笑われて・笑わせて・オートバイひとり旅16年・122ヵ国 道に迷い・親切に泣き・走った38万キロ・「バイクの松尾」

国境206ヶ所・赤道直下4ヶ所・2000年10月57才から2015年10月72才まで15年間・記録。やぉーなかったばい。

オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア編・ベトナム・・

2017年07月18日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
7月14日から17日まで


ハノイに向かって不安の中、ホーチミン市内を出発した・・1800キロ、往復の予定だった。

はじめて出てきた標識


100キロを三時間かかっている・・


緑内障予防のため水中メガネを用意・・砂塵除けには役立った。しかし雨で曇ってしまう。


5時間かかった200キロ走ったところでギブアップ・・ホーチミンに引き返そう


7月14日金曜

レンタルバイクについてホテルレセプション聞いてみた。ホテルで用意出来るらしい…1日1000円と計算してみせた。

あとで考えてみると、ちょっと高いのではないか…他のレンタルバイク屋にあたってみよう。

先日テント屋で防水のスーツケースカバーを作ってもらった親父さんのところに行って相談してみた。

このあたりでは、その値段、高くはないとの話しだった。

ホテルに戻りあした15日出発するのでレンタルバイクを用意してくれるように頼んだ。

フロントのいつもいる男女のスタッフはレンタルバイク今日の夜10時に戻ってくる…とか、あしたにならなければ、

わからないと話す…

どこでどうなてるのか、話しの内容がいったり来たり…堪忍袋が切れた

テーブルをたたいて「ふざけるな 今までいつもレンタルできると」「言ってたじゃないか」日本語でどやしつけた。

すると、どこかに電話して…すぐに用意するから…5分待ってくれ…

どうしてのらりくらり、レセプションのスタッフは応えていたのだろう・・借りるつもりはないと見たのかな。

スクーターでやって来た女性。レンタルバイク屋さんらしい。

レンタル料1日1000円✖️20日間=約2万円、保証料(デボジット)…3万円、合計5万円をATMでおろして支払った。

これまで用意してきた荷造りのゴムひも 、S字型を取り付ける。




7月15日 土曜 くもり 一時雨

7時ホテルを出発、まずガソリン を入れてハノイに向かって走る約1800キロだ。少しづつ走ると いづれは

ハノイに着くだろう…

ホテルから250mの立体交差点…陸橋に上がって 左折だと最初思っていたが、 ネットでよくみると 、陸橋

の手前から側道を走り陸橋の下をくぐるようだ。

走り出すと ネットマップは使えない。道路がわからなくなった場合、時間かかっても海岸線沿いに出て走

ろうと決めていた。

バイクの 流れに乗って走るしかない…最初陸橋の下をくぐり抜けた…ネットで側道が消えていたのは

トンネルになっていた。

走ってみなければやっぱりわからない、気になっていた最初の難関を通過できた…

バイク集団の大きな流れに乗って進むしかない。信号で止まるたびに「ハノイ」「OK」か…「OK」…

間違いないようだ。

自分でも違って道にはいったなーと気づいて、信号で地元の人に、「ハノイ」はと聞くと夫婦乗りの人が

わたしの後ろについて来てと…手招き。Uターンして…本線に入るところまで誘導してくれた。

これまでは順調に走って来た。2回目の給油…100キロを3時間かかっている。

ひっきりなしにトラック バスの砂塵が飛んでくるので水中メガネは役に立って
いる。


ただ、すぐに曇ってしまうので 空気を入れて走っている。バイク専用のレーンは続いているが、逆走して

くるバイク には気をつかう。

逆走するのは当たり前になっているようだ。ひっきりなしに逆走して来る。くもり空…とうとう雨になって来た。

カッパを着ようにも停める場所が見つからない…メガネの水滴で前方が見えにくい…農作業の耕運機、

逆走して来るバイク。

プシュープシュ空気ブレーキをかけ、でっかいクラクションを鳴らして 注意をうながす 大型トラック、ミニバス、

ツアーバスが圧力かけて通り過ぎて行く。

走っていて気が気でない。

よかった…雨は止んだようだと思ったら思ったらまた降り出した。ダメだ、このまま走り続けることは危ない。

200キロを5時間以上かかっている。

ホーチミンからハノイまで1800キロ……往復3600キロ自分では走れるだろうと思って来たが、とてもじゃないが

ハノイまでレンタルスクーターで走り続けることは、今のわたしには無理だ。

ホテルを探して泊まって引き返そう。自分としても情けないが楽の道を選んだ。

5キロ先にホテルはあると地元の人の人 。ありがとうございます。この辺かな、地元の女性スクーターで出かけ

るところだ「ホテル」は…近くらしい。すみませんホテルまで「引っ張ってもらえませんか」

ありがたい、反対側にホテルはあった。ありがとうございました。

小綺麗なホテル 25000…1250円ぐらい。

ホテルについてネットでみると本線を走って来ていると思っていたが、脇道に入った場所になっているどこで

間違ったのだろうか…

ホーチミン⇄ハノイまで大まかには海側、真ん中 、山側に分かれているようだ、自分としては真ん中を走って

いるつもりだったが海側を走って来たようだ。

まぁいいや、ここからあしたホーチミンまで戻ろう。


オートバイ仲間の三人が8月1日ハノイに到着する、四人でツーリングの予定である。

ハノイまで列車か バスがあったらそれで向おう。




7月16日 日曜 くもり

ホテルに泊まった場所をネットでみると、海岸べりまで来てしまっている。

自分じゃ本線上のホテルだとばかり思っていたのに…どこで間違って入り込んだのだろう…

まぁいいや、これから進むのじゃないし、ホーチミンまで戻るだけだだから疲れていたのだろう。

家族連れ5・6人…ふた組が泊まっている。シャワーを浴びる気持ちにもならない…

持ち帰りの弁当にしてもらい、ホテルで食事して、そのままベッドに入って寝る。

ホテル玄玄関に人がくるたびにチャイムが鳴り響く…

朝6時にホーチミンに向かって戻ろう…夕べ激しい雨だったが今は止んでいる。

雨の中を走ると覚悟していたが今の所大丈夫のようだ。大きなロータリーが出て来た…ハハーン、

脇道に入ったのはここで間違っていたのか…

すでに日曜でもオートバイ、車が走り始めてきた。今日は戻るだけ、気は楽だ。

思った以上にスムーズに走れている、とにかくホーチミン目指して走ればよいのだから…。

「ホーチミン」「ホーチミン」と聞きながらホーチミン市内に入った。きのうよりも一時間ぐらい早く

走ってきたようだ。

信号で止まる時若い人をつかまえて「ホーチミン、セントラル」まで引っ張ってくれと…頼んでみた。

笑顔で「うなずく」しばらくうしろについて走る。

ここをまっすぐに行けば「セントラル」…と言って彼はバイバイ…ありがとうございました。

ここから先ホテルのある場所までが大変なのだ。オートバイタクシーに引っ張ってもらおうと、

サトウキビジュース露天販売所止まって待ってみたが、見当たらない。

ジュースを買いに止まった女性にホテルのアドレスも見せると、まっすぐ行って左の方だと教えてくれた。

よし行ってみるか、セントラルのに入ってどこを走っているのやら、見当もつかない。

ホーチミン市内に入って一時間か過ぎている。

確か来たことのある、戦車が最初に突入した、旧大統領府を見つけた、確かにそうだ。歩道に乗り上げて

道を訪ねる。

どこでみていたのかビルの中からビジネスマンが出てきて、スマホで調べてくれて詳しく紙にかいてくれた

…ビルは涼しい…日曜なのだがこのビルは仕事していた。

ごく近いんだ、ありがとうございました。ロータリーまではすぐに着いた。

出口を間違った、あるはずのホテルがない。グルーっと回ってふたたびロータリーに。

突然大雨になる…コンビニの軒下で雨やどり…青年に書いてももらった地図を見せたら、ふたつ目、その道に

入って行けばホテルの場所と…

雨がやんで走って見ると見覚えのある通りだった、すぐに着いた。12時を過ぎている。

アレーとゆう顔のレセプション女性、雨で走れなかったので戻ってきた。

飯食ったあとレンタルバイク2日分支払って、払い戻ししてもらう。

あー雨の中・・もうー走らなくてもいい・・ほっとした気持ちになった。



7月17日 月曜

これからハノイまでの旅…検討して練り直し…。ハノイに向かう途中、中間…海岸沿いあたりダナンと

言う街の近く…

ホイアンの町でろう者だけで営業している。注目の「喫茶店がある」と日本のろう者の仲間二人から

ぜひ寄ってみて来てくれとメールがすでに届いている。

録画も送ってくれた…女性、5・6人が切り盛りして繁盛している録画だった。きょう、ホテルの中に

あるツアー会社に相談して見た。

①バスで行くか ②列車で近くまで行くか…バスだと乗ってる時間が長すぎて腰を痛めそうだ。

列車寝台車62ドルを申し込んだが、二段ベッド4人部屋は満席でダメ、

三段ベッド6人部屋52ドル空いていたが…

わたしはリクライニングシートの座席を4700円…を予約済ませた。


7月18日ホーチミン19:30発ーダナン着12:30…ダナンからバスかタクシーで、

45分ぐらいとツアー会社説明。

ダナンに宿をとってそこからふぉい案まで移動することにしよう。


ホーチミン市内まで引っ張てもらった青年‥ありがとう


市内に入るとでっかい・・人の顔・・なんだろうか。


トウキビジュースのおばさんのところでバイクタクシーを待つ・・来なかった。


市内に入って・・いつの間にか出てきてホテルの場所を探してくれた・・ビジネスマン

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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・カンボジアからベトナムへ

2017年07月14日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
2017年7月7日から13日まで









プノンペン市内



ネオンの作業中

荷造りゴムをヒモ買う


7月7日金曜 はれ 34℃

まわりを散策…屋台の食堂、路上市場…自宅前で日本のうどんみたいな、こねて伸ばしてる。ここでは油であげている。

ホテルで簡単なメニュー食事も注文できるようだ。缶ビール小、ワンドーラ、110円と安い。ビール3本飲んで500円で

すみそうだ。

日本ではきょうから海外ツーリンフェスタが今年も始まった。原宿竹下通りの行き止まりに近いEastギャラリー…

海外ツーリング経験者たちの写真展示会とミニ講演会が開かれている・・メールでエールを送る。





7月8日 土曜 はれ 暑い陽射し34℃

川の岸まで歩いてみようと朝7にホテルを出た。1時間ほど歩いて川岸はどっちと聞くと、全く逆の方に

歩いてきたようだ。

散歩だから別にかまわない、ホテルに戻ろう。これからベトナムに入ってレンタルバイクで走る予定だ。

タイ国境に預けてきたバイクの中に荷造り用の自転車チューブも置いてきた。

ゴムをひっかけるS字型を用意しとく必要がある。骨とう品みたいな中古品を扱っているお店に寄っていいのが

ないものかと探したがなかった。

注射針みたいな針の先から接着剤で細かい破片を貼り付けて精巧なネオン作りを見学したりして。日本の100円

ショップみたいなお店に寄って見た。

ノートに書いていたS字型を見せると、探してくれて金属製S字型が見つかった。4本入りで願ったりの必要本数だ。

ついでに簡単に縛りつけるつけることができるナントカバンドも買った。

これであとはチューブを手に入れれば万全だ。ないだろうと思いながらS字型の金具、当たってみると意外にある

ものだなーと感心する。

午後陽射しの強い中、ポルポト政権時、大量虐殺された記念センターまでトクトクタクシーで行って見た。

外国人も結構見学に来ている。

貸し出されたオーディオでは国ごとに説明されている。無料で貸し出されていた。

それまでの政権は贅沢三昧の暮らしをして来たかどうかはわからないが。困って暮らしているたちの面倒を

見てこなかったのは、事実だろう。そのうらみやつらみを感じる人たちがいたのかもしれない。

しかし気にくわない人たちを、残酷、無比、無残に殺してしまうことは、いつの時代も、だれにも許される

ことではない。

人が人を殺すことがなくなる世界であってほしい。

帰り道トクトクタクシーのドライバー自転車のチューブ買いたいと途中止まって、ノートに自転車を書いて、

タイヤを書いて…チューブを切って荷造りの絵を描いた…なかなか意味がわからないらしい。

ようやくわかったようだ…走り出そうとした途端、同じトクトクタクシーと何か話している。

Uターンして、そのトクトクタクシーのそばへ。座席をあげて引っ張り出したのは、荷造り用ゴムひもだった。

おーよしよし。

これは充分だけど、もうひとつほしい。15ドル…1600円払う。ホテルの近くになってタイヤショプが出て来た。

幅広の黒ゴムひもが下がっているのをドライバーが見つけた。さっきのゴムより薄手だけど、二本10ドルで買った。

S字型金具もそろった、これでスクーターに載せるバッグをガッチリ固定できそうだ。

乗る前に約束していたトクトクタクシー代往復10ドル…1100円。ありがとうございました。

ベトナムを結構走っているオートバイ仲間からベトナムの情報を寄せてくれている。中には悪徳ポリスがいるからと…

国際免許証のカラーコピーした。

15・6年前悪徳警官はロシアが多かった、これまでも警官にいちゃもん付けられて時間がかかりそうになった時、

「そんなもんいらねー」

「パスポートおまえにあげるよ…」そのままオートバイにまたがりスタートさせるしぐさを見せる。

すると警官があわててて「持っていけ」とパスポート返されたこと事、4・5回ある。

いまのロシアは悪徳警官はいなくなった。

今回も悪徳警官に出会ったときにはその手を使うことがあるかもしれないので、今回はパスポートじゃなくて、

国際免許書のコピー試そう。



ポルポト虐殺記念館



7月9日日曜 はれ 34℃

あした10日移動することにする、ベトナム、ホーチミンへ。ホテルフロントに聴いてみると毎日バスは運行

しているとの事

プノンペンから国境越えてホーチミンまで280キロ…12ドル…1400円ぐらいか。ホテルに7時すぎにホテルまで

迎えに来てくれるとの事…

途中…国境出入国の手続きがあるので約8時間程かかるらしい。



ベトナムまでの途中の景色



カンボジアからベトナムに入る



7月10日 月曜 はれ

ここんとこプノンペンに来てから激しい夕立は見なくなった。今日はベトナム、ホーチミン アデノ移動する。

7時15分バス乗り場までトクトク三輪車タクシーが迎えに来てくれた。何回も言うようだがホテルに予約すると

迎えに来てくれるので本当にありがたい。

バスの時刻など調べなくてすむのだからバックパッカーにとって東南アジアは旅がしやすいだろうなぁと思う。

ホーチミン行きのバス、国境で乗り換えるバスと乗り換えなしで穂まで向かうバスがあると聞いていた。

今日のバスは乗り換えなしで直接ホーチミンまで向かうとバス事務所の話。乗り換えがなければ、荷物の積み

替えなどせわしさがなくなるので助かる。

8時に定刻通りに出発した。走りながら空いていた車内も次から次とお客さんをひろって満席なって来た。

パスポートを集めにきた、国境でスムーズに通過を済ませるためだろう。

11時に食事休憩…12時過ぎに国境についた。カンボジア出国…歩いてベトナム側へ。パスポートにはすでに入国

スタンプが押されている。

見せるだけで入国終わり。ベトナム側にバスが来るのを待って再び強い陽射しの中乗り込む。

14時過ぎてホーチミン市内に着いた。ここまで約300キロ…バス代12ドル1400円ぐらい。

呼びこみのトクトク三輪車だと思ったらバイクタクシー…大丈夫かいな…

川の流れのようなバイクの群れ…に入ってホテルに到着。3ドーラ330円。



ネットで一番安いホテルを予約してた…1180円…シングルベッド二つエアコン、トイレ、シャワー、快適なホテルだ。

早めの晩飯と持ち帰りの食堂に…「ノー」ベトナムのお金でないとダメ。ええー。ドル、カンボジア紙幣ダメ…

ATMの場所聞いて聴いて…なかなか引き出せない…最後は外人に操作を見てもらいながら、ようやく引き出すこと

ができた。小一時間かかった。

1000000←50万札2枚出てきた…100万…を2回おろした…100万っていったいいくらなのだろう…

(100万は5千円・50万は2500円とあとで分かった・・それ以下の紙幣の計算は今もわからないまま・・)

