笑われて・笑わせて・オートバイひとり旅・121ヵ国 道に迷い・親切に泣き・走った37万キロ・「バイクの松尾」

国境206ヶ所・赤道直下4ヶ所・2000年10月57才から2015年10月72才まで15年間・記録。やぉーなかったばい。

「笑われて・笑わせて・道に迷い・親切に泣き、走った122カ国・38万キロ」オートバイひとり旅

2017年03月21日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ



2017年3月19日・品川区民センターで講演会を開きました。(ワッツWTNーJ主催)

「笑われて・笑わせて・道に迷伊、親切に泣き走った122カ国、38万キロ」


連休の中日にもかかわらずたくさんの人が来ていただきました。
遠い四国・香川・高松。広島、福山。静岡浜松。山梨などからも
出席いただき恐縮しています。(ジャスト40人の参加でした)


北の果て、南の果て、低いところ、高いところ、国境など
話しになりました。


ちょっと画像が多かったのかなーと反省しています。

5月20日出発今年シベリア横断・・世界を走る三人も参加してもらいました。
いい旅を続けてください。


終わってからの懇親会も楽しい時間を過ごさせていただきました。


講演会は今年はこれが最後です。4月下旬から半年ほど旅に出る
予定です。

「国境なき医師団」へのコインカンパ・・4400円集まりました。
ありがとうございました。





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葉隠フォーラム200回記念の集い・・(20017年3月18日)

2017年03月21日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ








「葉隠フォーラム200回記念の集い」が開かれた。

2017年3月18日都市センターホテルには100人を越える人達が集まった。

主催者「嘉村孝」氏は弁護士。東京・佐賀県人会の会長でもある。

出席者は佐賀県人ばかりではない多士済々・中国、ハンガリーなど・・

世界の歴史・・調査など国際的。嘉村氏の幅広い人脈には驚く・・
人たちが集まってくる

弁護士の仕事しながら調査、資料をいつどこでやられているのか・・
寝る暇がないのではないか・・こっちの方も驚く。

諸葛孔明・・伊達政宗・水戸黄門・葉隠の山本常朝とのつながり
・・の話しはわたしにはとてもついていけない。でも面白い・・

アフリカ、チュウニジアで葉隠れのレポートを読んだこともある
・・ほかの人には体験できないだろうと不思議に優越感みたいな感じ
をもったこともある。



















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訂正です・・前項のお知らせ「バイクの松尾講演会」の場所が違ってました。

2017年02月14日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ

やっぱりこの地図が使いやすいですね。黄色の線は70歳記念走行ルートです。


シベリア横断してサハリンから稚内ついたときの写真(古川昭夫さん撮影)


70歳を記念してアラビア半島から走り始めて・・オマーンの半島の飛び地
泳ぎました。


アラブ首長国連邦とオマーンの国境


アラビからオマーンに向かう道

第57回お話会 話し手 松尾清晴
今回も手話通訳付きです。
「北・南の果て4、赤道直下4か所、国境206か所、エベレストベー......

≫続きを読む

主  催 : wtn-j
日  時 : 2017年3月19日(日)13時半開場、14:00開演~16:00まで
場  所 : 品川第一区民集会所 〒140-0001 東京都品川区北品川3丁目11−16 京浜急行新馬場駅より徒歩5分 〔地図〕

講演会題名

「笑われて、笑わせて、道に迷い、親切に泣き走った122か国」

「北・南の果て4、赤道直下4か所、国境206か所、エベレストベ
       ースキャンプ5200m、など・・・38万キロ走った」

残りは東南アジアだけに・・・早めに走り終えたいとはおもいますが・・。

講演内容

実際はどうしたの・・

国境通過はどうした、外国でのフェリーは、海外で次に進む国の

ビザは・・お金は、言葉は、くいものはどうした、

一番つらかったことは、うれしかったことは・・


「シベリア横断道路、今と昔。走るには今が旬・・・」

後半の主題に、話したいとおもいます。

会場に海外ツーリング経験者が来ていただいている場合、

援助を頂きながらいっしょに進めていけたらいいなぁ。

これから海外に行く予定の人たちのためにも

質問の時間をとって・・・


オートバイだけではなく、歩いての一人旅、自転車の旅、

バックパーカー、アフリカ・トラックツアー、世界船の旅

など・・・みなさんから話を聴けるとうれしく楽しいですね。

ご協力ください。


オマーンの首都マスカットからイエメンの国境近くサラーラとゆう町まで
片道1000キロ、白い砂漠の中走ってきました。


前回2003年は日本からモスクワまで走り・・今回2015年バルト三国~モスクワ~
サハリンまで走った・・見違えるほど道はよくなっています。その話もできると思います。

70歳記念。アラビア半島から北に上がってモスクワ・・走り残した
東欧、ヨーロッパはほぼ走り切り。アフリカ・チュニジアから横断的
イタリア~ギリシャ~トルコ~レバノンと走って最後は東欧コソボで
121か国です。レンタルバイクで去年台湾を仲間と走ったので122か国。




