超歴史研究会

超歴史研究会のブログへようこそ! 各地を訪れ現地調査をした報告をご紹介してまいります。

超歴史とは?

「超歴史」とは・・・

正史から黙殺されている遺跡や古史古伝や文献。 そして異端とされている人物などに着目し今一度歴史を違った角度から見直そうという趣旨からの造語です。我々「超歴史研究会」は、現在入手出来る文献や資料を手がかりに各地を訪れそれら文献の信憑性を実地調査するのが主な活動となっています。このブログでは我々が各地を訪れてそこで巡り会った素晴らしい巨石遺構や現地で知り合った人々とのお話などを交えご紹介して行こうと思っています。あなたも私たちとご一緒に真理を探究する旅へ出かけましょう。

●旧超歴史研究会のミラーを以下に置きました。(一部リンク切れがあります。ご了承下さい)

旧超歴史研究会ホームページ

【現地調査】男鹿岩・女鹿岩(埼玉県比企郡ときがわ町)及び周辺調査 part2

2013年10月17日 | 現地調査報告
さて、ここで次の調査地であるのだが、本来であれば、これも懸案であった慈光寺の西側に位置する霊山院から先にあるという巨石を目指すはずであった。
しかし男鹿岩、女鹿岩の場所の特定に不覚ながら難儀したため割愛することとなった。
今後の懸案ということで、女鹿岩を後にしてコンビニで昼食を調達し、予定通り日和田山に向かう

日和田山 登山口 (埼玉県日高市)

金比羅神社 一の鳥居

なんだろう?鳥居の手前登山道の中央に置かれていた。「石を積むという行為=願い事が叶う」として、ここに誰かが置いたのだろうか?
途中、分岐があり我々は男坂へ イマイチの眺望だった「見晴らしの丘」を過ぎた少し先のベンチ辺りで昼食 こちらの方が見晴らしが良かった。
この先はすぐに、ややキツイ岩場の上を歩くこと15分ほどで、二の鳥居に到着

金比羅神社 二の鳥居 中央に見えるのは、巾着田

金比羅神社前からの眺望 遠くかすかに、丹沢大山が見えた。

クリックして拡大

二の鳥居の周辺は、分厚い岩盤層が剥き出しとなった荒々しい地形である。

金比羅神社 社殿はその岩盤層の上に建てられている。

本殿は、背後の岩盤の一部にのめり込むようにして建てられている。
状況からして、ここがイワクラを神体として建つ神社として定義してもいいだろう。

時は、既に午後3時を回ってしまった。実は、当初3時頃には車を返す予定だったのだ。
狭い範囲内での移動のはずであったのだが、思いのほか場所の特定に難儀した。(今回は、石に呼ばれなかったから!?)
そして、本日最後の調査地 飯能市にある“白鬚神社”へ向かう。

白鬚神社@埼玉県飯能市久須美字宮前
白鬚神社といえば、猿田彦ではあるが、武蔵国にある白髭神社の多くは、高麗の白髭本宮(高麗神社)から分祀したと推測される。
その多くで見られるのは、やはり「石」高句麗から移住して来た彼らは、驚くべき石の加工技術を持ち合わせていた証拠

拝殿 右手にある灯籠に目を転ずると…。

石を加工し積まれていた。そしてその横には…。

別のお社が。そしてその背後に…。お社の向きは「東南」方向

見事な磐座群「東」側から こちらが正面かも知れない

こちらは、裏手(北西)側から見た磐座 全体的に赤っぽい石だ。

少し角度を変えてみた。(北東)側

手水舎だろうか?透き通った水越しに映る石の表情が美しかった。

PM:4:30 調査終了 

駅近くで、レンタカーを返し本日の調査は、無事終了
帰路は、当初東飯能から八高線で八王子駅の予定だったのだが、飯能駅から西武池袋線に乗車し途中乗換が面倒と言うことで、そのまま池袋まで出て結局 池袋駅の近くの居酒屋で打ち上げをして解散した。
今回は、久しぶりの大人数での調査であった。やはり人数が集まると色々な意見が飛びかい楽しい。