さっきの食堂に戻って持ち帰り弁当にしてもらう。お札のおつりいっぱい…勘定できない。

八百屋でもトマト、きゅうり代お札見せてとってもらうしかない。

ATM、買い物で1時間以上かかっていた。最後はホテルの隣、コンビニみたいなお店で、ビールを仕入れる…


ああぁ腹へった。



多くの見学者





枯葉剤の名kを歩く・・当時の少年は一児の親になった・・が体が不自由になってしまった


ベトちゃん



上の写真を撮ったのは日本人カメラマンなのかな・・下、家族で元気に暮らしておられるようです


日本人戦場カメラマン・・石川洋文氏・の写真も多い。(石川さんは今も元気で活動しておられる・・2017年)




洪水のように流れていくバイク






ホーチミン博物館



7月11日 火曜 朝26℃ はれ

ホーチミン市内観光に出かけた。歩いて行けるホーチミン博物館など)三ヶ所…、

ベンタイン市場、サイゴン大教会、ホーチミン郵便局、ホーチミン人民委員会…見学した。

行きにサングラスの代わりに「水泳」に使う水中メガネもかった。

スクーターで走るときに風が眼に入ってしまうのを防ぐためである。

右目は緑内障が進んで来ているように感じるので、用心のため普通のメガネではなく、完全防風にした。

歩いてホテルに戻る時テント屋の店が軒並みに出てきた。自分のスースケースの雨対策のの為カバーを作ろう。

あしたスースケース持ってきて正確に作ってもらうことにした。









テント屋で雨対策のカバーを注文


7月12日 水曜 はれ

スースケースをひっぱりながらテント屋にむかう。サイズをはかってもらい簡単にカバーかけるように頼んだ。

きのうの残した「戦争証跡博物館」に行ってみた。一階から3階まであり…3階から順番に観て一階におりて

くるようにと館内案内女性から、説明を受ける。

アメリカ相手にすさまじい、戦い…身の引き締まる攻防に、動けなくなる程写真に釘ずけになり3階だけで一時間

以上かかった。

ツアー客も含めて外国人の来客は多い、わたしと同じように時間がかかっている人も・・。

ベトナム戦争の歴史…おおまかには知っているつもりだがまだ読んでいないベトナム解放…

アメリカといっしょになって戦い続けた南ベトナム隊の首謀者は当然拘束されてしかるべきだが、北ベトナムに

敵対して戦った一般の人たちの処遇をどうのようにしたのか…知りたいものだった。

革命指導者ホーチミン氏の残されている功績、革命記録を読んでみたいと同時に敬意を表したい。

決定的なアメリカとの違いはベトナムは「祖国を守る」目的があった。一方アメリカは何のために戦っているの

かいつもそうだが、わかっていなかったのではないかと思われる。

戦跡会館を出るときには5時に近かった。スーツケースがすっぽり入る…頼んでいたスーツケースの雨用カバーを受け取る。

マジックテープで止められるように仕上がっていた。2500円…ちょっと高いように感じるが仕方ない。

これで土砂降りでもいいぞ。




貼り絵作業所・・



ユーモアたっぷり・・アメリカに対する表現はきびしく・・聴こえた。42歳のガイド当時生まれたばかり・・




7月13日 木曜 くもり

どうしてもみて観ておきたかった、ベトナムの「KUTIクチトンネル」

予約していた…8時過ぎにクチ、トンネルの見学にむかう。

ホテルに迎えにきてもらえるので本当に助かるなぁー全部で10人ぐらい。

途中貼り絵の作業所を見物したあと、そのまま残されているトンネルへ。


ジャングルの中に小さいトンネルを張り巡らせて、ゲリラ作戦はアメリカ兵を戸惑い、させて、

ノイローゼになったものもいる…日本では報道されないが、帰国してからも治らない多くの

兵隊は今も悩まされているとの事らしい。

実際狭いトンネルに入ってみると…よくぞここまで作り上げたものだと感心する。

枯れ葉作戦とと称して 枯葉剤空中散布…はベトちゃんに代表されるように奇形児が多く産まれている。

最近ではイラク、リビアなど横暴で、横着…あまりにも勝手すぎるアメリカには、世界から相手にされない、

時がきっと来る。

それにしても各国の観光とはちょっと違うベトナムには世界からの見学者が多いなぁーと感じる。

この事からしても、アメリカに対する見方は大きくかわる節目に来ているに違いない。

ベトナム戦争が終結してから40年余り…見学に来たのは遅すぎたことを反省している。



このジャングルに







トンネルを250キロ作り上げた・・落とし穴








落ち葉でわからない・・トンネルの入口出口・・ふたすればわからない・・小さいアリにわたしは食われた








ツアーの人たち・・オーストラリア、オランダ、インド、シンガポール、ロシア、日本
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オートバイひとり旅・東南アジア・カンボジアもオートバイでの入国できず・・

2017年07月07日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
7月3日から6日まで





 5日間お世話になったアユタヤのホテル10ドーラ・・夫婦で見送ってくれた




 33号線を見のがさないように・・あとは読めない標識ばかり










国境に近づいた


国境カスタムで書類待ち

人力ででっかいリヤカーを引く


今度は入国できそうだ・・喜んでいたが・・最後のイミグレーションでストップ‥ダメになる


タイ側の駐車場に預けて・・独り身で入国・暑いし・荷物は重いし・・気持ちが折れそうだ・・。


7月3日 月曜 はれ

カンボジアに到着…この国もオートバイの入国出来ず…ああぁー

5泊したアユタヤのホテル、6時半カンボジアに向かって走る。

アユタヤ市内郊外まで二回、ルートの下見をしているので緊張感はない。

さんざん迷い苦労した高速道路を越える…陸橋をすんなり越える。

カンボジア国境に着くまで、途中二回Uターンしたがほぼ順調に走って来た。

1回目、33号線をひた走る、ちらっと目に入った「33」右➡️…の標識まっすぐ

進んでしまった。アイパッドで確認…Uターンして標識を確認して走り直す。

2回目、急に道幅が狭くなった…おかしいな。ここでもUターンして標識を確認

して走り直す。



いつもは現地の人に聴きながら走るのだが、まず言葉が通じないので

よっぽどのこと以外聞くことはしないはしない。

14時ジャスト国境に着いた。食事休憩入れて7時間半かかった。



ポリスの手続き30分待つ、出来上がったようだ、よしこれで入国できるぞ。

待つ間にもフロントにステッカーを貼り付けたオートバイ、係官の電子チェックで

スイスイカンボジアに入っていく。


出来上がったその書類を持ってイミグレーションへ。ここでも書類ツーセット、作ってもらい

パスポートといっしょに提出…「係官がでてきた」何か色々説明してする。

「タイ」は走るのは「OK」だけどカンボジアは「外国人のオートバイでの入国は」

「ダメ」だと話す。


その間もスイスイオートバイが……「通り過ぎてる」「じゃないか」

全部「カンボジア」のオートバイだと、ナンバーを見て話す。

ポリスの作った書類はどうなるのだろう…と疑問も残るが、タイ側の

パーキングにオートバイは預けて今回も独り身でカンボジア入国になった。


「何しに来てるんだろう」「おれは…」オートバイで入国出来ないと意味が

ないんだ……


実は前回来た時アンコールワット時間かけて見ているので、こんな回はパスするつもりと、

仲間には話したばかり。

しかし、よくルートを調べて見たら国境からは「アンコールワット」を

通る道路になっていることがわかった。



従って宿の予約済ませているので、アンコールワットまで行くしかない。

乗合ワゴン車でアンコールワットに向かう400バーツ1300円。

乗合ワゴン車…走り出した、途中二人乗せて、2回目でっかい荷物二個と

子供合わせて7・8人待っている。



どうするのだろう、もうこれ以上は乗れないだろう、積めないだろうと

思っていた。

荷物は座席の下へ、下へ押しこんだ。子供達は荷物の上に乗せたり、

大人たちもぎゅうぎゅう座席に詰め込んだ。

山ほどあった荷物も…人も全員乗せて終了。


いつの間にか、知らず知らずのうちに座席は一人分と決めていた自分がいた。

ワゴン車には29人乗り込んでいる事になる。

ああぁーこれが協力してゆづり合ういってゆうものなんだ、忘れていたもの

を思い出す。

オートバイで走れなく、憂鬱(ゆううつ)の気持ちだったが、目の前で

助け合いのゆずりあいの気持を教えてもらっておだやかな気持ちになった。


トクトクタクシーで・・


アンコールワットお土産屋さんのこども












探してまわった石仏像、今回見つけることができた









7月4日 火曜 はれ 夕方雨

国境からワゴン車に乗ったアンコールワットのシェムリアップの町でおりた。

ホテル「デイデイ」まで乗ったトクトクタクシー…

そのトクトクタクシーアンコールワットまで12時に約束していた。

途中入場チケットを買う。37ドル…3900円ぐらいか、高いなー。

かってはジャングルの中にあったアンコールワット…12世紀初頭

30年かけて完成したものらしい。


前回2003年6月から2004年12月シベリア横断、モスクワまで走って

カザフスタンまで戻って中央アジア、中東、ネパールからチベットエベレスト、

ベースキャンプを走ってインド、ムンバイからオーストラリアにオートバイ

を船で送った。

オーストラリアに到着するまでの間一時帰国する。タイ、バンコクに寄って

ツアーでアンコールワットに来た。たしか往復3000円とびっくりするほど

安かったのを覚えている。


アンコーワットのすぐ北にあるアンコールトムの石仏像群…

以前石仏像群の中の写真を見てそのおだやかな顔の石仏を見てみたかった。

前回ぐるぐる回って探したが、とうとう見つけ出すことはできなかった。


今回ほかの遺跡は見なくてもいい…今回もその石仏像見たさにぐるぐる回って…

探していた見つけることができた。前回気づかなかった西側入り口の真上に

に見つけることだで来た。


石仏像数ある中わたしが気にいったおだやかな顔の表情を見つけることが

できてホッとした。

あした5日出発プノンペンまでバスの予約をしていたが、一日延ばして6日出発

することに変更した。






7月5日 水曜 くもり はれ

朝めし昼飯兼用9時に食堂に行った帰り銀行でお金をおろしたい…

「ATM」「バンク、バンク」「マネー、マネー」「カード」

呼び込みには普段口は達者なトクトクタクシーの人に聞いても、けげんな顔…

仕方ないデラックス高級ホテルのフロントで聞く。

大通りに出て左に右にバンクがある。ATMもあった…ありがとう。

銀行のセキュリティの人がついて来て、ATMに入る…ココカンボジアは

どうしてなのか、アメリカ、ドル紙幣で出て来た。


お店も、ホテルも支払いはドルで…細かいおつりはカンボジア紙幣…

になっているようだ。

ネットのブログ、写真を取り込んだりして、すべて終了、明日の出発に

備える。


アンコールワットの町からプノンペン・・バス









プノンペン市内についた



プノンペンのホテル

7月6日 木曜 はれ

プノンペンまでのバス移動…ホテルまでピックアップのワゴン車8時30分

予約の時間にやって来た…途中2、3箇所ホテルに寄ってバス出発地に

ここらあたり、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアはホテルに

観光地、バス移動の予約するとホテルでチケットを発行する、システム

になっている。これは非常にわたしにとってはありがたいシステムだ。



9時30分に出発した…郊外に出ると100キロぐらいのスピードで走っていく。

途中でもお客を拾って…また降りる人もいる。直接プノンペンに向かうので

はなくて乗合バスなのだ。

アンコーワットからプノンペンまでほとんど平原地帯で、水田も広がる、

家屋は高床に造っている場所もある。

16時にプノンペン市内に到着…予約しているホテルに…トクトクタクシーの

呼び込みはしつっこい5ドル…4ドル…「ノーノー3ドル」で押し切る。


一泊1180円…のホテルに着いた。エエー…エレベータが付いているホテルは2回目だ。

ダブルベット、エアコン付きトイレシャワー付き、WAFIもOK。清潔だしこの部屋で充分…

わたしにはもったいないぐらいだ。


そういえばWIFIないホテル、一軒もなかった。これからはネットできる宿で

ないと泊まる人は限られてくるだろうなぁ。

部屋でWIFI使える宿は…日本の方が遅れてるかもしれない。

小さい冷蔵庫も備え付けてある…こりゃいいなー。

さっそく缶ビール小1ドル×3、スパゲティを部屋まで運んでもらって

晩メシ、5ドルちょと…長居しそうなプノンペンになりそうだ。



アンコールワット、ホテル・・外人が多い
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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア再びタイ・そしてカンボジアへ

2017年07月02日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
6月29日から7月2日まで



朝飯・昼飯兼用毎日二食・・近くの食堂



バイクタクシーにはたびたびお世話になった・・







6月29日金曜 くもり はれ

遺跡めぐりは前回来たときじっくり回ったので今回はもういい。

ネットブログ更新…夕方近くの食堂でステーキ210円ぐらい…

やわらかくてうまかった。

町はずれにあるここのホテル静かで明るく快適、しばらく滞在

することにした。


ルートの下見に行くときに気まぐれに撮った・・33号線でカンボジアにつくはず・・




6月30日 土曜 くもり くもり

ルートの下見、失敗・・完敗だった…

ほとんどどこの街でも同じことだが、市内から出るまでが、ややこしいと思われるところでは

これから進む幹線まで下見をしている。

今回も、アユタヤ市内からこれから進むカンボジアまでのルートは複雑みたいなので

ネットで調べて実際途中まで走って見ることにした。



12時過ぎに走り始めた、調べた通りだ…よしよし。1時間経ったところで幹線にぶつかり行き

止まり…どうした。

幹線に入ってUターンして反対車線に回りこれまでの道につないでいた。

よしうまくいった。また、行き止まり…どっちだろう、右に曲がって進む。

(左に曲がればよかったのに…これが迷い始めの原因だった)



道が狭くなってどうも違うようだ、止まって地元の人に聞くがネット地図見せてもわからない。

雨が降って来たので商店で雨宿りさせてもらい、道を確かめる。

今いる場所がわからない。もう引き返そう。



すぐそこには幹線道路、どんどん車が走っている。お店の人がアユタヤは「あっち」だと、

指差さす。ありがとう。

出て来た「アユタヤ」標識。あーよかった。アユタヤ市内に入った。

走っている間に見たことのある道が出て来るだろう…



市内をあてずっぽうに走って見たが、ホテルへの道がわからない・・ガソリンを給油。

ちょうどバイクタクシーが寄ってくれた、ホテルの名刺を見せて引っ張ってくれるように

頼んだ。50バーツ160円。

覚えのある自分で帰れる道まで来た…ありがとうございました。

ホテルに着いた16時。あーきょうは完敗だったなー。



途中まで下見をしておかないとカンボジアにつけない。あしたも、再び…再挑戦だ。

こうなったらスムーズに走れるまで何回でも挑戦だなぁ。



松尾爺さんの自分床屋さん・・この写真見てるとほんとう・・大丈夫かなぁーと自分でも思う。
あと10年きついなー・・あとは寝たきり40年の記録づくりだぁー・・笑い。




下見の失敗のあとホテルで床屋さん。

旅にバリカンを持って歩いてる、きょう部屋で自分で床屋さん。

5・6分刈りぐらいまで長さも調整できるようになっている。

わたしの場合は頭のてっぺんは2分刈り…ほかは一分刈りの坊主頭、

きれいさっぱり、15分で終わり。無料。



日本で買ったバリカンはアラビア半島、アラブ首長国連邦、200ボルトのためドバイで

ボンと吹っ飛んでしまった。(海外はほとんど200ボルト)