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オートバイ一人旅・講演会のお知らせ・3月19日日曜

2017年02月08日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ

ワッツ(WTN-J)主催の講演会です。

3月19日日曜日13時30分開場
14時から16時まで

品川・荏原第二区民センタ 500円



今回も手話通訳付きです。

57歳から走り始めて16年間・・今73歳になってしまったぁ。


講演会題名

「笑われて、笑わせて、道に迷い、親切に泣き走った122か国」

「北・南の果て4、赤道直下4か所、国境206か所、エベレストベ
 ースキャンプ5200m、など・・・38万キロ走った」

残りは東南アジアだけに・・・早めに走り終えたいとはおもいますが・・。

講演内容

実際はどうしたの・・

国境通過はどうした、外国でのフェリーは、海外で次に進む国の

ビザは・・お金は、言葉は、くいものはどうした、

一番つらかったことは、うれしかったことは・・

「シベリア横断道路、今と昔。走るには今が旬・・・」

など話したいとおもいます。

会場に海外ツーリング経験者が来ていただいている場合、

援助を頂きながらいっしょに進めていけたらいいなぁ。

これから海外に行く予定の人たちのためにも

質問の時間をたっぷりとって・・・


オートバイだけではなく、歩いての一人旅、自転車の旅、

バックパーカー、アフリカ・トラックツアー、世界船の旅

など・・・みなさんから話を聴けると楽しいですね。


70歳記念・アラビア半島・アラブ首長国連邦・・から
オマーンへ(2014年)転んだら起せないワルキューレ
1500cc・450キロ
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2016年をふりかえる・・

2016年12月26日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
今年も終わりになりますね、
更新できずにすみません。




この一年振りかえってみました。

①1月30日 目黒区民会館・・東京海外旅行研究会

②2月17日 オマーン大使館・・日本オマーン協会

③4月3日  四国高松「アイパル香川」香川海外ツーリング協会

④4月23日 中国・広州 「1874」

⑤6月3・4・5日 海外フェスタ 原宿・竹下通り

⑥10月15日富山・高岡市北陸二輪協会

⑦11月19日佐賀・鹿島実業高校90周年記念講演

⑧12月2・3・4・5 台湾ツーリング10名

⑨12月15日静岡・浜松グランドホテル・浜松南ロータリークラブ主催

走り残したエリア・・東南アジアだけになりました。
早いうちに走ってみたいです。




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オートバイひとり旅・モスクワ~シベリア横断~サハリン・一万キロ  自宅に戻る 10

2016年10月03日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ





9月10日木曜
きょうも古川さんの後ろについて走り、旭川を過ぎて小学校の跡地ゲストハウス「雪月花廊」に泊まる


9月11日金曜
前日に続き連泊する。古川さんは新たな目的地南に向かい大塚さんも自分の目的地北に向かって走り出すのでここで別れることになる。
ここまで案内していただき、古川昭夫さんお世話になりました。ありがとうございました。


9月12日土曜
きょうは行けるところまで走ろう・・青函連絡船に乗って青森まで来た。泊まったことのある健康ランドはいっぱい、市内のホテル、
3,4軒当たってみたがどこも満杯・・何か行事でもあるのかな。

仕方ない、高いと思われるJAL系ホテル・・ここしか空いてなかったので泊まることになった。

9月13日日曜
東北高速を走り・・仙台市内に入って駅前のホテルに泊まる。初めて仙台の中心アーケード商店街を歩いてみる。イベントもやって
いて通りには人が多い。さすがだと思う。

9月14日月曜
東北高速道路、サービスエリアで泊まる






自宅についた
9月15日火曜
日本・さいたま市役所前に12時20分頃到着した。市役所玄関前には、ろうあ者の仲間、オートバイ仲間、相模のコンさんをはじめ
蘭丸さん・・さいたまパソコン同好会の仲間、別所沼公園の仲間、

なんとパキスタン、フンザ、カリマバードでお会いした三重県からの女性など・・・3,40人人たちが出迎えに来ていただいていた。


手づくり歓迎のぼり旗はろうあ者の人たち持ってきていただいていた。ほんとありがとうございます。


オートバイを玄関前に止めることができたのは市役所側のご配慮に感謝したい。ありがとうございました。朝日、読売、さいたま新聞
三社の記者取材を終えてからわたしの家に移動して帰国報告会を行った。


無事に帰って来ることができました。

70歳過ぎたのを記念に今回の旅は2014年2月から2015年9月まで約1年7カ月だった。自分でもよく走ってきたものだと思
います。

出迎えに来ていただきみなさんありがとうございました。


また、これまで日本で応援して励ましていただいたことに感謝いたします。ありがとうございました。


これまで走った距離(メーター1個目282829km+91826km)374755㎞(2015年9月15日現在)


