子どもの春休みも、今日明日の残り2日になりましたが
皆さま、予定していたお出かけなど、楽しくお過ごしでいらっしゃいますか?
意外に春のお休みは、短いようですね・・・
さてさて、あれこれ浮かぶもの・ことを、どこからお話しいたしましょうか・・・
昨日は、子どもと一緒に
私がヴォイストレーニングでお世話になっている浜田先生も参加していらしゃる
“CFや映画などでカリスマ振付家として活躍する香瑠鼓さん”の
ダンスのバリアフリーワークショップを見学に、下北沢のスタジオまで出かけました。
最初は、参加する予定でしたが、kirikouの調子もあまりよくなくて
とりあえず見学ということで、遅れていきました。
たくさんの人のいる、大きな鏡のあるスタジオの様子と
大きな音量のダンスミュージックの流れる雰囲気に
kirikouは、部屋の隅にもぐりこんでしまい
「僕は、ここはいやだ。」と言えましたので
外でひとりで待っていることにして、私一人で見せていただきました。
浜田先生のご指導も加わって、深い呼吸も取り入れられて
プロのダンサーの方や車椅子に乗った方、ご高齢の方
そして何か苦手を持っているかのように思われる子どもたちが
音楽に合わせて自由に、思い思いに身体を動かしながら
時には、何かを開放するかのように踊っている姿が、とても楽しそうでした。
特に印象的だったのは、
香瑠鼓さんやダンサーの方たちが、自然な踊りの流れの中で
のびのびと身体全体を使って表現しているところと
そのなかでも、子どもたちにさりげなく気遣うように寄り添って
全体の流れの中で、いつしかひとつのまとまった形になっていくところです。
5月5日に、ヒップホップダンスのイベントに参加するための練習も兼ねて
みんなでのびのびとダンスを創っているところなのでしょうね。
それとは、少し対照的に、ダンスを見守る保護者の方の後姿が
きっと、私もそんなところがあるのでしょうか
せつないような、肩に力が入ったような
なんとなく重たいような気がしてなりませんでした。
kirikouの我慢が限界に来たので、浜田先生にご挨拶してスタジオを出ました。
映画を見る約束をして、私の関心事に付き合ってもらったので
余った時間、コンビニで買ったお昼御飯をもって
下北沢をぶらぶら散策しました。
実は、20年ほど前、世田谷にあった国立小児病院に勤めていました。
ふと淡島神社と書かれた看板が目に留まり
「あぁ、そうだ!太子堂から下北沢へ抜けるとき、歩いたことのある道だ。」
と気づくと同時に、そのときと変わらないように見える景色の中に
子どもと一緒に立っていることの、不思議さが湧き上がってきました。
門を入ると、そこは神社と森巌寺というお寺が一緒になっているようでした。
空は、今にも雨が降り出しそうな重たいグレーで
強く吹き抜ける湿った風に、雲が速い流れになって移動していました。
少し遠くには、長い年月を経たような大きな桜の木が
満開の花をまとっているのも見えました。
お賽銭をあげてお参りをしてから、大きな木の下で
誰とはなしに「失礼して、ここで御飯をいただきます。」と声をかけてから
子どもと二人で、石の上に腰掛けて、サンドイッチとポテトと
“まるごといちご”を、なんだかとっても美味しく食べました。
少しも贅沢ではないけれど、気持ちがあたたかくなるような
心が豊かになるような、かたちには見えないけれど
ささやかな幸せのようなものがあるとしたら
それは、こんな風に生まれてくるものなのかもしれないと思いました。
・・・と、ここまで読んでくださった方があるとしたら
こんな、のんびりマッタリはお好きではないかもしれません。
ただ、いまの私には、こんな風に心に浮かぶもの・ことを
なぜか、こうやってそのままに書いてみるしかないような気がしています。
目的も理由も、何も分かりませんが
そんなところが『こころ』の性質にはあるのでしょうか?
結局タイトルのお話までは、たどり着きませんでしたので
続きは、また後で・・・
皆さま、予定していたお出かけなど、楽しくお過ごしでいらっしゃいますか?
