mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

我がコーランの廃道歩き

2016-10-10 19:38:45 | 日記
 
 10月7日、日光・丹勢の裏見の滝から裏男体山の登り口にある志津小屋までの旧道を、歩いた。この道は、かつて男体山の登山道としても使われていたのだが、いろは坂が整備されたり、女峰山からモッコ平を経て志津林道に出るルートが開かれたりしたために、すっかり歩かれなくなって、ササ竹が道を覆って廃道となっている。ただ古い地図には、裏見の滝から深笹河原を経てウリュウ坂を通り、薬研堀の脇を登って志津小屋近くの砂防作業林道に出るルートを示す破線が書き込まれている。かなりの藪漕ぎを強いられるコースである。
 日光の調査やガイドを営んでいるMさんから、この旧道近辺を歩かないかとお誘いがかかった。12年前に「奥日光自然観察ガイド」を制作した私とKさんのほかに、Mさんのガイドを手伝っているkzさんとfwさんをともない、朝7時に裏見の滝を出発する。私とKさんは浦和を5時に出て合流地点へ向かう。朝の東北道は空いている。飛ばしたわけでもなく、快調に6時45分に裏見の滝駐車場に着いた。まだ紅葉はすすんでいない。トイレもある。Mさんは奥さんに送ってもらってきた。ほかの2人はそれぞれの車で到着する。
 Mさんは1/25000図に、これまで何回か志津小屋から下ったり登ったルートを書き込んで、7つのポイントの特徴をメモしている。kzさんはスマホに今日の地図をダウンロードしてきて、GPSで今いるポイントを確認しながら歩いている。スギの木の皮が熊に剥がれて、縦に長くだらりと垂れ下がっているのが、何本もある。剥がれた樹皮の下には、クマの歯形がくっきりとつく。でも、こんなものを懸命にこそぎ落として腹の足しにしているのか、クマはと思う。ウリュウ坂の途中から林道に入り、慈観滝へ近づく。シカの頭骨が落ちている。冬に雪崩に巻き込まれて滑り落ちたのであろうか。角もしっかりとついて、空洞の眼窩がクキッとにらみつけているように思える。道のかたわらにあった切り株の上において、守り神のように奉った。慈観滝に入る谷の手前で「ちょっと来過ぎたんじゃないか」とMさんが立ち止まり、kzさんがスマホのGPSで地図と照らし合わせている。何年か前に入ったときにつけたテープを探すが、見つからない。少し戻って、笹原に分け入る。出発してから約2時間。一部が色づいたカラマツ林の間に腰ほどの高さのササが密生している。周囲のカラマツの幹の下の方に白い荷造りテープが2メートルの高さまで巻き付けてある。シカ避けのようだ。先頭のkzさんは地図とスマホを見ながら、この方向に違いないと、かき分けて登る。倒木があり、回り込んだり、背の高さほどのササをかき分け、シカ柵のネットが壊れたところから入って先へすすむ。右下方に深い荒沢の渓を望みながら、滑り落ちないようにササをつかんでバランスを取りながら、斜面をトラバースする。こうして荒沢から分岐した小さな沢の上部の岩場に降り立つ。
 その沢から東側の稜線に上がり、またミズナラの大木の点在する笹原をかきわけてすすむ。ササの背が高く足元は見にくい。ところどころに倒木があり、たびたび躓きそうになったり、えいやさっと乗り越えていかなければならない。大木が根こそぎ倒れている。根は浅く広く広がっていたらしく、4メートル近い根が複雑に絡まって土をつけたまま横倒しになったらしい。大きな枯れた木の2メートルほどの高さにサルノコシカケがついている。半径70センチほどの半円錐を逆さにし、下は白っぽいスポンジ、上にチョコレートをかけた大きなお菓子を樹に張り付けたようだ。Mさんがぶら下がってみる。Fさんの背中に乗って取り付く。ぶら下がったら落ちるのじゃないかと思ったが、意外や意外、びくともしない。へえ、たいしたものだと、皆感心する。樹間から男体山の山頂部が顔を見せる。中禅寺湖側からみるのと違って、まあるい穏やかな山頂部だ。山肌の色は少し黄色く変わり始めたばかり。まだ、紅葉に覆われている感触はない。
 また林道に出る。女峰山の山頂部が木々の間にくっきりと見える。こちらも色づきはそれほどでもない。10時40分、kzさんがパンを食べている。私もお昼の弁当を出して口に入れる。そこから笹薮を漕ぎながら20分ほど登ったところでMさんが立ち止まる。「違ったほうへ来たみたい」と。男体山が思わぬ方向に見えている。kzさんも「以前間違って(男体山の方へ)登ったときのルートですよ」という。引き返す。10分で元のところに戻り、林道を少し先まで行くと、「薬研堀」と標柱がある。沢の源流部の渓が深く抉られ、ちょうど昔の薬研のようにみえるのでこの名がついたのであろう。その先から登りはじめ、薬研の谷の断崖上部に沿うように笹をかき分ける。色の褪せた古いテープを見つける。新しいテープを取り付けて、十分上部に達したところで、笹原を下り渓の突当りの上に出る。ここでも新しいテープをつける。少し昼食休憩をとり、尾根を一筋越えて、しばらく上る。こうして、志津林道からくる昔の(砂防工事に使った)作業道に出た。男体山がひときわ大きく見えるが、雲が山頂部にかかっている。13時10分。歩きはじめて6時間になる。ここまでが廃道歩きのいちばん難しいところであった。案内役を務めたMさんもkzさんもほっとした声を出している。私は、kzさんのスマホがまるで、私たちのコーランのように思えた。そう言うと「どういうこと?」と声が出る。「だって、信じて従えば道を誤らない。自分で何も考えなくて済むから、気楽でいいじゃない。コーランと同じだよ」と思いつくままを話し、確かにそうだなと我が思いつきに同意して、大笑いした。
 林道はすっかり荒れて凸凹している。降った雨が路面を削り、土の下に敷いた樹の幹が露出しているところもあった。ここでもまた、シカの頭骨を見つけた。今度は角がない。fwさんが持ち帰ることにしてビニールの袋に入れている。30分ほどで志津小屋に着く。「志津行屋避難小屋」「志津宮社務所」と看板が掲げてある。つまり、二荒山神社の行者小屋としてこの小屋がはじまったことを看板に掲げているのであろう。中は片付いているが、大きなゴミ袋にゴミをまとめておいてある。持ち帰らない人がいるのだ。あまり人が使っていないような気配がする。志津小屋から志津林道に出てみると、林道の広い道に大きな石や大木の伐った幹を並べ、「駐車禁止 二荒山神社」と書き記してある。どうしてこんなことをするんだろう。ここに車を止めることができたら、男体山を4時間で往復できる。冬の積雪期にも、志津小屋に泊まって登ったことがある。それができなくなる。表口から「参拝入山料」を支払って上れということかと、二荒山神社の懐具合とセコイ考えに思いを巡らし、笑う。でもひょっとすると、何か私たちにわからないワケがあるのかもしれない。14時。
 そんなことを考えながら、光徳近くの一般者通行止めの駐車場まで舗装された林道を歩く。一昨年の大雨で道路が崩壊して以来通行止めになっているのだが、舗装路はしっかりとしているし、通行止めにする理由がわからない。長い長い林道を歩き、途中で太郎山からの道を併せて、ミズナラの林の中を約1時間歩く。15時着。前日そこにMさんが車を置いてあったので、全員がそれに乗って出発点の裏見の滝駐車場に戻った。Kさんと浦和への道をたどる。16時発、無事18時に帰着。朝5時からの13時間行動となった。