櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

櫻井郁也ダンス作品リスト&感想リンク:2023年現在

2023-01-01 | 作品リスト(櫻井郁也ダンス公演歴)

櫻井郁也の作品歴とご感想リンクです。ご参照いただければ幸いです。(2023年7月更新)




【1993〜2005】
●「グロッタの黎明」(93年、川崎市民ミュージアム、ダンス+映像+インスタレーション)
●「深き淵より~第一部:霧・第二部:雨ノ木」
(94年、目黒福祉センターホール、第一部=3人の音楽家・7人のダンサー・俳優によるアンサンブル120分、第二部=ピアノと朗読によるソロダンス80分)
音楽:大南匠、舟沢虫雄、清藤俊亭ほか
●「真空律」(95年、シュツットガルト・オイリュトメウム他、声と打楽器によるオイリュトミー、20分)

●「ダンス・フォア・デュシャン」(95年、北関東造形美術館・臨江閣プロジェクト、ソロダンス 40分)

●「太陽肛門」(96年、横浜STスポット・STスポットダンスシリーズ、ソロダンス 70分)

●「ピアノの為に」
(96年、府中の森芸術劇場「オイリュトミーの現在」、オイリュトミーソロ 15分)ピアノ演奏:大南匠

●「血は狂ったまま輝いている」(97年、スフィアメックス・第一回フリンジダンスフェスティバル、ソロダンス 60分)音:大南匠

●「虚体ソナタNo,1」(98年、セッションハウス、ソロダンス、55分)ピアノ演奏:大南匠

●「閃光体・POINT/FLASH」(99年、セッションハウス、ソロダンス、60分)音:大南匠

●「それは、このように私のなかを駆け抜けていった」
(2000年、plan-B、4人のダンサーによるアンサンブル70分)音:大南匠

●「サヴァイヴァ・あるいは安息の戸を叩く愚者の踊り」
(2000年、シアターX・インターナショナルダンスフェスティバル、ソロダンス、20分)音:大南匠

●「カスケード」(2000年、三鷹市芸術文化センター、ソロダンス、90分)ピアノ演奏:大南匠

●「風の道を歩け」(2001年、ダンス白州、ソロダンスと4人の演奏家による、野外)音:大南匠

●「ガラスの背後からの叫びと共に」非暴力と不服従へのダンス第一番(2001年plan-B、ソロダンス、70分)

●「花痕」非暴力と不服従へのダンス第二番(02年plan-B、デュオ、90分)

●「In the Landscape」非暴力と不服従へのダンス第三番(03年plan-B、カルテット、90分)

●「光年呆呆」非暴力と不服従へのダンス第四番(03年plan-B、ソロダンス、90分)

●「カナリゼーション〈祈りの河〉」(04年西荻WENZスタジオ、2人のダンサーと1名のアクターによる、120分)

●「真空断層」(05年plan-B、2つのソロダンス )上演作品=『Tarmes』『Tabla Rasa』作曲・演奏=田ノ岡三郎

【2006~2015】
●「野外独舞/古い神社と田園」ダンス白州2006
(2006年、山梨白州。王木神社および周辺。ソロダンス×インスタレーション)

●「ANARCHITECT・06」
(06年 東京plan-B、2つの連続即興セッション、60分×2)
set1/サウンドオペレーション=大南匠、set2/ドラム、コンピュータ=鈴木悦久

●「TABULA RASA:シアターヴァージョン」ポルトガル招聘公演1
(2006年ポルトガル/ローレー市立劇場=ソロダンス×アコーディオン、60分)
作曲・演奏=田ノ岡三郎

●「TABULA RASA:ソロヴァージョン」ポルトガル招聘公演2
(同国/アルガルヴェ・パフォーミングアーツセンター劇場=オリジナルレコーディングによるソロヴァージョン、65分)
作曲・演奏=田ノ岡三郎

◯「舞踏再考」国際ワークショップ
(2006年 アルガルヴェパフォーミングアーツセンタースタジオ)

●「野外独舞/耕地と熱」ダンス白州2007
(2007年、山梨白州。農地、ソロダンス×インスタレーション、野外)

●「カラビンカ」
(2007年 東京plan-B、ソロダンス×打楽器・電子音、70分)
作曲・音源構築・ライブ演奏=鈴木悦久

●「TABULA RASA」再演
(2008年plan-B、ソロダンス×アコーディオン、65分)
作曲・演奏=田ノ岡三郎

●「LAND'S END」
(2008年plan-B、ソロダンス、75分)

●「野外独舞/切り倒された巨木へ」ダンス白州2008
(2008年、山梨白州。巨木伐採跡~空き地、ソロダンス×インスタレーション)

