この陽気は田舎の町を景色を見ながら車窓を眺めて見たい。そんな気持に誘われてしまう。そんな気持でK氏も思わず田舎のローカル線の列車に乗ったのだろう。
K氏から携帯にメールが入った。ブログの原稿を作っていたが急いでパソコンを閉めて外出の支度をした。外出の服に着替えていると韓国の現大統領が大阪に住んでいたという当時の地域の証言者たちがテレビに出ていた。
おもわず椅子に座り込んで見ている。さすが時計が11時35分になったので急いでバス停に向かった。なかなかバスが来ない。12時ごろの待ち合わせである。
奈良公園周りの市内循環のバスにのった。
この春の陽気に家族連れや若者連れが奈良公園の浮見堂あたりや飛火野にはいっぱいの人が訪れている。
車窓からでも匂いが伝わりそうな馬酔木がたわわに咲いている。もう初夏の移ろいを感じてしまう。
市内循環バスは東大寺の参道が見える目の前を左折して興福寺から近鉄奈良駅にでる道にでる。東大寺の参道は大勢の人が歩いている。
鹿がたぶん観光客に鹿煎餅をねだっているだろう。
あんなに見事に咲いていた氷室神社のしだれ桜はもう青々とした葉桜なっていた。初夏の色、薄黄緑色になっている。
興福寺は遅咲きの桜が満開である。観光客は遅咲きの桜に満喫しているだろう。
近鉄奈良駅に着いた。
すぐに銀行のキャッシュコーナーに行って入金を確かめて入れるところに入れて手持ちは私の財布に入れた。
そして春爛漫の陽気に多くの人が噴水の前で待ち合わせしている。
いつも私はここは急いで通り過ぎて行きつけの喫茶店にいくのに今日は珍しく噴水前の椅子に腰掛けて待った。
どうやらK氏と反対の方向の椅子に座っていたようだった。
12時10分前、昼食時はいつもの美味しいうどんやさんが行ったが込んでいた。待つのも時間がもったいない。
行きつけの喫茶店でサンドイッチとコーヒーにした。
12時過ぎは嵐の前の静けさで空いている。1時半ごろから込みだして4時ごろまで座るところがなくて2階に案内されるが私は1階がいいので待つこともしばしばあるが12時過ぎは嵐の前の静けさである。
会合の中でコンピューターに専門用語などが分からなくて黙って聞いているだけで質問もできない私はこの際に聞いておこうと思って聞くと少し理解ができた。
たわいもない話しで1時間ほどでK氏は大阪に帰ると行って出て行った。私はまだこの喫茶店にいて新聞を読んだ。家から出るときあわてて出たので鞄の中に読みかけの本をいれてくるのを忘れた。
新聞を読んで出たのが2時前、久しぶりに本屋さんに寄った。
自宅に夫がいるが今夜の夕食は寿しを買っていくのですごく気がらくである。久しぶりにゆっくりと本を見た。文庫本の方が鞄に入れても軽いので文庫本を探す。単子本で読みたいものがあるが鞄に入らないとまた積読の本になってしまう。鞄に入れておくと電車の中で読むことができるので文庫本にしている。
ひさしぶりに料理の本や手芸の本を見たりした。1冊、惣菜の本を買ってきた。
そして近鉄奈良駅の寿司屋さんはスーパーの買物を済ませてから行こうと思ったがついスーパーに行くと忙しくてゆっくりと探している時間がないのでいつもまた次のときにしょうと思ったものをゆっくりと探して買い物籠にいれるとどんどん籠は重くなっていく。いちごも籠に入れりんごも入れる。そして蕗も籠に入れて野菜もまだ冷蔵庫にあるのに買っている。23日は私事で夕方からでるので蕗と鶏肉の煮込みをしょうと考えてそんな夕食の献立を2日分ぐらいいれている。それでもう籠は重たい。仕方がない。スーパーの寿しを買った。
何が違うかといえば米である。
寿司屋さんの握りは美味しい。米が違う。食べながら荷物が重かったのでと言い訳しているが夫は黙って食べていた。それまでに高価な生ハムでビールを飲んでいるのでもうお腹も満たしているのだろう。
私はそんな高級なものを食べない。質素な生活だがやはりスーパーの寿しは米の味が落ちる。
春の陽気に誘われて新しくできた「ならら」も多くの人がいるがどうも設計ミスとでもいいたいタウンの作りである。トイレもない。どうするのだろうか。
前のスーパーに駆け込むのか。隣にファッションビルに駆け込むのか。近鉄奈良駅構内に行くのか。もちろんタウンなららの中の各店内にあるかもしれないが外にでてからしょうと思ってもトイレ1つない。そして2階に行く階段も高くて階段数も多い。ここも姥捨て山スタイルのタウンに思えてしょうがない。
若者をひきつけるためにこうしたデザインなのか。
顧客は高齢者にも優しく作らないといけない。
そして車椅子の利用者の顧客の対応はどうするのか。皆が手を貸して車椅子を持ってあげてくれるでしょうか。こんなことできるなら障害者にも優しい店の設計にしなければならない。エレベーターもない。平城遷都祭りだけの店なのだろうか。どうも理解に苦しむ。他に考えがあるのだろう。引き出しにしまってあるのだろうか。
