特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

短気は損気

2013-11-18 08:48:22 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
「引越しをするのでゴミを片付けてほしい」
そんな依頼が入った。
「うちに頼んでくるわけだから、何か事情があるんだろうな・・・」
私はそう思いながら現地調査の日時を設定した。

訪問した現場は小さな一戸建。
家屋の周囲にはゴミやガラクタが散乱しており、家の中が“案の定”であることをうかがわせた。
私は、家の前の路上に車とめ、約束の時間がくるまで待機。
自分でいうのもおかしいが、変なところで几帳面な私は、約束の時刻ピッタリになったところで車を降り、玄関のチャイムを押した。

家の中からは、恥ずかしそうな物腰と気マズそうな表情をもって依頼者がでてきた。
そして、
「驚かないでくださいね」
「靴のままでかまいませんから」
と、外からの視線を避けるようにそそくさと私を家の中へと促した。

室内は、玄関土間からゴミ、ゴミ、そしてまたゴミ・・・
依頼者は、長年にわたって生活ゴミを蓄積。
本当の床なんてどこにも見えておらず、ゴミで埋め尽くされていた。
依頼者は、近々、引っ越す予定。
そのため、“このゴミを片付けたい”とのこと。
ただ、依頼者は“特殊清掃でなんとなる”と考えている様子。
私は、実現不可能な期待を持たせてはいけないので、ゴミの撤去と清掃だけでは原状回復はできないことを伝えた。
それを聞いた依頼者は動揺。
顔をこわばらせたまま黙り込んでしまった。
そうは言っても、このゴミを片付けないと何も始まらない。
私は、作業の内容とかかる費用を説明し、当方に作業を依頼するかどうか充分に検討するよう伝えた。

調査を終え外に出ると、私の車の脇に初老の女性が一人立っていた。
そして、私を見つけると恐い顔で睨みつけ、
「オタクが片付けんの!?」
と一言。
初対面にもかかわらずタメ口をきくその高圧的な態度に気分を害した私は、
「まだわかりません・・・」
と、無愛想に返事。
「○○(依頼者名)はいるの!?」
女性は依頼者を呼び捨て。
「・・・・・」
“いる”というとトラブルに巻き込まれそうな予感がした私は何も応えず。
その態度に、女性は依頼者の在宅を感じたようで、勝手に玄関扉を開けてズカズカと中に踏み込んでいった。

そのまま帰ってもよかったのだが、そのまま帰ってはいけないような気がした私は、玄関前を行ったり来たり。
不審者のようにソワソワ、ウロウロした。
すると、ほどなくして、依頼者と女性が玄関からでてきた。
そして、私は、キナ臭いニオイがプンプンする二人の輪に入れられてしまった。

女性は、この家の大家。
しばらく前から、この家にゴミがたまっているのを知っていた。
もちろん、依頼者に「ゴミを片付けるように!」と再三注告。
しかし、依頼者は、毎回のようにこの注告を聞き流し、ゴミを片付けることはなかった。
結果、堪忍袋の尾が切れた大家は、「すぐに出ていけ!」となり、依頼者は引越しを余儀なくされたのだった。

ゴミを片付ければ元のままの床や壁が現れると思っている人が多い。
しかし、実際はそんなに甘くない。
床や壁には相応の汚損が発生し、再使用が不可能になっていることも多い。
ゴミを片付けたくらいでは、この家が元通りにならないことは大家の目からも明白だった。
その状況が、大家を更に激高させていた。

「どうしてくれんのよ!」
「あれほど“片付けろ!”って言ってきたのに、なんで片付けなかったのよ!」
「アンタがこの家建て替えてくれんの!?」
大家は完全にキレていた。
大家の言い分はいちいち正論で、反論の余地はなく・・・
完全に射程距離内に捉えられた依頼者は、撃たれっぱなしの蜂の巣状態に。
更に、その“蜂の巣”さえもボロボロに砕けるくらい撃ちまくられていた。

当初、私も依頼者の一味みたいに位置づけられ、依頼者を貫通した流れ弾は私にも命中。
しかし、それをいちいち避けていては、本題が一向に進まない。
私は、大家マシンガンの弾が切れるのを待つことにして、しばし地蔵になった。