訪問した国121か国・・オートバイで走った国111か国になりました。






これからは残りの東南アジアを機会を見つけて走りたいと考えていますが・・

こっちも、いつになるのかわかりませんが大まかな15年間のことを簡単にまとめてブログに乗せたいと考えていす。

これまでブログ見ていただきありがとうございました。
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オートバイひとり旅・モスクワ~シベリア横断~サハリンまで一万キロ  9

2016年09月15日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ


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ハバロフスクからロシア本土の果てワニノ港から・・フェリーでサハリンにわたる



ハバロフスクを暗いうちに出発


8月30日日曜   はれ    はれ
ハバロフスクからワニノへ・・まだハバロフスクはうす暗い中ワニノに向かって走る。タクシーに「サハリン、サハリン」
「ワニノワニノ」と聞くそっちだと親切に教えてくれる。


よし本線に乗ったようだ。森林地帯に入っていく。車は少ない。川にも、沼みたいな場所でも釣り人が並んで釣りしている。
日曜だからみなさん出かけているようだ。うきうきした笑顔も見える。







一回目のペトロールスタンドで満タンに入れる。未知の道路はどこでも気にしながら走るが特にシベリア・サハリンへの道は
特別のものを感じる。



ロシア最後のペトロールスタンド、これから330キロスタンなし・・ペットポトルなどに分けて16リッターの予備を積んだ。

最後のペトロールスタンドに着いた。途中に一軒ペトロール、スタンドはあるのでは思っていたがここから330キロ、給油
できないとスタンドの人の話。


予備のペットポトルを頼んで用意してもらった。100m程進んだところに分かれ道。右の方がワニノ方面なのだ。



ワニノへの分かれ道


地元の人が3,4人雑談している、このメンバーも釣りに行くと笑いながら話してくれる。「ガタガタ」道なのか聞いてみ
るとナイス道路だ、3,4時間で着くと話す。彼たちはおそらく四輪駆動を飛ばしていくときの話だろう。





いよいよシベリアのラストランに道になる。こわごわ道路状態を確かめながら慎重に走り始める。これぐらいの道だったら
普通のスピードでいいかもしれないな。


きれいな川に沿って道ができている。素晴らしい新しい道も出てきたと思ったら工事中の道になった。おおージャリ道、
これは、これはすごい道になった。


立身の運転に切り替える。悪路の場合わたしはこの立身運転にしている。土煙を上げて前方から走ってくる車、トラック。


気合を入れなおす・・。息を持つかせぬジャリ道は続く。新しいジャリなのでセカンドギア、ローギアで走る、汗びっしょ
りの走りになる。


小さい川の橋への迂回の道がいく度とも繰り返し出てくる。止まるとひっくり返りそうなジャリの悪路。これで終わりか・・
終わってくれ。同じような迂回道が続く・・。






また出てきた・・ジャリミチこんどはまだいい・・ジャリは少ない・・悪路の道が終わった。


メーターを見ると43キロがジャリ道・・新しい道路の工事中でコンクリート製のでっかい橋げたなども造っているのを
途中見てきた。工事が終わるまで3,4年ぐらいはかかりそうな気がする。


もうすぐワニノの町に着くはず。ペトロールを道路わきに停めて予備タンクからペットボトル5本16リッター程すべて給
油した。ワニノ市内に近づくにしたがって穴ぼこの多い道になってきた。

予備のペトロールをここで入れる


ついにワニノの町に着いた。コピーしてきた地図を見せ二度ほど聞きながらホテルに着くことができた。


日本から軽自動車で来ている、これから旅に出る石澤さん夫婦と、ここで待ち合わせになっている。フロントで聞くと石澤さん
夫婦ができた。





この軽自動車でこれから長い旅に向かう石澤さん夫婦・・泊まっているワニノのホテル


「しばらくでした」このあと夕方からわたしの部屋で話すことにした。軽自動車で走る石澤さん夫婦はこれからシベリア横断。
中央アジアをぬけてヨーロッパに向かうとか遠大なる旅である。


売り場の確認を日本人と駅まで行ったり・・した。上司の人から指示された駅員さんに連れられてフェリーチケット売り場
まで行った。


フェリーチケット売り場、乗船手続きにトラック運転手さんたちが入れ替わり立ち代わり出入りしている。わたしも紙に書い
て説明するが、ちんぷんかんぷんでどうも通じない。あとからくるようにとの話になった。


仕方なくホテルに戻る。ホテルのスタッフは誰かが3時ごろ迎えに来るから待っているようにとの話しだ。どうなってい
るのだろう。フェリーのスタッフが迎えに来ることがようやくわかった。


丸っこい男の人がわたしを迎えに来てくれた・・車の後ろについて走る。午前中手続きに来た事務所に男の人が入ってゆ
く、わたしはビールはフェリー船ににあるのかと聞いたら・・ないとのこと。


では、マーケットに行ってすぐ戻るからとUターンしてビールを買いに走る。フェリー乗り場のチェックの門をくぐりフ
ェリー船の事務所へ、いくつも線路を渡るとき滑らないように慎重にわたる。