●「風波 - over flow」
(2009年 東京plan-B、ソロダンス×打楽器、70分)
作曲・演奏=鈴木悦久

●「”おどり” in 四つの節会」ダンス白州2009
(2009~10年、山梨白州。6月=梅林にて・8月=真夏の一本道で・10月=秋の樹々と・2月=厳冬の木立~森の舞台 /野外ソロ×インスタレーション、40~50分×4回)

●「一穂の空へ」
(2009年 東京・三鷹市内。住居ビル屋上でのソロダンス×アートパフォーマンス、45分)
企画・コンセプト=石丸魚

●「ダブルファサード」
(2009年 横浜ZAIM。水のインスタレーション×映像×ソロダンス、40分)
美術&映像=今井紀彰

●「DANCE PHASE ~”CROSS CORNEA"」
(2010年 名古屋KDハポン、サウンド×ソロダンス、60分)
共同コンセプト・作曲・音響構築=鈴木悦久

●「器官なき身体~phase1」
(2010年 東京・plan-B、ソロダンス、75分)
底本=アントナン・アルトー
音楽提供=福島諭/コンピュータ音楽、濱地潤一/サックス

●「TABULA RASA 2011」再創作
(2011年夏 plan-B、ソロダンス×アコーディオン、60分)作曲・編曲・演奏=田ノ岡三郎
※東日本大震災鎮魂公演。

●「かつてなき、結晶 - 3.11/SILENT」
(2012年3月 東京・plan-B、ソロダンス、65分)

●「むすび ・天地礼讃内景」越後妻有アートトリエンナーレ
(2012年8月 新潟・織物工場跡。インスタレーション×ソロダンス)美術・共同演出=瀧澤潔

●「Hakobune:方舟」ルクセンブルグ招聘公演
(2012年10月 ルクセンブルク/デュドランジュ文化センター、ソロダンス公演、65分)

◯「Movements for Re-born」国際ワークショップ
(2012年10月 ルクセンブルク/ルクセンブルク国立振付センター)

●「コドモの領分」アートフェスティバル鎌倉なんとかナーレ
(2012年12月 横浜国立大学附属鎌倉小学校、特殊調律ピアノ×インスタレーション×ソロダンス、45分)
音楽・演奏=寒川晶子、アートワーク=西川昌和/小学生有志、空間・共同演出=瀧澤潔

●「青より遠い揺らぎ」
(2013年3月 東京・plan-B、ソロダンス70分)

●「Dance of the Dead:ダンス・マカブル」
David Brognon & Stephanie Rollin with Ikuya Sakurai
(2013年6月 駐日ルクセンブルク大使館 、映像×インスタレーション×ソロダンス)
共同コンセプト&美術=ダビッド・ブルノン(ルクセンブルク)、ステファニー・ロラン(ベルギー)

●「ひかり-not here」
(2014年11月 東京・plan-B、ソロダンス75分)

●「記憶の海をわたることから」中房総国際芸術祭・いちはらアートミックス
(2014年3月 千葉・廃校舎再生現場。インスタレーション×ソロダンス)美術・共同演出=瀧澤潔

●「その血にきけ」
(2014年5月 東京・plan-B、ソロダンス80分)

●「CHILD OF TREE」
(2014年10月 東京・plan-B、ソロダンス75分)楽曲提供=田ノ岡三郎

●『サイレントシグナルズ』
(2015年3月 東京・plan-B、ソロダンス80分)

●『死のフーガ』
(2015年7月 東京・増上寺境内、ソロダンス15分)

●『弔いの火ー こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ』
(2015年8月9日 長崎県大村市立松原小学校/戦後70年被爆者追悼セレモニー祈念公演。
 インスタレーション×ソロダンス 50分)美術=瀧澤潔

●『失われた地へ』LANDING ON THE LOST
(2015年11月 東京・plan-B、ソロダンス90分)

●『ホーリーバード』Holy Birds
(2016年4月 東京・plan-B、ソロダンス70分)

●『緑ノ声、ヲ』Voice of green
(2016年10月 東京・plan-B、ソロダンス80分)

●『夜:Premonition』
(2017年7月 東京・plan-B、ソロダンス80分)

●『かなたをきく』FAR BEAT
(2018年3月〜4月 東京・plan-B、ソロダンス73分)

●『白鳥』SWAN
(2018年9月 東京・plan-B、ソロダンス77分)

●『絶句スル物質』京都場アート講座
(2018年11月 京都・京都場、彫刻×ソロダンス 約50分)彫刻・空間構成=藤井健仁

●『トラ・ラ・ラ』TORA LA LA
(2019年4月 東京・plan-B、ソロダンス80分)

