瑞原唯子のひとりごと

「遠くの光に踵を上げて」第59話 個人指導

「……勝てねぇ」
 貼り出された試験結果を見て、ジークはがっくりうなだれた。今回は今まで以上に、そしてこれ以上はないくらいに、懸命に取り組んだ。今年こそはアンジェリカに勝ちたい、その一心だった。しかし、結果はいつものように、アンジェリカがトップである。
「そんなに落ち込むことないじゃない。ジークが頑張っていたのは知っているけど、私だって頑張ったんだから」
 アンジェリカは慰めるふうでもなく、さらりと軽く言った。当然と言わんばかりの口調である。ジークは同意することも反論することもなく、無言で肩を落としたままだった。
 ――習ったことばかりやっていても駄目だ。
 いつかのラウルの言葉が、ふいに頭をかすめた。もちろん、習ったことばかりでなく、独学でもいろいろとやってきたつもりだ。しかし、やはり自分ひとりでは限界があるのではないか。
「ジーク?」
 うつむいたまま無反応のジークを、アンジェリカは心配そうに覗き込んだ。
「そうとうショックを受けてるみたいだね」
 リックは苦笑いした。
「よし! 決めた!」
 突然、ジークは右のこぶしをぐっと握りしめ、ぱっと顔を上げた。暗く淀んでいただけの先ほどまでとはまるで違う、何かを吹っ切ったような表情。そして、その瞳には強い決意がみなぎっていた。
「決めたって、何を?」
 アンジェリカは驚いて、少し引きぎみに尋ねた。ジークは彼女の鼻先に、ビシッと人さし指を突きつけた。
「もう勝つためには手段を選ばねぇ! 見てろよ!」
 そんな捨てゼリフを残し、ドタバタとアカデミーの中へ走り去っていった。残された二人は、呆然と彼の背中を見送ると、互いに顔を見合わせた。
「手段を選ばないって、どういうことなの?」
「さぁ。たいしたことじゃないと思うけど……」
 再び廊下の奥ヘ目を向けたが、もう彼の姿は見えなくなっていた。

「ラウル!!」
 ジークは医務室の引き戸を開くと同時に、興奮ぎみに声を上げた。ラウルは机に向かい、カルテの整理をしていた。騒々しいジークの登場にも、まるで反応を示さず、一瞥をくれることすらなかった。
 ジークは医務室に踏み入ると、さらに感情を高ぶらせ、ラウルの横顔に向かって思いつめたように訴えた。
「俺に……俺にもっと魔導を教えてくれ!」
「断る」
 ラウルの返事はにべもないものだった。ジークはしばらく唖然としていたが、次第に沸々と怒りがこみ上げてきた。
「こっちだってテメェなんかに頼りたくねぇよ! でも仕方ねぇから頭を下げて頼んでるんだぜ。もうちょっと考えてくれてもいいじゃねぇか!」
「それはおまえの都合だ」
「ぐっ……」
 ジークは言葉に詰まった。歯を食いしばり、額にうっすらと汗をにじませる。
「そ……それでも引き下がるわけにはいかねぇんだ!」
 ラウルはくるりと椅子をまわし、ジークに向き直った。机に片ひじをつき、長い脚をおもむろに組むと、じっと彼を見上げた。
「なぜそこまで魔導を学びたいと思う」
「……しょ、将来のためだ」
「嘘つきに用はない。帰れ」
 ラウルは再び机に向かうと、カルテ整理の続きを始めた。
 ジークは、頭から熱湯と冷水を一度に浴びせられたかのように感じた。慌てふためき、顔を紅潮させながら、再び訴えかけた。
「待ってくれ! あの、えっと……アンジェリカに勝ちてぇんだよ!!」
「おまえの青くさい理由につきあってやる義理はない。帰れ」
 ラウルは手を止めることもなく、冷たい拒絶の言葉を返すだけだった。
 ジークは怒りでさらに顔を赤くした。まるで無関心のラウルに、声を荒げて噛みつく。
「じゃあどんな理由だったらいいんだよ!!」
「やあ、ラウル」
 突然、聞き覚えのある声が割り込んだ。開き放たれたままの戸口から、サイファが顔を覗かせていた。
「ジーク君も。こんなところで会うとは奇遇だな」
 にこにこと人なつこい笑顔を振りまき、遠慮なく歩み入ってきた。ジークは驚きながらも、わずかに頭を下げた。
「何の用だ」
 ラウルは、笑顔の訪問者を思いきり睨みつけた。
「つれないな。たまには足を運べと言ったのはおまえだろう」
 サイファはおどけたようにそう言うと、立てかけてあった折り畳みパイプ椅子を広げ、ラウルとジークの間に腰を下ろした。ラウルはあからさまに不機嫌な様子で、さらに激しく睨みつけた。
「用もないのに来いとは言っていない」
 それでもサイファはまったく動じることはなかった。余裕の笑顔を崩すことなく、ラウルに向き直った。
「ホット二つ頼むよ」
「喫茶店に行け」
「おまえが淹れたコーヒーが飲みたいんだよ」
 サイファはにっこりと邪気なく笑いかけた。ラウルはため息をついて立ち上がり、奥の自室へと引っ込んでいった。

…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。

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