二階の事務所に上がって手続き・・すませる。たしかカードで支払ったように思う、料金は忘れてしまった。これからサ
ハリンにわたるトラックの運転手さんやマイカーの家族づれなど待合室に集まっている。


フェリーに乗り込むのに、わたしの後ろについてこいと親切なドライバーに感謝、ありがたい。フェリー乗り場に移動・・
線路がフェリー船まで続いている。転ばないようにこわごわしながら線路を横切りフェリーに乗せることができた。


船室に上がり気持ちもほっとした。おばさんが毛布をわたして船室に案内してくれる。だいぶ古い船室・・だなー。


船内でビールを飲んでベッドの入る・・明け方いよいよサハリンに着く・・乗船している人たちは全部で50人ぐらいだ
ろうか。


きょうフェリー会社のスタッフがホテルまで迎えに来てもらったことなど考えてみたらハバロフスクでホテルの女性が予
約してくれた時に・・・細かくフェリー会社に連絡してくれていたのだと思う。見えない親切に感謝したい、ありがとう。




ロシア本土・ワニノ港からサハリンに向かう


サハリンに到着
9月Ⅰ日火曜    はれ
「サハリン」と言葉はづーっと昔から聞いていたなつかしい響きの名前だ。なんか特別に思えるサハリン。アーついにサハリン
にきてしまった・・・・と言ったほうがいいかもしれない不思議な自分の気持ちに。


そのあこがれていたサハリンについて特別な強い思いがする。ついた港から日本、稚内に向かう最後の港コルサコフまで
約130キロ走る。コルサコフ方面に行くと話していたマイカーの人について走る・・・。


あれっ南に向かうと思っていたら北の方に走って行く。そうなのか・・10キロほど走って右に曲がって走って行く・・
これは本線のようだ。


マイカーの人は結構飛ばして走る・・ちょっとついていけないなー。いいやマイペースで走ろう。途中で待っててくれて
いたが、そのあともわたしの走りが遅いのでいつの間にか見えなくなってしまった。


ちょっとした町に来た・・まっすぐ行くとユジノサハリンスクへ行く・・コルサコフはここから右に曲がれとペトロール
スタンドの人が教えてくれる。ありがとう。


何となく日本の匂いのする親しみのある景色が出てきた。これまでごとごとすることなく道路はいい。コルサコフの町に
入ったようだ。大きな町かと思っていたちょっと寂しさを感じる街に感じられる。


オートバイを止めてマイカーの人にホテルを聞く・・しばらく4人で話合いホテルまで案内してくれた・・ありがとうご
ざいました。


フロントは女性一人、料金について長く泊まるから「負けて」と話した。電話でオーナーらしき人に聴いて5000円を
3000円に負けてもらった。うれしい。


夕方オーナーが帰ってきた穏やかな顔・・わたしと同じような年ぐらいか・・話しぶりから親日のような温かさを感じる。





まもなくサハリンに・・




長年の念願だったサハリンを走る





サハリン、コルサコフ・・

9月2日水曜
よく頑張ってここまで走ってくれたオートバイを洗車した。物言わぬオートバイだけれど何となく気持ちよさそうだ。い
ま37万キロを過ぎている。ホテルの近くを散策してマーケットで食料の買い出し。


9月3日木曜
泊まっているアルファ・ホテルの玄関には日本人が住んでいた頃の石の遺跡が残されている。寄贈された人たちの名前が
刻まれて当時をしのばれる身近なものを感じる。


また近くの路上でのバザールで農産物など売っている店には日本人の人たちと何人かあったことはある。わたしと同じぐ
らいかちょっと上ぐらいの人たちに見えた。


9月4日金曜
ホテル前の広い公園広場周辺を散策・・全体としては町を見渡しても新しいビルは見かけない。



コルサコフ市内・・


9月5日土曜
地元のオートバイ仲間が・・ホテルにやってきた・・・外に出してあった、わたしのオートバイを見てやってきたと
思われる。


「話をしたい」・・いいですよ、OKOKと返事した。大型オートバイばかり5,6人やってきた。再び夕方仲間とい
っしょにホテルのレストランで逢うことにした。 


言葉は通じないがなかなか楽しい時間をすごせた。オートバイ仲間はどこの国にいってもすぐに仲良くなれる、不思議
なことだ。




地元のライダーが集まってきてくれた。



泊まっていたホテル・・玄関前には日本人が使っていた石碑などそのままの残っていた


9月6日日曜
街の中心と思われるところまで歩いてみた・・・大きな交差点のところまで来てから引き返す。




コルサコフのフェリーの責任者と・・親しみやすい人柄だ・・

9月7日月曜
あした出港する船の事務所に行き、フェリー乗り場、チケット売り場を確かめるフェリー船オフィスのオーナーは日本
と稚内航路が今年2015年9月18日でおしまいになる。