●Franck Miltgen ×Sakurai Ikuya :Performance for Apeiron
『アペイロンのためのパフォーマンス〜あるいは、知覚の会話』                (2019年9月 東京・遊工房、現代アート×ソロダンス 約40分) 共同コンセプト&美術=フランク・ミルトゲン

 ●『沈黙ヨリ轟ク』Distant Cry                                                                               (2019年11月9~10 東京・plan-B、ソロダンス84分)
 

●『血ノ言葉』UrSpeak                                 (2021年7月17〜18 東京・六本木 ストライプハウスギャラリー、ソロダンス90分)

●『や  が  て  、、、 (タトエバ切ラレタ髪ノ時間ト)』WITH TIME                                                 (2022年7月30〜31 東京・六本木 ストライプハウスギャラリー、ソロダンス95分)


※特記なきものは全て、美術=櫻井恵美子、ダンス・音=櫻井郁也、企画制作=十字舎房

舞台写真はコチラです。←click


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【参考LINK】ご感想・ご紹介(外部サイト含む)
笠井叡「櫻井郁也のダンス」

NEW東京公演2019春ご感想

東京公演2018秋ご感想(※美術・音楽2018年9月欄に記載)

東京公演2018ご感想

東京公演2018ご感想(作曲家・福島諭さん) 

東京公演2017ご感想

東京公演2016ご感想

NEW  東京公演2011ご感想

読売新聞・東京公演2015
長崎新聞・長崎公演2015
東京公演2014評:シアターアーツ
いちはらアートミックス2014記事

ルクセンブルク大使館公演評・英文
ルクセンブルク公演記事
ポルトガル公演評・英文
ポルトガル公演評・原文
ポルトガル公演記事/ポルトガル語

長崎公演2015ご感想
長崎公演2015関連記事:旅するムサビ
名古屋公演ご感想2010
いちはらアートミックス2014ご感想
越後妻有アートトリエンナーレ2012ご感想
ダンス白州記事2009関連記事:英文


東京公演2013ご感想
東京公演2010ご感想
東京公演2010ご感想
東京公演2007ご感想

【Twitter】 

櫻井郁也についてのツイート


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【最新のプロジェクト】
櫻井郁也ダンス公演webサイト

 

 

 





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断片8/09(ショック、出会い、時間)

2021-08-09 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)

きょうは長崎原爆忌。

被爆直後の長崎で傷を負った人々が集いミサを行う映像を見たことがあり、その祈りの姿がどこまでも深く深くいまだに心が動き続けている。

存在について、神なるものについて、何よりも、人間というものについて、人間の人間に対する行為について、愕然とし続けるようなショックを、僕は「ナガサキ」から受け続ける。

毎年この日になると思い出すのが、2015年のこの日に上演した『弔いの火ー こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ』(下記写真)というダンス作品のことだ。

これは、長崎で原爆体験を伝え続けている〈松原の救護列車を伝える会〉の主催により実現したプロジェクトで、作品としては美術家の瀧澤潔さんとの共同制作。

会場は長崎県大村市の松原小学校の校庭で、そこは、被爆直後に運行された救護列車によって長崎市内から多くの被爆者が運ばれ亡くなっていった場所だった。

被爆70年祈念セレモニーの一環として8月9日の夜に上演した。

11時02分の黙祷のあと、急ピッチで現場の仕上げが行われ、「運動場」は「劇場」に変わってゆく。夕刻に観客が集まり、地元の方々による被爆体験を語りつなぐ朗読劇のなかで日没を迎え、夜の闇とともにソロダンスを開始、クライマックスでは松原小学校の児童たちが祈りの歌を歌いながら次々に登場してダンサーとの交感を行う。そのような内容だった。

美術制作をはじめ機材や資材の調達も技術面も運営面も含め、複雑なスタッフワークの全てが、学生ボランティアと地元住民の皆さんと子どもたちによって行われた。いわゆるプロを現場に一切介在させなかったことは大きな特徴だった。

失われた時間と鎮魂をテーマにしたダンス作品だったが、これは結果的には、出会いから生まれる時間が力になり形になった公演になった。つまり作品という枠を超えた公演になった。原爆についての思索や行動や迷いや停滞のプロセスから、さまざまな出会いが生まれ、その出会いが特別な時間を紡ぎ出した。出会いから生み出される時間、というのは計画的にできるものではない。

この作品の企画から上演までの行動や対話の積み重ねを通じて、僕は、ダンスについてばかりでなく、表現活動の根本について、深く考え直すことになった。

 

『弔いの火ー こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ』(2015)より

上記公演の全景(長崎県大村市松原小学校)

関連記事(2015年8月:プロセスの写真やテキストが複数掲載されてます)

 

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Stage info. 櫻井郁也ダンス公演Webサイト

 

lesson 櫻井郁也ダンスクラス:ご案内 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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断片8月15日