【現地調査】男鹿岩・女鹿岩(埼玉県比企郡ときがわ町)及び周辺調査 part1 

2013年10月16日 | 現地調査報告
去る10月14日(祝日)超歴研では、久しぶりの現地調査を開催した。
参加メンバー総勢9名(うち隊員6名 ゲスト3名)の大所帯での現地調査となった。
今回の目的地は、懸案でもあった埼玉県ときがわ町にある「弓立山」山頂近くに鎮座する“男鹿岩”の調査であった。
以前、同地にある慈光寺の七石調査のおり唯一収穫だった“女鹿岩”を調査したおり、これと対をなす“男鹿岩”の存在を知りいずれ調査してみたいと思いながら、いつしか5年の歳月が過ぎようやく今回の調査と相成った次第である。

さて、当初の予定では電車とバスを乗り継いでの調査予定であったのだが、それでは「あまりにも効率が悪いのでは?」と、云うメンバーからの意見があり急遽 レンタカーを借りて車での調査となった。
我々は、JR八王子駅7時50分集合 八高線8:01初の高麗川行きに乗車 高麗川から川越行きに乗換え越生駅で下車

八高線 越生駅 2008年11月以来の再訪である。
9時30分ちょうどに、わざわざ千葉県市川市からレンタカーで、乗り付けてきたNK/ABご夫妻と今回ゲスト参戦のKT氏と無事に駅前にて合流
久しぶりの現地調査 それも大所帯での調査は、久しぶりとあって皆テンションが高かった。
さて、本日まず初めの調査地は弓立山にある“男鹿岩”の調査である。

弓立山 登山口 この手前に駐車場がある(無料)
事前情報では、山頂近くまで車で登れるはずであったのだが車道の途中にゲートがあって閉まっており、やむなく登山道脇の駐車場に車を停め歩くことにした。

歩いて5分程で、パラグライダー練習場広場に到着

北側 “女鹿岩”方面を望む

パラグライダー滑走路上から見た素晴らしい眺望(クリックして拡大)
さて“男鹿岩”のある場所なのだが‥。
これが、なかなか特定できず難儀してしまった。WEB情報では、写真はたくさんみつかるものの「山頂近く」とあるだけで具体的な場所まで記述している情報が無いのだ。
パラグライダーの事務所に聞こうにも今日は休みのようで誰もいない。
とりあえず、ここは山頂ではないので山頂を目指し、しばし歩くことにした。

パラグライダー滑走路の先に、小山がありそこを登って行くと…。

弓立山 山頂に到着(標高: 426.9m)立札の焦げ跡が気になって調べたら今年5月に大規模な山火事がここであったようだ。

“男鹿岩”は、どうやらこの先の登山道脇にあるようだ。

“男鹿岩”発見!!(この岩についての伝承については、下記にある以前の投稿記事を参照のこと)

西側面から かなりの大きさである。

上部に登るとロッククライミング用のフックが打ち付けてあった。

上から見下ろすとやはり「優越感」を抱いてしまう。

ちょっと分かりにくのだが、巨石の平坦になっている部分の向きは「南東」であって、どうやら女鹿岩の正面と向き合っているワケでは無いようだ。(ただし、女鹿岩のある方向は北西であるので、正面の向きとしては同一方向を向いている事となる。)

さて、次に再訪の“女鹿岩”を目指す。
しかしこれまた場所の特定に難儀した。前回は、歩いての訪問だったため県道172号沿い「女鹿岩公会堂」脇の登山路から登ったのだが、その際近くまで車で行けた事を確認していたので「何とかなるだろう」と、高を括っていたのだがいざ現地へ赴くと記憶にあった地形の様相とは全く異なっており唯一の手掛かりの墓地を頼りに周囲を探すも前回訪れた時とは明らかに異なる地形に疑心暗鬼になりかけていたその時「あそこに石が見える!」と、隊員の一声
おおっ!やはり間違えなかった!
墓地の脇から巨石の上面に出られるのだが、そこから石の下部正面までのルートは非常にデンジャラスで、先発隊も決死の思いで、正面に到着
女性陣は、左脇からの比較的緩やかな斜面を下り、石の正面へと出る作戦
しかしながら、こちらも道なき道をツルに足を取られる事幾数回、折れた木樹をまたぎ、蜘蛛の巣と格闘しながらもようやく石の正面まで辿り着く。
間違えない!