意外に春のお休みは、短いようですね・・・
さてさて、あれこれ浮かぶもの・ことを、どこからお話しいたしましょうか・・・
昨日は、子どもと一緒に
私がヴォイストレーニングでお世話になっている浜田先生も参加していらしゃる
“CFや映画などでカリスマ振付家として活躍する香瑠鼓さん”の
ダンスのバリアフリーワークショップを見学に、下北沢のスタジオまで出かけました。
最初は、参加する予定でしたが、kirikouの調子もあまりよくなくて
とりあえず見学ということで、遅れていきました。
たくさんの人のいる、大きな鏡のあるスタジオの様子と
大きな音量のダンスミュージックの流れる雰囲気に
kirikouは、部屋の隅にもぐりこんでしまい
「僕は、ここはいやだ。」と言えましたので
外でひとりで待っていることにして、私一人で見せていただきました。
浜田先生のご指導も加わって、深い呼吸も取り入れられて
プロのダンサーの方や車椅子に乗った方、ご高齢の方
そして何か苦手を持っているかのように思われる子どもたちが
音楽に合わせて自由に、思い思いに身体を動かしながら
時には、何かを開放するかのように踊っている姿が、とても楽しそうでした。
特に印象的だったのは、
香瑠鼓さんやダンサーの方たちが、自然な踊りの流れの中で
のびのびと身体全体を使って表現しているところと
そのなかでも、子どもたちにさりげなく気遣うように寄り添って
全体の流れの中で、いつしかひとつのまとまった形になっていくところです。
5月5日に、ヒップホップダンスのイベントに参加するための練習も兼ねて
みんなでのびのびとダンスを創っているところなのでしょうね。
それとは、少し対照的に、ダンスを見守る保護者の方の後姿が
きっと、私もそんなところがあるのでしょうか
せつないような、肩に力が入ったような
なんとなく重たいような気がしてなりませんでした。
kirikouの我慢が限界に来たので、浜田先生にご挨拶してスタジオを出ました。
映画を見る約束をして、私の関心事に付き合ってもらったので
余った時間、コンビニで買ったお昼御飯をもって
下北沢をぶらぶら散策しました。
実は、20年ほど前、世田谷にあった国立小児病院に勤めていました。
ふと淡島神社と書かれた看板が目に留まり
「あぁ、そうだ!太子堂から下北沢へ抜けるとき、歩いたことのある道だ。」
と気づくと同時に、そのときと変わらないように見える景色の中に
子どもと一緒に立っていることの、不思議さが湧き上がってきました。
門を入ると、そこは神社と森巌寺というお寺が一緒になっているようでした。
空は、今にも雨が降り出しそうな重たいグレーで
強く吹き抜ける湿った風に、雲が速い流れになって移動していました。
少し遠くには、長い年月を経たような大きな桜の木が
満開の花をまとっているのも見えました。
お賽銭をあげてお参りをしてから、大きな木の下で
誰とはなしに「失礼して、ここで御飯をいただきます。」と声をかけてから
子どもと二人で、石の上に腰掛けて、サンドイッチとポテトと
“まるごといちご”を、なんだかとっても美味しく食べました。
少しも贅沢ではないけれど、気持ちがあたたかくなるような
心が豊かになるような、かたちには見えないけれど
ささやかな幸せのようなものがあるとしたら
それは、こんな風に生まれてくるものなのかもしれないと思いました。
・・・と、ここまで読んでくださった方があるとしたら
こんな、のんびりマッタリはお好きではないかもしれません。
ただ、いまの私には、こんな風に心に浮かぶもの・ことを
なぜか、こうやってそのままに書いてみるしかないような気がしています。
目的も理由も、何も分かりませんが
そんなところが『こころ』の性質にはあるのでしょうか?
結局タイトルのお話までは、たどり着きませんでしたので
続きは、また後で・・・
子ども達が独立したらそういう生活ができるかな・・・と思いましたが、きっとあちこちに出かけているでしょうね^^;
のんびり、まったり・・・は、お好きですか?
実は、子どもの体内時計の進み方がゆっくりだということに気づいたとき
なぁんだ、私自身のペースが子どもと一緒のゆっくりタイプだったと
思い当たりました。
そのくせ、子どもに
「早くしよう!」「みんなに置いてかれちゃうよ!」などと言うのは
よく考えれば、まさに自己矛盾かもしれませんね。
とはいえ、世の中の流れに合わせるようにするという
スキルを身につけないと、生きにくいのはたしかなわけで・・・
好きなことに没頭しても、困らずに生きていけるような夢を
なんとか実現させることは、できないものでしょうか?
自分の記憶では、小学校まではのんびりしていたような気がします;(アレ?違うかな)
中学校で道を誤り、高校で爆走し、大学で飛び回っていました
>好きなことに没頭しても、困らずに生きていける
大学には大勢いらっしゃいますよ~
なるほど、研究職・・・ですか?
好きなことが、職業にまで結びついたら、ほんとうに素敵ですね!!
たしかに、職人気質や何かを突き詰めるタイプかもしれませんが
いわゆる一般的に評価される学力には興味を持たない
というか、価値を置いていないようなタイプなので・・・
どうなることやら、なかなか先は見えてきませんね・・・