特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

悲愛

2013-11-12 08:05:15 | 特殊清掃
ある日の夕刻、特掃の依頼が入った。
「住人が亡くなって時間が経ってしまった」
「作業を依頼するかどうかわからないけど、とりあえずみてほしい」
とのこと。
現場を見ないと何も始まらないので、事務所にいた私は、デスクワークを中断してデスワークに向かった。

訪問したのは、商業地に建つマンション。
依頼者の男性とは、入口エントランスで待ち合わせた。
男性は、仕事の帰りか、スーツ姿。
片手にはビジネスバッグ、もう片方の手には大きな紙袋を下げていた。

通常なら、依頼者のほうから故人との間柄を教えてくれることが多い。
例えば、「父が亡くなりまして・・・」とか「弟が孤独死しまして・・・」とかいうふうに。
また、それがない場合は、私の方から「お身内の方ですか?」と訊ねる。
そうすると、「息子です」とか「亡くなった者の兄です」等といった返事が返ってくる。
しかし、この男性は、「お身内ですか?」と訊ねても「いえ・・・昔の知り合いで・・・」としか応えず、故人との間柄を具体的に話さなかった。
その様子から、男性は、故人と自分との関係を話したくない・知られたくないのだと察した私は、それ以上余計なことを訊くのをやめた。

玄関ドアの前は、既に異臭がプンプン。
室内が相当のことになっていることは、容易に想像できた。
また、近隣から苦情がくるのは時間の問題と思われた。
管理会社もそれを心配し、一刻も早くなんとかするよう男性にプレッシャーをかけていた。
私は、ポケットに入れていたグローブと脇に挟んでいた愛用のマスクを装着。
ドアを開け、素早く中に入った。
そして、へヴィー級の惨状を前に、特掃魂の階級を上げた。

男性は、片手に下げた紙袋に、レインコート・ゴム手袋・マスク・市販の消臭剤等を用意。
どうも、自分でなんとかしてみようと考えてきたよう。
しかし、故人が倒れていたベッドマットは、腐敗体液をタップリ吸い込んだ状態。
周辺の床にも腐敗体液は滴り、その辺にあるものをかまわず汚染。
男性がそんなものを処理する術を持っているはずはなく、また、そんなところの掃除ができるわけがない。
ライト級の現場ならいざ知らず、へヴィー級の現場は素人の男性の手に負えるはずはなく、私は、
「お金のかかることなんで押し売りするつもりはありませんけど、ご自分でやるのは無理だと思いますよ」
と、正直な考えを伝えた。
と同時に、“俺ならやれる!”と、作業に備えて特掃魂に火をつけた。

結局、男性は私に作業を依頼。
ただ、代金は分割払いにしてほしいとのこと。
目が飛び出るような金額でもないうえ、男性が、人並みに貯えを持っていそうな身なりと物腰だったものだから、私はそれを怪訝に思った。
更に、代金を踏み倒された経験が幾度となくある私は、それを心配。
男性の運転免許証を見せてもらい、契約書の住所・氏名にウソがないか確認。
また、用心のため、自宅の電話番号と勤務先も確認させてもらおうとした。
ところが、男性は、
「携帯番号と住所だけで充分じゃないですか?」
と抵抗。
そして、
「代金をキチンと払うことは約束しますから」
と、私に頭を下げた。
そして、更に、
「自宅に郵便物を送らないでほしい」
「自分への連絡はメールのみとし、平日の夜と土日は連絡しないでほしい」
「現場には、平日の夜しか来れない」
と、ちょっと変わったことも注文。
男性は、家族に知られることを怖れているようで、それを察した私は、気分を害したような顔をしないよう気をつけ、それらを了承した。


故人は、女性。
部屋を見ればすぐわかった。
年齢は、男性と同年代。
遺品を見ればすぐわかった。

男性は、賃貸借契約の保証人。
どういう経緯でそうなったのか知る由もなかったが、契約はもう何年も前のことのようだった。
法定相続人には遠い親戚がいたものの、その親戚は早々と相続放棄。
結局のところ、男性が本件の後始末をする責任を負ったのだった。