しかし新たに来年は稚内の方で航路を検討しているようだと話してくれる。親切なオーナーと記念写真を撮って別れる。
ありがとうございました。






ロシアコルサコフ港から稚内港に向かう

9月8日火曜
ロシア・サハリン・コルサコフ港・・出港。8時までに事務所に来るようにきのう言われていた。出国手続きを終わら
せてサハリン、ツーリングを終えた日本人青年二人と一緒にフェリーに乗り込む。


わたしにとっては独特の響きのある「サハリン」とお別れだ。13時30分日本の稚内港についた。入国手続きを終え
て今度はオートバイの受け取りだ、埠頭に回って係官が来るのを待つ。


出迎えにわざわざ千葉から古川昭夫ライダーが出迎えに来てくれていた・・ありがとうございます。乗客の全員入国手
続きを終わらせて埠頭に回ってきた入国係官、オートバイ青年2人はスムーズに終わった。


わたしの場合「カルネ」をリトアニアで盗まれたので、手続きがきょうは出来ないと話す。あした再び埠頭に来ること
になった。




稚内港に到着

9月9日水曜
9時に稚内埠頭に来た。入国係官は、まだ来てない。海運業者に催促してもらう。今こちらに向かっていると・・倉庫
の人たちもいい感じを持っていない話ぶりだ・・待ちに待った係官が来た。平然とした顔だ。


早く手続き終わらせたい・・「早くしてくれ」そこまで来ているがじっと我慢。係官が来る前にカルネのコピーを東京
のJAFから取り寄せていた。  


通運業者のおかげでどうにか難癖をつかられなくて手続きを終わらせることができた。12時を回っている。稚内駅に
待ってもらっていた古川さんのところまで戻る。


これからは北海道にもくわしい古川さんの後について走ることになる。
陸の真ん中あたりを走っていく。着いたところは音威子府の村だ。無人駅「咲来」(さっくる)駅のそばに建っている
昔の駅舎と思われる「ライダーハウス咲来」に到着。


出迎えのため、わざわざ稚内まで来てもらった古川昭夫さん、稚内の居酒屋さんでカンパーイ。ありがとうございました。
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オートバイひとり旅・モスクワ~シベリア横断~サハリン 一万キロ  8

2016年09月05日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ




ハバロフスク市内

8月22日土曜
いまウランウデ・・あしたからハバロフスク~サハリンに向かう支度を終えた。

8月23日日曜  
サハリンに向かって出発・朝6時にホテルを出発ウランウデの市内はひっそり・・標識が出てきたチタ方面はまっすぐだ・・


道路の状態がはあまり良くないなー。振動がハンドルに伝わってくる。それに道幅も狭く感じる。カーブが続く日本の田舎の県道に似た道路・・あせらずにスピードを落として慎重に走る。


この先の道路こんな道路じゃ思いやられるなー・・と走っていたら道がよくなってきた。ええーつ、こんなにいい道路
になっているのか。


なんとも素晴らしい道路になっている。前回2003年6月モスクワに向かって走っていたときはチタとウランウデ間
はガタガタの道路だった。

いまは見違えるようによくなっている。当時足元ばかり転ばないように見て走っていたのだ。


そのときは景色など見る余裕などなかった。チタの標識が出る。チタ市内に入るまで10キロほど距離がある。


太陽はまだ高い位置にあるが道沿いに立派なホテルがあったので安ければ泊まろう。

オートバイを止めて料金を聞いてみた5000円ぐらいと許せる範囲。駐車場は別にセキュリティがいる別棟。それもでかい倉庫みたいなパーキング。

朝早いけど「大丈夫ですか」OKその時間には起きている「心配しなくていい」「この見張り部屋にいる」と年寄りの係官。

ウランウデ~チタ今日は約600キロ走った。チタ泊まり

ブラジル出身のマホエさんとシベリア道路でばったり会った





















それにしてもどうしてペトロールスタンドのおじさんはこの宿教えてくれなかったのだろうかと不思議に思う。仲が悪のだろうかなぁ。

今車で来るから待っているようにと、電話してくれた地元の親父さんは引き返した。ありがとうございました。

軽自動車で女性がやってきた、四部屋ある宿に案内してもらった・・ドアーは完全には閉まらない、それでもいいや。

はなれ小屋には本格的なサウナもあった、さらに離れにトイレも。荷物を置いて・・とりあえず隣りの食堂で晩飯。こんな
山奥でも24時間営業している食堂だ。

アー泊まれてよかったなー。トラックを止めるスペースもあるから、これからトラックが来るのだろう。

サウナに入ってからベッドに入る。一時どうなるかと思ったが泊まれて助かった。

ここはシベリア地図で見るとチタとハバロフスクのちょうど真ん中編・・中国の膨(ふく)れた頂上のあたりになるところ
に泊まっている。

最初この辺りはシベリアの森林地帯で寂しい山の中だろうと想像していた場所である。

考えていた深い森林地帯ではなく、実際は林の中と言ったほうがいいかもしれない。しかし自分では山奥に来たもんだなーと感慨深い。


8月25日火曜
音がする・・夜中に泊まり客が来たようだ。朝起きると周りが見えないほど深い霧になっている。

これじゃ走る気にならない。泊まったお客さんはもう出かけていなかった。霧が取れてきたがまだ走れるような状態ではない・・・少しだけ見えるようになったのであと一泊してもいいかと、近くを散歩に出かける。