ドバイの床屋さんに行って「お店で使ってる」「コンパクトのバリカン」が…ほしい。

と頼んだら「バリカン」を売ってるお店を紹介しもらった。



そして、そのお店までついて来てくれた。三又のコンセントだから

日本で充電するときは万国共通の差し込みソケットが必要。

そのバリカンを今も持って歩いている。




7月1日日曜 はれ

きのうの下調べ、どこででどうなったのか、途中で自分のいる場所が

わからなくなってしまって…途中で引き返した。

かろうじてホテルにたどり着いた。もっとも最後はアユタヤ市内で

バイクタクシーに頼んでホテルに戻ることができたのだが・・。


ホテルに戻ったあと、どこでどうなったのか、丁寧に調べ上げた。


きのうに続いてこれから進むカンボジアへの道の下調べ…午後12時半スタートした。

失敗したところの場所がどうなっていたのか、ネットグーグルマップでたんねんに

調べて、今日は失敗しないように慎重に走る。

WIFIがあるところだと、非常に役立つのだがわたしのアイパッドは走り出すとダメになる。

問題の幹線道路に入った。ここから陸橋を渡って反対側に進むのだ。よしよし、

この陸橋を越えると第一難問を通過だ。



きのうとは違って…きょうはそのまま進めばいいのだ…きのう間違った場所まで来た。

ははーん、ここで反対の方向に向かって進んだのでわからなくなったのだろう。

第2関門…ここの交差点から右に入る…ほとんどの車が右折している。

ここはわかりやすい。



途中で工事中で走りにくい道もあったが、とりあえず目的の一号線が下に

走る陸橋の上まで来た。ここで約50キロの地点。

あとはこのまま33号線を進めば、おそらくカンボジアに着くはずだ。

折り返してホテルに戻ろう。


問題の陸橋を越す場所に来た。一通の同じ陸橋は渡れない…本線に出てUターンして

反対車線に出るまではよかった・・

Uターンは三つの方式①本線上の陸橋を渡る ②本線から本線に直接Uターンできる

③地下道になっている。

慣れないとどこにどんなUターンがあるのか、つかむのが難しい。

きのうはUターンするのに10キロ以上走ったこともあった。

バンバンとスピード出しているから気が気じゃない・・。


きょうはうまくUターン出来たが、来た道に乗れない、戻れなくなった。

うーんどうする。

ガススタンドでアユタヤ市内だどっち……聞いてもわからないまま、走っていたら

「アユタヤ」の標識が出て来た。よしこのまま走ってみよう。



間違ってはないようだけれど、走っても走っても交差点が出てこない…

ようやく交差点に出た。

ここからはホテルまでたどり着けそうだ…アユタヤ市内、走ったことのある

場所に出た。ガススタンドで給油、17時になっている。

そのままレストランで晩めしにする。

まぁこれでカンボジアの国境までなんとか走れることだと思う・・。



7月2日日曜 はれ

カンボジアへの道ルート下調べ、きのうおとといと走って、ほぼ

走れることになったと思う…


このホテル明るくて清潔・・クーラーシャワー付き1150円×5泊した。

あした3日カンボジアに向かって走る予定



毎日通った食堂




前回泊った時の食堂


ホテルの近くのお寺




















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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・ラオスから三たびタイへ

2017年06月29日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
6月26日から28日まで

ラオス、ヴェン、ヴェエンから首都ヴェンチャンに向かう








ラオスの国境・・カスタム


ラオスの国境カスタム


タイの入国手続き終わらせて預けていたスクーターを受け取り近くのホテルに泊る。
ラオス市内



バスの停留所だとばかり思っていた・・どうもちがうようだ・・自転車、オートバイの休憩所だった。









食堂で昼飯


6月26日 月曜 はれ
ラオス、ヴェン ヴェエンのホテルを9時に出発。一路ヴェンチャンに戻り…そしてタイに渡る。

ミニバスが迎えに来るまでホテル前で待機…目の前を通る人は若い人たちが多いな。

トクトクタクシーにはカヤックを積んだ車が行ったり来たりアドベンチャーゲームを楽しむの

だろう。


観光地を回るのもいいけれど、自分の身体を使って楽しむ…これからの

観光地としては盛んになって行くのかもしれないと思ったりした。

ミニバスが来た…ミニバスは帰りもいっぱいだ。急カーブが続く山道を抜け、ヴェンチャンに

着いた。行きと同じ3時間半かかった。



もうラオウは今日でおしまいと昨日決めた。タクシーでそのまま国境に向かってラオス出国、

タイ入国の手続きを終わらせた。

ここの国境はメコン川を挟んでいるので来る時と同じように…まずラオスの国境カスタムで

出国手続きをすませるとバス150円に乗ってメコン川を渡ってタイ側カスタムへ。


タイ側入国手続きを終えると、すべて終わりになる。

14時を過ぎた、きょうは走らないことに決めていた。スクーターを受けとって

ガソリンを満タンに入れた。



ネットで調べていた国境近くのホテルに向かう。ドミトリー200バーツ700円。

久しぶりにドミトリーに泊まる。

4時になった早い時間だが夕食に行く。これまでラオスの、おそろしく辛い食事に

ビクビクしていたので、きょうは楽しんで食事ができた。

これからの予定はスクーターを買った、アユタヤまで下がって、出来たら

名義変更を済ませる。そのあとカンボジアに入ってみる。

あしたはアユタヤまでの半分350キロぐらいまで走れれば、いい方だろう。



6月27日 火曜 くもり くもり

ラオス、タイ国境のホテル、ドミトリーに泊まった。

夜中にものすごい雨だったが朝方にはやんでいるのでホッとする。

アユタヤに向って6時40分出発…きょうは2号線を南に、南に走るだけ。

道は広いし気持ちがいい。



走っていて気づいたのは、黄色い屋根付き建物・・バス停かと最初思っていたが、どうも違

うようだ同じところに二つ三つも建物がある。中には5,6台留まられるスペースのある所もあった。

これは自転車、オートバイの休憩所のために、あるのではないか…ひっきりなしに出てくる、

長いとことでも10キロ以内に建ててあるようだ。


ベンチと床、床はコンクリートか板張りだったり・ここだったら寝袋だけでいい、雨に降ら

れてもしのげる簡易休憩所だ。反対側にももちろん同じように建ててある。

そういえば、田舎の道を走っていたときにもこのた見かけることがあったなぁー。



300キロ…7時間かかっている。ハンドルに当たりが来る、おかしいなー。

ちょっとした段差でも異様な感じがハンドルに伝わる。

ガススタンドで確認…あーっつパンクだった。空気も入らない。

タイヤ修理、200m先にあった。

責任者見たいな中年女性と若い従業員はタイヤショップは近くにあると話す。

新品と交換してもらうように二人にここはおがんで頼むしかない…。

オートバイでわたしを乗せてタイヤショップへ、タイヤとチュウブで

1500円。工場に戻ってタイヤ交換して終了、工賃300円。合わせて2100円ですんだ。

なんと40分たらずでタイヤ交換は終わった。いやーどうなるかと一時不安に

なったが…あっっと言うまに終わってホッとした。


タイヤショップのお店に行く時、例の黄色い休憩所があった・・ここに

「スリーピング」OK・・かどうか聞いてみた・・するとお兄ちゃんはイエローの家は

泊ることができると言う。あーやっぱり泊ることできるるんだぁ。

タイや修理のみなさん、ありがとうございました。


よしもう少し走ろう。400キロ近く走って来た、ガススタンドでホテルを聞いた。

ホテルのこと男女4・5人しゃべっている間に給油を済ませた。

「なんばいいをっとね」「あんたのしゃべをっとは」「いっちょんわからんばい」

(何を話しているのか、あなたが話してるのは、すこしも、わかりません)

「おいにもわかっごと、しゃべってくんしゃい」嬉野弁とタイ現地語・・

意味が通じたようだ。

責任者らしい女性は「この若い青年が」ホテルまでオートバイで引っ張って行く、

うしろから「ついて行きなさい」・・・おおーこんなありがたいことはない。

青年は道路下の暗きょをくぐり…反対側に回ったところに戸建が並ぶ宿

まで案内してくれた。あー助かりました…ありがとうございました。

アユタヤまで残り170キロたらず…きょう400キロ以上走って来たことになる。

出前でビール2本140円、中華麺300円を電話で注文してもらった。

ここにもちゃんとネットWIFIはきている。





パンク修理、タイヤショップまで買いに行ってくれて40分でパンク修理終了・・
似てるなーと思ったら双子のお兄ちゃんだった。ありがとう。


ガソリンスタンドのスタッフがホテルまで送ってくれた、イヤー助かった、ありがとうございました。




町のはずれにあったホテル





珍しいくだもの軒並みにお店が出ていた・・何の果物なのかわからなかった・。


行き過ぎてUターン・・本線からアユタヤに向かう標識


アユタヤについた。



6月28日水曜 くもり くもり

6時40分宿を出る。170キロと、きょうは距離が短い気楽に走れる。

朝から道路修理あとのでこぼこ、ひんぱんに出て来るので走りにくいなー。

ゆっくりあせらずに走って行こう。

アユタヤ150キロ付近で右に入る309号線…が出て来た、よし、よし。

ガススタンドで給油、「アユタヤ」はこの先になるのかな…違う、2キロ先でUターン

して、あそこに見えてる標識から、左に入れ…

通り過ぎたのか…Uーターン標識が出て来たが、側線から陸橋に上がるようになっている。

本線を走っているので陸橋に上がれない・・Uターン出来ない…ああー。

次のUーターンまで…あれれ、今度陸橋じゃなくて本線からのUターンに

なっている。かろうじてUターンできた。

アユタヤ、309号に乗る…あと20キロぐらいだ。アユタヤに着いた

10時半以外と早く着いたなぁ。



バイクタクシーでホテルまで引っ張ってもらおう…いくらですか

500バーツ1600円。聞き直しても同じ。ええーっ・・200バーツ600円あればどこまでも走ってくれる。

冗談じゃない・・ことわって、

少し走ったところでバイクタクシー、なんと50バーツ160円。

予約していたホテルまで引っ張ってもらった。



日本人大学生男女7・8人わたしの前に受付けしていた。

ここのホテルを予約していた…1200円ぐらいだったのに、

レセプションの女性850バーツ2700円ぐらいだと言う。

ちょっとまて予約と違う…これまで高くても500バーツ1700円だった、もちろんエアーコン付きだ。

とんでもないホテルだ、すぐにキャンセルした。

ネットで探して別のホテルまで荷物を載せたトクトクタクシーの後ろについて移動した。

350バーツ…1200円のホテルに決めた。



午後スクーターを買ったヤマハショップにヤマハショップの名義に

なっているのをわたしの名義に変更したいと頼みに行った。

なにせまったく言葉が通じない、前回いたスタッフの女性はいなかった…

何かわからないが、面倒なのか…結果的には名義変更出来ない…ようだ。



まぁ仕方がない、これからの国境で問題が生じたら、その時に対応することにしよう。

旅の流れに身をまかせ・・快適な静かなひっそりとしたホテルの部屋はいいなー。

さーこれからカンボジアだ・・



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オートバイひとり旅・東南アジア・ラオス・ヴェンヴェインでレンタルバイクで走ってみた

2017年06月25日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ




ヴェエンチャン・ホテルを出発





6月23日 金曜 はれ
今日は移動する日。

ヴェンチャンから北へ150キロ「ヴェン ヴェエン」

わたしにはワンワンちゃんと聴こえた……一回や二回、数回でも覚え切ることの

むずかしい名前の村

おととい、トクトクタクシー(三輪車)に乗った時、運転手さんの

故郷はどこか、と聞いた時、「ワンワンちゃん…」と聞こえた。



ホテルに戻った時、スタッフによく聞いてみたら、バスで行けるところだった。

「ヴェン ヴェエン」と言うところ。それが今日なのだ。

ホテルに迎えに来た車に乗ってバス出発地まで。ミニバスに乗り換える。

全員で十五人ぐらい向かうことになった。



わたし、中国人、タイの家族、東南アジア、あとはヨーロッパの人たちばかり。

10:40ミニバス出発…大きな山に向かって走り、一番低い所をめざして走っているようだ。

小さいカーブがひっきりなしに続いて……ヴェンヴェエンに着いたのは13:40分

外人の観光客も結構来ている。三軒目の安いホテルを決めた。

100キト…1300円ぐらい。とりあえず二泊予約。



外国人特にヨーロッパの人たちが特に多い…町を歩いてみると

クライミング、ルフトファインテング、ゴーカードなどのツアー

ガイドが目立つ…山遊び、川遊びを楽しむ場所らしい。

レンタルバイク屋も多い。静かでいいところのようである、あしたレンタルバイク

を借りて走ってみよう。

ところで、ここまでくる間に「ヒュンダイ」「KIA」のマークをつけて

走っているのを見かけた。南米の国でも結構見かけた事がある。

それ以来だ、韓国車の売り込みが盛んなようだ……そう言えばラオス、タイ、韓国の

国旗を並べている場所も見かけた。日本車も多く走っているが特に目についた。




レンタルバイクで走ってみた


































6月24日 土曜 はれ

ヴェンヴェエンの朝町の散歩、まだ6時と言うのにビル建設の作業員の人たちは車座になって朝食をとっていた。

となりには奥さんたちだろうか、こっちも車座になって食べている。



町中には朝市が路上で始まっていた。



くだものよりは…野菜、それも見たことのない、薬草だろうか…いっぱい並べてる。

フナ、ナマズ、川魚も…でっかいコイも並んでいる。ほとんどは写真撮らせてもらった。

買いもしないくせに…の態度で、うさんくさい態度をとる、写真ノーと断わるおばさんもいた。



自分もそうだろうなと思う…自分が自慢したいがための写真だもの。ちょこっと来てもの

珍しいものを撮っているだけだもんね…すみませんでした。













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レンタルスクーターを半日借りた、500000…750円ぐらいだろうか。

ラオスの通貨まだ計算できないでいる。

まず、南に走ってみる。でこぼこの山なみに沿って走る。

山奥の道だから道幅はそんな広くはない…

聞いていた穴ボコは小さいのがときーたま出てくる程度で、思ったより走りやすい。

畑がある…日本とそっくりの田んぼを、耕運機のスキを使って掘り起こしている。

子供達四人がジンパチ(竹の皮で編んだ傘)をかぶってどこへ行くのか、

歩いている。一人は赤ちゃんをおぶっている。

写真を撮らせてもらった、アイスクリームでも買って…の気持ちで、四人で分けて

使ってと渡した。

地元のおじさんもも出てきた。おじさんは分けやすいように、わたしのお札を見ながら

取り替えて調整してくれた。みんな嬉しそうな顔を見せてくれた。ありがとう。

だいぶ山奥に来た…河原に立っている食堂で折り返えそう。

いったん元に戻って、今度は北に走る。



小さい食堂でワタ(水)を買った。母親、成人の子供達でまかなっている。
母親がこれ食ってみる…初めて見るくだもの。

酸っぱ味があり中の白身は甘い。一個おみやげにくれた。ノートに果物の名前を書いてくれる。

「マトン」と言ってた。

小さいカーブが多くなって来た…南と同じぐらい50キロぐらいで折り返す。

また元に戻って東へ走ろう…



ええーつ、ジャリ道をおりていくと…吊り橋は板の橋、ここは入場料を払う。

結構ひっきりなしに車、バイクが多い。譲ったり、譲られたり

二つの吊り橋を通過。ハハーンここらあたりがアドベンチャーゲームの場所に

なっているのか…カヤック、ゴーカード、レンタルバイクがが目白押し・・

泳ぎもやってるようだ。

レンタルバイク屋に返して、晩めしにする。味がいいとホテルに教えてもらった角の

レストランミデアムビーフステーキを注文した。750円ぐらいだろうか

ら200gだから安い。うまかった。ビール二本。






















6月25日 日曜 はれ

きょうは朝からネットにお付き合い。外出は食事のみ。

フェィスブックの書き込み、投稿。ブログの更新に当てよう。

あしたヴェンチャンに戻って……そのまま国境を渡って三たび

タイに入ろう。8時半ホテルに迎えが来ることになっている。

そう言えば、タイ、ミャンマー、ラオスも出かけるときはホテルに

予約すれば迎えがホテルまで来てくれるので、大変楽で助かっている。

バスチケットもホテルで発行してくれるので簡単で、このシステムは

いいなぁ。それに安いし今回ここからヴェンチャンまで600円…

来る時より150円ほど安い。

ついでに,タイ ミャンマーの働く人達気がついたこと朝9時から5時までのようで

ホテルの人たち女性は5時になったら ほぼ同時に帰宅していたの

が目についた。日本に比べて徹底していたのにはおどろいた。

日本も気持ちもゆったりできる働きになってほしい・・人に助けを求めるよりは

問題は働く人たちの意識にかかっている・・けどね。

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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・タイからラオス

2017年06月22日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
2017年6月15日~22日まで

