好きな画家は? と問われれば、
「やっぱ、モネ」
つきなみだけど。
前衛画家をわざと持ち出していた生意気盛りもあったが、50歳を過ぎてみると、あらためて印象派の絵が心にしみてくる。
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3日の「文化の日」、妻と小学6年生の息子と3人、東京都美術館で開催中の「モネ展」に出かけてきた。マルモッタン美術館の所蔵品に接することができる貴重な機会だ。作家の名前だとか、○○派とか△△流とかの知識はどうでもいい。11歳の息子に、美術全集ではなく、本物を見せたかった。
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18年前に亡くなった私の父親が、印象派好きだった。
父親の部屋の壁には、ルノアールの「帽子の貴婦人」の大きな絵がドドーンと飾ってあった。その隣の書棚に、平凡社のなんとか美術全集という、非常にでかくて重たい本が40冊ぐらい並んでいた。
古代から現代までの美術をかなり詳しく紹介している全集もので、印象派編は「モネとマネ」「ルノワールとドガ」という2つのくくりで2冊にわたって絵の写真と解説文が載っていたと記憶している。2冊合わせると300ページくらいになっていたと思う。
両親共働きの家庭だったので、学校から帰ると、仕方がないから重たくて扱いづらい美術全集をひとりでめくっていた。そのなかでロートレックなんかにも出合った。ただ、私が一好きになったのはルノワールだった。ルノワールは、裸婦が多かった。当時、私はすでに少年期に差し掛かっていた。
それでも、日曜日なんかに、父親に「これはいいから見てみろ」などとと言われて見せられたのが、モネの「睡蓮」。ルノワールほどではないにしろ、非常に強く印象に残った。「睡蓮」の本物は、私も見たことがなかった。ぜひ、息子には「睡蓮」を見せたかったのである。
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美術館の中は、いたるところが「満員電車」状態だった。
館内すべて寿司詰め状態。それも押し寿司。
玄関を入ったとたん、ヒトの塊で歩みが詰まる。入場口までたどり着くのに30分程度、展示場に入っても最初の作品の前まで30分。この調子だと、終盤に展示してある「睡蓮」までは4~5時間かかる。とても芸術に触れるなんて環境じゃない。
背の低い子供にとっては、大人のお尻や背中を顔に押し付けられているだけ。
「お父さん、もう帰りたい」
私と父親の美術全集の話を聞かされて我慢を重ねて私に付き合ってくれていた息子ももう限界に来ていた。
「おじいちゃんが教えてくれた絵だからお父さんは見ていくけど、お前はもう休憩所にいきなさい。お父さんも満員は大嫌いだ」
確かにモネは見せたい。でも、それは先でもいい。こんなイモ洗いの海水浴場のような環境では、きっと美術館嫌いになる。
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その2時間後くらい、ようやく「睡蓮」にたどり着いた。
いやぁ、やっぱ、すごい。
感動。
見えないはずの、ハスの下の、水の下の風景までが見える。
これだけの人が集まってしまうわけだ。やっぱり。
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50歳を過ぎて、ようやく子供だったおれに親父が伝えたかったことが分かり始めている。
イモ洗い美術館はご免だけど、なにがしかの方法で息子に芸術に親しむことを伝えていきたいな。
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父親の部屋にあったルノワール。引っ越しの際に捨ててしまった。
もちろん複製画だと思うが、いまだからわかる。多分、相当いい値段だったはずだ。