歩いてみると結構民家が集まっている。犬がさっきから付いてきている。きのうから汽笛の音が聞こえてきたので線路のある方に歩いてみた。

道はじゃりみちでオートバイで走れるような道ではない。昔のトラックが力強い音を出してゆっくり走っている。

線路についた・・列車が遠いところに停まっているのが見える。駅なのだろうか。

近づいてみると駅があった。ロシア語の駅名は読めない。何人か駅にきている。中線に停めてある工事列車とみられる一両の車両に作業着の人たちが乗り込んでいる。


来た、来た、長い、長い貨物列車が通過していく。貨物列車は上り、下り10分を待たずに運転しているように感じる。

まださっきの犬がついてきている。宿に戻るころ霧が上がってきた。10時を過ぎている。

よし出発していけるところまで走ってみよう。深い森林地帯と想像していたが、きょうもどこまで走ってもその様子はない。林といった方がいいかもしれない。

道路は申し分ない・・走っていて気持ちがいい。ペトロールスタンドとモーテルも併設している場所についた。

よし今日はここまでだ。オートバイは隣りの修理工場に入れてもらった。

ホテルのレストランは二つに分かれていて、片方には仕事を終えた修理工場の人たちが常連の席になっていると思われる一角で飲んでいる。



こっちにきて「お前も呑め」みたいななことで誘われる。すみませんと言いながら一緒の席で吞まさせてもらった。

話ししているうちにリトアニア国出身の人たちと分かった、おなじ国の人たちだった。

ここは・・前回2003年にモスクワに向かうときこの辺の駅からチタまで送った場所になる。この区間は走れなかった区間でもある。

ベルゴルスク駅から送ったのだけれど「駅は」どのあたりにあるかアイパッドで見てもまったく見当もつかない。

ハバロフスクまで走りきるとシベリアを完全に走りきったことになる。よしもう少しだ。








8月26日水曜
そろそろホテルを探そうと右に入ってレストランらしいものがあったので入ってみた。

ゆかいな夫婦が話しかけてきた・・地元の人達の3,4人集まってきて雑談した後、ここには泊まれないけどこの先2,3キロ先にモーテルがあると教えてくれた。

ありがとうございました。ホテルらしい建物が出てこない・・・行き過ぎたのかな。あった、あったホテルが出てきた。




8月27日木曜
朝日を受けて走り始める。うん、今まで道路はよかったのにあまり良くないな・・。ゴトゴト道も出てくる。電車と並行して走っている道路に出た。

大きな、大きなアムール川の橋に来た。この道あまり覚えはないなー。渋滞している中橋を渡り切った。

なんとなく前回走った景色がよみがえる。ペトロールスタンドで満タンに給油・・ハバロフスクへの道を聞く。わかった・・右に曲がって市内に走る。

渋滞の中セントロに入っていく。脇に止めて「ホテル」を聞く二つ先を右に走るとある。ありがとう。大通りを走っている
バスに聞く。

「この先右にすぐわかる」あった、立派なホテルだな・・・

とりあえず値段を聞いてみよう。中心あるにしては思ったより安い6000円ぐらい。

二泊予約した。オートバイは裏側の駐車場に停める。晩飯は寿司のお店があると聞いて買いに行く。WIFIも使えるのでゆっくりできそうだ。

あー、ハバロフスクについたぞ・・で前回列車に載せた区間も今回で完全に12年ぶりに走りきることができた。

サー、これからサハリンへの道、未知の道が不安になる。
 



8月28日金曜
ホテルのフロントに一角に旅行会社があるようだ。そこの女性は日本語ができる。

感じのいい快活なお嬢さん。話しているうちにワニノ港からサハリンに向かうフェリー船のことになった。

そこのフェリー予約できますから私が予約しておきますと・・願ってもない助け舟。ありがたいですよろしくお願いします。


8月29日土曜
ハバロフスク市内から見えていた寺院を見に行ってみた。

あしたはいよいよロシア本土の果てサハリンへの港があるワニノに向かう・・。





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オートバイひとり旅・モスクワ~シベリア横断~サハリン 1万キロ 7

2016年08月27日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ




8月11日火曜
ロシアビザ取るために日本に戻る・・モンゴルから日本へ。宿から飛行場まではきのう宿から、
きのうタクシー6時に予約していた。1時間ぐらいでモンゴル飛行場につく。

上空からモンゴル・・中国の国土の上を飛んでいく。道路もはっきり見えるが車の姿は見えない。
山奥のこんなところを走るのには勇気がいるだろうな。成田空港から誰もいない自宅に戻った。