身内ではない男性には、警察から正確な死因を知らされておらず。
ただ、男性は口にこそしなかったものの、病死ではなく自殺を疑っているような感じがした。
しかし、私は、内心で自殺ではないと判断。
現場に行けば、自殺かそうでないかが何となくわかるもの。
何の根拠もないけど、私は、故人の死因が自殺ではないと思っている旨と、多くの現場でそれが的中してきた旨を、男性が勘づくようにそれとなく会話の中に織り混ぜた。
更に、それを補強するため、自分がこの仕事をながくやっていることを付け加えると、はじめは嫌悪感が滲んでいた男性の顔にわずかに安堵感が漂った。

私は、男性の注文に従って作業を行った。
私からの連絡は少ないほうがいいと判断し、こちらからの連絡は必要最小限にとどめた。
ただ、逆に、男性は色んなことが気になるようで、頻繁にメールを入れてきた。
結果、メールのやりとりは十数回にも及び、そのうち、男性の気心も知れてきたのだった。

男性は、
「後で捨てることになると思うけど、書類、写真、故人が日常で愛用していた小物類は処分しないでとっておいてほしい」
と要望。
男性が、故人の近年の暮らしぶりを知りたがっていることを感じた私は、できるかぎり細かく家財をチェックした。

残されたのは・・・
貴重品類、アクセサリー、バッグ、メガネ、化粧品、
源氏名の入った名刺、
記入済みの履歴書、
破産に関する法的書類、
生活保護の手続書類、
何種類もの薬、
等々・・・
それらは、ここ数年、故人が楽な人生を歩いてきたわけじゃないことを想像させた。

遺品の中には、何枚もの写真やアルバムもあった。
私は、何枚かの写真の中に男性を発見。
他人のプライベートを覗くつもりはなかったのだが、見知った顔に焦点が合ってしまった。
何年か前の二人は、どうみても“いい仲”にしかみえず・・・
不倫関係にあったのかどうかまではわからないけど、そこからは、その昔、二人が深い関係にあったことがうかがい知れた。
そして、それは、私の心持ちを複雑に絡ませた。


特殊清掃、汚物処理、遺品の選別、家財生活用品の処分、消臭消毒・・・
一連の作業が終わるのに一ヵ月余の時間を要した。
最後の作業は、遺品の確認と部屋の引渡し。
男性の意向を優先して、やはり、その日時は平日の夜に設定された。

男性と顔を合わせるのは、最初と最後の二回だけとなった。
その日も仕事帰りだったのだろう、男性はスーツ姿で現れた。
そして、私を見つけるなりそばに寄ってきて、
「お世話になりました」
と、深々と頭を下げてくれた。
恐縮した私は、
「これから部屋と遺品を確認していただかないといけませんから」
と、礼を言うのはまだ早いことを伝えた。

部屋に入り、私は、とっておいた遺品をクローゼットから出し、男性に差し出した。
そして、必要なものは持って帰ってもらい、いらないものは処分するのでゴミ袋に入れるよう話した。
すると、男性は、遺品を一つ一つ手に取って、しみじみと眺めはじめた。
私には、見ないほうがいいようなものが大半のように思われたが、当然、そこに口を挟む権利はなく、選別する男性の横でゴミ袋の口を広げて黙っているほかなかった。
私が案じたとおり、遺品をみるにつれ、男性の肩が落ちていくように感じられた。
それでも、男性は、一つ一つをキチンと確認し、労わるようにゆっくりとゴミ袋に入れていった。

結局、ほとんどの遺品がゴミとなった。
ただ、
「これだけもらって行こうかな・・・」
と、男性は、何枚かの写真を手に取った。
そして、それをバッグにしまい真剣な表情で一点を見つめた・・・・・
・・・・・しかし、少しして、
「やっぱり、やめよ・・・」
と、男性は、おもむろにバッグに入れた写真を取り出した。
そして、目に焼き付けようとするかのように見つめてのち、何かと決別するように、それをゴミ袋に落とした。

男性は、ひとつの過去を断ち捨て、ひとつの思い出を胸に刻んだのか・・・
悲哀に満ちたその横顔に、私は、人が人であるがゆえに抱いてしまう、いかんともしがたい悲愛をみたのであった。



公開コメント版

特殊清掃撤去でお困りの方は
特殊清掃プロセンター

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
«  | トップ | 短気は損気 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

特殊清掃」カテゴリの最新記事