「天然コケッコー」　理詰めでは掴めない、大切なもの

2007年08月31日 12時13分36秒 | 明日のための映画

こういう映画を観ると、ふだんの自分が如何に頭だけで物事を捉えてしまっているか分かりますね。
くらもちふさこさんの同名漫画を、脚本・渡辺あや、監督・山下敦弘で映画化した「天然コケッコー」
言葉や理屈だけではうまく言い表せない、豊かなものがたくさん詰まった映画です。

右田そよ（夏帆）は、小中学校あわせても６人しかいない山間の分校に通う中学２年生。
こんな小さな村では特別なことなど滅多に起こらない。
だから、ほんの些細な出来事も、そよにとっては重大事。
東京からの転校生・大沢広海（岡田将生）に心ときめいたり、
うっかり友達を傷付けることを言ってしまって落ち込んだり、
修学旅行ではじめて訪れた東京に馴染めなかったり…。
自分にとっての重大事と周囲の人の関心事との差に悩んだり戸惑ったりしながら、平凡だけれど掛け替えのない毎日を、そよは過ごしていく。
（監督：山下敦弘　121分）

賛否の分かれる作品だと思います。
もっとドラマチックにすることも可能なのに、そうしていない映画ですから。
そよと大沢くんの淡い恋（らしきもの）は展開しないし、父（佐藤浩市）の不倫疑惑も決着しないまま。
ふつうに表面的な部分だけ観つづけていると、退屈極まりないでしょう。
でも、そういった、事の顛末や真相を追うことはここではあまり意味がない。そう確信して作られた映画だと思います。
この映画の感動は、観ることより感じることにあるのだと思います。
それにはまず、観る側も、理屈より感受性を解放させることが必要でしょう。

私は映像の手法については素人で良くわかりませんが、カメラが凄いと感じました。
主人公の表情は丹念に捉えるけれど、他の人や物にはけっして必要以上に近づきません。
橋の向こうの幽霊の気配。大沢くんと東京の友達のふざけ合い。父の不倫現場など…。
絶対に主人公より近い位置からの描写をしません。
この映画について他の方が書かれたレビューの中に、主人公の視点で描かれてるはずなのにそうじゃない画があるのが気になる、というのがありましたが、私はそうは思いません。
大事なのは視点よりも、対象物との〝距離感〟が主人公のそれと一致しているかだと思います。
それを踏まえてさえいれば、主人公のいない場面の描写も違和感がありません。
そよの母（夏川結衣）と大沢の母との鉢合わせシーンなどが良い例で、観客が主人公の認識より前へ行ってしまわないよう気をつけて撮られていたと思います。
主人公の視点でなくても、スクリーンに映し出されてるのはすべて主人公の観る世界観の範囲。
だからこそ観客は、主人公の感受性との一体感を味わうことができるんだと思います。
…なんて書くと、けっきょく理詰めな見方になってしまうのですが。
（あっ、郵便局のシゲちゃんのアップは、そよにとってそれだけ強烈な存在だということがよく表れていて、あれはあれで良いと思います）

自分にとっての重大事と、周囲の人の関心事とのズレ。
そんなことに戸惑ったり、自信をなくしたり。
そういう愚直なまでに純粋な感受性が、中学生の頃には自分にも確かにあった。
それをこれほどまでにリアルに呼び覚ましてくれたのは、やはり、この描き方だからこそだと思います。

緑の田園ときらめく子供たちが
「特別な事なんて何も起こらなくていい。日常はこんなにも掛け替えなく、幸福感に満ち溢れているんだから」
そう確信させてくれます。
むしろ、その年齢を生きる主人公たちよりも、もう過ぎてしまった我々だから強く感じるのかも知れませんが。
ごく普通の毎日を大切に生きましょう。