この数年こそ、ときたま真夏にもキャンプに出かけるようになったが、それ以前だと、真夏は野遊びから遠ざかっていた。
まず、どこへいっても暑い。朝夕は別にして日中は原則として暑い。夏だから当然だけど、涼を求めて野山に繰り出したのに熱中症と隣り合わせじゃ腹が立つ。
また、夏は暑いだけじゃなく、天候も安定しない。若いころに出かけた日光の山中では、毎日ほぼ決まった時間になるとそれまでのピーカンが嘘のように一転にわかに掻き曇り、雷光が乱舞する激しい夕立に見舞われたものである。いまでもときどき利用する八ヶ岳の北麓にあるキャンプ場の真夏は終日、東の方角から遠雷が聞こえ、夜ともなるとときおり同じ方面の空を雷光が跳梁する。
いまでこそ雷の避難場所として最適なクルマが身近にある野遊びになってしまったから雷雨であわてることもなくなったが、身ひとつで装備を背負ってフィールドに通っていたころには深刻だった。もちろん、いまでも、トレッキングに出かけたりするときには、もし、雷雨に遭遇したらどうするかを想定しておく必要がある。
フィールドは害虫や害獣のテリトリーである。夏は彼らとの遭遇が跳ね上がる。とりわけ獰猛な吸血昆虫たちが跋扈(ばっこ)する季節である。
吸血昆虫でなくても、とにかく虫が多い。どんな小さな灯であっても虫は確実に集まってくる。キャンプ用のランタンを使えばなおさらだし、ちょっと油断をすると飲み物や食べ物のなかへ飛び込んでくる。
吸血昆虫以上に性悪な生きものも大挙してフィールドに押し寄せてくる。いわく人間という獰猛きわまりない生きものだ。子供たちは興奮して昼夜を問わず騒ぎ、大人たちも宴会キャンプで傍若無人のていたらく。親も子も締めくくりは花火でさらに興奮し、恬として恥じないのだから夏の日本のいちばんの害獣といえよう。
ほかにも夏の野遊びがうんざりする理由はまだまだあるが、愚痴になるからやめておく。
25日から標高1400メートルの群馬県嬬恋村の鹿沢高原へキャンプへいってきた。顔ぶれはこの2年余り毎月キャンプにおつきあいいただいているMご夫妻とわが夫婦の4人。去年の同じころ、このキャンプ場へ案内してくれたのもMさんだった。
着いた日、設営をはじめると空模様が怪しくなり、超特急でテントとスクリーンタープを張り終えた。Mさんもほぼ同時に設営完了。と、雨……。
それから3泊は霧のなかで過ごすことになる。霧というより雲のなかだったのかもしれない。木々はしっとりと濡れて雫(しずく)を落とした。あたりにたちこめる水の細かい粒子が、ときおり、雨のように舞ってテントもタープも乾く暇がなかった。
おかげで日中でも気温が20℃を越えない。せいぜい18℃止まりで、夜になるとさらにぐっと冷え込む。常に霧のなかにいながら空気は乾いているからそれほど不快を感じることがない。テントの外側はびしょ濡れでも、テントの内部は意外なほど快適だった。
下界の様子はわからないが、天気がよくないから動こうという気になれない。今回はひとりでトレッキングをするつもりで仕度をしていったが、装備はクルマに積みっぱなしで帰ってきた。久しぶりなので非常食も本格的なヤツを準備したというのに……。
それぞれに事情があって、M氏もぼくもたまたま小さいノートパソコンを持ち込んだが、当初の目的を果たすとふたりともそれっきり。やっぱり、フィールドにモバイルオヤジは似合わない。けっきょく、昼寝をしたり、本を読んだり、キャンプ場のまわりを散歩したりと、大半の時間を思いおもいにのんびり過ごすことができた。
ここで思わぬ快感に出逢う。森林浴という快感である。
今回のキャンプ場は、細い渓を抱いたミズナラの林を中心に、シラカバ、ダケカンバ、アカマツ、などが混生するエリアにあった。その先にはカラマツの森が広がる。若いころからさんざん高原の森や林に通ってきたが、今回ほど森林浴効果を実感した記憶がない。
森林浴のキモであるフィトンチッドが木々の葉や枝から放出されているのが目に見えるようにわかる。自然の恵みマイナスイオンもしかり。霧に閉じ込められてはじめてわかった森林浴効果だった。
このキャンプに出かける直前、左足を傷めてキャンプの実行そのものを危うくした犬も、11歳の高齢にもかかわらず傷めた足がたちまち快癒して、2日目の朝の散歩では走りだそうとするありさま。もう一匹の、6歳の犬を相手に暴れはじめるのを必死に止めなくてはならなかった。
天気予報が前線の通過で雷雨があるかもしれないと告げていたのと、キャンプ中に会社では仕事上の面倒な案件がいくつか発生したというメールが飛び込んできて、4泊の予定を前倒しして3泊で切り上げた。
撤収が終わると同時に太陽がのぞき、たちまちにして霧を蒸発させてしまった。濡れた高原に夏の活力がみなぎった。悔しいとは思わなかった。霧に閉じ込められたおかげで森林浴の素晴らしい快感と出逢えたのである。
今朝、本来ならまだ1400メートル高地にいたはずなのに、出社と同時にフル回転してきょうという1日が終わった。すでにススキの白い穂が風にそよいでいたあの高原に満ちみちていたフィトンチッドとマイナスイオンを求めて、秋たけなわのころにもう一度出かけてみたいと痛切に思った。
陽気は安定し、秋の涼味があふれ、吸血昆虫たちも鳴りをひそめ、何よりも、この世でもっとも凶暴な生きものの群れもない。あるのは静けさだけ。そんな高原へ……。