チェンーラーイにあった温泉





オイル交換…

6月15日木曜 はれ
午前中ブログの更新をすませる。

2000キロでオイル交換と言われてる、あと300キロ走ることは出来るが早めにオイル交換を近くの

オートバイ屋さんに頼んだ。200バーツ600円ぐらい。

オーナーにラオスの国境まで行たが125 ccだったので「入国できなかった」と話したら…

そんなことはない…従業員の女性は125ccで通過できた、国境越え出来たと話す。

「おかしいなーみたいな顔。



出身国によって入国できたり出来なかったりはないだろうとは思うけれどしばらく様子を見る

事にした。

それにアユタヤで買った時に「なんとかブック」はもらっていないのか。

とか…アユタヤヤマハに電話してくれてるようだった。結果についてしばらく待ってるよう

にとの事。どうなるのかわからないが待つ事にする。



6月16日金曜 はれ
上着の長そで、ズボン近くのクローニング屋さんに頼んだ。近代的な設備ではなくて、洗濯機で

洗ったあと天日干しする。5枚で180円。

オートバイ屋さんに行き「ノートブック」のこと、どうなったのか聞いてもらっていたが……

名義はアユタヤの「アユタヤの名義になっている」ので、ノートブックは発行できないようだった。

ノートブックはわたしにとってどうゆうメリットがあるのかさえ、わかっていない。


あってもなくても大丈夫じゃないかとわたしは思っている。問題が起きた時は、その時考えよう。

とゆうわけで、オイル交換も早めに終わらせた…あした17日ラオスの首都ヴェンチャンに近い国境

に向かおう。


地元じゃないと見逃すような‥ここも・・ガスリンスタンド





親切に日陰でこれから先の走る道を教えてもらった・・

チェックポイントのおまわりさんにも道を聞いた・・
ここにもとうせん棒が出てきてヒヤッとした




ふたたびラオスに向かう

6月17日 土曜 はれ

ラオスの首都ヴェンチャンに近い国境に向かってホテル6時出発。曇った朝が続いていたが、

今朝はカラッとした天気になっている。

約800キロ途中、一泊か二泊する予定。ネットで何回もルートを調べた。

本線一号から近道だと出ていた103号にはいった。


すぐに地元の人に確かめる。OKのようだ。だいぶ細い道だなー。それにしてもオートバイも

車も一台も走っていない山道になって来た。

ええーつ、この前国境で見た「とうせん棒」が突然出てきた…チェックポイントなのだろうか

前回ラオス国境に向かった時、地元の人たちは「ラーオ」「ラオー」と発音して「ラオス」と

言う人は一人もいなかった…



ここでも「ラオー」に向かうと日本語でしゃべる。地図を見せて確認してもらうとOK、OKと係官

うなずく。

小さいカーブは続く…2回目のチェポイント…すぐに通過。


不安になって来た…四駆を止めてこれから先の確認をする。

中年夫婦は日陰で丁寧に説明してくれた。この先から右に入る予定だったが「違う」左には入れと

……あーよかったなぁ。とんでもない方向へ走るところだった。

大きな通りに出た…この道だな…泊まる予定の街ピッサロヌークに向かう道路。


食事休憩…ここでも地元の人が丁寧に紙に書き直して、教えてくれた。

あーこれで安心してはしれるなー。ピッサロヌーク街についた、ネットで見ていた

中心の最初の交差点。

となりに来た・・二人乗り隣の女性スクーターにホテルまで連れってって、くんしゃい。

「OK・OK]なんと2・3分もしないでホテルに着いた、こんな ありがたいことはない。


今16時30分…400キロ…10時間かかった。助かりました、二人にお礼を述べる。

ありがとうございました。


ホテル260バーツ…900円…一階なので荷物の運ぶのも楽にすむ。



















6月18日 日曜 はれ
4時半に目が覚めた…今は暗いが出発準備すると明るくなるだろう。明るくなった6時に出発。

まず、ガソリン給油…すぐにスタンドがあった…プスプスとエンジンが止まる……エンジンを

かけると少しだけ走って止まる。

満タンで210キロ走って来たので、ガス欠なのだ。予備タンクを使おうとしたが、スタンドまで

走ることはできた。あぁでもスタンドがあってよかったなー。


「ラオー」(ラオスのこと)国境まで500キロ……走れるところまで走ろう。目の前には大きな

マヤが横たわっている……あの山をこえて、もしかするとトンネルがあるかもしれないなぁ。


どんどん登って行く…ひっきりなしにカーブは続く。ひとつの山を越えて、今は稜線を走って

いるのだろうか。周りは見えない。

道路修理した後のつなぎ目がトン…コトンとハンドルにひびく。

腰にも影響が出そうな感じもする道だな。


いい道路にかわった…70キロ…80キロで走る。きのうも、きょうもそうだが交通量は少ない方だ。

まわりの車を気にせずに安心して走れる。

12号線からコンケーンの街2号線に出た。ここから左に入って進むとラオス国境に着くのだ。


今14時…ガススタンドで給油…この近くに「ホテルありませんか…」

指差して「あそこのイエローの家」100mほどのところだ。

おおーラッキー。国境まであと100キロちょっと、あと2時間かかる16時を過ぎて…

国境での手続きもあるので、あしたにして今日はここに泊まろう。



モーテルみたいな感じのホテルは一戸建てになっている。400バーツ1300円ぐらいか…

ゆっくりできていい。WIFIも、もちろん、トイレシャワー、エアーコン付き。

ホテル入り口

英語との並列標識でもわたしにはよむのがむずかしい







もうすぐ国境だ


国境に長いトラックの行列


タイからメコン川わたってラオスに

タイの入国手続きが終わるとバスに乗ってラオスのカスタムに



タイ国境入り口






スクーターを国境パーキングに預けて‥一日150円。独り身でラオスに向かう



やっぱりオートバイでのラオス入国ダメだった・・・

6月19日月曜 くもり はれ

夕べ夜中の雨はすごかった、台風と思われるようなどしゃ降りの雨…の音に目が覚めた。

朝方はやんでいた。

きょうはラオス国境を越える、2回目の挑戦…宿を6時30分に出発。

雨にあってもいいように完全武装……あと100キロちょっとだ。2時間ぐらいで着くだろう。

ところがどっこい…途中の街、ロータリーが出て来た、どっちだぁ。


止まって確認を、またロータリだ…止まって確認を…

露天商のおばさんに聴く…厚紙に丁寧にヴェンチャンまでの道を書いてもらった。

ありがとうございます。

国境近くに来た…再び確認…オートバイの兄ちゃん…風呂敷に包んだカゴを持っている。

鳴き比べの小鳥のようだ。「OK」この道まっすぐだ…ありがとう。


トラックが並んでいる・・この光景は国境に着いたしるしだ…9時になっている。

国境事務所カスタムに向かう、「あっちに行ってくれ」あっちに行くと

「あそこに行って」また元に戻った。


結局1回目と同じ「250cc」以上のオートバイでないと「ダメ」らしい。

わたしのオートバイ125ccはダメだと言う。予想していた通りだ。

スクーターをミャンマーと同じタイ側のパーキングに預けて一人でラオスに渡ることなった。

スクーターパーキング一日150円・・前回のミャンマー国境と同じ料金だ


タイ側出国手続き終了。

ラオス入国は、バス150円に乗ってメコン川のタイ、ラオス友好の橋を渡る。

ラオス側カスタムに到着…入国手続き問題なく終了。



普通はここからホテルに向かうのであるが…乗り合いのタクシーに乗ってヴェンチャン市内の

ビザセンターで再び手続きになると乗り合いタクシーの運転手

ビザセンターでの手続きは終わり…パスポートは預けたまま、受け取りはあした20日

午後13時30分から16時までに受け取ることになった。




日本語勉強中の係官にひらがなで書いていたのがばれた

ビザ申請所にはいつものように「すみません」「わかりません」ひらがなでと記入して渡したが

「いらっしゃいませ、」「ありがとうございます」…などと日本語しゃべる女性・・

日本語を学んでいる女性係官がいて、ひらがなで書いた申請書「バレてしまった」事務所の中に

英語のわかる人がいるので書き直してもらうように言われてしまう。笑う。






ヴェンチャン市内



日本でラオスビザとってきているのに、入国した後ラオスのビザをまた申請するのか

入国した全員が手続きしているようなのでしかたないのか・・

この手続きはこれまで初めての経験だなぁー


ビザセンターから夕べネットで予約していたトクトクタクシーでホテルに向かう。

トクトクタクシー200バーツ600円ぐらいか。タイに比べるとちょっと高いなー。


ホテルは「アリ バックパーカー」1362円…部屋窓からは100mさきにメコン川が見える見晴らし

のいい場所だ。

11時30分…腹へった…近くの食堂に行ってどんぶりごとホテルに持ち帰り「ラオービール」

で一人カンパーイ…いやースクーターでの長距離はきつい。

2017年6月19日ラオー(ラオス)入国124カ国目。

*陸路国境209ヶ所




ホテルの窓から見えるメコン川

タイのビザセンターには日本人の旅人がいっぱい・・


長崎・大村出身の永松さん夫婦


佐賀出身の荒木さんとも会った





6月20日 火曜 はれ
ラオス一日目…夕べは大雨、これがスコールと言うのだろうか朝方にはやんだ。

きょうはビザセンターへパスポート受け取りに行く、きのう19日ホテル

まで乗ったトクトクタクシーのおじさんに予約していた。

13時から16時の受け取り時間…早めに行って受け取って帰ろう、

同じホテルに長崎、大村出身夫婦も泊まっていた。わたしのふるさと佐賀・嬉野温泉の隣の出身だ


いっしょにトクトクタクシーで向かう。

これから行く場所は…てっきりラオスのビザセンターだとばかり思っていた。永松夫婦が

「タイのビザセンター」に行くんでしょう…


受け取り表を見せられた。同じ受けとり表だ…あーっそうなんだー。


きのう寄ったビザセンターはタイのビザ申請だったのか…はじめて分かった、笑う

ラオスビザ日本で取って、入国したにもかかわらず、またラオスビザとるのかと

不思議に思っていただ。


13時30分についた、ビザセンター広場にはにはどっさり集まっている…1番から順番に渡している…

タイビザセンター・・ラオス、ヴェンチャン市内



わたしの順番は503番…N夫婦が495番あたり…待ってるだけで疲れる。

順番が来た、ビザ受け取ったのは5時に近かった。

受けとる時間帯には日本人6人集まっていた…その前には留学にタイに来ている同じ佐賀県出身の

荒木さんとも話した。

みなさんはこれから国境越えてタイに向かう旅人ばかりだった。

いっしょに記念写真を撮って…お互いにいい旅を続けてください。


時間がかるので片道払って帰ってもらうように話したが・・いい「まってる」と5時間近く終わる

まで待っていてくれたトクトクタクシーでホテルに戻る。

4時間以上待っててくれたトクトクタクシー代・・いくらなのか計算できないのでトクトク

タクシーのおじさんには紙幣を自分の手のひらに見せてそれなりの代金取ってもらった。

ありがとうございました。





















6月21日水曜 はれ

午後ヴェンチャン市内をトクトクのタクシーで回ってみた。

名前を覚えきれない観光名所めぐりと言ったところ…

市内の交通量は多くない…まだまだトクトクタクシーの出番は多いようだ

3時ごろから5・6箇所を見てまわり5時過ぎにホテルに戻った。



途中、トクトクタクシーのおじさんにあなたの、パパ、ママはどこなの

150キロ離れたところだと話す。

ホテルに戻ってホテルのスタッフに通訳してみらってくわしく聞いてみた

バスで約3時間ぐらい、150キロ山に入ったところらしい。

23日バスで行って見ることにした。



晩めし屋台のうまそうな焼き鳥があった。見た目は柔らかいだろうと

思って注文したが実際はそれほど柔らかくはなかった。

最近食欲の量が減って来たなー。ここんとこ、楽しみして食ってみたい

食べものがない。看板見てうまそうなステーキハウスに入って見た

まずくはなかったが、思っていたほどでもなかった。


太らないから、それはそれで自分はいいと思っている。ただ自分の気

いったたべものが、ほしい。




トイレあれこれ・・もう「ひっとずー」

6月22日 水曜 はれ

下痢がひどかった。ベッドに戻るとまたトイレに舞い戻る

ジェットシャワーに負けないジェット水便の繰り返し、寝る時間なくなるほどだった。

トイレはジェットシャワーなので助かっている、こんなに回数が多いと紙を使うので普通は

お尻が痛くなるのだが、ピストル式ジェットシャワーの水洗のおかげで助かっている。



2年前アラビア半島、オマーンの国で経験して以来、タイに来てからほとんどトイレはほとんど

ジェットシャワーになっている。

ただ、屋外のガソリンスタンドや公衆トイレは手桶を使うとところが多い。

日本の水洗トイレはチョロチョロと言う感じのオモチャみたいだが、水道管から直接だから

ジェットシャワーは圧力が違う、


こう言う国には日本の水洗トイレ売れないだろうなぁ。トイレットペーパーは水を拭き取るだけ

一回で済む。

そうだ、便器が詰まるからトイレットペーパーは「便器に流さないで」の貼り紙も結構見かける。

水洗でないときは、お尻を拭いたトイレットペーパーはとなりの容器かバケツに捨てる決まり事に

なっている国や地域は多く残っている。

わたしが走り始めた16年前(2000年10月)に比べると現在はトイレの紙の質、硬い紙は無くなって

世界的に紙の質は良くなって来ているなぁと感じている・・(わたし個人的な考えです)



トイレで一番困ったこと。

オートバイで走ってる途中、もよおしてきた。小さい食堂があったので駆け込んだ。

すみません…「トイレば貸してくんしゃい」メニュ~を持って来た、

メニュウにウンコはない…はず。違う…トイレが通じない、ラバトリ、トイレット、

バンヨウ…知ってる単語を並べたが通じない。

紙にお尻を描いてみたが通じない……

ウーン…お尻をふるわせて、もう「ひっとず、ばい」…

学校に行く前の小さい男が「こっちこっち」と手まねきしてくれた。

ついて行くと「トイレだった」あぁーもう少しでもらすところだった。



考えてみると、食べるところに、出す方を借りに行ったのが間違いだった。

お店の人はてっきり食事に来たと思っているから、トイレなど頭には浮かばない。

子どもは純粋だから言葉はわからなくても、何を言ってるのか、わかってくれたのだ。


トイレから出て来て、…よかった、よかった…みなさん大笑い

どうぞ、「この席へ」…いやすみません、トイレだけでよかとです。

助かりました、ありがとうございました。(この時、南米のどこかの国だったのか…忘れれてしもうた)



10数年前、硬い紙の場合、事前に水に浸してから用を足していたなぁ。

ホースを使っている国もあるが慣れないと、ズボンや脚にかかって肝心なお尻にうまく飛ばすこと

がむずかしい。

わたしも一時1メートルのホースを買って持ち歩いていた時もあった。



サハラ砂漠、昼間40度軽く越える暑いアフリカ、ニジェールでネット屋のとなりの民家のトイレを

借りたことがある。こころよく貸してもらった。

板をくり抜いただけの昔のわたしの家の便所(せっちん)そっくりだった。

そのアフリカでは土塀で作った民家は毎日40度(44度)を超える暑さの中、用を足しながら壁に

さわっても暑さはなかった。暑苦しさも感じなかった。土塀はいいいな・・


一方コンクリートで作った同じニジェールでのホテルの壁は朝方まで冷えないままだったので

寝苦しかった。



公衆トイレ、キャンプ場のトイレなども…わたしから見たらもったいなような上質の紙を使ってる

国はオーストラリアではないだろうか思う。



今回のこれほどの下痢はポルトガルとメキシコで経験した。

ポルトガルの時は食欲がなくて、この時ワインを熱燗にして飲んでた。

メキシコの時は間に合わなくて水便でパンツを汚したこともあった。それ以来だ。



このメキシコの時…正露丸と現地の水どっち強いか、試してみたら正露丸が負けた。


ラオス、ヴェンチャンに来て、食事のすべてが辛いのなんのって…とても

からくて全部は食い切れない、半分は残す羽目になる辛(から)さだ。ハーハーハ。

日本のトウガラシより辛く、口の中も腹の中までも辛さを感じる。ハーハーハー。



今回の下痢はカラサが原因だったかもしれない…今回は正露丸を多めに…胃腸薬もいっしょに飲んだ。

正露丸、胃腸薬を飲んだおかげか、下痢は収まったようだ……

別の薬(ビール)は欠かさず飲みつづけている…。

そうだ、今回も身体に良さそうなので、あったかいワイン飲んでみようかな・・・


あした23日150キロ離れた山奥(だとおもう)にバスで移動してみる。


あした向かう場所

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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・タイ北部からラオスに向かう・も

