秋も深まり、もう紅の季節。
私は、秋が好きである。
過酷な夏が過ぎ、一息つける季節だから。
ホント、身体に優しい季節だから。
また、ネクラな性格を反映してか、一日のうちでは夕方が好きである。
紅の夕陽をみると、ホッとするものがある。
だから、秋の夕暮れは格別の趣を感じる。
春夏秋冬、自分の死季も秋がいいと思っている。
秋涼の夕刻にでも、色んな思い出に微笑みながら、穏やかな気分で眠って逝きたいと思っている。
ただ、難点がひとつ。
毎年のことで、もう何度も書いていることだが、冬に向かって気分はどんどん欝っぽくなっているのだ。
一日のうちでは、朝が一番ヒドい。
寒い朝でも脂汗がでるような始末で、時には、軽い“ひきつけ”っぽいものを症してパニックに陥ることもある。
性格の問題か、脳の問題か、はたまた心の問題か、まったく厄介なものを抱えてしまっている私の気分は、サンライズに落ち込み、サンセットに落ち着くのだ。
「血の海になってまして・・・」
そこは自殺現場となったアパート。
玄関前に来て依頼者の男性は、嫌悪感を露にそう言った。
「とりあえず見てきますね」
礼儀に合う感情がわからなかった私は、事務的にそう返答。
鍵を開けるところまでは男性にやってもらい、ドアの隙間から身体を滑りこませた。
「うあ・・・」
間取りは2DK。
玄関を入ると奥に向かって廊下があり、おびただしい量の血がそこから奥に向かって伸びていた。
「この部屋か・・・」
故人が倒れていたのは、奥の寝室。
“血の海”と表するにはいささか大袈裟な感もあったが、その半分は布団、残りの半分は床に広がっていた。
「このニオイか・・・」
部屋に充満しているのは、血生臭いニオイ。
死亡後、短い時間で発見されたことがうかがえた。
「ヒドイな・・・」
自傷した故人は、血を滴らせながら部屋中を歩き回ったよう。
天井にこそ付着してはいなかったが、倒れていた付近を主に、血痕はそこいらじゅうの壁や床に残っていた。
「はぁ・・・」
作業を依頼されれば意欲的に取り組まなければならない。
しかし、目の前の光景はあまり遭遇したことがないくらい凄惨なもので、私の士気は早々と萎えていった。
故人を発見したのは、父親である男性。
ある日のこと、故人の勤務先から“出社してこない”“携帯電話にもでない”ということで、身元保証人である男性に連絡が入った。
男性は、故人宅から離れたところに暮し、仕事も持っていた。
“風邪でもひいて寝込んでいる”くらいにしか考えず、すぐに駆けつけることはせず。
その日の翌日、再び勤務先から連絡が入り、そこでやっと故人の部屋を訪問したのだった。
男性がそこで目にしたのは、血の海となった部屋と血まみれで倒れている息子・・・
あまりのショックに気が動転。
どうして救急車が息子を運んでいかないのか、どうして呼んでもいない警察を来たのか、頭がグルグル回って気をおかしくなりそうになった。
故人は高校を卒業して、ある企業に就職。
それは大手企業のグループ会社。
現場部門の一作業員で管理職になれるコースにはいなかったが、仕事は安定していた。
また、高い学歴をもつ後輩に追い越されることもあったが、自分と同じ境遇の同僚はたくさんおり、それが大きなストレスになることはなかった。
そんな故人が、あるときから「仕事を辞めたい」と言うように。
男性は、長く勤めた仕事を辞めること、この不景気で同レベルの仕事に就くことは簡単ではないこと等、ともなうリスクを故人に説明。
“どんな仕事でも、いいときもあれば悪いときもある”と、我慢して続けるよう話してきかせた。
従事する仕事がキツかったのか、給料に不満あったのか、その他の待遇に問題があったのか、理不尽な降格にあったのか、それとも職場の人間関係に問題があったのか・・・
故人は、具体的に辞めたい理由を話さなかった。
そのことを“自分が聞く耳を持たなかったせい”と、男性は自分を責めた。
「本人の希望通り、仕事を辞めさせてやればよかったのかもしれません」
男性は、悔やむように嘆いた。
が、私は、“辞めないほうがいい”“頑張って続けろ”と説得した男性の判断は間違っていたとは思わなかった。
私が男性の立場でも同じことを言ったはずだし、職を失うこと・職を得られない現実は、人を苦しめ、ときには人を死に追いやることがあることを知っているから。
死因の主たる原因が仕事だったとはかぎらない。
他のことが原因で仕事への意欲が著しく低下したことも考えられる。