まず、どこへいっても暑い。朝夕は別にして日中は原則として暑い。夏だから当然だけど、涼を求めて野山に繰り出したのに熱中症と隣り合わせじゃ腹が立つ。
また、夏は暑いだけじゃなく、天候も安定しない。若いころに出かけた日光の山中では、毎日ほぼ決まった時間になるとそれまでのピーカンが嘘のように一転にわかに掻き曇り、雷光が乱舞する激しい夕立に見舞われたものである。いまでもときどき利用する八ヶ岳の北麓にあるキャンプ場の真夏は終日、東の方角から遠雷が聞こえ、夜ともなるとときおり同じ方面の空を雷光が跳梁する。
いまでこそ雷の避難場所として最適なクルマが身近にある野遊びになってしまったから雷雨であわてることもなくなったが、身ひとつで装備を背負ってフィールドに通っていたころには深刻だった。もちろん、いまでも、トレッキングに出かけたりするときには、もし、雷雨に遭遇したらどうするかを想定しておく必要がある。
フィールドは害虫や害獣のテリトリーである。夏は彼らとの遭遇が跳ね上がる。とりわけ獰猛な吸血昆虫たちが跋扈(ばっこ)する季節である。
吸血昆虫でなくても、とにかく虫が多い。どんな小さな灯であっても虫は確実に集まってくる。キャンプ用のランタンを使えばなおさらだし、ちょっと油断をすると飲み物や食べ物のなかへ飛び込んでくる。
吸血昆虫以上に性悪な生きものも大挙してフィールドに押し寄せてくる。いわく人間という獰猛きわまりない生きものだ。子供たちは興奮して昼夜を問わず騒ぎ、大人たちも宴会キャンプで傍若無人のていたらく。親も子も締めくくりは花火でさらに興奮し、恬として恥じないのだから夏の日本のいちばんの害獣といえよう。
ほかにも夏の野遊びがうんざりする理由はまだまだあるが、愚痴になるからやめておく。
25日から標高1400メートルの群馬県嬬恋村の鹿沢高原へキャンプへいってきた。顔ぶれはこの2年余り毎月キャンプにおつきあいいただいているMご夫妻とわが夫婦の4人。去年の同じころ、このキャンプ場へ案内してくれたのもMさんだった。
着いた日、設営をはじめると空模様が怪しくなり、超特急でテントとスクリーンタープを張り終えた。Mさんもほぼ同時に設営完了。と、雨……。
それから3泊は霧のなかで過ごすことになる。霧というより雲のなかだったのかもしれない。木々はしっとりと濡れて雫(しずく)を落とした。あたりにたちこめる水の細かい粒子が、ときおり、雨のように舞ってテントもタープも乾く暇がなかった。
おかげで日中でも気温が20℃を越えない。せいぜい18℃止まりで、夜になるとさらにぐっと冷え込む。常に霧のなかにいながら空気は乾いているからそれほど不快を感じることがない。テントの外側はびしょ濡れでも、テントの内部は意外なほど快適だった。
下界の様子はわからないが、天気がよくないから動こうという気になれない。今回はひとりでトレッキングをするつもりで仕度をしていったが、装備はクルマに積みっぱなしで帰ってきた。久しぶりなので非常食も本格的なヤツを準備したというのに……。
それぞれに事情があって、M氏もぼくもたまたま小さいノートパソコンを持ち込んだが、当初の目的を果たすとふたりともそれっきり。やっぱり、フィールドにモバイルオヤジは似合わない。けっきょく、昼寝をしたり、本を読んだり、キャンプ場のまわりを散歩したりと、大半の時間を思いおもいにのんびり過ごすことができた。
ここで思わぬ快感に出逢う。森林浴という快感である。
今回のキャンプ場は、細い渓を抱いたミズナラの林を中心に、シラカバ、ダケカンバ、アカマツ、などが混生するエリアにあった。その先にはカラマツの森が広がる。若いころからさんざん高原の森や林に通ってきたが、今回ほど森林浴効果を実感した記憶がない。
森林浴のキモであるフィトンチッドが木々の葉や枝から放出されているのが目に見えるようにわかる。自然の恵みマイナスイオンもしかり。霧に閉じ込められてはじめてわかった森林浴効果だった。
このキャンプに出かける直前、左足を傷めてキャンプの実行そのものを危うくした犬も、11歳の高齢にもかかわらず傷めた足がたちまち快癒して、2日目の朝の散歩では走りだそうとするありさま。もう一匹の、6歳の犬を相手に暴れはじめるのを必死に止めなくてはならなかった。
天気予報が前線の通過で雷雨があるかもしれないと告げていたのと、キャンプ中に会社では仕事上の面倒な案件がいくつか発生したというメールが飛び込んできて、4泊の予定を前倒しして3泊で切り上げた。
撤収が終わると同時に太陽がのぞき、たちまちにして霧を蒸発させてしまった。濡れた高原に夏の活力がみなぎった。悔しいとは思わなかった。霧に閉じ込められたおかげで森林浴の素晴らしい快感と出逢えたのである。
今朝、本来ならまだ1400メートル高地にいたはずなのに、出社と同時にフル回転してきょうという1日が終わった。すでにススキの白い穂が風にそよいでいたあの高原に満ちみちていたフィトンチッドとマイナスイオンを求めて、秋たけなわのころにもう一度出かけてみたいと痛切に思った。
陽気は安定し、秋の涼味があふれ、吸血昆虫たちも鳴りをひそめ、何よりも、この世でもっとも凶暴な生きものの群れもない。あるのは静けさだけ。そんな高原へ……。