2017年06月14日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
6月10日から14日まで



6月10日日曜 くもり はれ

今日は何もしないでおしまい。



ラオス国境に向かう(2017年6月11日)


黒い濁流・・メコン川






日本のでかいスタンドのイメージだと見逃してしまうガススタンド・・ここ雑貨屋さんでガソリンを買う





迷いに迷って間違って100キロを6時間かかった。ラオス国境・・250cc以上でないと「入国できない」
と国境係官・・ええーっつ・また戻るのかあぁぁぁ


ラオス国境



タイ北部の農村地帯




6月11日月曜  くもり

きょう11日はラオスの国に入るため朝7時にホテルを出る。


走り出すとナビが効かなくなるので時間かけてネットで調べた走るルート。

ラオス国境まで約100キロ。

遅くとも10時ごろには国境に着くだろう。ラオスの道はデコボコ道であるがゆっくりと走れば

問題ないと、ホテルに泊まっている旅人から聴いている。



最初は一気に首都ヴェンチャンまで下って無理せずにベトナムへ向かおうかと、気持ちの上で

道の悪さにビビっていた。

よし走ってみよう・・どうなるのかわからないが、前の晩に一番困難と思われる北の国境国境の

近い場所を選んだ。

その国境から内陸部を走って首都ヴェンチャン…ヴェンチャンからベトナムのハノイまで上がって

ホーチミンまで…当面の予定をたてた。



走り始めた、本線に出るまでは順調、しかし左に入る道が出てこない。おかしいな、とっくに

予定のキロ程を過ぎている。

Uターンして左に入る道を探す。それらしき道をみつけた。

トラックの運転手さんに聞くとラオスOK

よしよし、



道は広いし走りやすい。信号で止まるたびに、隣のスOKと…スクーター、車の人に聞きながら進む。

すでに1時間経った。

飛行場への道になった…このまま進めばラオスOKと親切なスクーター。わざわざ止まって教えて

くれた。ありがとうございます。

どこでどうなったのか、大きな通りに出た。国道一号のようだ。お店の前に止めて、クルーザーの

車に地図で説明を受ける。



走ってきた道をもどって…右へ…今度は大型トラックが停まっている、夫婦連れに人に紙に書いて

教えてもらった。

あーガソリンがもう少しで無くなる、スタンドを探す、最悪の場合は予備のタンクがあるから気持ち

に余裕はある。

小さい食堂で、ガソリンスタンドは…目の前にあった。雑貨屋さんお店がスタンドだった。

大きなスタンドの日本でのイメージで走っていると見逃してしまう。




お店に商品を納めにきていた青年にラオスまで見取り図を大きく書いてもらいホッとする。

これですんなりいくだろう…途中までは素晴らしい4車線だったがなんと山の中に入って行く。

それも拡張工事でダートの道が続く、雨でも降れば大変なことになりそう。ソロソロカーブを走って、

また峠に道に入っていく。

左には濁流…渦巻きながら流れていく、これはメコン川か。真っ黒い雲が出てきた…リュックにも

カバーをかけていつでも雨よこい。

あと10キロでラオスボーダー(国境)だと四輪駆動は教えてくれた。うれしくなる。

町に着いた、行き過ぎて戻ったところに「ボーダーコントロール」の標識。




ついたぞー。やっと着いたいま13時になっている。100キロの道を6時間かかった。

国境手続きに…カスタムに近ずく。女性係官が出てきて250cc以上でないと通れないと言う…

ええー。

わたしのは125ccのスクーター…男の係官も出てきて同じ「ダメです」話す。

250ccのバイクを見つけて交換しようかなどと考えたがそんな店がある町ではない。


仕方ないチェンラーイまで戻って計画の練り直しだ。

いま1時30分…これまでのきた道とは別のチェンラーイへの道がある、クネクネの道だけれど

峠はないと国境係官。



今度はその道で戻ろう…チェンラーイには遅くとも4時半には着くだろう。はずだったが、

チェンラーイに着いたのは5時半だった。

宿は前に安宿を聞いていたホテルに泊まる。350バーツ1100円ぐらい。冷房、トイレ、シャワー付き。

テレビもついている…もっとも見てもわからいないけど・・・。

はい、ごくろうさんでした・・。

国境越え・・一勝四敗

はぁぁ・・どこへ行くのか・・旅の流れに身を任せ・・オートバイひとり旅の歌・・






日本でつかんだ常識のあさはかさに情けなくなる

6月12日月曜 くもり

最近くもりから朝ははじまるようだ。オートバイのグローブ失くした、どこで失くしたのかなぁー。

きのうラオス国境まで走って、手袋が必要なこと身にしみた。一日中走りっぱなし、手の平が最後

の方で痛くなってきた。

逆手でグリップを操作するも長くは続かない。




これから長距離を走るので午前中からグローブのお店探し。オートバイ屋さんを肩っぱなしから

当たって手袋、グローブ…「どこに売ってる」

どこのお店でも知らないと言う。

気候が暑いので地元の人たちはまずグローブはつけないで走っている。


レンタルバイク屋のほかスクーターの販売店は次から次へと50mぐらいでお店は並んでいる。

最後の方でポリスオフィスの近くにあると言う。しかしそれらしき店はない。

自転車屋を通りすぎて、うん…もしかしたらオートバイより自転車で使うグローブはありそうだ

と…気付いた。

あった、ありました。グローブ。安くはなかった2100円。他の物価に比べると、飛び切り高い。

ここらあたたりは、あったかい気候のためスーパでも、市庭でも扱ってないのである。

オートバイグローブはオートバイ屋、あるいは量販店、スーパーで買うのが当たり前の日本常識。

発想の転換がどうしても、鈍くなっているのだ。自分ながらあきれてしまう。ところ変われば

常識も変わる。

ま何はともあれグローブ手に入れることが出てよかった。


首長族の村に再び・・

このお母さんの娘さん15歳の赤ちゃん・・首輪よりずっしり赤ちゃんは重かった。




首長族村のみなさんと・・世界の人たちと気持ちは全く同じ・・だなーと感じた。
旅のいい記念にになりました。ありがとうございました






二度目の首長族の村へ

6月13日 火曜 くもり

オートバイ仲間から送ってもらった、首長族の人と一緒に写った写真の女性はどうしているのか、

聞くのと。首の輪を半分にしてたものを見つけていたあれは観光客用に作っているのを見つけていた。

首長族の村についた、日本の女性と写っていた女性は…「遠いところにいってしまった」

亡くなった意味のことだろう、おそらく。誰に見せても、同じだった。


2回目だったので、覚えていてくれたようだ。会った雰囲気の顔が1回目よりがらっと変わって、

笑顔に変わっている。

半分になった首輪のあるおばさん宅に向かう。陽気なおばさんだ。さっそく首をを付けてもらった。

周りの人たちといっしょに記念写真ああぁーやっぱりきてよかったなー。

15歳の娘さんはすでに結婚して赤ちゃんも出来ていた。首輪を付けたまま抱き上げると、重い重い

女の赤ちゃんだった。

首輪をお借りしたお礼、娘さんのお祝いの気持ちを少しだけお金を渡して気持ちあたたまる村をあと

にした。





グローブが戻ってきた…

3秒経つと忘れてしまう今日この頃…荷物を4っつ持って飛行機やバスに乗るとき降りるとき

1・2・3・4と絶えず数えている。それでも忘れることがある。

日常でも爪切りなど、あとでと思うと忘れてしますので、即実践する。

少しだけの注文でもイヤな顔はせず作ってくれた…感じのいい若夫婦のお店。今晩は前回持ち帰り

で韓国系レストラン焼肉屋さんで晩飯にした。

食べはじめたら、これ「グローブ」あなたのでは…とゆう感じで差し出してくれた。

おおーここに忘れていたんだー。これだもんなぁー

おかしいなぁー。どこにしまい込んでしまったのだろう…と探してもなかったので、きのう

自転車のグローブを買ったばかりだった。あー出てきてよかったー

きのう買ったグローブは、予備として大切にしまっておこう。





温泉に行ってきた

6月14日水曜      はれ

ここチャタレーに来た時から近くの温泉があるとは聞いていた・・時間があれば言ってもいい

かぐらいに考えて居ていた。

ラオスの国境で追い返されたので、旅の計画を練り直している。

時間が取れたので温泉に行ってみることにした。

きのうのタクシーは600バーツ1900円と言ってた。首長族まで乗せてくれたタクシーは

300バーツと半額で行く話す。

午後14時に予約して乗せてもらう。30分分ぐらいで着いた・・

日本の温泉のイメージを持っていたがだいぶ雰囲気が違った・・当たり前か。

大衆浴場はなくて部屋風呂が備えてあった。お湯は暑いのが出ているようだ。

50バーツ、150円・・払って湯船につかる。ああぁいい気持ちだこと。

上がってからマッサージの部屋に行くと10台ぐらい布団が並んでいる。

一時間450円・・これならわたしのも払える範囲でうれしい金額だ。

一時間お願いした。

タクシーはそのまま待機して待っていてくれている。ホテルに戻って

5時になる・・300バーツ約1000円支払う・・ありがとうございました。

















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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・タイ、首長族・白いお寺