どうも設計ミスというのか予算を削減しすぎているのか弱者は利用するのに不便なタウンになっている。こんなことに他の人は気がついているのだろうか。
今日も多くの人が訪れていたが何の不満もないのだろうか。
私が考えすぎなのだろうか。
そんなことを思いながら家路に向かうバス乗り場に行った。丁度3時前である。
少しバスを待つと近回りの中循環バスがきた。
家に着くと3時過ぎである。夫のビールの肴にたこやきを買ってきた。あつあつのたこ焼きである。
洗濯を取り入れて家事を済ませて簡単にシャワーを浴びるともう5時半である。早い。
春の陽気は私をのんびりと過ごす外出になった。
今日は李明博大統領が訪日した。明日は福田首相との会談である。
今日は在日韓国人の要人たちの懇親パーテイーが持たれているだろう。
在日韓国人の思いはたくさんある。日本で定住していく在日韓国人、3世4世が成人に達してきている。おそらく日本で住んでいく。しかしルーツを背負って生きていることには間違いがない。帰化同胞もたくさんいる。帰化同胞が増えることはいかに日本社会の排他的精神が強いかの裏返しである。
このことを踏まえて在日韓国人は日本でどう地域で暮らしていくのか。共生ということに目をむけていく。このあり方に日本政府はどんなふうに対応していくのか。そんな期待がこめられている韓日首脳会談である。
さて朝ブログは落合恵子さんのエッセイ「積極的その日暮らし」を楽しみにしていると書いた。メモンちゃんというニックネームだがあった第1印象はそんな雰囲気だが話して見ると凛とした中にも優しくて温かい人柄そのもの、また会いたくなる人です。もうずいぶん長い間直にお目にかかったことがないがテレビなどで拝見している。まだまだみずみずしい感性がただよっている。
もし今あったら「63歳になったわね。よくここまで健康でこられてよかったね、これからは1日1日ゆっくり自分を大事にして回りに気配りできればいいわね」と話すだろうな。
それこそ1ミリでも1センチでも周りの人のことに気配りできればうれしい。人に優しく出来た分自分にも優しく慣れそうな気がするからね----。ふとそんなことを思ってしまう落合恵子さんのエッセイです。
知り合って30余年になった。ここのまで元気で元気にこられたこと、63歳にありがとうとコーヒーで乾杯。
K氏から携帯にメールが入った。ブログの原稿を作っていたが急いでパソコンを閉めて外出の支度をした。外出の服に着替えていると韓国の現大統領が大阪に住んでいたという当時の地域の証言者たちがテレビに出ていた。
おもわず椅子に座り込んで見ている。さすが時計が11時35分になったので急いでバス停に向かった。なかなかバスが来ない。12時ごろの待ち合わせである。
奈良公園周りの市内循環のバスにのった。
この春の陽気に家族連れや若者連れが奈良公園の浮見堂あたりや飛火野にはいっぱいの人が訪れている。
車窓からでも匂いが伝わりそうな馬酔木がたわわに咲いている。もう初夏の移ろいを感じてしまう。
市内循環バスは東大寺の参道が見える目の前を左折して興福寺から近鉄奈良駅にでる道にでる。東大寺の参道は大勢の人が歩いている。
鹿がたぶん観光客に鹿煎餅をねだっているだろう。
あんなに見事に咲いていた氷室神社のしだれ桜はもう青々とした葉桜なっていた。初夏の色、薄黄緑色になっている。
興福寺は遅咲きの桜が満開である。観光客は遅咲きの桜に満喫しているだろう。
近鉄奈良駅に着いた。
すぐに銀行のキャッシュコーナーに行って入金を確かめて入れるところに入れて手持ちは私の財布に入れた。
そして春爛漫の陽気に多くの人が噴水の前で待ち合わせしている。
いつも私はここは急いで通り過ぎて行きつけの喫茶店にいくのに今日は珍しく噴水前の椅子に腰掛けて待った。
どうやらK氏と反対の方向の椅子に座っていたようだった。
12時10分前、昼食時はいつもの美味しいうどんやさんが行ったが込んでいた。待つのも時間がもったいない。
行きつけの喫茶店でサンドイッチとコーヒーにした。
12時過ぎは嵐の前の静けさで空いている。1時半ごろから込みだして4時ごろまで座るところがなくて2階に案内されるが私は1階がいいので待つこともしばしばあるが12時過ぎは嵐の前の静けさである。
会合の中でコンピューターに専門用語などが分からなくて黙って聞いているだけで質問もできない私はこの際に聞いておこうと思って聞くと少し理解ができた。
たわいもない話しで1時間ほどでK氏は大阪に帰ると行って出て行った。私はまだこの喫茶店にいて新聞を読んだ。家から出るときあわてて出たので鞄の中に読みかけの本をいれてくるのを忘れた。
新聞を読んで出たのが2時前、久しぶりに本屋さんに寄った。
