カーボン・マーケット企画室 三阪和弘
地球温暖化やエネルギー問題、生物多様性など、世代間を跨ぐ課題については対策が難しいことが想像できます。
これらの課題には、すでに存在しない過去世代と現在世代の生産や消費活動の影響が、現在存在していない(生まれていない)世代に及ぶという点に共通点があります。
このような異時点間の比較を行う場合、時間選好率の考え方がヒントを与えてくれます。
時間選好率とは、投資家や個人が現在の消費をあきらめ、将来のために貯蓄するようになる金利水準のことをいいます。
時間選好率は、個人の現在の消費と貯蓄(将来の消費)とを関連づける指標であり、経済学の理論によると、時間選好率の高い人は、将来の消費から得られる効用が高くない限り、将来に向けて貯蓄することはなく、現在において消費する傾向がある一方で、時間選好率の低い人は、現在の消費をあきらめて貯蓄に回すことのできる我慢強い傾向があると言われています。
個人にしろ、法人にしろ、利益を得る(消費する)対象と我慢する(貯蓄する)対象が同一であれば、問題は小さいかもしれませんが、地球温暖化のように世代を跨ぐ問題の場合は、そう簡単にはいきません。
このような問題を扱う経済学的手法として費用便益分析がありますが、大瀧氏はこれを用いる場合には、「未だ存在していない将来の温暖化による損失回避の便益よりも費用負担が早く発生することから、一般的な公共政策とは費用と便益の評価において、時間的間隔が異なることを見過ごしてはならない」と指摘しています。
また、大瀧氏は時間選好率の設定によって、費用便益が大きく異なることを、ノードハウス、クライン、スターンという3名の経済学者の事例を用いて紹介し、相対的に高い割引率の設定は、現役世代の所得が温暖化対策とは関係のない現在の消費に回される可能性があるので、将来の便益が過少評価されるおそれがあることを指摘しています。
ここで、視点を変えます。
国内・国際競争が激化している企業の場合、現在儲かっている事業領域など、短期的に利益を見込める領域への投資を重視し、長期的には利益を稼げる可能性のある領域であっても撤退するなど、企業の時間選好率は高まっているように思われます。
しかし、「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」(PPM)が示すように、事業発展のためには、「金のなる木」だけでなく、次世代の「金のなる木」を作る「花形」を育てなければなりません。
視点は異なりますが、将来への投資という意味では、CSRやカーボン・オフセットによるブランディングも同様といえるでしょう。
さて、地球温暖化については、IPCC第5次評価報告書のほか、直近では5月6日に米国が「気候変動に関する報告書」を発表するなど、未来ではなく現在の課題として警告色を強めています。
温暖化対策は先手を打つ方が、費用便益的にもプラスに働きます。極端な場合には、対策が手遅れになる可能性もあるでしょう。
大瀧氏は、地球温暖化対策のような長期に及ぶ異時点間の費用便益分析によって投資を行う場合、一般的な投資とは区別した上で、割引率を低く設定すべきとともに、超長期の割引率のもつ意義を見直していくべきと主張しています。筆者も同意見です。
視点をカーボン・オフセットに移すと、カーボン・オフセットへの投資は、間接的に温暖化対策プロジェクトを支援する役割を有していることに気づきます。カーボン・オフセットが貢献できる役割は限定的かもしれませんが、企業に限らず一般消費者にも、カーボン・オフセット付き商品やサービスを利用することにより、温暖化対策に貢献できる機会を提供するという点において、意義のあるものといえるでしょう。
国や大手企業が大々的に投資を行うことももちろん重要ですが、一方で、一般消費者を含めた現世代が負担を幅広く共有することによって、温暖化対策に取組む姿勢も重要でしょう。
そもそもの時間選好率は、主観による影響が大です。温暖化対策への投資にも合意形成が必要なことから、カーボン・オフセットはそれらの橋渡しをする役割を担っているとも言えるでしょう。
時間選好率をキーワードに、地球温暖化対策が進むよう(投資が活発化するよう)、また、それに対して、カーボン・オフセットが貢献できるよう、可能性を考えた次第です。
参考文献
大瀧正子、2008、地球温暖化問題の経済分析における将来世代の厚生評価の問題点、立命館国際研究、21-2
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