2017年06月10日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ


6月4日日曜

5月26日日本を出てから一ヶ月ちょっと過ぎた。原因がわかったような気がする。これまで何回か経験した

ことでもある。

自分で言うのもなんだけけれど…自分の顔が自分でもわかるような血色のいい顔になっているのに気づく。

無添加の食べもの、飲みもののせいじゃないのかと…。

特にビールの成分が体に影響を及ぼしてるのではないのかと考えている。

現地の食べ物は、特に好きなものなどはないが…それなりに食ってきた。タダ、真相はわからない、笑い。


次の国へ出発しよう…

なんだろうか、なんかもう一つ溶け込めない感じもしているミャンマー…あとでこたえは出てくるかもしれない。

もうお寺さんのビルマ、ミャンマーこれぐらいでいいだろう。

スクーターはタイとミャンマー国境に預けたままになっている。



ホテルのフロントにタイ国境「タチレク」までの飛行機を頼んだ。あした5月5日 月曜 13時マンダレ発

タチレク行きを予約してもらった93ドル-約9500円

タクシーだと1200円だが…朝9時30分…320円の乗合バスで向かう事にした。

飛行機のチケット、長距離バスのチケットなどはホテルから旅行会社に連絡して 、すぐにホテルに

チケットを届けるシステムになっているようだ。よくはわからないが・・


ミャンマーとタイの国境・・タチレク



6月5日月曜 はれ

ミャンマーよ さようなら、ふたたびタイへ

ミャンマー、マンダレー「ビーナス」ホテルを9時30分ミャンマー空港に乗合バスで出発。

途中お客さんを拾って走る。11時に着いた。首都の空港としては小さな方だろう。

首都はネピドーまたはネーピードであることをネットで分かった・・すみませんでした。

13時05分ミャンマーとタイと国境「タチレク」空港まで約1時間…

今回は途中の空港に降りないで直接向かうとスチューワデス。

マンデラー飛行場


タチレク飛行場

今回も小回りが利くプロペラ機、乗客は全員揃ったののだろう…。定刻前12時45分飛び立った。

きょうはタチレクから約70キロの街、チャンレイまでスクータで向かうので…

一刻も早くとびたち、到着してほしい。

14時に到着…手続き…を終えて、荷物の取りは…待合室で待っているとリヤカーで運んで来た。

こんどは、国境までタクシーで向かう。呼び込みのタクシーに乗ったら乗合だった。

15時に国境に着くと…残ったミャンマー紙幣をタイ紙幣に両替屋ですませる。

国境での出国手続き、タイの入国手続きもスムーズに終わった。

おーよしよし



スクーターを預けている駐車場へ。顔を覚えてくれていたようだ。

駐車料金1日160円…16日分の2400円程支払う。

駐車場兼食堂のおばさん達と記念写真を撮ってお世話になりました。バイバーイ。

さーこれから「チャンレイ」まで、70キロ走る。

グーグルマップで調べていた、一本道でわかりやすい街だ。60キロ過ぎて右に入る交差点がわからない。

いつもの手を使うしかない。

信号で止まったスクーターのお兄さんにチャンレイの街の中心「ヲッチタワー」時計台まで引っ張ってくれと

頼んだ。

たまたまチェンライまで行くと話したお兄ちゃんこころよく、OKしてくれた。

ところが、中心部に近ずいた時、そこを右に向かって「2キロ走れ」ときた。

「ありがとございました」クラクションを鳴らして別れる。

すぐにわからなくなって来た、こんどは女性二人乗りのスクーターに、「ヲッチタワー」まで引っ張ってもらった。

Uターンして別の方向に走っていった。ありがとうございました。

ホテルは時計塔のすぐ近くだ…ところが街の人、商店の人に聴いても要領をえない、おかしいな…

電話してもらっても電話に出ない…商店主によく見てもらった。

時計塔の交差点の通りを間違っていた。そこらに着いてオートバイやの奥さんに聞いたら、二軒先にホテルは

あった。



チャンレーイ市内中心と思われる時計台・・泊っているホテル時計台から100m・・1700円

なんだかお化け屋敷みたいな入り口だなぁ…へーこれで部屋満室?「today fool」の看板が出ている。

えーいっぱいで泊まれないのか、中に入ってみると薄暗い部屋中にテーブルを囲んで4人ほどのお客さん。

予約している「ジャパン、マツオ」です。中年の女性は名簿を見てる。

あったあった…これ「JAPAN matsuo」

予約一泊でよかったなぁ…こんな薄暗いんじゃ…明日別のホテルを探そう…



でっかい重いバックを3階までおばさんとあげる。薄暗い部屋とは違って、パッと明るく広い1700円

これなら連泊してもいい…直ぐに気持ちが変わる。800円の一階はドミトリーで男女出入りしている。

安いから人気があるのだろうか。

まわりはレストラン、飲み屋さんが続いている晩めしはもちかえりで注文ビールはホテルにあった。







6月6日火曜 はれ
どこにもいかず、夕方お寺に行こうとしたが5時で終わっているとホテルスタッフ。

今日は日記の下書きをして終わり


白いお寺、ホワイトテンプルとゆうらしい













6月7日水曜 くもり 昼 雷大雨 1時間半 でやんだ くもり

他の国では見たことのない、白か銀で仕上げたお寺か神社の写真を見てなんとも気になっていた。

お昼にトクトクタクシーで約30分。到着したらぽつぽつの雨からカミナリが鳴り、はげしい雨になる。

白銀色…なんとも不思議な色あい、雨の中でも際立つ、青空よりもかえって曇りの方が似合うお寺かも

しれないと、自分勝手に想像する。

おみやげ屋さんで1時間ほど観光客の人たちと雨やどり。

その間、チェンジマネー(両替屋)の女性に正式名称を聴いたら「ホワイト テンプル White temple」と

紙に書いて教えてくれた。

ネット翻訳で「白い 寺院」と出てきた。白い創りのお寺さんのなのだ。わたしには白ではなく銀色にみえるなぁ。

小雨になったので、本殿に入った。仏さんが描かれている。本殿ははだしで入る。

金色の仏像を見てきたので、一段と神秘的な白銀の世界が迫ってくるものを感じる。

雨がやんで観光客がどどーと繰り出してきた。気になっていたものを見れたので気持ちが静まった。




6月8日金曜 くもり はれ

旅行バッグがほころび始めてる。破れないうちに自分で縫ってみるか…針道具を出した。これじゃちょっと無理だ。

近くの修理屋さんに頼んだほうが無難だな。ホテルのオーナーに教えてもらった場所…

閉まっている。シャッタ前にいた地元に人にたずねると「亡くなった」と話す。目の前に広がる市場の中に

もあると言う。



食べもの、下着、洋服、鮮魚、肉屋、日用品広大な市場の中にある修理屋さん探すのは容易じゃなないないだろう…

入って二軒目の下着売り場のおばさんに「このバックを修理したいんです」目の前を指さす…中年男の人がいた。

無理して押し込んできたので大きく破けそうになっているチャックの箇所と本体がむき出しになっている。

この二箇所。

靴修理屋さんの手さばきはほころびを縫い付けて…「本体」部分には自転車のパンクに使う接着剤を塗りつけて、

乾くのを待ってから貼り付けておしまい。

きれいに仕上がった。持ち場持ち場でこなしてさすがプロだと感心した。その間15分ぐらい、750円。

あっとゆうまにに終わった。ありがとうございました。


ついでに市場の中を見て回り、モンゴ、名前知らないくだもの、汗ふき、小型タオル二枚。

最後に「硬くないよ」と肉やのおばさんさんを信用して300g以上のかたまりを買った…500円。

ホテルのキッチンを使わせてもらいさっそく焼いて食ったみた。うそじゃなかった

やわらかくてうまかった…久しぶりのステーキ中身は生…いっきに腹におさまった。


首長族の村の暮らしを訪問

















首長族村の暮らしを訪ねた・・

6月9日土曜 はれ

二、三日前わたしが泊まっている近くに「首長族」を訪問したことがあると、バリ島に移住している。

同じ松尾圭子さんからメールを受け取った。

いやー行って見たいなぁ…今度はオートバイ仲間横田サナエさんも、一緒に写っている首長族の写真

付きで送ってくれた。

この写真があると言葉はいらない、「見せるだけ」ホテルのオーナーに見せると、なんと25キロの所に

あると話す。タクシー代…往復300バーツ…1000円ぐらいだと…。

おおラッキー、タクシーを呼んでもらった。今12時だ…本線からわき道に入り狭い道路を走って30分ぐらいで

ついた。



おい茂った森の中ひとり入場料300バーツ…約1000円で首長族の村に入ってゆく…果たしてどうなっているの

だろうか緊張するなぁ…

立て札が立っている…この立て札立ち入り禁止かも…女性もいるようだ…おそるおそる「はーい、こんにちわ」

入ってもよかですか」合掌ポーズであいさつ…

この入り口を起点い右まわり、左回りも出来ると言ってるように聞こえる…

全員、首には金色の…ワッカをつけている。この人たちは首長族と言われてる人たちなんだ…

一軒一軒家に中には織物機械で手作りのマフラー見たいもの織り込んでいる。

佐賀、嬉野弁が通じたのだろう…なごんできたとろでいっしょに写真ば撮らせてくんしゃい。



入れ替わり立ち替わり写真におさまった。アイパッドの写真、簡単にこなす。

親父さんらしい人が出てきた、鼻をもぎって捨てる格好と、足でけっとばす仕草を見せたら、4人とも大笑い…

おれいに、分けてくださいと200バーツ…600円を渡した。

同じようなわらぶきに似た屋根、歩いているうちに小さな子供をけっこう見ることができた。

わたしは73才…指であらわす。あなたはいくつ…34才と指でおしえてくれた。

子どもさん4人いると話しんしゃった…

さらに歩いていくと、1才、2才のおとこ、女のこどもがいた。


この女の子たち5才になったら金の首輪をつけると話しば、してくんしゃった。

5才になったばかりの首ををつけている女の子もいた。お母さんお話では肩がこるとも話していた。

実際おばあさんが見本を見せてくれた…いやー重い、重い、大人の首輪2・3キロあるような重さを感じたなぁ。

こんなに重かったら肩がこるのもありえるなぁ。そう言えばお風呂に入る時も首輪は外せないと

話してくれた。

慣れれば問題ないのかなー。

「いくつなの」「15才」パーと片手で…15才…近くには同じ15才の女性もいた。5才からつけていると話す。

なんともかわいい娘さんたち。



村の半分を過ぎた頃…ここでは首輪はつけていない人がほとんどだった。どうなっているのだろう…

首輪のこと正式な名前は…佐賀、嬉野弁では聞くことはできなかったが

「カーデン ロング ネック KARDEN LONG NECK」と ホテルのオーナーが

教えてくれた。



また、なぜに女性だけ首輪をつけてるのだろうかも聞くことはできんやった。


どうもお邪魔しました、ありがとうございました。





ゆで卵じゃなくて、焼き卵いらんかねー・・二個買った60円



ガソリンタンク5リッター・・ちょっと走るのには心配だったので予備タンクの5リッターを買った。これで少しは
安心して走れそう。



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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・ビルマの日本人墓地

2017年06月04日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
5月30日から6月3日まで


バガンから首都マンダレーにバスで向かう途中



5月30日火曜 くもり、雨一日雨

きのうバガン遺跡に行っててよかった。

昼頃には大雨でホテル前は水びたし、歩けないほどだった。


5月31日水曜

朝9時発ミャンマー、首都マンダレにバスで向かう。

ホテルを8時に出発、バスターミナルまでホテルを回ってお客さんを拾って行く。

バスは満員…全員揃ったらしく、時間前8時40に出発。バスチケットはホテルで確認して発行してるようだ。

ヤンゴンからここ、バガンに来るときもホテルでチケットをわたされた。

途中食事休憩してミャンマー首都マンダレに13時に着いた。

スイス人女性5人と同じ「ビーナス ホテル」だったからなのかホテル前で降ろしてくれた。

タクシー代がもうかった。

近代的な街だなー。しばらく滞在してみよう。

マンゴを切って干していた





パンツのポケットを縫い付けてもらった・・お互いにわからない、地元の人たちとの話ができることは楽しい。160円。



木の橋がかkる・・名所らしい




6月1日木曜 はれ 33℃
午後までも観光名所らしい川に木の橋場所に予約していたタクシーでむかう。30分ぐらいで着いた。

大きな川にかかった手造りの木造の橋橋を歩いて渡る。向こう岸まで30分かかった。2キロはあるだろうか…。

途中にはおみやげ屋も橋の上、橋下三角州には大きな休憩所も二箇所こしらえている。

これらは主として夕日を見るために造られたもののようだ。橋の上は風が吹き抜けて気持ちがいい。

夕日を期待して6時過ぎまで橋で待っていたが、太陽は雲に隠れてしまい写真のような夕日に出会う

ことができなかった。ホテルに戻ったのは7時を過ぎていた。タクシー代3時間 2000円。



信号のない大きな交差点でもお互いに突っ込んで・・すれ違っていた・・わたしにはできない







6月2日金曜 はれ 33℃
きのうタクシーに乗って感じたこと、首都マンダレ市内大きな交差点でも信号の無いところが多くある。

交差点に突っ込んでいって、どこで止まるのか地元の人は「あうんの呼吸」すれ違って通り過ぎて行く。

日本とはちょっと違う…ちょっと真似出来ないせっかちな「あうんの呼吸」の「あ」の呼吸で、わたし

など運転できないなと思う。

午後市内の中心、バイクタクシーでマンダレ宮殿…の見学に行く。



ビルマの竪琴・・日本人墓地見晴らしのいい高台にあった










6月3日土曜 はれ

「カワシマ いっしょに かえろう 」

隊の帰還が決まり大喜びの隊員たち…隊からはなれて、亡くなった隊員のあと始末のためひとり

ビルマに残る。

(映画「ビルマ語の竪琴(たてごと)」のシーン)

きのう、2日市内の中心エンパイア宮殿にいった。帰りも、バイクタクシーに乗って、途中止まって

もらい写真を撮る。


ところが、バイクタクシーは知り合いと選手交代する。

交代したバイクタクシーは英語でマンダレ市内名所めぐりのこと、しゃべり続ける。

ところで、日本語で「サガイン」にある、ジャパニーズ「お墓」知ってるかい…

「知ってる」と応える。2度も聞いて「知ってる」と言う。


ホテルにはミャンマー語、英語の達者なスタッフがいるので、ホテルについてからいっしょに聞いて

もらった。

その前にホテルのスタッフに丘の上に立つ十字架の絵を描いて見せた。ジャパニーズ…日本人墓地を

現したつもりだったが、ホテルのスタッフに聞いても知らないと言う…

バイクタクシーは「サガインにある日本人のお墓」知ってると…言う…自信がありそうだ。


実は東京佐賀県人会、会長「葉隠フォーラム」主宰・嘉村弁護士からサガインには、日本人墓地が

あると先日メールで教えてもらったばかりだった。

おそらく日本人墓地はわからないだろうと・・なかばあきらめていた。

「日本人墓地を知ってる」オートバイドライバーと交代したことになったのは、とても不思議なことだ。


オートバイタクシーの車でどうなるのかわからないが朝9時にサガインの日本人墓地に向かった。

40分たらずで丘の上にある仏塔のある日本人墓地についた。


あぁー。ここが日本人墓地なのか。本当だった…。

立派な墓地は360度見わたせる見晴らしのいい場所に建てられている。墓地の他にも戦友の人たちや遺族の

人たちの建てた慰霊塔も数ヶ所建てられていた。

合掌。



あした6月5日月曜、スクーターを預けっぱなしにしているタイの国境「タチレク」に飛行機で戻る。















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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・ミャンマーヤンゴン~仏塔遺跡バガン

2017年05月30日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
5月22日~5月29日

ミャンマー、ヤンゴンからバガンの仏塔遺跡のまちへ









5月22日 月曜 はれむし暑い

ネットも部屋まで届かないし、水も出ない…悪いけどあしたの泊まりはキャンセル
して他のホテルに移りますと。

きのうスタッフに話していたのでお金はすんなり返してもらった。

歩いて5分ぐらいのところにある「来来ライライホテルに移動した。24$=2700円。

部屋に荷物を運んでもらって、きのう泊まったホテルにくらべると明るく、

水も出る、広いし、清潔感がある。もちろん冷房、シャワー、トイレ付きである。

なによりも、ネット人間になってしまったわたしには、ネットが使えることが
嬉しい。


これでヤンゴンでの基地が出来た。


ホテル前にはポリス、マーケット、両替屋、ATMと並んでいる。

3時ごろから、観光の目玉と思われるでっかい仏塔にタクシーで向かう…


ジェデゴン パゴダ shwedagon pagodaって言うらしい。


金色に輝く入り口からエスカレーター三つ乗り継ぎ本殿に出る。


半ズボンではダメみたいでスカートを1000円で買わされる。太陽に照ら

された金色の大仏塔は光り輝いている。



アチチ アチチ太陽で焼けたタイルが熱い、熱い…地元の人たちは各仏塔

の前で祈りを捧げていた。

地元の人たちのほか、外国人も多く訪れている。2時間ほど見てまわり

ホテルに戻る。











5月23日 火曜 はれ ヤンゴン 33℃

午後からパソコンのブログの更新を始める。アイパットから日記を送るのだが、

なかなか送信できない。

ネット環境が良くない。しかたない、手入力で写し替えを始める。よし出来上

がった。5日分3時間以上かかった。あとは画像を取り込むだけだ…

と思った瞬間画面が消えて、元の木阿弥…ああぁ、ちくしょう、どうやっても

復帰できなかった。がっくり。もうやる気なし。今日はおしまい。




5月24日水曜 朝から雨 夕方にはやんだ


部屋にこもってきのうの続きブログの更新…ネットをつないでアイパッドから

パソコンにどうにか送信できた。ようやくブログの更新ができた。一日中部屋で過ごす。




5月25日木曜 はれ


地図で見るとヤンゴンの近くはインド洋…海に近い…海に流れ込む大きな川を

タクシーで見に行った。

30分もかからないで港についた。大型運搬船が停泊している。コンテナが積み

上げられている、地元の人たちの小型渡し船が頻繁に行き交う。

ここからもミャンマー各地へと物資は運ばれていくのだろうか。

ヤンゴンは今日で終わり、あした夜行バスでバカンまで移動する。



5月26日金曜 はれ

10時チェックアウトを12時まで延ばしてもらう。

きょうバカンとゆう街まで夜行バスで移動する。

21時バススタートなのでホテルは6時に出る。



ホテルのスタッフ、バスチケット予約してくれた

約600キロ・10時間日本だと東京~大阪の距離……バス代1600円(190000ks)と

安くて驚く。


バスステーションまでタクシー代800円2時間かかるらしい、こっちはバスに

比べると高い。

ホテルのスタッフレセプションには昼間、女性4人いつもいる。5時以降は男の

スタッフに代わり男2人に。

その中の中年の男性日本語ひらがながビッシリノートに書きうつしてある。

いま、覚えているようだ。

その男性、終戦後ルバング島から確か30数年ぶりに帰国された(1974年)

小野田寛郎さんの写真をスマホで見せてくれた。

どうして持っているのかは聴かなかったが彼にとっても印象深い写真だったの

でしょう。

終戦後もジャングル生活続けていた小野田寛郎さん…

当時のバックパッカー鈴木紀夫さんがジャングルにテントを張って過ごして

いるうちに「おいーっ」と言って出て来た小野田さんを見つけ出した。



帰国後はブラジルと日本を行ったり来たり…その後の小野田寛郎については、

みなさんもご存知でしょう。



その後の鈴木紀夫さんはヒマラヤに雪男を探しに行って雪崩れで亡くなられた

こともご存知でしょう。鈴木さんには子供さん一人おられたと思う。

何日も平気でジャングルにテントを張って…わたしには恐ろしくて当時考えも

つかないことにいまも驚く。



働きもせずに「この人は何してるんだろう」「おかしな青年だなぁ」「異常な

人じゃないか」かとさえ当時は思っていた。

自分には到底できない、想像さえできない、出来事ことだった。

いま、考えてみるとバックパッカーの始まりだったのだろうとか思う。



ついでに、小野田寛郎さんラジオ・ニッポン放送のスタジオでお会いした。

写真も一緒に撮らせてもらったことがある。

何回かラジオ出演させてもらった縁でニッポン放送のカモさんから「きょう、

小野田さんが出演しますよ」電話をいただいたのでスタジオまで行ってきた。

90歳近い小野田さんはかくしゃくとして若々しかった。

小野田寛郎さんは2014年1月、91歳で亡くならられたことをニュースで知る。



同じ1960年代の頃。加曽利隆さんは、オートバイでなんと、砂漠のアフリカ
を走っている。

これまたわたしなど考えも及ばない、たまげたことだった。恐ろしいことを

やってのける人だと今でも思う。

オートバイ乗りナンバーワンで、今も加曽利さんはバリバリの現役である。

いま、69歳ぐらいかなー。

ミャンマー、ヤンゴンのホテルスタッフの話から…どこでどうなったのか…

とんでもない話になってしまった・・。独り言でした。




5月27日土曜

夕べ、バスターミナル定刻9時にバカン行き夜行バス出発。ガラガラだろう

と思って乗り込んだら、大型バスきょうは満席です…と。

わたしの隣にはホーランド(オランダ)の男性…ほとんどが外国人みたいだ、

わたしも外国人、笑い。



途中から雨になったりする。エアコンが強すぎて寒い。頭の上についている

調整さえしなかったが。何とか冷房を止めた。


リクライニング、足乗せなど初めてのバスに乗ったにで操作がわからなかった。

トイレも付いている。



雨はところによって、降ったりやんだりのようだ。



朝6時に600キロ。バカン、バスターミナルに9時間かかって到着した。

ここからホテルまで10キロぐらいと、馬車の運転手さん?違う、飼い主、

持ち主さん…

タクシーよりこっちの馬車の方がよっぽどいい…パッカパカ、パッカパカ、

上下にゆられて…つかまってないと危ない・・。



家も昔のまんま。緑の中を進む、馬車代800円

イメージとはかけ離れたバガン…ホテルに着いた。まとまって建物がある街だと

思ってきたがまったく違う。


ホテル前の道は泥んこ道、ポツンポツンと家があるだけ…昔のまんま。街・町・

より村と言った方がいい。


ホテルそのものは近代的なビルだ。朝7時ごろ着いたがホテル部屋に入ることができた。

しっかりした部屋で、エアコン、トイレ、シャワー付き。もちろんWIFIもバッチリ。


1680円、とりあえず二泊予約した、あと何泊か延長する。

夜行バスで眠れなかったので、シャワー浴びてホテル前に一軒だけあるレストラン

…違う、食堂のほうがぴったり似合う。(失礼)


