民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

今どきの婚礼事情

2019-09-11 11:30:21 | 民俗学

先週末、甥の結婚式で富山に行ってきました。婚礼に出席するのは久しぶりです。私の年齢もありますが、若者の数が少なくなったこと、自分たちの世代の兄弟が少ないことなどがあると思います。その久しぶりの婚礼で、随分様変わりしたと思う事がいくつかありました。初めに確認しておきますが、甥もその親たちも、しごく一般的な人達で奇をてらったとか、特別な主張があるような人々ではありませんから、世間の風潮を表した婚礼だったといえると思います。

変わったと思ったのは、新郎新婦の職場の関係者と親の住む場所の地縁組織の人々、親の人間関係での招待者がなかったことです。逆にいえば、招待されたのは新郎新婦の友人と親族でした。新郎新婦にとって、顔の知らない人はいなかったのです。総勢で35人でしたが、披露宴の会場もそれに見合うくらいの広さでしたから、招待者の数としては一般的なのだと思われます。葬式でいえば親族葬(家族葬)みたいなものでしょうか。職場の上司がいないので、セレモニーとしての挨拶は、両家の親族代表が一人ずつでした。新郎側の親族代表で私が挨拶したのですが、私は姻族にあたる者です。新婦側もオジさんが挨拶されましたが、関係の説明はなかったので血族か姻族かはわかりませんでした。(新婦と同じ姓だったから血族か)。血族・姻族へのこだわりはなく、式の前後に親族の顔合わせのような場もありませんでした。

そんなことで、披露宴の中心は新郎新婦の友人たちの「思い出話」や出し物でした。新郎が涙もろいという訳か、新郎の友人の男性が挨拶中に、感極まって泣き出すということもありました。披露宴で男の友人が泣く姿は、初めてみました。それどころか、新婦の友人のほうが、あっけらかんとしていた印象をもちました。

新郎新婦は両親と同居するそうです。そこで、婚礼に呼ばれなかった近隣に、嫁さんはどうやって紹介されるのかと疑問に思いました。都市なら、知らない間に家族が増えていたという感じでしょうが、住まいは古い田園地帯の一戸建てです。また、職場にはどのように紹介されるのかも気になりました。そういえば、退職間近のころ、結婚したと職員会議で紹介したケースがあったと思い出しましたが。最近は、職場の同僚は婚礼には呼ばないで報告のみが一般的なのか、と思ったりしました。

ということで、社縁・地縁の関係者は婚礼から除外されてきているのです。