2019-08-15 | ダンスノート(からだ、くらし)






「弔いの火  こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ -」 

という作品からの写真です。

上演は、201589日、長崎・大村・松原小学校校庭にて。(当時の記事 

(ダンス=櫻井郁也、美術=瀧澤潔、主催=松原の救護列車を伝える会)

 

いつか再演したい作品の一つです。

この公演を主催してくださった「松原の救護列車を伝える会」の方々は今年も語り継ぎの活動を続けていらっしゃいます。

きょうは8月15日。

1年間の中でも特別にタマシイのことを思う日です。同時に、時の流れについて思う日でもあります。

世相が変わってゆく。政治や価値観が変わってゆく。世代も変わってゆく。

さまざまなものが1年また1年と変わってイることを、特に感じる日です。

変わってゆく様々なものに流されず、思いを変えずにいることができるのは、人間の個々の意思の力だと思います。

つらぬくこと、変わらないこと、行いの継続、ということ。

僕自身にとっても、それらは重要なテーマと考えています。

 

【次回公演】

119(土)〜10 (日)

櫻井郁也ダンスソロ新作公演2019

会場: plan-B (東京・中野)

Next Performance 9th and 10th November 2019 at plan-B Tokyo,Japan. 

 櫻井郁也ダンスソロ公演情報(Stage information)

※月末までには詳細のご案内を始めたく進めております。

 

【レッスン】

櫻井郁也ダンスクラス・オイリュトミークラス 参加要項 

※8/25単発ワークショップあり(ご案内)

 

 
 
 

 


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場所、劇場、発生、、、(櫻井郁也ダンスノート2019.6.07)

2019-06-06 | ダンスノート(からだ、くらし)

まえの夏、とても工夫された演劇を観て気持ちが引き締まったことをおぼえている。それは都内のマンションの一室を手作業で劇場に仕立てて上演されていた。玄関が受付、手作りのひな壇にいくつかの客席。座ったとき、未知数の何かに接してゆくような気持ちが湧いて、期待とも不安とも区別がつかない感覚で開演を待った。粗作りの道具や音。照明は家庭用の電気器具だが細かく工夫されている。そこに役者の声が入ったとき、急激に何か激しい緊張が襲いかかってくるのだった。演目は『マクベス』だった。よこしまな精霊がひしめき合い、人間の悪が地響きをたてる。一つの身振りにしっかり重さがあり、一つの言葉が深く響くのだった。経験豊かな演技で構築されたものだった。日常が非日常に移ろいゆく。まさに劇だ。すべてがふきすさぶ嵐だ。そう思った。底知れぬ闇に荒野の寒風。それらは言葉の力と俳優の存在感によって醸し出されたもので、人間なしには成り立たない空間を感じた。物理的に足りないものがハッキリあるからこそ、する人の表現力も観るわたしの想像力もフル回転するのかもしれない。物がないからイメージが湧き、歌がないから心が歌うのかもしれない。役者やスタッフといった人たちの営みがとても近くて、演劇というのはいいなあと久々に感じていた。

 このマンション劇を観たあと、数年前の僕が長崎公演をさせてもらったあのときのことを思い出した。あのときは学校の運動場が地元の方々の知恵と行動と工夫で劇場になっていった。劇場はつくるものだということを理屈でなく思い知った。それからもっともっと前の、新宿花園神社で唐十郎さんの状況劇場を初めて観たときのことも思い出した。雨でずぶ濡れの紅テントの床は泥だらけで、そこに膝を抱えて興奮しつづけていた。興奮と不安定とが劇を激しく劇的にしていた。この十数年踊らせていただいているplan-Bにも場づくりの熱がなまなましく息をしている。打ちっぱなしの地下空間が工夫に工夫を重ねて表現場として継続されている。その床を踏んだ方々の行為の軌跡が、あちこちに残って、実に特有の現場感がある。空間が生きている。生身の人間と関わるように空間に関わらなければ何もできない。与えられた劇場で何が出来るか、という以上に、何によってそこに劇場を発生させることができるか。ということのほうが大事に思える。立派に建築されたシアターとは異なる興奮が、いろいろな場所に生まれてゆく可能性が、すごくあると僕は思う。

 

 

 


stage 櫻井郁也/十字舎房:ダンス公演情報

 

lesson 櫻井郁也ダンスクラス、オイリュトミークラス
 


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その眼差しを通じて:長崎公演ドキュメントを見ながら

2016-03-25 | ダンスノート(からだ、くらし)

