どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ256

2008-08-09 23:41:17 | 剥離人
 水管橋の塗装剥離は、中盤を過ぎると、恐ろしく快調に進んで行った。

 まず、50メートルほど進んだ辺りから、目に見えて剥離スピードが上がった。
 半分の100メートルまで進んだ時には、管内ロボットの剥離スピードは、自分たちが知るハイドロキャット単体の剥離スピードと、ほぼ同じになって来ていた。

「木田君、昼前に一度ホースを外そうか」
 小礒が休憩時間の合間に提案して来た。
「分かりました。バキュームホース一本と、超高圧は?」
「二本だね、もういい加減余りまくってるからな」
 管内ロボットが塗料を剥がしながらバックするにつれて、各種ホースはだんだん余って来る。バキュームホースは20メートル単位、超高圧ホースは15メートル単位でしか切り離せないので、余った分は管内を字の如く『蛇行』させて、なんとか誤魔化しているのだ。
 ホースの切り離しを行うには、システム全てを停止する必要があるので、タイミングを見計らわないと、作業効率が悪くなってしまう。
「とりあえず11時20分にハスキーをアイドリングに、11時30分から切り離し作業に入りましょうか」
「うん、そうだね。じゃあ、頼むよ」
 小磯もすんなりと私の提案を受け入れる。

 予定の時刻になると、ハスキーをアイドリング状態にして五分待ち、すぐにエンジンを停止する。次にハスキーの供給水バルブを閉鎖して、エアコンプレッサーとバキューム装置も停止させる。
 マンホールから管内に入ると、すでにハルがバキュームホースのレバーロックを外し終えていた。
「木田さん、ほら、大蛇を運ばないと!」
「二人で?」
「こんなの二人で十分でしょう!」
 ハルは意味も無く張り切ると、ホースの先端を肩に担ぎ上げた。
「そーれぇ!」
 φ125のサクションホースを引きずりながら、私とハルは管内を進んで行く。
「じゃ、木田さん、俺が先に上がってロープを降ろすから、ホースに縛ってくれる?」
「ほーい」
 ハルがマンホールの入口から垂らしたロープを、サクションホースに結びつける。
「じゃ、行くよぉー!」
「はいよー!」
 ハルがロープを引き、私がホースを送り出す。ホースがマンホールの出口を越えると、ハルが引き手を止めた。
「じゃ、僕も上がりますよ」
 私が梯子を上がってマンホールから出ると、ハルはロープを解いてサクションホースを両手で抱えた。
「イイっすよ!」
「じゃ、行くよぉー!」
 ハルはそう言うと、サクションホースをさらに引き上げ始め、私はすかさずサクションホースを両手で持ち、綱引きのように引き始める。
「ちょっと、ストップ、木田さん、待って!」
 5メートルほど引いた所で、ハルが叫ぶ。
「どうしたの?」
「ホースが引っ掛かって上がって来ないんだよ」
「あははは、やっぱり?じゃあ、僕がもう一回下に降りますよ」
 私がマンホールから降りようとすると、マンホールの真下に佐野が現れた。
「いくらなんでも、二人じゃちょっと無理なんじゃないの?」
 佐野は笑いながら、肩に担いだ超高圧ホースを降ろすと、下からサクションホースを引き始めた。
「ほらぁ、どんどん引いてよ!」
 ハルが佐野の助けを借りて、どんどんサクションホースを引き上げ始める。
「ちょっと待って、ちょっと、早い、早い!」
 狭い土手の上は、すでに管内へのサクションホースが引かれていて、今度は引き上げたホースの行き場が無くなり、私が追い込まれる。
「そーれぇ、そーれぇ!」
「速いって!」
「ほーら、ほーらぁ!」
「だから速いって!」
 私は面倒臭くなって、マンホールに背を向けると、サクションホースを肩に担いで、一気に走り出した。
「うひひひひ!」
「うひゃひゃひゃひゃ!」
 ハルも笑いながらサクションホースを引き上げ、最後はホースの先端を放り投げた。
 私は勢い余って、ホースと一緒に土手の斜面に転がって仰向けになった。
「くはははは、ちょ、ちょっと、ハルさぁん!」
「うひょひょひょ、うひょうひょうひょ!」
 ハルは体を捩らせながら、歩いて来る。
「うひょひょひょ、木田さん、何を遊んでるのよぉ、真面目に仕事しなきゃダメだよぉ」
「ひひひひ、だって、いくらなんでも今のは速過ぎるでしょう」
 ハルは腹を抱えながら、ようやく右手を私に差し出した。
「おーい、あんまり張り切ってると怪我するぞぉ」
 佐野が笑いながらマンホールから顔を出した。
「なんか、最後は物凄いスピードでサクションホースが出て行ったけど」
 佐野は、土手の上でクチャクチャになっているサクションホースを見て、笑っている。
「もう、次からハルさんはマンホール担当は禁止ね」
「ちゃあ、一生懸命やったハルちゃんに、そんな事を言うんだから、失礼だよね」
「うはははは!」

 現場仕事は、時に、意味も無く加速することがあるのだ。 


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