Entrance for Studies in Finance

自社株買いによる資本構成見直し戦略

1.自社株買い制度の形成
 企業が既発行の市場にある株式を買い戻すことを自社株買い(stock buybacks or share repurchase)と呼んでいる。日本企業が行う自社株買いが近年急速に拡大して話題になっている。東京証券取引所の上場企業についての数値をみると、2004年度が1兆2201億円。2005年度が1兆6077億円。2006年度が3兆9800億円となっている。背景としては、2003年の商法改正で機動的な自社株買いが可能になったことや、企業買収の活発化によって、企業が買収防衛のため自社株買いをしていること、あるいは将来の株式交換など多様な目的に備えて戦略的に手元に置く自社株(金庫株treasury stock)を増やしていることなどが考えられる。
 もともと日本では、株式発行は自己資本の充実が目的であるという観点から、商法により自社株の取得が原則として禁止されていた。1994年にこの禁止が緩められ消却する場合に限って自社株取得が認められ自社株買いが解禁された。この解禁には株価対策の側面があった。このように1990年代の株価低迷期に自社株買いはまずは株価対策としてスタートした。
 そして1997年の商法改正で自社株取得目的にストックオプションが加わえられたあと、2001年10月の商法改正では取得した株式を目的を定めず保有することを認める金庫株(treasury stock)制度が導入された。この導入で主として念頭に置かれていたのはすでに1999年の改正で認められていた、株式交換方式での企業買収に金庫株を活用することであった。しかしその後、金庫株が乱用されている疑いが出ている。自社株を買い付けたものの、企業買収のあてもなく保有し続けるものも見られる。市場にとっては潜在的に市場に出てくる可能性のある株が増えることになる。株主への利益配分として自社株を買い付けたのであれば、消却するべきだという批判がそこで出ている。
 とうのも取得した株価よりも株価があがると、市場で売却するメリットがでてくるからである。しかしそれは、株主にすれば裏切りにもみえる。回復した株価を下げる可能性もあるからだ。過大な自社株保有に制限があってしかるべきだとの指摘もある。
 また2003年からは取締役会決議で自社株の買い付け時期や取得金額を決めることができるようになった。自らが筆頭株主という上場会社は2007年9月末時点で142社。2007年3月末の123社に比べ19社増えた。
 そしてさらに2003年9月の商法改正で、あらかじめ定款を変更しておけば、取締役会の決議で自社株の買い付け時期や取得金額を機動的に定めることが可能になった。そしてこの改正を契機に自社株買いは急に増えて今日に至っている。

2.自社株買い制度の経済的本質
 ところで自社株買いの経済的な本質は何だろうか。一つの見方は、企業の利益の使い方(処分方法)の一つだということである。利益処分の方法には、内部留保・配当・そして自社株買いなどが考えられる。大きくわければ企業に残すか、株主(市場)に返すか=社外に流出させるかである。
 実は最近まで内部留保は、企業価値を増やすとして、株主の立場からも肯定されていたが、近年は、一定の内部留保水準があり、かつ効率的に新規投資に使う予定がないのであれば、利益はいたずらに内部留保せず株主に返すべきだという考え方が強まっている。資本圧縮によりROEは改善される。
 手元余剰資金の処分策としての面である。資産効率改善のためにも余分なキャッシュは株主に還元するのが筋という考え方。日銀が2002年から2004年に銀行などから取得した株式を2007年10月から放出を始めたことも自社株取得を促すとみられる。
 まず内部留保には、企業経営の財務上の緩衝財としての役割がある。したがって一定の厚みは必要である。また企業が急速に成長する過程では高内部留保政策は、株主の立場からみて正しいこともある。それは資産を効率的に収益につなげることもできているからである。しかしそのあてがないのであれば、企業の財務上の安定に必要な範囲を超えて内部留保を進めることは肯定されない。
 内部留保の厚みは、企業の経営の財務的安定にとっては重要であるが、あまりにそれが厚いことは、却って経営者の緊張を弛緩させる。また企業買収をする側は、この厚みを企業を買収をしたときにすぐに利用できるキャッシュとみなすので、企業買収のターゲットになるリスクを高めてしまうという指摘もある。これらの指摘から、ある程度、内部留保水準があり、当面効率的な投資先がない企業は、利益は積極的に株主に返すことが正しいと近年は議論されるようになった。
 では配当か自社株買いかはどういう選択なのだろうか。まず対株主でみると、株主にとっては配当はまさに配当所得であるが、自社株買いは株価水準の引き上げを通じた株主への利益還元となる。自社株買いが株価水準の引き上げになる理屈はあとで述べるが、株主は株価水準による利益還元の方を好むという言い方もしばしば行われる。
 これもあとで述べるが、自社株買いで取得した株式には様々な利用方法がある。その利用方法からみると自社株買いの狙いは必ずしも株主対策だけではない。そのような自社株買いが、株主対策としても評価される。自社株買いが増える背景には自社株買いにより取得入手した自社株の戦略的活用という問題が見え隠れする。
 利益のうち配当に回す割合を配当性向(dividend payout ratio)と呼ぶが、利益と自社株買いに使ったお金を合わせたものの利益に占める比率を総還元性向(total return ratio)と呼んで、自社株買いを株主への利益還元の一部と理解することが増えている。一部の企業では、目標とする配当性向や総還元性向を宣言してそれを株主重視の姿勢の表明としている。
 なお自社株取得のためには、まず枠を設定し、つぎに購入の決定になる。枠(株数)を考えるといつそれを行うかの見極めが大事になる。当然株価がの急落時や下がりきったところを狙うことになる。そこで株価の不透明感が増すと取得意欲が衰える。