女鹿岩 以前は楽にここまで来られたはずなのだが…。
(この石には伝承があって、地図にも載せているワケだからもう少し整備をお願いしたいところだ。)

側面より 囲むように神殿型式となっていたようだ。

そして、その脇には祭壇が作られていた。

由布川渓谷のチエックストーンの様に、途中で石が挟まって落ちてこない。

女鹿岩の目印となる墓地 周囲には標識など何もない。女鹿岩へは、この写真の墓地左手側から石の上部へ行くことが出来る。
以前訪れた際には、そんな苦労せず石の正面に出られたはずなのだが、5年も経過するとすっかり周囲が様変わりしていたのには驚いた。この場所でかつて大規模な地滑りなどがあったのかも知れない。

木樹の合間から見える弓立山 こちらからは男鹿岩に向かって正面を向いているようだ。
part2へつづく
参考記事:慈光七石 “女鹿岩(めがいわ)”(埼玉県比企郡都幾川町)

イワクラサミットin近江八幡 開催予告

2013年08月08日 | イベント紹介・報告
下記の日程でイワクラサミットが今年も開催されます。

開催日:2013年10月5日(土曜日)~ 6日(日曜日)
場 所:滋賀県 近江八幡市文化会館 小ホール
●1日目 イワクラサミット
 一般の方の参加歓迎 入場料は無料です。
 申込方法はイワクラ学会まで(以下チラシ参照のこと)
<プログラム>  
基調講演:村井康彦「大国主の神と磐座信仰」
     歴史学者(専攻は日本文化史)・国際日本文化研究センター
     滋賀県立大学名誉教授、
講演 1:須田郡司「近江の石の聖地」 フォトグラファー
講演 2:深沢邦彦「瀬戸内海巨石文化圏」松山・白石の鼻巨石群調査委員会 

●2日目 イワクラツアー 東近江の著名なイワクラをマイクロバスで巡ります。
  ※一般参加は10名ほど余裕あり(要問い合わせ)

以下は、サミット案内のチラシです。
(チラシを右クリック→新しい画像で画像を開く→拡大や保存が可能です。)


イワクラサミット2012 in 日向 開催決定

2012年08月11日 | イベント紹介・報告
来る9月15日 宮崎県は日向市で、下記の日程で「イワクラサミット2012 in 日向」 が開催されます。
宮崎の巨石群は、先日訃報でもお伝えしました猫バス堂こと谷口実智代さんが精力的に全国へ情報発信を続けられておられましたが彼女の意思を受け継ぎ日向の巨石ネットワークの有志のご尽力で、開催に至った次第です。
サミット当日は、故谷口さんを偲んで彼女の残した膨大な量の巨石群の一部をスライド上映されるそうです。
今回のサミットは、記紀編さん1300年記念事業の一環として、日向市教育委員会がスポンサーとなっているためサミットの入場料が
無料との事です。詳しくは、以下のチラシ参照下さい。



ここからチラシのダウンロード(PDF)が出来ます。ご自由に転載下さい。


訃報

2012年04月11日 | 研究会よりのお知らせ

イワクラ(磐座)学会の理事で当会とも以前より深い交流のあった猫ばす堂さんこと谷口実智代さんが4月5日永眠されました。

いつぞや関東会員一同で、宮崎を訪れた際には、心からのおもてなしをして頂きその流れから宮崎でサミットを開催する運びとなりスタッフとして多大なご尽力をされておられました。
茅野で開催されたサミットに続き一昨年開催されたイワクラサミットIN上毛で再会した折には、お痩せにはなっていたものの精力的にご活躍されていた様子でお元気そうだったのですが。
ブログ記事を拝見しますとここ数ヶ月は、壮絶な病魔との戦いだった様で、気にはなっていたのですがここへ来て突然の訃報・・・。誠に残念でなりません。

ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。



写真は、イワクラサミットIN宮崎での猫ばす堂さんのプレゼン中のご様子です。 合掌