学校のない社会 大学のない世界

学校のない社会、大学のない世界に興味・関心のある方、ともに集いましょう。大学教員によるトラックバック等はご遠慮ください。

オルタナティブの灯を絶やさないで

2006年04月14日 22時12分49秒 | 不登校
アメリカで政治的行動を成功させた子どもが、学校教育によって自殺に追い込まれた。
http://sankenbunritsu.blog-city.com/060409.htm

60年代、ロスアンジェルスのラテン系の子どもたちが公教育に異議申し立てをした時期だ。
また、ジョナサン・コゾルがボストンの公立学校で黒人の歴史・文学を教えた時期とも重なる。そうしてはじめて授業に意欲を見せた黒人の子どもたち。それを快く思わない人々によって、ジョナサン・コゾルは教職を追われた。そして、自分のフリースクールをつくり、黒人の子どもたちに黒人の歴史・文化を教えた。

ちょうどそのころ、ヒッピームーブメントやベトナム反戦とともに、ニールのサマーヒルの自由で民主的な教育がアメリカではやった。
その白人中心のフリースクールをコゾルは金持ち中心のものだと批判している。

時はすぎて、サッチャーは「他に選択の余地はない」政策を実行した。共通性の多いナショナル・カリキュラムを「学力」向上のために実行しようとした。そのために邪魔な教育方針・教育方法の象徴として、ニールのサマーヒルをつぶそうとした。ところが、世界中のフリースクーラーやホームスクーラーは反抗した。どうか、大事なサマーヒルをつぶさないでください。そうメールや手紙をイギリス政府に送った。かろうじてサマーヒルは「おとりつぶし」をまぬがれている。

もうすこしたって近年の日本。不登校出身の東大院生が、他に選択の余地はないという立場のもと、日本のフリースクール、オルタナティブ教育の草分けともいえる東京シューレを攻撃する文書を本にして出版。人権侵害との抗議を受けた。

こうした、オルタナティブつぶしの波が世界中をおおっている。そのなかで、十代なかばのラテン系の子どもが、「他に選択の余地はない」派によって、尊い命を落としている。
わたしたちは、なんとしてもオルタナティブを擁護しなければならない。
ほかに選択の余地があること、選択の余地を主張しても叩かれたり自殺に追い込まれたりしない世界を作りたい。