また、仕事を辞めたからといって故人が死なずに済んだとも限らない。
他のことが原因で、結局、同じ結末を迎えることになったかもしれない。
真相は誰にもわからない。
本人でさえ、わけがわかっていなかったかもしれない。
どちらにしろ、本人はいなくなり、男性の心と部屋に深い爪痕だけが残ったのだった。
作業終了までどれくらいの時間がかかるかわからないため、あとのことは電話でやりとりすることに。
「よろしくお願いします」
と男性は私に頭を下げ、私に鍵を預けて帰っていった。
血痕清掃は何度となくやっている。
目も鼻も手も慣れている。
悪い意味で精神も慣れている。
薄い血痕は洗剤で容易に落とせる。
しかし、厚みのある血痕は固く凝固しており、根気強くやっていかないと落とすことができない。
しかも、汚染は広範囲で各所に点在。
手っとり早くやる方法はなく、ひとつひとつ、コツコツと粘り強くやるしかない。
そうすると、おのずと孤独かつ寡黙な時間が長くなる。
そんな時間が長くなれば、それだけ、頭に浮かぶこと・頭を過ぎることが多くなる。
そして、余計な雑念を篩(ふるい)にかけられる。
雑念が消えれば、自分の中の波風がおさまる。
冷静になった自分は、自分が置かれた状況を自分にプラスに適用させようとする。
結果、それが生きる力に働き、具現化し、生きるための努力と忍耐力となる。
作業が終わったのは夕刻。
自然とモノ思いにふけらせ、感傷にひたらせる時間帯。
紅に染まった部屋は、何かを訴えていたのか・・・
紅に染まった手は、何を受け止めるべきだったのか・・・
紅に染まった夕焼けはどんどん闇に消えていき、私に人生の終わりを連想させながら溜息とも安堵ともとれる一息をつかせたのだった。
これまで、何人もの死人の血で手を汚してきた私。
これから先、私はどれだけの死人の血で手を汚すかわからない。
その昔、この仕事に就く前、自分の血で手を汚したことがある私。
これから先、自分の血で手を汚すようなことはしたくない私は、心に闇を抱えながらも、自分と誰かに「生きろ!」と叫び続けているのである。
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私は、秋が好きである。
過酷な夏が過ぎ、一息つける季節だから。
ホント、身体に優しい季節だから。
また、ネクラな性格を反映してか、一日のうちでは夕方が好きである。
紅の夕陽をみると、ホッとするものがある。
だから、秋の夕暮れは格別の趣を感じる。
春夏秋冬、自分の死季も秋がいいと思っている。
秋涼の夕刻にでも、色んな思い出に微笑みながら、穏やかな気分で眠って逝きたいと思っている。
ただ、難点がひとつ。
毎年のことで、もう何度も書いていることだが、冬に向かって気分はどんどん欝っぽくなっているのだ。
一日のうちでは、朝が一番ヒドい。
寒い朝でも脂汗がでるような始末で、時には、軽い“ひきつけ”っぽいものを症してパニックに陥ることもある。
性格の問題か、脳の問題か、はたまた心の問題か、まったく厄介なものを抱えてしまっている私の気分は、サンライズに落ち込み、サンセットに落ち着くのだ。
「血の海になってまして・・・」
そこは自殺現場となったアパート。
玄関前に来て依頼者の男性は、嫌悪感を露にそう言った。
「とりあえず見てきますね」
礼儀に合う感情がわからなかった私は、事務的にそう返答。
鍵を開けるところまでは男性にやってもらい、ドアの隙間から身体を滑りこませた。
「うあ・・・」
間取りは2DK。
玄関を入ると奥に向かって廊下があり、おびただしい量の血がそこから奥に向かって伸びていた。
「この部屋か・・・」
故人が倒れていたのは、奥の寝室。
“血の海”と表するにはいささか大袈裟な感もあったが、その半分は布団、残りの半分は床に広がっていた。
「このニオイか・・・」
部屋に充満しているのは、血生臭いニオイ。
死亡後、短い時間で発見されたことがうかがえた。
「ヒドイな・・・」
自傷した故人は、血を滴らせながら部屋中を歩き回ったよう。
天井にこそ付着してはいなかったが、倒れていた付近を主に、血痕はそこいらじゅうの壁や床に残っていた。
「はぁ・・・」
作業を依頼されれば意欲的に取り組まなければならない。
しかし、目の前の光景はあまり遭遇したことがないくらい凄惨なもので、私の士気は早々と萎えていった。
故人を発見したのは、父親である男性。
ある日のこと、故人の勤務先から“出社してこない”“携帯電話にもでない”ということで、身元保証人である男性に連絡が入った。
