では 公判前手続きによって、 提出される証拠も限定されますが、

 従来の精緻主義の裁判では、 重箱の隅をつつくような 裁判が行なわれていました。

 それが 裁判を長引かせる 原因になっていた反面、

 その重箱の隅をつつくことから、 初めて見えてくる 真実というのもあります。

 僕も、 裁判員制度が始まる前に 書いたことがありますが、

 精緻主義に与するものではあります。

 精密な事実認定と、 市民による迅速な裁判、 その狭間で揺れるものがありますが、

 両者のバランスを 保っていくべきなのかと思います。

〔 参考文献 : 読売新聞, TBS 「報道特集」 〕
 

裁判員裁判ならではの無罪判決? 

2010年12月11日 11時26分23秒 | 死刑制度と癒し
 
 鹿児島夫婦強殺事件に 死刑が求刑された裁判員裁判で、 無罪判決が出されました。

 有罪に対し わずかでも合理的な疑いがあれば、 有罪にはしないという思いは、

 職業裁判官よりも 裁判員のほうが強いという、 専門家たちの意見があります。

 裁判員は一回限りの裁判で 後悔しないよう、

 裁判官より純粋に 証拠を判断するという、 裁判員経験者の意見も。

 確かに 過去の冤罪事件を見ると、

 明らかに 有罪に合理的な疑いが 幾つもあるのに、

 一体どうして 死刑判決を下せるのかと 思わざるを得ません。

 被告が嘘をついていると、

 裁判官は 有罪の方向へ向かってしまうと言う 専門家もいました。

 「疑わしきは被告人の利益に」 とする 裁判官も大勢いると思いますが、

 全裁判のデータは 僕は持ち合わせていません。

 でも裁判員裁判によって、 従来より冤罪を 減らすことができるとするなら、

 裁判員制度の ひとつの目的が達成される 大きな意義があります。

 今回の事件では、 現場の窓ガラスからは 被告の指紋やDNAが発見されましたが、

 凶器のスコップからは 指紋などは検出されませんでした。

 被告は 現場に一度も行ったことはない と主張し、 それは嘘と認定されましたが、

 それをもって 被告が犯人とは言えない とした判決は、 妥当なものだと思います。

 ただ、 今回の裁判員は 被告に質問をしなかったそうですが、

 何故 被告が嘘をついたのか、 また、

 凶器の指紋を拭き取った 痕跡はなかったのか、 報道だけでは疑問が残ります。

(読売新聞は、 「スコップから被告の痕跡が 全く検出されなかった」

 という表現ですが、 これは拭き取った痕跡もない ということなのでしょうか。)

 このような不備を もっと解消していくよう、 情報公開を含め、

 今後の裁判員裁判は 研鑽されていってほしいと望まれます。