8月12日水曜
東京、赤坂にある「ロシアビザセンター」に出向く。地下鉄赤坂から歩いてゆっくり歩いて10分
ぐらい。

パスポート預けて受け取りは17日7500円
翌日受け取りのエクスプレス・・少し高くなる。

*マルチビザ(365日有効)・
①一年以内にロシアビザある人39800円
②ロシアビザない人・・49800円
ここは365日一階にあるフロントで郵便でも受け付けいるようでべんりでいい。

8月13日木曜
朝トレーニング・・ネットの整理

8月14日金曜
朝トレーニング

8月15日土曜
朝トレーニング

8月16日日曜
朝、トレーニング

8月17日月曜
ロシアビザ受け取り
8月19日から9月17日まで30日有効


8月18日火曜
日本・成田空港からモンゴル空港へ。

モンゴル到着が夕方になってくるので暗くなる前に宿につきたい・・18時について
手続きを終えると19時どうにか暗くなる20時前モンゴルゲストハウスに到着した。

少しは泊り客も入れ替わっている。


8月19日水曜
ゲストハウス「オアシス」の隣で味戸さんの修理工場に預けていたオートバイ修理代を支払
って受け取った。これで安心して走ることができる。ありがとうございました。


8月20日木曜
まだ暗い6時に出発・・しようと荷物を積み込んだ・・あーっヘルメットがない。味戸さん
に預けて受け取るのを忘れていた。

朝早くて申し訳なかったが宿の警備員から連絡してもらって隣りの工場から持ってきてもらった。

味戸さんお世話になりました。ゲストハウスのスタッフにはきのう挨拶はすませている。


モンゴル市内からウランウデ方面への道がわからなくなって、いったん止めてマイカーの人に聞き
なおした。バックして・・そうなのか、ここから左に入るのだったのか。

ペトロールスタンドで給油、マイカーの人にウランウデ方面を聞くとそのおじさんが分岐点まで引
っ張ってくれた。ここからは「真っすぐだ」・・助かった・・ありがとうございました。




どこまでも緑の丘が続くモンゴル平野。ほかの国では見られないめずらしい景色だと思う。

黄色い花咲く草原に出た。来るとき見てきたゲルを見渡しながら・・車はそんなに
多くはない。遠くには白いお寺らしき建物が出てきた。





国境についた。相変わらず行列ができている、どこの国境でも同じ・・オートバイだから許されるの
だろうか、先頭までいける。周りの人たちもいやな顔などは見せない。

すみませんと頭を下げながら、モンゴルの出国手続きへ。お昼の時刻になると太陽の日差しが強いが
雨よりはまだいい。

今度はロシア入国だ。ゲートで停められて、5,6台づつロシア側に入っていく。先頭にいるのだが、
ゲートが開くたびにロシア側から違うと・・バックさせられる。

どうなっているのだ。二回、三回これを繰り返してようやくわたしの順番が来た。

入国手続きにモンゴルの地元人たちが手伝ってくれたのでスムーズに終えることができた。ここの国境
では荷物の検査はしなくて通している。

結局2時間ほどかかって入国手続きを終えてロシア側に入った。

車は少ないがスピードは出さないで8,90キロで走る。ウランウデ市内に入りこれまで泊まってきた
ウランウデ・ホテルに入る。

8月21日金曜
これからの日程を大まかに考える。ロシア本土の最果てサハリンにわたる港ワニノ港には8月30日ぐ
らいにつくようにすればいいだろう・・・




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オートバイひとり旅・モスクワ~シベリア横断~サハリンまで 1万キロ 6

2016年08月22日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ



8月1日土曜
朝ゆっくりとバイカル湖畔を散歩、静かなひととき。世界一透明度のあるバイカル湖と聞いている。

バイカル湖のさかなのお土産や。以前は湖畔の露店だったが山側に移って
屋根付きになっている。前回白身の半干し刺身がうまかったので今回もそれを目当てに買いに来た。
ホテルに戻ってビールのつまみにした。うまい。






8月2日日曜
朝6時宿をウランウデに向かって走りだす。湖畔途中から深い霧になってきた・・ロータリーに出た
・・どっちなのか。聞きたいが車が来ない。そのまま走り出す。

しばらく走り止まっていた車に「ウランウデ」は・・・イルクーツクに入る手前から左へ・・どうに
か本線に出ることができた。

道端には前回と同じように野イチゴ、ジャガイモなどづらりと露店が並んでお客が止まるのを待って
いる。

ウランウデはモンゴルに行く基地になる。行ったり来たりしたのでだいたいの道筋はわかっている。

今回ウランウデは12年ぶりのこと、わかっていたつもりだったがわからなくなった。ガススタンドで
詳しく聞きウランウデ市内の入り口に入った・・オートバイが走っている。

オートバイの前に出て止まってもらうように・・停止した。

ちょっと話して再び走り、中心街に来たときタクシーが横に来た「レーニン・レーニン」と叫ぶと次
から右へと指さす・・ありがとう。

中心にはでっかいレーニン像が建てられている。そこの隣にホテルはある。レーニン像が出てきた・・
ホテルは高層なのですぐにわかった。グルーっと回り込んでホテルの広い駐車場に到着した。