昨夏の長崎公演のドキュメント映像が出来たということで、観る機会を得た。

被爆70年忌のセレモニー公演として、長崎大村を拠点とする「救護列車を伝える会」が主催し、現代美術の瀧澤潔と組んだ作業である。美術家と地元の子どもたちが共同制作した美術=祈りのランプシェードに灯をともし、大人たちが被爆体験伝承の朗読を行い、ソロダンスの上演〜黙祷儀へ。という、8月9日の夜に捧げた一連の行い。そして武蔵野美大生たちが冬までかけて祈念碑を会場となった松原小学校校庭に定礎した。
その校庭は被爆当日の救護所であり多数の命が眠る。



淡々と、そして正確にモンタージュされたドキュメント映像に、思いのほか見入ってしまった。
こんなところまで撮影していたのかと思うほど細部まで森内監督のカメラは見つめている。
その眼差しを通じて、大人も子どもも一緒になって一つの時を紡ぎ上げてゆく様子が、デリケートに伝わってくる。
映像を観ながら、人と人が力を合わせるという尊さについて、あらためて考えざるをえない。

人と人・・・、
きれいごとでなく、切実なことだと思う。そして、それは楽なことであるはずもない。
そこに至る前に、たくさんの壁や距離や裂け目が見えるのでは、とも思う。
現代の僕たちには「互いに理解しあう努力」が、あるいは、そこに至るさまざまな対話やアクションが芸術以上の芸術性をもつことになってゆくのかもしれないとも思う。
もちろん、それは潜在的に、徐々に、必然的に、起きてゆくのだろうけれど、
もしそうなってゆくのだとしたら、ダンスも美術も音楽も、その対話やアクションの原因力としての役割を持てたらいいな、とも思う。

そのうえで、劇場という場についても改めて思う。
何かを見つめ、何かを聴く場所。
その客席にある人の内面にイメージや物語や心の動きや来るべきものへの予兆が生まれてゆく場所。
それが劇場だと思う。
ダンスはその起動力を担うべきものなのかもしれないし、あるいは心の動きのための静寂を生む役割なのかもしれない。
「魂ふり、魂しづめ」という古い言葉がふと浮かぶ。
来週の土日に新作を踊るその舞台にも影響が出るかと思う。
長崎のみなさま、力をもらいました。
_________________________________________
【新作公演 Coming performance】

櫻井郁也ダンスソロ・公演webサイト
SAKURAI IKUYA DANCE SOLO Official web

Sakurai Ikuya dance-solo

関連記事

【これまでの公演 Past Performance】
公演記録(国内)
※長崎公演の記録もあり。
公演記録(海外)
櫻井郁也/十字舎房FACEBOOK
※過去作の動画あり。

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公演記事です

2015-08-29 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
西日本新聞さまより、またまた長崎公演の関連記事をいただきました。


↑8/28掲載
________________________
シンプルなアプローチで、言葉と表現、送り手の思いと受け手のイメージ、という関係を書いてもらえて、感謝いたします。
ありがとうございます!あんなインタビュー(お書きの通り)にも関わらずきっちり本番観てくださって、翌日記事から一カ月たって今度はコラム欄で自分自身の声を書いてくださった、これ読んで、僕らの思いと記者様の言葉はどこか重なっているんだなと感じました。
行為する者と伝える者。そこに利害無しの言葉が発生することを夢見ます。
記者様、また会いたく、その時はもっと良い踊りを見せたい、、、。ささやかな欲望です。

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Stage photo(長崎公演)

2015-08-21 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
8月9日に長崎・大村市松原小学校で開催いたしました、
原爆70年忌セレモニー/公演『弔いの火』。
写真をいただきました。いくつかをご紹介します。
撮影は美術の瀧澤潔さんと舞踊手補佐をしてくれた武蔵美の石川祥子さん。ありがとうございます!

★美術制作風景(ランプシェード=ともし火のインスタレーション)






★稽古=子ども出演シーン(ダンスの場から祈りの歌へ)









★子どもと大人のトークセッション(8月9日を話し合う)


★本番風景

























痛みから怒りへ、
怒りから願いへ、
願いから努力へ、
努力から幸福へ、
幸福から祈りへ、
祈りから未来へ、
歩むこと、歩みのなかに在る、ということ。

写真を見ながら、そんなことを思います。

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海辺で〜長崎公演ご報告2(公演メモより)

2015-08-14 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)




海と空には、ほんとうに境目があるのだろうか。
こんな風景を見つめていると、
ふと思ってしまうのでした。

この世とあの世のあいだには、
生と死のあいだには、
過去と現在のあいだには、
ほんとうに境目があるのだろうか。
とも。

今回の公演地であった松原は海辺の町でした。
大村湾という、この海辺の対岸にナガサキの街が広がっているのでした。
夜になるときらきらと街は輝いてこちらに近づいてくるようでした。
朝になると陽射しが海に反射して、空も眩しくなって、街は遠く小さくなってゆくように感じました。

