夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

蒼太の包丁 41巻(その2)

2014-02-14 23:43:32 | 『蒼太の包丁』
それぞれの答え
さつきからは、料理以上のプラスアルファを学んでくるように、との指令が出ている。
ただし蒼太は、自分が料理人としてどのような道を目指すべきかを探し求めるべく、これまで料理の修業などでお世話になった店や人々を訪ね、東京だけでなく旭川、静内、函館、滋賀などを彷徨する。


そしてついに、自分の本当に目指していたものが、北海道の味を伝える自分の店を持つことだったことに気付き、親方に暇を出してほしいと申し出る。


数年後。
以前(2013/2/24)の記事でも書いたように、蒼太は大泉学園の住宅街に「富み久 カムイ」というささやかな居酒屋を構えることになる。さつきの経営する「富み久」が新店舗になる際、解体工事のときに外回りを取っておいてもらい、ほぼ元のままを再現したような外観である。


これより以前、蒼太は雅美と共に全国各地でしばらく料理の修業を重ね、ついにかねてから望んでいた自分の店を持つことになったのだった。
蒼太は当初、「富み久」で修業して故郷に錦を飾るつもりでいたが、修業の最中に、北海道・静内にいた唯一の肉親の父を亡くした。その後、雅美が蒼太の夢が失われたことを心配したときに、蒼太は将来、第二の故郷である東京で、自分の店を開くことをこれからの自分の目標にするという決意を語ったのだった。雅美は、大切な夢を最初に自分に打ち明けてくれた蒼太に心を打たれ、その時以来、自分がいつか蒼太の夢の支えになれたらと願い続けてきた。
「私は、蒼太さんと一緒にいられれば、それでいい。」
雅美は常にそう心に言い聞かせながら、「富み久」の厨房という、蒼太のもっとも身近な場所で、彼を見守り、それとなく支え続けてきた。
蒼太と雅美、それぞれの夢が重なるかたちで、「カムイ」が誕生したことに、(大泉学園という場所は意外だったが)今回読み返して改めてうれしい思いになった。


一方、さつきは、須貝を板長に据えた新「富み久」の積極的な営業戦略が当たり、新店舗ビルも1年前に完成して、経営も軌道に乗っている。
ただ、「富み久」をビジネスとして成功させるというさつきの望みは叶ったのだろうが、親方や大女将の気持ちは別だろう。店は大きくなり料理人も増えたが、おそらく須貝が「なのは」から何人か引っ張ってきていると思われ、料亭としては嵐田軍団の傘下になったようなものではないのか、という疑問を禁じ得ない。

今号の雅美

さて、雅美推しの私が、今号でいちばん印象に残ったのは、やはりこの場面。
さつきから外で勉強するように言い渡され、各地を放浪した蒼太が東京に帰って来ると、「みなと」の隣にあるアパートの前で雅美が待っていた。
雅美は、「富み久」から休みをもらっていた間、両親の田舎の岡山で備前焼を習い、料理を離れて自分を見つめ直す時間に当てていた。
そして、彼女が出した答えは…。


雅美は、「神かわ」で初めて蒼太に出会って素晴らしい人だと思い、蒼太が「富み久」に戻った後で、「神かわ」の親方に強く頼んで店を移らせてもらったことを打ち明ける。
もっと一緒に仕事をして、よく知りたいと思ったと。
「だから、これからも一緒にいさせてください。…蒼太さんはわたしが支えます。どこまでも連れて行ってください。」

偉いぞ雅美、よく言った!
蒼太は料理人としては一流でも、どこか頼りないところがあるから、雅美のような人がそばについていないとだめだろう。
雅美もまた、女料理人として相当の腕を持っているはずなのに、それを表に出すよりは、人を立てて生かすことに喜びを見出すようなタイプなので、やはりこの二人が結ばれて(まだ結婚にはいたらないが)よかったのだと思う。


そういえば、この場面で、雅美が蒼太に備前焼の大皿を贈ったのもかなり象徴的で、備前焼は雅美の人柄をよく表していると思う。
その大皿を見た蒼太が、
「備前焼は好きだよ、ホッとするんだよね。派手さはないけど飽きないんだよ。」
とか、
「…とくにこの皿はいいよ。そばに置いときたいくらいだよ。…大切にしないとね。使い込むほどに味が出てくるよ。」
と言ったのは、雅美には自分の分身への評価を通して、自分自身を褒められたように感じたに違いない。
だからこそ、その後の蒼太への告白につながったのだと思うが、この作品は登場人物の奥行きまでしっかり表現している。
読者を飽きさせないストーリーだけでなく、このような魅力的な人物たちを描いてくれた原作:末田雄一郎・画:本庄敬の両氏には、心から感謝の意を表したい。

巻末の「あとがき」を見ると、10年間連載の続いた『蒼太の包丁』は今号をもって最終刊とはなったが、両氏ともに続編の可能性をにおわせている(ように読める)。確かに、蒼太と雅美のこれからや、「富み久」に関わった人々のその後を知りたい読者も多いだろうと思う。何年かかってもいいから、ぜひこの物語の続きを描いてほしいと願う。