3.消却目的でない自社株買いは何を意味するのか
 自社株買いは、市場に存在する株数を減らすことから次のような効果(株価対策あるいは株主への利益還元の面)が考えられる。エクイティによる資金調達とちょうど逆になる。したがって一方で公募増資をして、他方で自社株買いをするのは資本政策としては矛盾している。しかし個人株主対策で自社株買いをして、他方で第三者割り当て増資をするという安定株主増加戦略はありうるところである。
 資本コストに与える影響も注目される。株主資本のコスト(期待収益率)は負債についてのコストより高いと考えられるから、自己資本比率の上昇は、財務の安定を高める反面、資本コストの上昇になるという言い方がある。だとすると自社株買いは自己資本比率を下げてこの数値を調整する意味がある(また自己資本を小さくすることには資本効率を高めるという表現もある)。
 まず第一に流通株数が減ることによる需給面の引き締まり効果(株価対策の側面 株主への利益還元)がある。株価が上昇する可能性は高くなる。確実に言えるのは、流通株数が減ることで、1株あたりの予想利益(EPS)が増えるということ。なお取得された株式が、金庫株として残され消却されないとしても、議決権はないし会社としても配当支払いの必要がないので、消却された場合も金庫株とされた場合も経済的効果は同じとみなせる。
 ただ面倒なのは、株価がどうなるかは、あくまで株式市場がどう反応するかという問題であるので、必ず決まった結果が保証されるものではないということである。配当に比べて効果は一時的側面があるともされる(株数が減るのだから継続的に効果があるともいえ、このあたりは議論の余地がある)。
 なお自社株買いで購入した株式を、消却して発行株数を削減するか、あるいは手元に残すかは選択の問題である。しかしこのような手元保有の自社株は、株主の立場からみると、取締役会の判断で市場に出てくる可能性があるので、潜在的に株主権を希薄化させるリスクのある存在とみなされる。株主は、自社株買いで購入した株式の速やかな消却を歓迎するものだといえる。つまり保有している自社株(金庫株)の消却は、株主から無条件に肯定される。