海はたくさんの無言の言葉を語りかけてくるようでした。

この土地に立っている、という実感。
そのなかで、
これから上演するダンスに血が通いはじめるのを感じました。


これも松原の海岸



70年前、同じ海辺で・・・


(つづく)


公演記録
次回公演の予定

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長崎公演ご報告:1

2015-08-12 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
おかげさまで長崎公演を無事に終え、帰京いたしました。
被爆70年の節目での作品制作にあたり、大切な記憶の場所で踊ることの重さをひしひしと感じながらの公演でした。


西日本新聞8/10朝刊



長崎新聞8/10朝刊


肉体に記憶が積もり重なっているように、大地にも記憶が積もり重なっています。
大地の記憶は肉体の記憶を揺さぶり、
熱となり、熱はちらばって風となり、そんな様子を星たちはじっと見つめているようでした。
ダンスは爆心の方向にむかっていました。

ヒロシマ忌の8/6に作業開始、ナガサキ忌の8/9に本番を実現する。
というタイトなスケジュールと猛暑のなか、多くの方々が力を合わせてくださいました。
子どもたちも懸命になって美術制作を共に行い、祈りの歌を練習し、
ダンスのクライマックスでは舞台に登場して、共に行為し、歌をうたって、
最後は観客の方もごいっしょに黙祷のひとときを過ごしました。

公立小学校の運動場を劇場空間に変容する、
被爆体験の継承と今日的なアプローチの模索をいかに行うかを行動で探る、
その上で先端的アートとは何かを問う、、、。
そんな難しい課題を、地域連携/子どもから大人までの多世代連携/共感者による個人資金での実現で。
という無謀な挑戦を実現できたことは、ひとえに関係者ご一同の意識の高さゆえと存じます。
そのお力に対し、アーティストとしてきちんとお応えできたかどうか、はなはだ心配ながら、いまは先ず感謝の思いでいっぱいです。

ご来場いただいた450名の皆様、公演会場となった松原小学校の子どもたち・ご両親・先生方、地元住民の皆様、主催者はじめ関係者すべての皆様、クラウドファンディング/直接寄付など制作応援いただいた皆様、そして励ましいただいた方々に、心より感謝しております。

みんなで何かをする。みんなで一つの気持ちをカタチにする。それが如何なることなのか、ヒシと感じました。

「現代の祈りには現代の芸術を」ということだったのかな、と思います。

取り急ぎ、まずは上演完了のみご報告させていただきます。
ひきつづき感想その他、思い浮かぶまま掲載したく思っております。ぜひ!!
(つづく)




コアメンバー写真:アーティスト一同、武蔵野美術大学『旅するムサビ』一同、「松原の救護列車を伝える会」一同、ボランティアで最後まで居てくれた人も一緒です。▶前列中央が美術の瀧澤、櫻井は後列中央、その左は三澤一実武蔵野美大教授、後列右端は記録映像の森内監督(後列右端)。

「弔いの火」作品詳細&クラウドファンディング窓口(10/19まで受付)
↑制作支援の受付です。ネットからのお申込みは上記へ。銀行振込の場合は担当=瀧澤 <kystakizawa@gmail.com>までお問い合わせください。(1口1000円より)

ご感想記事を発見(LINK)

【PS】
昨日より教室再開いたしました。
さらに東京公演(11/7~8)の稽古再開へと進ませていただきます。
あらためてよろしくお願いします。

公演記録
次回公演の予定

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長崎公演、本日

2015-08-09 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
長崎に来ています。
先ほど原爆投下時間11時02分を迎えました。
松原小学校児童全員と今夜の公演関係者みなでお祈りをしました。
投下時間を告げるサイレンを眼を閉じて聴き、涙が流れました。
19時から公演本番となります。
かみしめつつ、向き合う心でおります。

【ご案内】長崎公演「弔いの火:ダンスと美術と子供たちのための70年目の8月9日」

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長崎公演に寄せて(直前報告、2)

2015-08-04 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
現地入り前の稽古も残りは明日1回、もう一度一人きりで踊ってから出発します。

【『弔いの火』ノートより、2】

今回の公演を作業しながら、
被爆聖母への思いを隠し得ません。

このマリア像の上に、原爆は投下された。

この聖母について、このブログに書いたことがありました。2013年の8月10日。二年前です。

当時の記事


日が巡り、偶然の力か、原爆にまつわるダンスを、という話が長崎から来ました。そして、初めて僕は被爆聖母の前に立つことができました。

(偶然とは、まことに不思議。呼ばれたような気さえしてきます。)

