先日の水木しげる展は、創作者の活動の源泉について、見ながら考えさせられることが多かった。
解説文にあったのだが、生前、水木しげるは、
「筋を考えるのが漫画家の生命線です。売れなかった時代でも、原稿料の大半は漫画の筋を考えるのに役立ちそうな本とか、妖怪の作画のための資料とかを買い込むのに使っていました」
「妖怪をリアルに再現するためには、表情、動作、背景などを入念に描き込まないといけない。資料を探し、文献を読み、想像力を働かせる必要もあって、総合力で作画に取り組まないといけない」
と語っていたそうだ。
これは研究にも通じることで、われわれも研究に役立ちそうな本や資料は、何はさておき買い込むし、資料を探し文献を読み、解釈力と判断力と想像力をフルに稼働させて論文を書こうとする。
最近亡くなった同期の友と昨年、水木しげる記念館に行ったときのことを思い出した。
水木しげるの言葉に、
「漫画には驀進(ばくしん)か停滞かしかない」
というのがあって、それを彼に、言い得て妙だと話したら、
「研究も同じですよ。」
と彼が答えた。
こうしたことを語り合える友を失ってしまったことを、今更のように感じた。
解説文にあったのだが、生前、水木しげるは、
「筋を考えるのが漫画家の生命線です。売れなかった時代でも、原稿料の大半は漫画の筋を考えるのに役立ちそうな本とか、妖怪の作画のための資料とかを買い込むのに使っていました」
「妖怪をリアルに再現するためには、表情、動作、背景などを入念に描き込まないといけない。資料を探し、文献を読み、想像力を働かせる必要もあって、総合力で作画に取り組まないといけない」
と語っていたそうだ。
これは研究にも通じることで、われわれも研究に役立ちそうな本や資料は、何はさておき買い込むし、資料を探し文献を読み、解釈力と判断力と想像力をフルに稼働させて論文を書こうとする。
最近亡くなった同期の友と昨年、水木しげる記念館に行ったときのことを思い出した。
水木しげるの言葉に、
「漫画には驀進(ばくしん)か停滞かしかない」
というのがあって、それを彼に、言い得て妙だと話したら、
「研究も同じですよ。」
と彼が答えた。
こうしたことを語り合える友を失ってしまったことを、今更のように感じた。