炉端での話題

折々に反応し揺れる思いを語りたい

成書談義

2011-12-03 18:30:57 | Weblog
 応さんはものを書きそれを遺すことの重要性をブログで述べておられる。それを拝見していくつかの思いが頭をよぎった。
(1)最近、ある技術系の国際学会に参加した時のパネル討論で、本を書くことの重要性が何人かのパネリストによって力説された。議論が産業界と大学との連携をどう強めるかということに移って行った時のことで、大学側の寄与として「本を書く」ことが持ち出されたことに私は驚くと同時に、強い共感を覚えた。
 かつて、私は仲間と、「大学の重要な使命は学問を創ることだ」などと大それた議論をしたことがある。だが、単に「学問を創る」と言うだけでは抽象的過ぎて、それ以上議論が深まらなかった。その後、それでは具体的に何だと頭に引っ掛かっていたが、或る時、「それまでいろいろ提案され、論じられ、実証された研究論文の成果(それぞれ重要な貢献だが、ばらばらだ)を体系的に成書にまとめれば、それがその分野の学問を新しく創ることになるのではないか」と思うようになった。
 ある分野に別の分野の人が参入して新しい刺激を相互に及ぼすことが契機となり、その分野が大きく発展するということがよくある。その際、新しく参入する人のためによくまとめられた成書が大いに役立つことが認識されて、上のような指摘になったのであろう。
 尤も、ここで言う「本を書く」ことは、新しい価値観に基づいて新しい体系を創ることで、単に、どこかの国の本の言葉を変えて出版することではない。
(2)最近は、書いたものがいつの間にか消滅していることも多い。宮田房近教授の「回路網理論」はきわめて独創的だが、廃刊になってしまった(古本市場と言うものがあり、そこで、結構、高値がついているものもあるが)。
 地方の図書館長をしている知人は、コンピュータの歴史展という価値ある企画を彼の図書館で催したが、時代を画した意義深い成書の展示会を催すのもよいのではないか。これだけで一般の人を引き付けるのは難しいであろうから、何かほかのものと結び付けるなどの工夫が必要かもしれない。IEEE Spectrumと言う学術雑誌にGood Textbooksという特集があった。「Vacuum Tube Amplifier」といった、学生時代に読んだ懐かしい書名を見つけて感銘したのを覚えている。
 シルバー世代に入ると古いものに目が行くが、それは単なる懐古趣味ではない。現在から見れば未発達な時代の創作物には、却って、人間の知恵の跡が読み取れて、感服することが多い。現在は、知恵をめぐらせるというより、シミュレーションに頼るといった腕ずくでものを処理することが多いようだが、「俺は紙と鉛筆だけで仕事をする」と豪語していた先輩を思い出す。
(3)人には後に何かを遺したいという、種の保存本能に通じるものがあるのであろうか。あるいは、自分が空漠と消えてなくなることへの、心もとなさがそうさせるのであろうか。私の友人は、自分が関わった技術開発の経緯がこのままでは風化してしまうと言って、連載ものを書き遺す執念を燃やしている。
 ヨーロッパでは成書を大切にする気風があるようだ。小さな都市の旧貴族の館を訪れると、必ずといってよいほど、立派な図書室があり、天井までの書架に美しく装丁された成書がぎっしり並べられているのを目にする。人智の集積が放つ重厚な雰囲気に、射すくめられるような気がする。
 印刷機が発明されるまでの中世では、成書は、主として、修道僧による手書きで作られた。大変な労作であり、僧院はその集積を大事に保存した。尤も、大量に複製できないので秘蔵とし、余り人手に触れさせなかったようだ(これが中世の人智の停滞の原因にもなったのだが)。したがって、当時は僧院が知識のセンターであり、立派な図書室を持つことが僧院のステータスでもあった。このような背景があるから、本の行間から何かを読み取り、装丁の作りから本を作った人の意志を感じ取る文化が残っているのではないか。手のひらの端末での無味乾燥な文字の羅列の便利さもさることながら、地球上から成書の世界が消えることはないであろう。
 このごろ、古書の価値が見直されているが、和紙で書かれた我が国の古書は水に濡れても文字がにじまず、読み取ることができるのだそうだ(尤も、濡れた頁の間に、乾燥した紙を挟み込んで水を吸い取るのだが)。(青)

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1 コメント

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書は文化遺産 ()
2011-12-04 09:15:58
大いに拍手を送ります。書は文化遺産です。
外国の大学図書館を訪れて、その偉大さに圧倒された経験が数多くありました。まさに文化遺産です。
電子ブックが、文化遺産となりうるのか。USBメモリの情報保存寿命は、せいぜい10年などと聞くとその可能性はないようです。成書の著作意欲も低下します。
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