鍋が5・6個並んでいる中をのぞいて、これ、とこれ…少しづつ、もちろんビールも注文。


メニュウ見てもまったくわからないから、鍋の中を見た方がわかりやすい。

ビール2本、で560円ぐらい。

あなたには「みせない」「あげない」と左手の方にさーっと隠すしぐさをみせると

店の人たちが大笑いした。


この「しぐさ」の動作はどこの国でも同じようにするのかなぁ…笑ってくれる。

夕方も同じのを注文した。


隠す動作を昼間見ていたおばさんたちが、わたしの顔見て、同じ動作したら

またまた大笑い。

言葉は通じないけど…「笑われる、笑わせる」ことは、人間同士だもん…

うちとけるには、もっとも大切なことでありましょう。

松尾のバカモンがバガンに来た…笑い。




5月28日日曜 くもり

夕方ホテルでもらった地図を頼りに近くの大きなお寺さんまで歩いてみた。

のっそりのっそり歩いてる。

20分ぐらいと聞いたが着かない。5時で終わったのだろう仕事帰り娘さんたち

5・6人に地図を見せたがどうもはっきりしない。



おおー仏塔が見えてきた…見えてる方向に歩いて村の人に当然こっちと思って

歩いてきたので確認してみると…

違う…あっちの方から回れとゆう。いったいどっちなんだろうと戸惑ってしまう。

「1000タウゼン」と言いながら馬車がやってきた。80円だから乗る事にした。



夕暮れ時のお寺さんについた。何人かは散策してる帰り際に「ワン ドウラー」

と話しかけてくる、おみやげ屋のおばさん。

100円ぐいだったらいいなーと、寄ってみた。荷物にならないポケットに入る

小さい仏陀像と象全部で三つ800円。さすが、商売がうまいおばさんだった。


長い竹竿でマンゴを落としている食堂の女性2人…一個もらって、この食堂は

予約が入ってダメとか…

隣の食堂でマンゴをむいてもらってつまみにする。前にも書いたが塩つけて

食べると酒のつまみにもってこい・・。晩飯くってホテルに戻る。



レンタルバイクを借りた

5月29日月曜 くもり 午後 雨

夕べ雨が降ったようだ、ホテル前は泥んこ状態になっている。

雨はやんでいるのでレンタルバイクを借りる。バガン遺跡に向かって走る。

電気スクータ…は初めて乗る。スイッチをいれてアクセル絞るだけで

スーッと動く音はしない、ちょっと怖い。




ネットで地図を見ると大きな道は二本だけ…怖いから30キロ以下で走った。

遺跡が出てきた…大きなものから小さいものまで次から次へと仏塔が現れる。


わたしは高いところから一面に広がる仏塔を見て見たいと思ってきた。

地元のスクータのお兄さんが声かけてきた… いいとこがあると言う。

そこは高い所か…そうだ。ノーマネーか、ノーマネーとも言う・・日本語だ。



ついて走った。その仏塔についた。懐中電灯をもって、上がっていく。

狭くて暗い階段、彼は電灯で照らしてくれているので助かる。

屋上?に出た。さらに外レンガに足をかけて上がる。


もう、これ以上は怖くてだめだー。











見渡すかぎりの仏塔林立。案内書には3000体が拡がっていると書いてあった。


バガンの仏塔・仏塔のバガン・・おどろいたなー。


森の中から竹の子がニョキニョキと生えているようにも見えるなぁー。

どこまでも、どこまでも拡がっているのがわかる。



オーストラリアで見た100キロぐらい続いたアリ塚のイメージと同じようにも、

わたしには感じられる。

もっともオーストラリアのアリ塚は1メートルちょっとぐらいだけどね…大きい

のは3メートルぐらいもあったけど・・。一大アリ塚団地だなーと思って走っていた。



バガンはなにもない所だと最初思ってきた。これだけの規模の遺跡群…には

驚いたなぁ。


アドバルーンの写真が載っている理由が、初めて納得できた

上空から見るのが一番だとゆう事なんだぁなー。


案内してくれたお兄ちゃん…ちょっと見てくれと…自分の描いたの見せる。

いいところを親切に案内してもらった。15ドルなどと言ってたが相手にせず、

案内料として5ドルでバガン仏塔の絵画、自分が気に入ったのを買った。

これまで小雨降ったりやんだりしていた、また雨が降ってきた

もう今日は帰ろう。

12時前にホテルに戻った。レンタルバイク代半日320円。











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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・ミャンマー ヤンゴン

2017年05月24日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
アイパッドからパソコンにコピー届かず3時間かけ16日から20日まで書き写したのに画像を

入れるところで画面が消えてしまった。ちきしょう・・もう・・がっくり。

一日遅れでアイパッドからパソコンにコピーが到着した・・更新します。



5月16日火曜 朝から雨だ 午後一時晴
チェンマイの道路はほとんどと言ってもいいぐらい一方通行がばかりだ。

間違ってもすぐにUターン出来ない。元に戻るのには一回りになる。

一回りしているうちにまったく、わからなくなって、どこをどう走っているかさえ、わからない。

きのう、ホテルから2・300m、すぐ近くの市場で、トマト、マンゴを買った。戻ろうと走り出した、まったくどこへゆくのだ。

大体のところで、左に、右にまがってみた、まったく見当がつかない。ホテルの名刺持って来てない。

言葉は通じないので周りに聞きようがない。自分の帰りたいホテルの場所がわからないのだ。俺の帰るところは、おーいどこだー。

最悪のときは前回泊まったホテルのそばに、高層ビルがあった。いったんそこを目指すことにしようなどと考えて

走っていたら、いつの間にかおお~ここは旧市街に入って来たようだ。よかったーよかった。

一周歩いたこともある旧市街。何回か下見運転もしているにで外堀を走り続ければホテルにつく。不安は消えた…よしよし。


5月17日水曜 朝から雨

きのうきょう、雨模様が続いてる。ミャンマーへの出発はやっぱり暑くても晴れた日にしよう。カッパ着ての出発はいやだ。














ミャンマー国境二回目の挑戦・・ダメ入国できず・・残念無念

5月18日木曜 くもり
夕べまで降っていた雨はやんでいるようだ。今5時半…ちょっと様子を見よう、洗面を終わらせてからネットをちょこっと見た。

天気は、よし大丈夫のようだ。出発することに決めた。

ホテルのスタッフ、赤ちゃんの子守をしているご両親にもあいさつして、バイバーイ。

まず、107号線に乗ることができた。あとはこの一本道を北上するだけ…うまくいくかどうか。

曲がりくねった道が続きだんだん寂しくなってきた107号…ほうとうに大丈夫かいな。

食堂のあるところで、いったん停車。まず、ガススタンドを聞く
次にミャンマー国境を聴く。

雰囲気として、ちょっと違うような、口ぶりだなぁ。二度も三度も聞き直す、聞かれるほうは迷惑千万だろう・・
何せ自分ためだもん。

最後は、ガソリン入れたら、同じ107号にもどって途中から左に入れ…よし、よし。

わたしのイメージルートに近づいてきた。少なめのどんぶり飯、を注文昼飯兼用。

分かれ道に来た、スクータを停めてた。トラックの運転手さんに聞いて見よう。地図を見せてくれた、そうここです国境…

よし…大丈夫のようだ

車の数が減って来たなー。大丈夫かいなこの道、一段と寂しくなって来た。

国境の町についたようだ。路上でのスイカ売りのおやじさん、山椒の実、売りのおばさん、プラム売りのおばさん、まわりは商店街…

「国境、パスポート スタンプ」はどっち…

おやじさんも、おばさんも「スタンプ」「ノーノー」とけげんな顔。

最後は2キロで「ミャンマー、国境だ」まっすぐいけ…ありがとう

クルマも人もいない、今までの国境とは違う、ちょっと荒れた道になってきた。しばらく走ると…出てきた。

「とうせん棒」が横たわっている。ハハーン、ここが国境なのか「pas no」と書いた小さな看板。

国境には彼とわたしの二人だけ…お互いに何を話してもわからない…係官は笑って、わたしも笑うだけ…

彼は「no no」だけ…。

この国境は地元の人たち専用なのだろうか…中央アジアでキルギスからウズベキスタンに入るときにも

このような国境があったが入国できなかったこともある。

残念だが仕方ない、写真を撮ってと「お願いした」…ありがとうございました。彼の写真はダメだと、断わられた。

いま12時を少し過ぎている。今回もミャンマー越えならず。

本線まで戻って、最後の国境「タチレク」の方へ進むしかないなぁ…

町まで戻ってスイカ売りのオヤジさん、山椒の実売りのおばさんに「ダメだったろう」…「そうだろうの顔」

1168号から107号本線まで戻った…いま2時半。行けるところまで走って泊まろう。

本線にはガススタンド、ひんぱんに、あるだろうと走り出したが、なかなか出てこない。

くねくねした山道ばかり、気が気でない、ワンリッターのペットポトル持ち歩いているにで、いくらか気休めの気持ちはある。

ガソリンタンクのメーター表示は赤印まで来ている。ようやくガススタンドが出て来た。よかったぁ。

3時半になっている、スタンドで「ホテルを聞くと」2キロ先にあると教えてくれた。

タイ語で「ホテル」の文字がわからない。どうしよう…象の置物のあるところに来た。

露店の果物のおばさんのところまで、歩いて「ここにあるのがホテルですかね」「そうだ、そうだ」

王様の写真を飾ってある、見るからに高級ホテル…高いだろうなと覚悟した。

レセプション…700バーツ2200円らしい。思っていたより安くてよかった。ちょうど4時になった。

7時頃まで明るい今の時期だけれど、わたしにとっては丁度いい時間帯。いつも明るい内には泊まるようにしている…

下着靴下を洗濯して、シャワーを浴びているとすぐに時間はたってしまう。


ここはロッジ風のしっかりした建物に分かれている、10棟程、大勢で使えるロッジ風もあるようだ。

入り口両サイドに象の置物がある、ところは、ホテルだと思えばいいかも…ちと高いけど…「エレファン パーク」

晩めしはホテルの入り口にあった屋台食堂…持ち帰りにしてもらったビール二本、おかず、ごはん全部で500円ぐらい。

あしたミャンマーの国境まで150キロ、どうなるのかねー。






三回目にしてようやくミャンマーに・・国境・・

緩衝地帯を歩いてミャンマー側へ


ようやくミャンマーに入りました。しかしオートバイは国境預かりに。

5月19日金曜 はれ
夜中に雨の音がしていた…「ココココ…プッチプッチ」はっきりと甲高い声で夜から朝にかけて鳴く。眼が覚める。

鳥なのか、どうかはわからない。チェンマイに来てから、四度ホテルを替えたのだけれどづーっと聴こえている。

200キロ以上離れている、夕べもホテルでも聞こえた。地元に親しまれているものだろうか。

きょうはミャンマー国境メーサイ「タチレク」まで約150キロ走るのだ。ゆうべは冷房切っても朝方ひんやりした。

エレファントホテルを7時に出発…まぁ、午前中に着けばいい。



気持ちは落ちついているが、走り出すとこの道は本当に目的に向かっている道なのか、どうか、不安で気になって仕方がない。

信号で止まるたびにスクータの人やお店の人に「ミャンマー、ミャンマー」「OKか」と聞きながら走る。

学校と思われるところでは、送り迎えの、車、トクトクタクシーで渋滞してる。

山に入った道に…突然「仏塔」四体は太陽に照らされている。もちろん写真におさめる。

普通の旅では見ることはできない、オートバイの旅のよさが、こんな所にあるのかもしれない。自分をなぐさめる。

くねくねした山道をすぎ町に入って、ミャンマー国境への道がわからない。あっち、こっちと地元の人達も、イマイチ。

首都バンコクからの直通のハイウェイと合流したようだ。



国境で手続きに手間どりそうなので残り30キロ切ったところで、昼めし休憩。

国境についたようだ…車、人、人ごった返している。そのままスクータで乗り込んで行った。

「裏に回れ」…係官がついて来てくれた、スクータでの入国が出来ない。

スクータはタイ側の駐車場に預けて本人のみの入国になった。駐車場での料金スクータ一日50バーツ160円

アユタヤ、ヤマハで作ってもらったにゅうこくOKの書類を提出したが、今はダメだと係官。

ミャンマー陸路移動はバスもない…ここからミャンマー移動は飛行機だけと。



それにしてもトラックの行列がないなぁ・・どこの国境も2キロ3キロつながって留まっているのに・・

別の場所から入るようになっているのだろうかぁなぁ。


ミャンマーに入国した時は1時になっていた。まぁ、致し方ないトクトクタクシーでホテル探し。

三軒目のホテルネット通信が部屋でできる400バーツ1300円に泊まることにした。タイのホテルと変わらない料金のようだ。

ここに泊まってしばらく様子を見て見よう。

ようやくたどり着いたミャンマーは123カ国目。








スクータ同様小回りの効くプロペラ機でヤンゴンへ
5月20日土曜 はれ
ここタチレクにいてもしかたがないなぁー、朝思いたった。言葉が通じないので飛行機の絵を描いてフロントにいった。

「飛行機でヤンゴンまで行きたい」感のいい若いスタッフは電話を航空券について航空会社入れてくれた、すごい。

途中電話を変わって「ジャパン、マツオ」だけ……荷物をまとめてフロントに降りて来た。

さっきの電話は航空会社じゃなかった、旅行会社の人がフロントに手続きに来ていた。

タチレク~ヤンゴンまで4450バーツ…約1万5000円ぐらい。14時出発なのでホテルをタクシーで11時に出る。

タクシーでタチレク飛行場に11時半につく。地方の飛行場だからうす暗いのは仕方ないことだろう駅の待合室の感じ。

重量計は日本でも使っていた時計の針が動くような計量計次々と乗客が集まってくる。

改札じゃない…搭乗手続きがおわり、待合室へ。ヤンゴン行きはと聞いても…どうも違う行く先ばかりだ。

たまたまパイロットが歩いて来た「ヤンゴン行き」…聞いて初めてわかった。

直接ヤンゴン行きの飛行機はない。途中二ヶ所降りてヤンゴンに向かうことがわかった。

そうだったのか、①Rashio. ②マンダレに寄ったあとヤンゴンへ

ちょっと遅れて14時30分プロペラ機に乗り込んだ。66人乗りとスチューワデスさん。

このプロペラ機スクータと同じぐらいい小回りがきく…

途中降り立った飛行場、滑走路の近くに止めて、入れ替える。降りる人、乗る人はバスで運ぶのだ。

一本の滑走路をUターンして飛び上がる…スタートする時、「さー飛びますよ…」と一時止まることなどしない。

Uターンした勢いでそのまま一気に飛び立ち次に向かう…2回とも到着して出発まで約20分ぐらいで済ませてた。

気持ちがいい…乗り継ぎはこのぐらいの機敏さはいいなぁ。

ヤンゴン上空でぐるぐる回って20分ぐらい到着待ち…30分遅れで19時ごろ到着した。

ヤンゴン空港は近代的になっている。インフォメーションで、セドナの街セントラルまで距離、タクシー料金を聞く。

ミャンマーのお金をATMで下ろして、インフォメーションが呼んでくれたタクシーでセドナに向かう。

着いた日本人の宿?「スーパーホテル」なんと12000円…うわー、高すぎる、泊まれない…負けて、負けて

これまで一泊1300円中心、高くても2100円だったので目ん玉が飛び出す…震えるほどたけー。

日本語の出来る現地のスタッフばかりだ。最後8000円で今晩だけ泊まることにする。それにしてもわたしには高すぎる。

日本の料理も併用している。14階には温泉浴場もついている。

日本料理レストランには日本人ばかり7,8人飲みながらくつろいでいた。

さっそくネット、「ブッキングドットコム」で あした21日2000円のホテルを予約した。




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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・ミャンマー

2017年05月23日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
更新しようとしたけど・・
コピーできなくて3時間かけ16日から20日まで書き写したのに画像を入れるとこで
ダウンしてしまった。ちきしょう・・もう・・がっくり。