彼女の声を聴きながら踊りたいと思い、今回の作品のなかで浦上天主堂の鐘が響く音とダンスをすることにして、現地レコーディングをしました。

東京に帰って、その音の変化をモチーフにピアノ、ウォーターボウル、チューブラーベルなどで何曲かを演奏録音。いま、本番用のミキシング作業が終わろうとしています。
今回のダンス音楽は、この被爆聖母への思いがサウンドになったとも言えます。

浦上の鐘の音、それが喚起させてくれたオリジナルメロディー、そこに、長崎に伝わる隠れキリシタンの祈りの歌や遠く離れた国々の祈りの歌が呼び交わす構成、、、。

さまざまな祈りの響きと身体の絡まり合い。

今回の「弔いの火」の音楽と振付が追いかけ合うように形になってきています。

舞い場となるのは松原小学校の運動場。そこには、コラボレーターの瀧澤が子どもたちとつくる80体の「ひとがたランプシェード」が並び、日没とともに炎が灯されます。そして、これらを作った子どもたちのナマの歌声が、先述のダンス音楽の最後を形成します。

80体とは70年前の8月9日、原爆投下直後に、この場所に市民の手で搬送された被爆者の数です。

喪われた命、喪われた祈り、から、引き継がれた命、引き継がれた祈りへ。

僕は信仰者ではありえていません。しかし、生まれつつある作品=祈りのかたち、に向き合いながら、いまなぜか、エピファニーという言葉について、すこし考え始めています。エピファニーとは、顕現。あり得ない事が起こることです。奇跡を起こすのは神か人か。それは知りえないけれど、奇跡を起こす力、奇跡が起こる可能性、それを信じることは努力の火種で、生の杖となります。未来に繋がります。

禁断の原子の火を浴び地獄を見つめてなお私たちに微笑を送る一つの聖母像。

その前に立って感じた真空のような静かさと、そこから街に染み込んでゆくような鐘の音が、そのような事を心巡らせてくれます。そして身を揺らせ始めます。

身体の骨の奥に、何か今迄に経験したことがない力の波を起こし始めているのかもしれません。
(つづく)

公演詳細
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★2015年、櫻井郁也のステージ予定★


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長崎公演に寄せて(直前報告:1)

2015-08-02 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
もうすぐ長崎入りします。
70年目の原爆忌にダンスを、ということで始めた今回の作品制作も佳境。現地作業は奇しくもヒロシマ忌の8月6日に開始。学び多い作業だけに、駆け巡る思索も多々あり。何回かに分けて作業ノートの断片を。
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『弔いの火』ノートより、1


「こんな長い列車を今迄見たことは無かった。
列車がカーブを曲ると、その長さに又驚いた。
長崎原爆の死傷者を救いに行く救急列車だ。」
(証言より引用:下記)


今回のプロジェクトを通じて「長崎の救護列車」のことを知る。
長崎公演の会場「松原小学校」は上に引用した文章にある「原爆救護列車」で被爆した方々が運ばれた場所。
いま子どもたちが学び遊ぶ。その子たちと場をつくる。
子どもたちは祈りの歌を稽古しているという。それなら、そのなかで踊りたい。そんな方向性が出ている。

今回のプロジェクトは原爆のあの日の「地獄の中での助け合いの記憶」を伝える人たちの力による。
その人たちに関わりながら、思う。
原爆は肉体を殺すことが出来ても魂を殺すことは出来なかったのではないか。
同時に自問する。
僕らは僕らの子どもに何を託すか。

被爆70年。
ナマの記憶を、ナマの声を聴くことが出来る時代が、いま、間もなく、終わる。
それを実感しながらの作業。
渦中、自問わく。
新しい人を生み育てること。それができているかな、と、ふと。
やがて僕らは星になる。人生を生きながら、子どもたちのために道を用意するのが大人の仕事。
それが本当に意識できているかな、と。

1回だけの公演である。
70年目の8月9日はもう来ないから。


※ 長崎という「祈りの地」に原爆が落とされた。被爆直後の助け合いがあり、助け合う人々もまた放射能に晒された。家族を助けに行ったお母さんのお腹に宿った新しい命もまた放射能に侵された。救護被爆という。70年。まだ光が当たっているとは思えない。放射能の問題にかかわるそれは現在にも繋がる。祈りの地に投下された原爆は、人とは何か、ということを私たちに問いかけている気がしてならない。

以下、よろしければ。
また何か見つけたらご紹介します。

★原爆投下の日の松原小学校で(今回の会場)

★被爆体験、救護列車(上記引用先)

★伝える気持(今回の発起人の方のブログ!)