弾が尽きた頃、私は、自分が専門業者で依頼者とはアカの他人であることを説明。
大家は、私が依頼者の関係者ではなく、このときが初対面であることを知ると、次第にその態度は軟化させた。
そして、それまでの態度を詫びるように、文句を愚痴に変えた。

大家と依頼者は親戚関係。
不動産会社を通さず、また正式な契約書も交わさず、血縁者というところに暗黙の信頼を置き、簡単な口約束だけで家を賃貸借。
家賃も地域の相場より低めに設定。
それでも、依頼者は度々それを滞納。
迷惑はそれだけにとどまらず、本件のようなことをしでかしてしまった。

相手がアカの他人ならもっと毅然と行動し、問題は早期に解決できたかも。
しかし、大家は、相手が身内ということもあって、できるかぎり寛容に接した。
我慢に我慢を重ね、耐えてきた。
しかし、とうとう、我慢の限界を超えたのだった。

「この人のお陰で、性格まで悪くなっちゃいましたよ!」
大家は、そうボヤいた。
ここ数年来、大家は依頼者にずっと腹を立て、苛立ちを抱えたまま過ごしてきたのだから、
自分でも気づかないうちに、関係のない他人に八つ当たりしたり、悪い態度をとってしまうことが多かったのかもしれなかった。
事実、私と最初に顔を合わせたときもそうだったわけだし。
大家が悪い態度をとれば、相手が無愛想になるのは自然なこと。
無愛想な相手に好感は持てず、また、相手も自分に好感を持つはずもない。
その人間関係は悪循環に入っていき、その性格はますます悪くみえてくる。
愚痴る大家を前に、私は、“性格まで悪くされた”という大家の言い分が、まったくの言いがかりとは言いきれないと思った。


後日、相当の時間と相当の手間を要してゴミは撤去された。
しかし、当初の予想通り、家には重汚損と重異臭が残り、とても人が住めるような状態でなくなっていた。
大家は、怒ることに疲れたのか、それとも、怒っても仕方がないことを悟ったのか、以前とはうって変わって穏やかに。
依頼者に対しても、
「あとのことはお金で解決しましょ」
と、淡々とした調子。
大家は、依頼者との血縁にもとづいた心的つながり捨てたのか・・・
家の復旧を諦めて開き直ったのか・・・
時折、浮かべる大家の笑みは、依頼者の目には不気味に映ったかもしれなかったが、私の目には何かを悟ったあとの平安の表情に映ったのだった。



仕事でもプライベートでも、身近なところでも世界的にも、世の中には腹の立つことが少なくない。
仕事上のことだけをとってみても・・・
近隣住民や大家等から私が言われる筋合いではない苦情をぶつけられることもある。
約束の仕事をしたのに金を払わない依頼者もいる。
現地調査に呼んでおいて、何の連絡もなくバックレる人もいる。
この仕事を勝手に“人手不足”“高賃金”と思って、「働いてやる」といわんばかりの態度で応募してくる者もいる。
いちいち思い返すと腹が立ってくる。

一人でイライラし、一人で腹を立てることってよくある。
しかし、腹を立てて損をするのは誰か。
不満を抱いて損をするのは誰か。
それは、結局、自分。
腹を立てたり、不平不満を抱いたりして物事が進捗したり解決したりできる場面にあるなら、それなりに腹を立てて言いたいことをぶちまけてもいいかもしれないが、そうでないときに腹を立てても仕方がない。

腹を立てても仕方がないこと、不満に思っても仕方がないことってたくさんある。
「自分の感情は自分でコントロールできない」というのが私の自論だが、コントロールできなくてもそれを把握することはできる。
把握できれば、そこに、冷静さを取り戻すための思考を加えればいい。
自分が冷静になれる言葉や経験を思い出すといい。
私の場合は、やはり“死”が終局的なキーワードで、そこから派生する人生観が自分を冷静にしてくれることが多い。
このブログで頻繁に書いているとおりである。

元来、気が短い私。
ただ、幸いなことに、歳を重ねるにしたがって少しずつだが気は長くなっていると思う。
もちろん、短気な自分が完全にいなくなることはないけど、できるかぎり、のん気に大らかに生きたいと思っている。
短い人生、気まで短くしたってあまりいいことないと思うから。



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