5月21日日曜 はれ
身体が震えるぐらい高い12000円(8000円に負けてもらったが)
朝飯くってホテルをタクシーで退散。

ネットで予約したホテルに移動…雑然とした街の中にあった。

中に入ると暗い地下室の感じのホテル、2000円のホテルだ
から仕方がないのかなぁ…

部屋にトランクは入れられない…廊下の隅に置く。トイレの水
どうした…出ない…流せない。

フロントに行って見てもらい…電話して、しばらくしたら
水は出るようになった。

ネットWIFIは部屋で使えると聞いていたが、電波が弱くて
部屋まで届いてないようだ。

仕方ない廊下に出てネットを始める。

ヤンゴン空港で下ろしたミャンマー10万ks夕べのホテルで
聞いたら心細くなったので又近くのATMで下ろした。

そばにはマーケットもあった。ビールと生姜漬けを買って
飲み始める、今3時。

そのうちにわかるようになるだろうが…ミャンマーのお金
全然日本円でいくらぐらいなのか計算が出来ないでいる。

帰りぎわにホテルがあった。部屋をみせてもらった…今の
部屋とでは二倍広くて清潔感がある。

28ドルだがネットで予約すると24ドル-2700円になると
フロントの話。ネットも部屋で使えると話す。

ちょっと高くなるが共同でなくトイレシャワーも部屋にある
よし、ここに移ろう。

今泊まっているホテル、水も出ないしネットも出来ないので
あしたの泊まりをキャンセル、「来来(ライライ)ホテル」を
ネットで予約した。

今泊まっている地区はホテルもいっぱい地図に出てくる
ところなのでヤンゴンの中心地でもあるようだ。

5月22日 月曜 はれむし暑い
ネットも部屋まで届かないし、水も出ない…悪いけど
あしたの泊まりはキャンセルして他のホテルに移りますと。

きのうスタッフに話していたのでお金はすんなり返して
くれた。

歩いて5分ぐらいのところにある「来来ライライホテルに
移動した。24$=2700円。

部屋に荷物を運んでもらって、きのう泊まったホテルに
くらべると明るく、水も出る、広いし、清潔感がある。

もちろん冷房、シャワー、トイレ付きである。

なによりも、ネット人間になってしまったわたしには、
ネットが使えることが嬉しくなる。これでヤンゴンで
の基地が出来た。

ホテル前にはポリス、マーケット、両替屋、ATMと
並んでいる。

3時ごろから、観光の目玉と思われるでっかい仏塔に
タクシーで向かう…

ジェデゴン パゴダ shwedagon pagodaって言うらしい。
金色に輝く入り口からエスカレーター三つ乗り継ぎ本殿に
出る。

半ズボンではダメみたいでスカートを1000円で買わされる。
太陽に照らされた金色の大仏塔は光り輝いている。

アチチ アチチ太陽で焼けたタイルが熱い、熱い…
地元の人たちは各仏塔の前で祈りを捧げていた。

地元の人たちのほか、外国人も多く訪れている。
2時間ほど見てまわりホテルに戻る。


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第8次オートバイひとり旅・東南アジア・チェンマイ旧市街地

2017年05月16日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ




5月12日金曜 朝方まで雨 すぐに晴れてきた

新しいホテルに着いて落ち着いた。となりの店は工具屋さん。
シューシュー「スクータを洗車したい」…と工具屋さん聞く
と、そこを曲がったところにある。

本当にすぐそにあった。60b-約200円…ちょっと高くなー。
洗車が終わるまで近くを散歩。

このビルはバスターミナルになってるようだ。窓口がいっぱい
並んでいる。

ミャンマー行きのバスはとなりの窓口…そっけない窓口もあれ
ばていねいに応えてくれる窓口もある。

洗車を終えて、ネットで調べたホテルの下見…に向かう
地図で見ると簡単のところだが、実際走るとわからない。

橋を渡ってすぐに右…に入って行く、小さいロータリは
途中から一通に、マジーィ…Uターンした。

お巡りさんが見ていたのだ。止まって違反キップだ…
はーい、マネー400バーツ1300円とか言ってる

マネーはホテルだ。それでは、後から支払ってくだちゃーい。
キップきられてOKになったがどこでどうするのだろうか。

くそーっ

下見するホテルがわからない、トクトク三輪車に頼ん
で引っ張ってもらう。180円。

「パンダゲストハウス」にようやく着くことができた。

まずまずのホテルだ、ネットで調べて300バーツの部屋
はいいなーと思って来た部屋は冷房なしファンのみだった。
冷房付きは400バーツ-1300円。

ホテルに戻ろう、泊まってるホテルの近くに高層ビルがある。
そのビルを目指して戻ることが出来た。











5月13日土曜 朝方雨
二泊したホテルからきのう下見に来たホテル「パンダホテル」に向かう。
二度三度ネットで見てごく簡単に行けるはず…ホテルの地図確認していたのに…

またもや、走り始めると、わかなくなってしまった。ロータリの広場で、
黄色いくだものを臨時に売っている。

味見にくれたくだもの、ちょっと酸味はあるが、わたしに
あっている。ビワに似た味。一袋1キロ180円買った。

ホテルの位置を聞き出した。奥さんも交えて三人でああだ
こうだと、話は続いてる。

バイバイと走ろうとしたら「スクータで」ホテルまで連れ
て行くと話す。ありがたい、

5分程でお陰さまですんなり「パンダ」ホテル
に着くことが出来た。ありがとうございました。

暑くて仕方ないので、冷房の部屋1300円にした。三泊予約した。

レセプションスタッフ女性二人いて、その一人娘さんの
産まれて二、三ヶ月だろうか、赤ちゃんをフロアーで両親
が見ている。なんとも可愛い…

晩飯は昼間「寿司」があるとなりのホテルに、行ってみた。
マグロはない…が握りは…2100円。

高いしゃぶしゃぶを食っているお客さんも3組ほどいる。

シャケ丼が1000円、よしこれにしよう。久しぶりだった
のでうまかった。

ホテルに着いたらカミナリが鳴って雨の土砂降りになった。


5月14日日曜 くもり、はれ
タイに来てから土曜日曜はほとんどのお店はお休みになって
いるようだ。

旧市街地、周り四方…掘りに囲まれている。歩いて見る
ことにした。朝7時にホテルを出る、掘りまでは2、3分。

グルーっと回ってホテルには9時過ぎていた。2時間
かかっていた。

もっともお寺の写真を撮ったり、野菜、魚、肉、雑貨屋
なんでも、そろっている、バザールに寄ったり…

最高と思われる重層なホテルのトイレをお借りしたり…
料金を聞いたら一泊4000バーツ1万3000円とレセプションの話だった。

わたしのホテルの10日日分だ

堀のいっぺんの長さ1キロぐらいあるかもしれないなー。

あしたは違反キップの支払いにポリスオフィスにいかな
かければならないとホテルのレセプション。






5月15日 月曜 はれ
いま7時30分…ポリスオフィスは8時からだとレセプションの女性。
交通違反の罰金を払いに行く。

ミャンマーへ向かう道も確かめておきたいので、早めにスクータで出かけた。
旧市街地の中にあるポリスオフィスに意外とすんなり8時前に着いた。

最初は違反切符しらばっくれていようかとも考えた、しかし地元の人たちの
穏やかなはしり、おまわりさんも真面目な人たちなので素直に支払うことにした。

庭に今日の出勤者が集まっている。違反切符を見せると 窓口へ指さす。
担当者にキップを差し出し、400バーツの罰金を支払う。

写真を撮ってもいいですか、OK、OK…気安いお巡りさん達だ。国際免許証
受けとって、ミャンマーへの道のりを確かめに走る。

掘りに囲まれた旧市街地内側は右周り、外側は左回りになっている。途中
Uターン連絡道路が出来ていて内側、外側に走れるようになっている。

ま、確認はできたので大丈夫だろう。屋台の朝のうどんを食いたくなった
先に泊まったホテルの近くにバスターミナルまでタッパを持って走ってみた。

高い高層ビルを目当てにいけば、すぐわかる、はずだったが、わからなくな
ってしまった。渋滞になっているので戻ろう。

朝7時からやっていると聞いている、夕べ、スパゲティを持ち帰ったレストラン
に、向かってそのままタッパに入れてもらった。

ママさんが赤いくだもの二個くれた、ありがとう。しかし、どうして
食べるのかなー。

ホテルの掃除のお姉ーさんに赤い果物の切り方、食い方を教えてもらった。
何のことはない普通の梨みたいに切り分けておしまい。

中身も真っ赤、と言うよりむらさき色。そのまま一個あげたので、どんな味が

するのかまだわからない。



泊ってるホテル1300円


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第8次 オートバイひとり旅・東南アジア編・チェンマイ

2017年05月12日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ




5月8日 月曜 はれ
5時過ぎに起きて早すぎるかなーと思いながら出発準備全て終わったのは6時半…
ちょうどいい時間になった。

夕べ荷物を雨で濡らさないように、考え抜いたとうり大型バックの中にはでっかい
ビニールを二重に敷き自分で作った、いらなくなったテントをバラして一番下に敷く。

バックを包む外側には、テントの床部分をバックに合わせて縫いこんでスッポリ
入る袋状にこしらえたのを持ってきている。

リュックの雨カバーをかぶせて、その上にテントで作った袋をかぶせる。
これまで外国で走っていたとき使っていたもの。内二重外も二重…

途中雨にあって慌てるよりも、どうなるかわからないので、いつ雨が降り出して
もいいように完全装備。

時間前にバイクタクシーのおじさんは来てくれている幹線道までバイクタクシーに引張ってもらうことにした。

15分ぐらいかかって、高速の入り口まで来た。「この道をまっすぐだ」と言って
くれているのだろう。

全く言葉はわからないので…おそらくそう思う。

誠実一路の顔のおじさんは別れにハグしてくれた。

毎日お世話になりました、200バーツを渡した。ありがとうございました。

さーいつものひとり旅が始まった。バイクにいったんまたがると、気持ちが
ひき締まる。

40~50キロのスピードでスタート…田園風景が続く途中、二回分かれ道で止まって、
チェンマイ、チェンマイを確かめめる。

これまで乗ってきた1500ccに比べてスクーターは小回りがきいて取り回しも
楽チンでいいなー。

右手に岩山が出て来たがどこまでも平坦の道が続く…遠く左に山も見える、
おそらく山の向こう側はミャンマーなのだろう。

道端の屋台で昼メシのあとしばらく走って木陰で休憩昼寝15分ぐらい。

午後走りがだれて来て、いつの間にかスピードがだんだん落ちてくるのだ。
この昼寝は走りの「だれ」と疲れをを防ぐことになる。

ワンリッター40キロ走ると聞いていたが…100キロ走って給油になる。
おかしいなーリッター20キロだなー。

荷物20キロのせい、なのだろうか…ガソリン5リッター入れて60バーツ…
200円ぐらい。

ここまで350キロぐらい走って来た。タキとかゆう町…信号待ちのお兄ちゃんの
横につけて「ホテル」ある…

そこにある…連れて行くとゼスチャー、本線沿いの下の道に走って2・3分の
ところにホテルはあった。ありがとう。

3時を回ったところ…ちょっと早い…しかし、ホテルがこの先あるのかどうか
わからないので、泊まることにした。

立派なホテル250バーツ…800円助かるなーもちろんクーラ付きwifi…バッチリOK

チェンマイまで残り300キロぐらいかな。

早めについたので、グーグルマップを見た。うーんこの町タクからミャンマー
の国境、100キロ足らずでいけそうだ。

チェンマイから入るより、ミャンマーの南の方になるのでルート変更してあした
ミャンマー国境に向かってみよう。

クネクネした道の表示はおそらく山道になるだろうなー

5月9日 火曜 はれ
ホテルを7時に出発、一路ミャンマー国境へ、朝から「ミャンマー、ミャンマー」
マイカー、バイクの人に聞きながら、本線に乗ることができた。

予想通りすぐに山道に入った。どんどん登っていく…涼しいよりも肌寒くなって
きた。くねくねした道は続く。

この登りでガソリン大丈夫かいな…道路工事の人や地元と思われる人にガス
スタンド「あと何キロ」

40キロだったり30キロだったりはっきりしない。雑貨屋さんのあるところで、
若い男の人に、ガソリンスタンドは……

目の前の雑貨店を指さす、あそこにあるの…「こんちは」「すみません」
「ガソリンください」

アルゼンチンでもここにガソリンがあるのと思ったら、雑貨屋さんはドラム
缶から汲んで入れてもらったこともあるので、不思議には思わなかった。

しかしここではペットポトルに入れておばさんが売っていた。1リッター
60バーツ200円ぐらい。2倍ぐらい高いが仕方がない、ガス欠になるよりましだ。

3つの方向に走っているロータリのある町に出た…1回目間違って、途中聞き戻っ
てきた。

確認しようとロータリ道の端に止めようとした途端…砂で滑ったのだ、あっと
ゆう間に転倒…いやとゆうほど叩きつけられた、アイテティ。

右ひじ、異様に痛い、ガソリンも漏れている、手は動く…トクトク三輪車の
お兄さんが手伝って起こして、荷造りもやり直してくれた。

ありがとうございました。アイテティ…

教えてもらったロータリ2番目から出て、ガソリンスタンドに入る。擦りむ
けた右ひじを見せると「赤チンキ」を持ってきて塗ってくれた。
ありがとうございます。

やさしいお兄さんだ。満タンに入れた、ミャンマーはこの道じゃない話す…
又ロータリまで戻って3本目の道に入った。

11時50分国境についた、トラックは並んで待っているどこの国境も同じだ。
タイの出国スタンプすぐに終わった。

500m先のミャンマー入国手続きに…オートバイの入国はだめだ、アユタヤ、
ヤマハで作ってもらった、書類を見せたがだめだった。

スクーターをここに置いて本人だけ入国はOK…戻ってくる日それまで保管
すると話す。

仕方ない、タクまで戻ってふたたびチェンマイを目指そうあーぁ。

戻るタイ国境で、スクーターは持ち込めなかったと、係官に話すと「OK」
そのまま戻ることができた。

しかしだ…タイ国出国スタンプはあるが、「入国スタンプは無い」

いったいどうなるのだろうか…まぁ、その時に考えるしかない…。もう終わっ
たこと…終わったこと・・仕方がない。

同じ道を引き返し夕べ泊まったホテルに再び到着14時についた。


5月10日水曜 くもり 雨 はれ
あさ6時30分ホテルを出発してチェンナイに向かう。夜中に雨が降ったせいか
冷んやりしている。

雨を予想して完全武装した。雨が降ってきた…まぁゆっくり走ろう。約300
キロの走行だ。

車は思っている以上に少ない感じ…平均70キロで走行寒く感じるので給油スタ
ンドで、ズボンと上着を着こむ。

チェンナイはランパーンから左に入る標識…よし、これからあと100キロぐ
らいだ。

雨が上がって太陽が出てきた、暑くなりそうだが、カッパきたまま…残り35
キロのところで大きな黄金の仏像。

チェンナイ市内に着いたのは、13時前、走っている市内でホテルを見つけたの
で。380バーツ1300円に決めた。

この宿は古い骨董の趣味の宿屋に見える。人のゆうこと聴かないで…わたしは
何もわからないのにペチャクチャ、

自分ことばかりしゃべる女将40代そこそこ女将。歩く姿外股歩きだ。

わたしと同じ横柄な態度…ネットWIFIの設定で…思わず「うるさい」っと日本語
で怒鳴った。

それからは静かになった。とりあえずの一泊だからあしたは違うホテルに移る。


5月11日木曜 はれ
宿を9時過ぎに出る。予約した宿まで、最初はトクトク三輪車に頼もうと考えて
いたが、ネットマップを見て、自分で行けそうだ。

途中一回地元の人に聞いただけでホテルに着くことができた。400バーツ-1300円。
フロントはちょっと普通のホテルとは違う、家族でやっているようだ。

階段も部屋も綺麗なタイルで気持ちがいい。失礼だがオーナーは250ccに乗ってる
親父さん…と言った方がぴったり。

その親父さんに荷造りのチュウーブを引っ掛けるワッカの相談をした。S字型の
金具を倉庫から二つ持ってきて取り付けてくれた。

これで楽に引っかけて荷造りできる。ありがとうございました。

ホテル前は旧い街並みが…続いている商店街。セブンイレブンもある。

セブンイレブン、ビールは午前11時ならないと販売しないらしいです。これも
珍しい。となりの商店では買うことができた。

土曜はアルコール販売禁止、家族の日とかの国もあった。

夕方直ぐ近くの洗車屋に持って行き雨で汚れていた
スクーターを洗ってもらった、210円。これは高いなー。

晩飯は屋台で売っているサカナ、ぶた、ニワトリの揚げもの
トマト、キューリで済ませている。

チェンマイの街ってもっとにぎやかなイメージ、持って
きたにだけれど、こんなものなのかなぁー。

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