自宅に夫がいるが今夜の夕食は寿しを買っていくのですごく気がらくである。久しぶりにゆっくりと本を見た。文庫本の方が鞄に入れても軽いので文庫本を探す。単子本で読みたいものがあるが鞄に入らないとまた積読の本になってしまう。鞄に入れておくと電車の中で読むことができるので文庫本にしている。
ひさしぶりに料理の本や手芸の本を見たりした。1冊、惣菜の本を買ってきた。
そして近鉄奈良駅の寿司屋さんはスーパーの買物を済ませてから行こうと思ったがついスーパーに行くと忙しくてゆっくりと探している時間がないのでいつもまた次のときにしょうと思ったものをゆっくりと探して買い物籠にいれるとどんどん籠は重くなっていく。いちごも籠に入れりんごも入れる。そして蕗も籠に入れて野菜もまだ冷蔵庫にあるのに買っている。23日は私事で夕方からでるので蕗と鶏肉の煮込みをしょうと考えてそんな夕食の献立を2日分ぐらいいれている。それでもう籠は重たい。仕方がない。スーパーの寿しを買った。
何が違うかといえば米である。
寿司屋さんの握りは美味しい。米が違う。食べながら荷物が重かったのでと言い訳しているが夫は黙って食べていた。それまでに高価な生ハムでビールを飲んでいるのでもうお腹も満たしているのだろう。
私はそんな高級なものを食べない。質素な生活だがやはりスーパーの寿しは米の味が落ちる。
春の陽気に誘われて新しくできた「ならら」も多くの人がいるがどうも設計ミスとでもいいたいタウンの作りである。トイレもない。どうするのだろうか。
前のスーパーに駆け込むのか。隣にファッションビルに駆け込むのか。近鉄奈良駅構内に行くのか。もちろんタウンなららの中の各店内にあるかもしれないが外にでてからしょうと思ってもトイレ1つない。そして2階に行く階段も高くて階段数も多い。ここも姥捨て山スタイルのタウンに思えてしょうがない。
若者をひきつけるためにこうしたデザインなのか。
顧客は高齢者にも優しく作らないといけない。
そして車椅子の利用者の顧客の対応はどうするのか。皆が手を貸して車椅子を持ってあげてくれるでしょうか。こんなことできるなら障害者にも優しい店の設計にしなければならない。エレベーターもない。平城遷都祭りだけの店なのだろうか。どうも理解に苦しむ。他に考えがあるのだろう。引き出しにしまってあるのだろうか。
どうも設計ミスというのか予算を削減しすぎているのか弱者は利用するのに不便なタウンになっている。こんなことに他の人は気がついているのだろうか。
今日も多くの人が訪れていたが何の不満もないのだろうか。
私が考えすぎなのだろうか。
そんなことを思いながら家路に向かうバス乗り場に行った。丁度3時前である。
少しバスを待つと近回りの中循環バスがきた。
家に着くと3時過ぎである。夫のビールの肴にたこやきを買ってきた。あつあつのたこ焼きである。
洗濯を取り入れて家事を済ませて簡単にシャワーを浴びるともう5時半である。早い。
春の陽気は私をのんびりと過ごす外出になった。
今日は李明博大統領が訪日した。明日は福田首相との会談である。
今日は在日韓国人の要人たちの懇親パーテイーが持たれているだろう。
在日韓国人の思いはたくさんある。日本で定住していく在日韓国人、3世4世が成人に達してきている。おそらく日本で住んでいく。しかしルーツを背負って生きていることには間違いがない。帰化同胞もたくさんいる。帰化同胞が増えることはいかに日本社会の排他的精神が強いかの裏返しである。
このことを踏まえて在日韓国人は日本でどう地域で暮らしていくのか。共生ということに目をむけていく。このあり方に日本政府はどんなふうに対応していくのか。そんな期待がこめられている韓日首脳会談である。
さて朝ブログは落合恵子さんのエッセイ「積極的その日暮らし」を楽しみにしていると書いた。メモンちゃんというニックネームだがあった第1印象はそんな雰囲気だが話して見ると凛とした中にも優しくて温かい人柄そのもの、また会いたくなる人です。もうずいぶん長い間直にお目にかかったことがないがテレビなどで拝見している。まだまだみずみずしい感性がただよっている。
もし今あったら「63歳になったわね。よくここまで健康でこられてよかったね、これからは1日1日ゆっくり自分を大事にして回りに気配りできればいいわね」と話すだろうな。
それこそ1ミリでも1センチでも周りの人のことに気配りできればうれしい。人に優しく出来た分自分にも優しく慣れそうな気がするからね----。ふとそんなことを思ってしまう落合恵子さんのエッセイです。
知り合って30余年になった。ここのまで元気で元気にこられたこと、63歳にありがとうとコーヒーで乾杯。
この地下の売店の魚乍は僕も時々買って食べます。在日の友人(美術愛好家)が教えてくれたんです。おいしくてたっぷり、お買い得。
トイレもエレベーターも掲載されてるけど
メモンちゃんじゃなくて
レモンちゃんでは・・・