小千谷から(Ojiya kara)

新潟県中越大震災の、とある被災者からのメッセージ
(リンクはご自由にどうぞ。ただし転載はご遠慮ください。)

福岡に行った意義

2005年05月20日 02時53分18秒 | 新潟県中越大震災・地震
FBS福岡放送からやっとビデオテープが届いた。
3月30日に福岡の九電記念体育館と県庁を訪問したときにたまたま取材され、その日の夕方にOAされたニュースのダビングテープ。
当日の放送の時間、私はまだ博多駅あたりをうろうろしてた。
新幹線に乗るまでのちょっとした時間 震災つながりで知り合ったNGOの吉椿さんたちと飲んでたんだ。
放送された時間にテレビを見ることができなかったので「テープ送ってください」とお願いし、それが今日やっと届いたというわけ。

テーマは「追跡!街が揺れた いま被災者へできること」

●体育館に畳が運び込まれているあいだ、外でひなたぼっこしてる玄界島の方と談笑してるところ。
●何のためにここへ来たかというインタビューに答えているところ、
●福岡県庁の住宅管理課へ入っていくところ。
●中越の仮設住宅の漏水調査の資料と仮設住民の声をDVD化したものを担当の方に手渡しているところ

が映っていた。

ほんとはね、テレビ出演もいいんだけど、時間の許す限りもっともっと玄界島の島民の方々といろんなお話がしたかったんだよね。
被災してまだ10日くらいで色々不安もあっただろうに、冗談言って笑ったりできるのも楽しかったし、島の人が何を感じてるのか聞けるのがうれしかった。
いっしょに話してたおばあちゃんがちゃんとお化粧して紅い口紅ひいてるのには「素晴らしぃ!!」と思ったなぁ。
私なんてはがれかけた化粧でかえって恥ずかしかったよ~。
「わざわざ新潟から来てくれたの?うれしいね~うれしい」と涙ぐむおばあちゃんの気持ちは私にもよ~~くわかる。
私も震災直後はいろんなことがうれしかったもん。

私たちが神戸のボランティアの方々を心強く慕ったように、私にも何かできることがあるって思って実際行ってみて、島の方たちが「地震の先輩だ!」と笑顔でいろんな話をしてくださって・・・。
ただただ話をきくこと おしゃべりすること
これが本来できる「いま私ができること」だったのかもな・・って 今、改めて思ったな~。

そして仮設住宅の漏水の件でも
行政と業者との間だけの「一般人には見えない話」なんじゃなくて
「あ~~新潟ではこんなことあったんだ~~」って市民レベルまで掘り下げて意識付けできたのならそれはそれで意義があったのかもしれない。
 
福岡のマスメディアがこれからも仮設住宅の取材をするときに頭の片隅にちょっとでも意識しててくれるのならば、私は福岡に行ってよかったと思う。

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3 コメント

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Unknown (とんち)
2005-05-20 07:01:22
思いはあっても、なかなか行動できない、そこをママは一歩踏み出した、すごいことだよ、みんながほんの少しでもママのような

考えをしていったら、住みよい場所、ひいては日本なんだよね。私もチョボラやってます。
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Unknown (よーこ。)
2005-05-20 10:09:54
おつかれ~

行って良かったと思えることが素敵だネ。
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お疲れ様! (木村)
2005-05-20 19:58:08
ネットワークの一員としても,睡眠時間削っての活動

頭が下がります.最近,福岡情報殆ど入ってきませんが,仮設どうなんでしょうか?(燃えていた元中越センターT氏も音沙汰無し)



ニュータウンの仮設もよく見ると,オヤ,ということが時々起きています.これからも継続的に記録していきたいと思います.



今は,熱くなるまえに壁や柱の夏対策が出来るといいです.仮設住宅の緑化が早急に望まれます.

http://blog.livedoor.jp/kasetsu123/archives/22376150.html



と書いていたら五十嵐氏からTel.来週の学会の準備しないと...(>本業回帰).
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