私とハルは船尾の浴場から出ると、堂本と須藤が待っている二等船室に戻った。
今はオフシーズンで、しかも平日ということもあって、我々四人が居る二等船室には、他に二人の旅行者が居るだけだった。
二等船室は、定員がニ十数名の絨毯敷きの部屋で、特に座席の指定も無く、人の出入りが自由なので、手荷物の管理には気を使わざる得ない。従って我々は、風呂には二人ずつ交代で入ることにしていた。
「お待たせぇ、いいよぉ、風呂に行っても」
ハルと一緒に青色の絨毯の上に腰を下ろすと、堂本と須藤に風呂を勧める。
「じゃあ、荷物だけお願いします」
堂本がスクッと立ち上がる。
「正子、いいぞ、お風呂に行っても」
ハルがあえて須藤に風呂を勧める。
「あ、はい…」
須藤は若干渋々という感じで立ち上がり、風呂の用意を始めた。それを見たハルは、苦笑いをしながら私と目を合わせた。
「じゃ、行ってきます」
堂本と須藤が、部屋から出て行った。
「いやぁ、『今日は風呂に入る日じゃありません』なんて正子が言ったら、どうしようかと思ったよ」
ハルは500mlの缶ビールを左手に持つと、
「カシュっ!」
っとプルタブを引き起こした。
「そんな事を言ったら、無理やりにでも風呂に入れさせようかと思いましたよ」
私も350mlの缶ビールの蓋を開け、渇いた喉にビールを流し込む。
「うぉおおおお、やっぱり風呂上りは最高だね」
私は普段は晩酌をしないのだが、どういう訳だか、彼らと一緒に居ると必ずビールを飲んでしまう。
「とりあえずこれで今夜は大丈夫だけど、現場が始まったら怖いねぇ、木田さん」
ハルはしかめっ面をして、首を左右に振る。
「うははは、めちゃめちゃ臭かったりして」
「いや、笑い事じゃないでしょ。だってヨッシーの話だと、本村組の人間がみんな避けてるらしいじゃん」
「確かに、『車で移動する時はだれも須藤の隣に座らない』って、言ってたよね」
「つまりそれぐらい臭いってことなんだよ」
ハルはさらにビールを呷ると、自分でウンウンと頷く。
「まだどのくらい臭いのか、実態がつかめないから分からないですけどね」
「いやぁ、ヨッシーもそうだけど、どうして本村組の職人さんってのは、ああも変わった人が多いのかねぇ」
「癖があるよねぇ、ホント」
ハルと取り留めの無い話をしていると、まもなく須藤が戻って来た。
「うひゃひゃひゃ、木田さん、なんか速くない?」
ハルが小声で囁く。
「いわゆる『カラスの行水』ってやつですね」
私も小声で答える。ハルはクスクスと笑い、須藤を観察している。
「あれ?木田さん、正子の着てるTシャツって、風呂に入る前と同じじゃない?」
「え?ああ、確かに同じ黒色のTシャツですね。別のTシャツじゃないのかなぁ…」
だがその甘い考えは、遅れて戻って来た堂本によって打ち消された。
「ヨッシー、あの正子のTシャツだけどさ、あれは着替えたの?」
ハルに訊かれた堂本は、申し訳無さそうな表情を浮かべて、首を横に振った。
「いや、さっきまで着てたのと同じTシャツですよ、自分は見てましたから」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
アルコールも手伝ってか、ハルは爆笑する。
「風呂に入る前と同じTシャツを着たら、風呂に入った意味が無いじゃんねぇ!」
ハルがあまりにも大きな声を出したので、私は人差指を唇に当てた。
「ハルさん、聞こえますって!」
須藤にも聞こえている筈だが、須藤はシラッとしてイヤホンを耳に突っ込み、音楽を聴き始めた。
「うひゃひゃひゃ、大変だよ木田さん、あんな感じじゃ。現場が始まったら臭いヨォ!」
ハルはまた顔をしかめて、しきりに首を横に振る。ハルの癖だ。
「ヨッシー、普段から正男ちゃんはあんな感じ?」
「はい、風呂に入っただけでも凄いと思いますよ。自分は、今日は須藤は絶対に風呂に入らないと思ってましたから」
恐ろしい回答だった。
「うひゃひゃひゃひゃ、正子を風呂に入れるのは、木田さんの仕事ね!」
ハルは、自分の膝をバシバシと叩いて笑っている。
「笑いごとじゃ無いですよ、今回は全員個室ですからね、正男ちゃんが風呂に入ったかどうかなんて、誰にも分かりませんよ」
「っちゃあ、本当によぉ?ヨッシーと正子は一緒の部屋じゃないの?」
「ええ、残念ながら。もしあれなら、ハルさんと正男ちゃんで二人部屋にします?そうすれば正男ちゃんが風呂に入ったかどうかをきちんと監視出来ますよ」
私はニヤニヤとしながらハルに提案をした。
「うひゃひゃひゃひゃ、そぉーんなことになったら、俺は家に帰っちゃうからね」
ハルは再び爆笑した。
我々は、須藤の危険な『最臭兵器』を装弾したまま、翌朝、九州に上陸したのだった。
今はオフシーズンで、しかも平日ということもあって、我々四人が居る二等船室には、他に二人の旅行者が居るだけだった。
