「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

影の主役―『リーヴィット』

2016年01月16日 | Science
☆『リーヴィット』(ジョージ・ジョンソン・著、渡辺伸・監修、槇原凛・訳、WAVE出版)☆

  たまたま天文関係の記事を読んでいて「セファイド」の文字が目にとまり、この本のことを思い出した。数年前に買った本だが、なぜか途中まで読んで忘れてしまっていた。今回あらためて初めから読みなおしてみた。
  子どもの頃、誰しも宇宙はどこまで広がっているのだろうと想像してみたことがあるのではないだろうか。それはそのまま天文学の主要な課題でもある。望遠鏡の発明とともに、われわれの宇宙観は太陽系から太陽系外へと広がっていった。しかし、われわれの銀河系の外に、銀河系と同じような銀河が存在すると知られたのは、わずか100年ほど前のことである。それは星(恒星)までの距離を測る方法の進歩によるものだった。三角測量の原理に基づいた年周視差の測定にはじまり、光行差、分光視差の測定へと進んでいったが、最終的に大きな役割を果たしたのがケフェウス座δ型変光星(セファイド変光星、略してセファイドと呼ばれることが多い)における周期光度関係の発見であった。この発見をなしとげたのがヘンリエッタ・スワン・リーヴィットである。
  女性天文学者リーヴィットの名前は、それまでどこかで目にしたような気はしたものの、初めてこの本を読んだときまで、記憶に残るようなことはなかった。手許に畑中武夫先生の『宇宙と星』(岩波新書、初版1956年7月、手許にあるのは1999年11月の第52刷)がある。天文学の啓蒙書など少なかった時代に、この本を読んで後に著名な天文学者となった人も少なくないといわれる名著である。この本では最後の「補説」でセファイドの周期光度関係にふれ「リーヴィット女史」の名前が一度だけ出てくる。放送大学の教材である『宇宙観の歴史と科学』(中村士・編著、2010年の第2刷、初版は2008年3月)では、セファイドの周期光度関係がかなり詳しく説明されていて、リーヴィットの発見の重要性が強調されている。
  リーヴィットはハーバード大学天文台の女性助手として雇われ、写真乾板から星の光度を読み取る作業に従事していた。当時このような緻密で根気のいる仕事に多くの女性が低賃金で雇われ、「コンピュータ」と呼ばれていたという。リーヴィットは大小マゼラン雲(銀河系外の銀河)の写真乾板を精査して、「明るい星ほど変光周期が長い」ことを発見した。マゼラン雲にある星は近似的に同じ距離であると仮定すれば、見かけの明るさは真の明るさ(絶対等級)に相当することになり、これに絶対等級の目盛を入れることができれば、距離を測る有効な手段となる。これに絶対等級の目盛を入れたのがHR図で知られるヘルツシュプルングである。その後、リーヴィットの発見をきっかけに、シャプレーやカプタインなどによる、いわゆる「島宇宙」論争にも決着が着くこととなった。
  われわれの銀河系(「天の川銀河」とも呼ばれる)の外にも銀河が存在することがわかり、われわれの宇宙観は格段に大きく広がった。この流れはやがてハッブルの法則やビッグバン宇宙論へとつながっていく。この天文学史のメインストリームに登場する科学者たちは、いずれもビッグネームばかりである。そんななかで、リーヴィットの名前は重要な発見と比肩して、あまりに影が薄いように思う。
  リーヴィット自身の人生も、残された記録が少なく、本書にも資料探しの苦労が感じられる。彼女は病弱気味で、耳にも都合が悪いところがあり、生涯独身だったようである。研究に関することを除いて、リーヴィットの人生を語れば、この一行で済んでしまうだろう。セファイドの周期光度関係の発見にしても、天文学研究の大きな流れのなかに位置付けられているため、本書をリーヴィットの伝記として読んだとき、やや不満が残るかもしれない。こういった事情は本書の帯に書かれた一文や、サブタイトルの「宇宙を測る方法」にもよく表れている。
  リーヴィットの肩書は最後まで助手のままだった。彼女はハッブルの法則もビッグバン宇宙論も知らずに亡くなった。セファイドの周期光度関係の発見は、彼女が発見しなかったとしても、そのうちにだれかが発見しただろう、と著者は書いている。彼女がどのような気持ちで写真乾板を精査し、変光星の研究を続けていたのかもよくわからない。確実にいえることは、リーヴィットの発見によって、その後の天文学が大きく進展したという事実である。いまわれわれが天文学を学び、また女性科学者のこと考えるとき、天文学のメインストリームの影にリーヴィットという女性天文学者がいたことを思い出したい。亡くなる前年(1920年)の国勢調査で、職業を尋ねられたリーヴィットは「天文学者です」と答えたという。この一言に感銘を覚え、救われた思いがする。

  

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