どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ381

2009-01-30 12:04:13 | 剥離人
 翌日、防食塗装業者が現場に入って来た。

 今回は、我々がハツり、左官屋が耐硫酸モルタル(下水から発生する硫化水素に耐性があるモルタル)で補修した部分に、FRP(繊維強化プラスチック)で防食塗装(腐蝕を防ぐための重厚な塗装で、樹脂とガラス繊維を使用する)を行う。
 多少なりとも嫌な予感はしていたが、予想通りの事態が発生した。
「木田さん、あの臭いはどうにかなんないの!?」
 交代で槽内から出て来たハルは、非常に不機嫌だ。
「もしかして、有機溶剤の臭いが上がって来ました?」
「すんごいよ、強烈だね」
「エアラインマスクをしててもダメですか?」
「全然ダメだね」
 ハルは半分吐き棄てるように言う。
「ちゃんと換気はしてるの?」
「ファンは入れるって、川久保さんは言ってましたけどね」
「本当によぉ?かなり凄いよ、あの臭いは」
 ハルは辟易した顔をすると、綺麗に洗ったゴム手袋をエアーコンプレッサーのラジエターの上に干し、休憩所に歩いて行った。
「取り合えず行ってみるか…」
 私は整備途中のガンを放置して、ヘルメットにフェイスガードを装着した。

「うわっ、何だこの臭いは!」
 私は槽内に入るとあまりの有機溶剤の臭気に、思わず舌打ちをした。
「まずいなぁ…」
 予想を遥かに超えて、有機溶剤の臭気は強烈だった。私はすぐに川久保を探し始める。
「お、いたいた!」
 躯体の上にいる川久保を発見すると、私は早足で近寄った。
「川久保さん!!」
「何?何?」
 私の勢いに、川久保はビックリとした顔をする。
「まずいよ川久保さん、こっちの槽まで、有機溶剤が流れ込んでるね」
「本当?」
「本当だって、ちゃんとファン(円筒形の送風機)は入れてあるの?」
「ちゃんと言ってあるんだけどなぁ…」
 だが、躯体の上にはちっともファンらしき物が見えない。
「どこに設置したの?」
「どこかな…」
「確認してないの?」
 川久保はファンの設置位置を確認していないらしい。
「ちょっと一緒に来てくださいよ」
 私は川久保の前に立って歩くと、防食塗装を行っている隣の槽に入った。
「…もしかしてあれ?」
 私は足場の上で動いている、赤色のボディの送風機を見つけると、川久保に問い質した。
「あれ、だねぇ…」
「あれ一台?あの300φ(羽の直径が約30cm)の奴だけ?」
「かなぁ?」
「しかもさ、排気がウチの槽の方に向いてない?」
「・・・」
 最初沈殿池は、沈殿槽部分は完全に壁で仕切られているのだが、流入部は大きな一つの池になって繋がっている。その流入部に設置された送風機は、なぜか我々が作業をしている槽に向かって、ブンブンと排気を行っていた。
「あ、中にも二台あるね」
 槽内の足場をたどって行くと、二台の送風機が置かれている。
「何これ?一台は死んでるじゃん…、川久保さん、お願いしますよ!もうちょっとちゃんとした換気をして下さいよ!」
「うーん、そうだね、分かったよ」
 さすがにまずいと思ったのか、川久保は神妙な顔をしている。
「そもそもファンも裸で置いてあるだけだし、ダクトをきちんと装着して、排気を躯体の上に出さなきゃ、話になりませんよ」
「そうだね…」
「それと、どうしていきなり僕らがハツってる側で防食を始めるんですか?」
「いや、所長がここから始めろって…」
「またですか!?だって、一番最初にハツった所から始めればイイじゃないですか、あそこならほとんど壁で仕切られているから独立してるし、僕らがこの辺りを撃ち始めたら、破片と水がバンバン飛びますけど、いいんですか?」
「…飛ぶかな?」
「飛びますよ、100%」
「・・・」
 川久保は沈黙する。
「何とか所長と話してみるよ」
「本当にお願いしますね、川久保さん」
「…はい」
 川久保は驚くほど素直に頷いた。

「ったくあの所長は、もうちょっと脳ミソを使えよな…」
 私は、ブツブツと毒気のある独り言を言いながら、作業用コンテナに戻ったのだった。

 


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2 コメント

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硫化水素は… (カミヤミ)
2009-01-31 15:00:01
硫化水素は、下水から自然発生するんですか?わたくしは、てっきり どんぴ親方が地下鉄サ○ンの時の経験を活かして発生させているものだと思ってました。…冗談は、置いておいて、時系列的には、昨今の硫化水素自殺が後でしょうが、今思えば恐ろしい仕事の現場ですねぇ。
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発生します (どんぴ)
2009-01-31 19:53:27
 硫化水素は、主に汚泥から発生します。
 私が自宅で放屁したオナラを集めて、現場で散布している訳ではありません(笑)

 硫化水素の恐ろしい所は、濃度が低い場合は嗅覚でその発生を感知できますが(例の卵の腐った臭い)、高濃度の硫化水素は、嗅覚に麻痺が発生して、検知器でしかその発生を感知出来ないところです。さらに強烈な高濃度硫化水素を吸引した場合、人間は一呼吸で即死します。

 硫化水素が発生し、酸欠の恐れがある現場では、『酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習(旧二種)』という資格を所持する作業責任者の選任が必要となります。
 この講習では非常に細々としたことを習いますが、硫化水素にやられた人間が発生した場合の基本的な対処は、
「助けに行くな!レスキュー隊に任せろ!」
 です。いや、本当です。
 倒れた同僚や部下を助けに行って、次々と自分たちも倒れて行き、最終的には複数の人間が亡くなる事故が多数報告されているからです。

 でもね、行っちゃうんだよね、現場の人って…。なんか男気にあふれてる人が多いからねぇ…。
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