二等船室は、定員がニ十数名の絨毯敷きの部屋で、特に座席の指定も無く、人の出入りが自由なので、手荷物の管理には気を使わざる得ない。従って我々は、風呂には二人ずつ交代で入ることにしていた。
「お待たせぇ、いいよぉ、風呂に行っても」
ハルと一緒に青色の絨毯の上に腰を下ろすと、堂本と須藤に風呂を勧める。
「じゃあ、荷物だけお願いします」
堂本がスクッと立ち上がる。
「正子、いいぞ、お風呂に行っても」
ハルがあえて須藤に風呂を勧める。
「あ、はい…」
須藤は若干渋々という感じで立ち上がり、風呂の用意を始めた。それを見たハルは、苦笑いをしながら私と目を合わせた。
「じゃ、行ってきます」
堂本と須藤が、部屋から出て行った。
「いやぁ、『今日は風呂に入る日じゃありません』なんて正子が言ったら、どうしようかと思ったよ」
ハルは500mlの缶ビールを左手に持つと、
「カシュっ!」
っとプルタブを引き起こした。
「そんな事を言ったら、無理やりにでも風呂に入れさせようかと思いましたよ」
私も350mlの缶ビールの蓋を開け、渇いた喉にビールを流し込む。
「うぉおおおお、やっぱり風呂上りは最高だね」
私は普段は晩酌をしないのだが、どういう訳だか、彼らと一緒に居ると必ずビールを飲んでしまう。
「とりあえずこれで今夜は大丈夫だけど、現場が始まったら怖いねぇ、木田さん」
ハルはしかめっ面をして、首を左右に振る。
「うははは、めちゃめちゃ臭かったりして」
「いや、笑い事じゃないでしょ。だってヨッシーの話だと、本村組の人間がみんな避けてるらしいじゃん」
「確かに、『車で移動する時はだれも須藤の隣に座らない』って、言ってたよね」
「つまりそれぐらい臭いってことなんだよ」
ハルはさらにビールを呷ると、自分でウンウンと頷く。
「まだどのくらい臭いのか、実態がつかめないから分からないですけどね」
「いやぁ、ヨッシーもそうだけど、どうして本村組の職人さんってのは、ああも変わった人が多いのかねぇ」
「癖があるよねぇ、ホント」
ハルと取り留めの無い話をしていると、まもなく須藤が戻って来た。
「うひゃひゃひゃ、木田さん、なんか速くない?」
ハルが小声で囁く。
「いわゆる『カラスの行水』ってやつですね」
私も小声で答える。ハルはクスクスと笑い、須藤を観察している。
「あれ?木田さん、正子の着てるTシャツって、風呂に入る前と同じじゃない?」
「え?ああ、確かに同じ黒色のTシャツですね。別のTシャツじゃないのかなぁ…」
だがその甘い考えは、遅れて戻って来た堂本によって打ち消された。
「ヨッシー、あの正子のTシャツだけどさ、あれは着替えたの?」
ハルに訊かれた堂本は、申し訳無さそうな表情を浮かべて、首を横に振った。
「いや、さっきまで着てたのと同じTシャツですよ、自分は見てましたから」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
アルコールも手伝ってか、ハルは爆笑する。
「風呂に入る前と同じTシャツを着たら、風呂に入った意味が無いじゃんねぇ!」
ハルがあまりにも大きな声を出したので、私は人差指を唇に当てた。
「ハルさん、聞こえますって!」
須藤にも聞こえている筈だが、須藤はシラッとしてイヤホンを耳に突っ込み、音楽を聴き始めた。
「うひゃひゃひゃ、大変だよ木田さん、あんな感じじゃ。現場が始まったら臭いヨォ!」
ハルはまた顔をしかめて、しきりに首を横に振る。ハルの癖だ。
「ヨッシー、普段から正男ちゃんはあんな感じ?」
「はい、風呂に入っただけでも凄いと思いますよ。自分は、今日は須藤は絶対に風呂に入らないと思ってましたから」
恐ろしい回答だった。
「うひゃひゃひゃひゃ、正子を風呂に入れるのは、木田さんの仕事ね!」
ハルは、自分の膝をバシバシと叩いて笑っている。
「笑いごとじゃ無いですよ、今回は全員個室ですからね、正男ちゃんが風呂に入ったかどうかなんて、誰にも分かりませんよ」
「っちゃあ、本当によぉ?ヨッシーと正子は一緒の部屋じゃないの?」
「ええ、残念ながら。もしあれなら、ハルさんと正男ちゃんで二人部屋にします?そうすれば正男ちゃんが風呂に入ったかどうかをきちんと監視出来ますよ」
私はニヤニヤとしながらハルに提案をした。
「うひゃひゃひゃひゃ、そぉーんなことになったら、俺は家に帰っちゃうからね」
ハルは再び爆笑した。
我々は、須藤の危険な『最臭兵器』を装弾したまま、翌朝、九州に上陸したのだった。
それから、春合宿で誰かが女子風呂を覗いていても(覘く前にバレタけど…)、犯人探しをしちゃダメです。私はともかく、主将と連盟理事が『覘き犯』というのはマズイです。
「ふーん、どうするの?幹部会の議題に上げるの!?」
と不機嫌そうに言い、この話題を断ち切った主将の話術は見事でした。
やはりリーダーに求められるのは、ポーカーフェイスと強い話術です!(笑)