男性は、故人宅から離れたところに暮し、仕事も持っていた。
“風邪でもひいて寝込んでいる”くらいにしか考えず、すぐに駆けつけることはせず。
その日の翌日、再び勤務先から連絡が入り、そこでやっと故人の部屋を訪問したのだった。
男性がそこで目にしたのは、血の海となった部屋と血まみれで倒れている息子・・・
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故人は高校を卒業して、ある企業に就職。
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現場部門の一作業員で管理職になれるコースにはいなかったが、仕事は安定していた。
また、高い学歴をもつ後輩に追い越されることもあったが、自分と同じ境遇の同僚はたくさんおり、それが大きなストレスになることはなかった。
そんな故人が、あるときから「仕事を辞めたい」と言うように。
男性は、長く勤めた仕事を辞めること、この不景気で同レベルの仕事に就くことは簡単ではないこと等、ともなうリスクを故人に説明。
“どんな仕事でも、いいときもあれば悪いときもある”と、我慢して続けるよう話してきかせた。
従事する仕事がキツかったのか、給料に不満あったのか、その他の待遇に問題があったのか、理不尽な降格にあったのか、それとも職場の人間関係に問題があったのか・・・
故人は、具体的に辞めたい理由を話さなかった。
そのことを“自分が聞く耳を持たなかったせい”と、男性は自分を責めた。
「本人の希望通り、仕事を辞めさせてやればよかったのかもしれません」
男性は、悔やむように嘆いた。
が、私は、“辞めないほうがいい”“頑張って続けろ”と説得した男性の判断は間違っていたとは思わなかった。
私が男性の立場でも同じことを言ったはずだし、職を失うこと・職を得られない現実は、人を苦しめ、ときには人を死に追いやることがあることを知っているから。
死因の主たる原因が仕事だったとはかぎらない。
他のことが原因で仕事への意欲が著しく低下したことも考えられる。
また、仕事を辞めたからといって故人が死なずに済んだとも限らない。
他のことが原因で、結局、同じ結末を迎えることになったかもしれない。
真相は誰にもわからない。
本人でさえ、わけがわかっていなかったかもしれない。
どちらにしろ、本人はいなくなり、男性の心と部屋に深い爪痕だけが残ったのだった。
作業終了までどれくらいの時間がかかるかわからないため、あとのことは電話でやりとりすることに。
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と男性は私に頭を下げ、私に鍵を預けて帰っていった。
血痕清掃は何度となくやっている。
目も鼻も手も慣れている。
悪い意味で精神も慣れている。
薄い血痕は洗剤で容易に落とせる。
しかし、厚みのある血痕は固く凝固しており、根気強くやっていかないと落とすことができない。
しかも、汚染は広範囲で各所に点在。
手っとり早くやる方法はなく、ひとつひとつ、コツコツと粘り強くやるしかない。
そうすると、おのずと孤独かつ寡黙な時間が長くなる。
そんな時間が長くなれば、それだけ、頭に浮かぶこと・頭を過ぎることが多くなる。
そして、余計な雑念を篩(ふるい)にかけられる。
雑念が消えれば、自分の中の波風がおさまる。
冷静になった自分は、自分が置かれた状況を自分にプラスに適用させようとする。
結果、それが生きる力に働き、具現化し、生きるための努力と忍耐力となる。
作業が終わったのは夕刻。
自然とモノ思いにふけらせ、感傷にひたらせる時間帯。
紅に染まった部屋は、何かを訴えていたのか・・・
紅に染まった手は、何を受け止めるべきだったのか・・・
紅に染まった夕焼けはどんどん闇に消えていき、私に人生の終わりを連想させながら溜息とも安堵ともとれる一息をつかせたのだった。
これまで、何人もの死人の血で手を汚してきた私。
これから先、私はどれだけの死人の血で手を汚すかわからない。
その昔、この仕事に就く前、自分の血で手を汚したことがある私。
これから先、自分の血で手を汚すようなことはしたくない私は、心に闇を抱えながらも、自分と誰かに「生きろ!」と叫び続けているのである。
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