★次回=東京公演の予定

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8/9長崎公演「弔いの火」詳細です

2015-07-24 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
長崎公演の詳細を発表させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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戦後70年企画・被爆者追悼セレモニー祈念公演
櫻井郁也(ダンス)×瀧澤潔(美術)
弔いの火ー こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ
主催=松原の救護列車を伝える会 、共催=大村市松原小学校、大村市立郡中学校PTA、
後援=大村市教育委員会、協力=武蔵野美術大学〈旅するムサビ〉

【日時】2015年8月9日(日)19時〜21時
【会場】長崎県大村市立松原小学校(長崎県大村市松原本町5-1)
【入場料】無料

【概要】「8月が来るたびに、人と人が、もうこれ以上、 戦わないように、祈りながら、歌いながら、踊りながら、僕たちは、 新しい人間に、生まれ変わってゆく(櫻井郁也)」70年原爆忌にあたる本年8月9日、長崎県大村市松原小学校での祈念セレモニーにて美術とダンスのコラボレーション公演を行います。会場の松原小学校は被爆直後の救護活動の拠点のひとつであり、本公演につづき武蔵野美大の方々によるモニュメント制作へと連動して新たな記憶の場を形成します。子どもたち、保護者、地域住民の方々とアーティストが協力しあって場を作り開催する手作りのプロジェクトです。

【運び】
追悼式〜被爆記憶をめぐる朗読劇(地域代表)〜日没にてダンス公演start(アーティスト)+子どもたちの祈りの歌(松原小生徒)  

【交通】
※運行本数の関係上、往復の列車時刻などお調べの上、ご来場ください。
・長崎空港から約1時間=リムジンバス大村駅行~JR大村駅より佐世保行き~「松原」下車~徒歩10分
・長崎市内から約1時間=JR長崎駅より『かもめ36号』特急 博多行~諫早駅にて乗換・大村線佐世保行き~「松原」下車~徒歩10分
地図

【宿泊】会場最寄りにビジネスホテルあり詳細

【企画詳細、応援ファンド】コチラ

【お問い合わせ】090-9077-7146 (主催者), juujishabou@gmail.com(十字舎房)

【チラシ】クリックで大きく見れます
 

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次回=東京公演の予定

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謝意:増上寺ショートパフォーマンス

2015-07-20 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
無事終了いたしました。
機会を得て上演した短編ソロでしたが、実は、大きな作品に繋げていきたいさまざまな衝動が混在するダンスでした。
大勢のお立ち会いを、感謝いたします。
あの炎天下で集中したご視線を下さった方々、共に行為している感が強くありました。
事後会場でお言葉をかけてくださった方々、次への力をいただけました。
踊りについて、身体について、その根底にある生や死への認識について、深めていきたく思っております。
明日より長崎公演の稽古再開。
踏むべき地点へ、、、。
ご注目いただければ光栄です。

★次のステージ
・8/9=長崎・松原小学校(原爆70年忌祈念セレモニー)、
・11/7~8=東京・plan-B(櫻井郁也/十字舎房・本公演)
長崎プロジェクト詳細&応援ファンド
公演の記事

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レッスン報告(7/14舞踏、7/15オイリュトミー)

2015-07-17 | レッスン・WSノート
8/9の長崎公演、7/19のショートパフォーマンス、11/7〜8の東京公演。三つの作品を進めるなか、教室でのレッスンも夏シーズンの内容に入りました。

今週、火曜の「舞踏クラス」では、動きの伝達について稽古しました。
ひとつの衝動から、いかに動きを起こすか。その動き

動きの可能性を体験すること、それは心の広がりやグルーヴを誘うことでもあり、意識の拡大・覚醒を伴います。何度も練習するうち、ダンスの醍醐味に繋がっていきます。引き続き、一緒に楽しんでみたいと思います。

水曜の「オイリュトミークラス」は、コトバのエネルギーを感じて踊る〈言語オイリュトミー〉のレッスンでした。このクラスでは、夏の題材に茨木のり子さんの詩から『倚りかからず』という作品を選び、踊り始めました。僕から提示した幾つかの候補から皆で選びました。

もはや、
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや、
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや、
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや、
いかなる権威にも
倚りかかりたくない

このような言葉から始まるこの詩に満ちる、どんなエネルギーが、この詩を踊ってみたいという気持ちを呼び起こしたのでしょうか。
僕もこの詩には、とても今日的で、リアルな心情を感じます。そして私たち一人一人の、毎日の日々の過ごし方への、作者からのメッセージを感じます。

丁寧に、言葉の一音一音を感じながら、花びらを拾うように踊れたらいいな、と思います。
さて、どんなレッスンを展開できるでしょうか。
よろしくお願いします!


【クラス受付状況】
いづれも5名前後の編成。経験や年齢を問いません。
参加方法・くわしい内容

レッスン関係の記事です
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これからのステージ/公演
2015年公演日程★



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