 第二は副次的効果として、市場に流通する株式が減ることや株価上昇には、企業買収への企業側の対抗手段の一つとしての面もある。企業買収のリスクをそれだけ下げると説明できよう。
 取得した自社株の使い方についてはさまざまな選択肢がある。消却だけが自社株買いの目的ではない。
 たとえば
 株式交換などM&Aの手段として戦略的に使うことができる。
 役員や従業員のストックオプションに使うことができる。
 特定の第三者に売却することで、その第3者との関係を強化することができる。
 任意の時期に市場に売却して改めて資金調達をすることができるなど。
 このような選択枝から逆に出発して考えると、まずM&Aという目的が実は先にあるかもしれない。あるいは特定の取引先に自社株の株主になってもらう問題が先にあるかもしれない。そのために、自社株をまず取得をする。ではなぜ自社株買いなのか。なぜ新株を発行しないのか。
 私は株価対策が意識されているからだと考える。これらの選択肢のために株を新たに出すと、株式価値の希薄化が生じてしまい、株式価値が下がりかねない。そこで自社株買いをする。自社株買い戦略は、企業買収、他企業との資本提携、ストックオプションの実施などを、株式価値には影響を及ぼさない形で実施する方策になる。かつ市場からは株主への利益還元として評価される。消却目的でない自社株買いはこのように複数の狙いで実施されるものだと考えられる。
 なお日本では自社株買いというと、市場で市場価格で買い集めるのが基本的なイメージである。しかし海外の解説では、公開入札(TOB:tender offer bid)による自社株買いをまず挙げて、市場での買い集めとの比較をしている。現在のところ事例は少ないがTOBを自社株買いで使うケースがある。今後、自社株買いにTOBによるものが増えるかもしれない。

4.資本構成見直し戦略(recaptalization)としての自社株買い
株価対策として出発した自社株買いは、いま別の視点から注目されている。
 それは一つは企業の資本コストを変化させるという積極的意味において。もう一つは資本構成を変化させることで、企業買収に対して負債の多い企業に変質させるという消却的意味において。
 まず前者。これは株式の資本コストが高く、負債のコストがそれよりも低いということが関係している。そこで自社株買いをする一方、負債で資金を調達。つまり資本構成を変化させることで、総資本コストを下げるという戦略が財務戦略として考えられる。自社買いと転換社債発行というのも同じである。
 つぎに後者。負債を意識的に一挙に増やしたり、巨額配当を払ったり、あるいは内部留保で自社株を進めたり、内部留保を流出させることで意識的に財務数値を悪化させるという手法がある。
 このような手法を資本構成見直し戦略(recapitalization)という。負債比率を上げる点に注目して負債水準を引き上げる資本構成見直し戦略(leveraged recapitalization)という。

5.株価低迷と自社株買い
株価低迷下での自社株買いは、株価対策(株安を放置すると企業買収のリスクも高まる側面もある)としてだけでなく、効率的に自社株買いをするチャンスとみることもできる。自社株は割安だというアナウンスメント効果(あるいはシグナル効果)もある(投資家の買い行動を誘発)。(→株式発行による増資が株価が割高、投資家の売りを誘発というシグナルになるのと逆である)。しかしこのシグナル以上に投資家が意識するのは、需給の好転や利益の株主配分かもしれない。
 自社株買いには、自己資本を圧縮することで資本効率を高める(自己資本比率を上げたくない)、配当と自社株買いをあわせたものを株主配分として、株主配分を手厚くする姿勢を示す(⇔総還元性向あるいは株主配分率の明示)、などの狙いもあるが、そのコストを考えても、株価が下がったときがむしろチャンス。株価が1株あたり純資産を下回ったときなどが目安。
 逆に自社株購入枠を設定して購入しないと投資家の信頼が失われる。
 購入した金庫株をためたままだと、再放出リスク(需給悪化懸念)がある投資家に嫌われる。保有したままだと株主配分政策としては不明確。→消却・活用(株式交換によるM&A、ストックオプション用など)が望ましいとの指摘がある。
 保有自社株(議決権なくなる 配当を支払う必要もない)。 
 他方で手元資金を自社株買いに使うのは、当面の資金繰りに不安がないこと(設備投資や企業買収などの予定がないこと)の反映ともいえる。資金の確保を優先する状況では、自社株買いは先送りされるだろう。

 2009年度 7303億円 前年度比8割減少
 2010年度 2011年3月8日までで1兆2581億円 前年度比7割上昇

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
2008年3月26日 投稿
2011年6月8日 修正の上 再投稿
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Securities Markets」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2024年
2023年
人気記事