蒼太の包丁 41巻(その1)

2014-02-13 23:08:04 | 『蒼太の包丁』
人気コミック『蒼太の包丁』も、とうとう最終刊。
中身のぎっしり詰まった今号から、読みどころをいくつか紹介すると…。

親方の入院

蒼太が板長を務める銀座の老舗料亭「富み久」の親方・富田久五郎は、現在では引退しているが、この夏に体調を崩し、寝込んでいる。もともと病院嫌いだったが、周囲の者の勧めもあり、入院することになる。その前に親方は、自分が万が一帰ってこられなくなったときのために、肝心なことを言い残そうと、病床に蒼太と、その兄弟子で今は「分(わけ)・富み久」の板長である山村を呼ぶ。
山村には、自分が教えたことを「守っていってくれよ。」と言い、蒼太には、「創っていけよ。」
そのときの蒼太は、まだ親方の真意はわからなかったものの、この言葉をしっかり受けとめていこうと決意する。

立ち飲み屋「みなと」の行方
蒼太のライバルで京料理の若き天才・花ノ井が、オーナーとの経営上の争いから神楽坂の料亭「花ノ井」を辞めてから、その弟子の武庫・桃山・御坊の3人は、身の振り方に悩んでいた。師匠の抜けた名前のみの「花ノ井」で、言われた料理を作るだけの、飼い殺しのような扱いには我慢がならず、ある日蒼太に相談を持ちかける。
この3人は、以前から蒼太と共に立ち飲み屋「みなと」に手伝いに来ていたのだが、経営者のツヤさんが老齢でいつまでも続けられないこともあり、「花ノ井」は辞めて「みなと」の経営を譲ってもらう話を進めている、とのことだった。


ツヤさんは、安居酒屋で懸命に働いたとしても、3人もの料理人が食っていけるかと大反対するが、彼らは逆に、食うや食わずでもやってみせることを証明するために、1週間何も食べずに仕事を続ける。若さゆえの無謀さともいえるが、さすがのツヤさんも、この覚悟の固さにとうとう根負けし、彼らに経営を譲ることを承知する。

さつきの決断

若女将のさつきは、相変わらず、母親の大女将から自分がなかなか認めてもらえず、「富み久」の経営に自分が思うように采配を振ることができないことに苛立っていた。
実績を上げ、「富み久」を変えるためには、職人から入れ替えるしかない。さつきは秘かにそう決意し、以前「富み久」で働いていた、蒼太の弟弟子の須貝(現在は赤坂の大型店「なのは」(通称・嵐田軍団)に在籍)を呼び戻し、助(すけ=助っ人)としてしばらく手伝わせることにする。
そして、須貝が自分の期待するような働きをしてくれることを見定めた上で、さつきはついに一つの決断を下す。
当分の間、「富み久」の板場を須貝に預け、蒼太は外に勉強に出させることにする。
親方や大女将は当然憤慨するが、土下座までするさつきの決意が固いことを知って、何も言えなくなってしまう。
「今まで「神かわ」や「花ノ井」に助に出て、成長して帰って来てくれたじゃない。またもう一段、上がってほしいの。」
とさつきに涙ながらに訴えられ、蒼太は自分が彼女の思い描くような営業ができなかったことを悔やむ。


一方、雅美は、自分にも休みを出してもらい、外で勉強させてほしいとさつきに頼み込むが…。

蒼太の包丁 40巻 (その2)

2014-01-07 21:20:00 | 『蒼太の包丁』
「みなと」、閉店の危機!?
蒼太は、住んでいるアパートの隣にある立ち飲み屋「みなと」に、縁あって週1回手伝いに出ているが、あるとき足をくじいてしまう。
「富み久」での仕事に差し支えることを心配した雅美が、蒼太の代わりに「みなと」の厨房に立つようになる。


しかしある日、蒼太や雅美たちが親しくしているプロレスジムの若手選手たちが連れ立って飲みに来たとき、彼らはふとしたことからケンカを始めて乱闘騒ぎになり、店は大破。あやうく「みなと」は閉店かと思われたが…。


翌朝、暴れたプロレスラーたちが、「自分たちに責任をとらせてください。」と店の修復を申し出、そこに常連客たちも次々に手伝いにやって来て、しばらくの後に「みなと」は新しく生まれ変わる。




今号の雅美

雅美推しの私の印象に残ったのは、40巻の中で2回出てくる同じようなシーン。雅美は、「神かわ」から「富み久」に移ったばかりの頃、
「二人でいる時は、「蒼太さん」と呼んでいいですか?」
と尋ねて以来、店の他の者といるときは「蒼太兄さん」と呼び、きちんと使い分けをしていたはずなのだが。
雅美は、蒼太がさつきを好きなことを受け入れつつ、自分の気持ちにけじめをつけようとしているのだが、蒼太への思いをしだいに抑えきれなくなっているように見えるのが、なんだかせつない。


「みなと」の店主・ツヤさんのほうが、年の功で人情の機微に通じているだけに、
「若女将(=さつき)はあんたにとって母親がわりで、…雅美ちゃんは世話女房…ってとこだね。あんたのしあわせを握ってるのはどっちかねぇ?」
と、それとなく自覚を促すようなことを言うのだが、蒼太の反応は、「きょとん」…。
オイオイ、しっかりしてくれ。


蒼太の包丁 40巻 (その1)

2014-01-06 20:42:19 | 『蒼太の包丁』
人気コミック『蒼太の包丁』も、はや40巻。以下、読みどころをいくつか紹介すると…。

蒼太の宝物
銀座の老舗料亭「富み久」の若き板長・蒼太は、「人の心を動かす」料理を目指し、今も精進を続けている。
ある夏の日、夜の営業の準備で忙しくなるはずの夕方になっても蒼太が現れず、店のみんなが心配していると、蒼太は宝物の下駄が見当たらないので、慌てて探し回っていた。


この下駄は2年前、蒼太が板長になったばかりの頃、大女将(親方の妻でさつきの母親)が、「これからも足を地につけて大きくなるように。」と買い与えてくれたものであった。


さつきの悩み
「富み久」の若女将・さつきは、再開発問題がなくなってからも、自分が銀座の南にある直系店「分(わけ) 富み久」の担当になれないことに苛立ちを感じていた。
母親の大女将からは、まずこの店で結果を出すように言い渡されている。そこで、「分」とは違うカラーを出して「富み久」の売り上げを伸ばそうとし、蒼太たち従業員を叱咤するが、気合いが空回りしてばかり。


さつきはもともと、大学卒業後、法律事務所に勤めていたのを辞めて、家業を継いだ経緯がある。
そんなある日、さつきは街で、法律事務所の先輩の斉藤(かつてプロポーズを断った相手)が、妻子と幸せそうに買い物をしている姿を見てショックを受ける。
「…わたしって、うまくいかないほうを選んじゃったのかな…」
落ち込んださつきが、毎晩閉店後、店のカウンターで一人で酒を飲んでいるのを、見習いの乙部が心配し、気晴らしにホタルでも見たいと言ったさつきのために一計を案じる。


ホタルのいないはずの隅田川。しかし、川向こうに確かにゆらめく蛍火の正体は…?


さつきに早く元気になってほしいと願うみんなが、集まってペンライトを揺らしていたのだった。

蒼太の包丁 39巻

2013-11-11 23:02:29 | 『蒼太の包丁』
人気コミック『蒼太の包丁』の最新刊から、読みどころをいくつか紹介。

山菜摘み
毎年春に、山梨・小淵沢から銀座「富み久」に山菜を届けてくれる「山のおばあちゃん」。しかし、今年は療養施設に入所したため、来られない。蒼太は店が休みの日に、見舞いに訪れることにする。「富み久」から、女性料理人の雅美と新入りの見習い・乙部も同行する。
今年は山に入れない「おばあちゃん」の代わりに、その孫二人を案内役として、蒼太たちは山菜採りに行くが…。



乙部の成長(ちょっとだけ)
新人の乙部はノンビリ屋で、まだ料理にも店での修業にも慣れず、時に失敗もするが、周囲の励ましもあり、次第に意欲を見せるようになる。「富み久」の若女将・さつきも乙部を正式に採用することを決め、GWに旭川から上京した乙部の両親を保証人として契約を交わす。
両親を空港で見送るとき、乙部は母親に、「やっと何か見つけられそうなんだ…。別々に暮らすことになるけど、忘れたりしないから!」と修業への意気込みを語る。


再開発問題
「富み久」の周辺、銀座の北側は再開発の区域にかかっていた。そのため親方の富田久五郎は、「分(わけ) 富み久」を作って蒼太の兄弟子・山村に任せ、これまでの料理や客をそちらに移したといういきさつがある。
蒼太は「富み久」が周辺の再開発でなくなるまでの板長、という扱いだが、この店の常連で蒼太の料理人としての腕を誰よりも高く買っている曽根川元代議士は、こよなく愛するこの店が失われようとすることを惜しむ。曽根川は与党の元外務大臣で、政界きっての食通として知られ、引退した今でも政界に隠然たる影響力を持っている。曽根川は、若き板長として自分の料理の方向性を模索する蒼太に、この店でこそ腕を発揮してもらいたいと考え、現幹事長の敷島に頼み、再開発の実権を握る建設会社の会長に直談判する。
「なくなってほしくない店がある…。銀座のあの街にあり続けてほしいのだよ。」
後日、さつきは地域説明会で、この辺り一帯の再開発が白紙に戻ったことを知る。


一方、「富み久」の経営を事業として成功させたいと望むさつきと、「和食」を人と人との「和」を作る食事として、職人が目指すべきものを大切にしようとする親方や蒼太との考え方の違いも、次第に明らかになってくる。


今号の雅美
雅美推しの私が今号で印象に残ったのは、山菜摘みで崖を登ったときのこのシーン。蒼太が雅美を崖の上に引き上げた瞬間、はずみで二人は抱き合ってしまい…。
ふだんは蒼太への思いは胸の底にしまって、あくまでも妹弟子として振る舞っているのが健気なので、思わず応援したくなる。蒼太もいいかげん、彼女の気持ちに気づいてやれよ…。