一番安い部屋はなかった、あした移ることで次に安い部屋に決めた。このホテルにはATM器械があ
るのでカードが使えて便利である。

前回の時はなかった近くのマーケットを聞いてビールと食料の買い出しに行く。顔が丸くてなんとな
く親しみのあるモンゴル系の人たちが多い。










8月3日月曜
ロシア・シベリア横断のペトロール(ガソリン)スタンドはガス欠になるなどモスクワからウランウデ
まで5600キロの区間心配はなかった。

ロシア国境に入る


ロシア国境手続きを終えてモンゴルに・・ここは緩衝地帯


ロシア国境こえてこれからウランバートルに向かう」


ロシア国境手続きを終えて・・モンゴル側に入る・・ここは緩衝地帯


8月4日火曜
ウランウデからモンゴル・ウランバートルに向かう、約600キロ。朝6時過ぎにモンゴルに向かう。

途中止まってモンゴル行きの道を車に聞いて確かめるつもりだったが10キロぐらい走ったころ
に標識が出てきた。

これだ、ここから右に入っていく。

まっすぐ走ればチタ、ハバロフスク方面だ。雨模様になってきた。国境の手前、10キロぐらいは
新しい広い道に変わっている。

ロシア、キャフタとモンゴル国境についたここまで240キロぐらい。雨の中・・手続きの事務所
を回る。


地元の人たちが最初はこっち、今度はこっちだと教えてくれるので大助かり。何とかロシア出国手
続き終了。

今度はモンゴル入国手続き、前回12年前の時はちょうど昼休みで2時まで緩衝地帯で待たされた。

そのときは暑かったことも覚えている。掘っ建て小屋、板を渡しただけのトイレもあった。国境係
官は女性の人が多いモンゴル・・入国手続きを終わり、モンゴル首都ウランバートルまで350キロ。

強い雨じゃないが雨が降り続いている。雨と道が広くはないのでスピードは出せない。まぁ用心しな
がらゆっくりゆっくりと自分に言い聞かせる。

草原の続く中、ゲルが出てきた。道路の近くに前回の時はこんなにはゲルは多く見かけなかったけど
な・・。前回は6月終わりから7月初めだった。時期によってゲルの移動があるのだろうか。

それとも商売になるから道路の近くにゲルは出てきたのだろうか。雨もあがってきたので止まってじ
っくり、動画、写真におさめる。


モンゴルの首都、ウランバートルについた。

大通りに止めてネットで調べたゲストハウスを確かめる。ガススタンドで聞き、走り出す。渋滞して
ゆっくりだ・・すぐ横に日本人が車で走りながら話しかける。安全と思われる場所に止めた。

ゲストハウスのアドレスを見せると途中まで案内してくれると言う。ありがたい。ここから左に行っ
たところがゲストハウス・・と。

ありがとうございました。奥まったところに止めて歩いて宿を見つける。なかなか、宿の場所がわ
からなかったがどうにか突き止めた。

日本の5階建アパートの部屋が宿になっていた。アー、たどり着けてホッとする。







8月5日水曜     はれ
宿の近くを散策・・スーパー、銀行などもある。陽ざしが強い。久しぶりにくつろぐことができた。


8月6日木曜     はれ   陽ざしが強い
日本からモンゴルにきて商売をしている大島さんと会うことになった。わたしも知っている日本の
嶋津さんの紹介である。

宿の近くまで来ていただいて「ゲストハウス・オアシス」に向かった。「オアシス」は中心から15分
ぐらいのところ・・世界の旅人、オートバイやキャンピングカーなど敷地いっぱいに止めている。


モンゴル特有のゲルも6棟建てられている。

隣りには日本人の味戸(あじと)さん経営する自動車修理工場になっている。味戸さんはパリダカ
レース(たしか三菱チーム)スタッフで相当な技術の腕前であることはゆうまでもない。

モンゴルの奥さん、二人の子供さんも・・元気だ。オアシスの裏側からも出入りできる。ゲルの部屋
など部屋を見せてもらい、わたしもあしたここに移ってきて泊まることにした。


大島さんに連れられて寿司をごちそうになった。この寿司屋さんは日本の人で今この店のほかに3店
舗営業していると日本人オーナは話す。

出てきた寿司・・寿司ネタもわたしが日本で食っているものよりはるかにうまかった。もっとも、回
転すし、チエーン店ぐらいしか喰ってないけど・・それにしても、いやーうまかった。

これじゃお客さんも増えお店も増えるはずだ。

そう言えばあっちこっちの国で寿司屋さんが増えていることも見てきた。ヨーロッパはもちろん、印象
に残っているのはレバノン・ベイルートの寿司専門店で食べた赤身が、うまかった。

わたしは赤身だけ注文することが多い。うまい赤身はこっちに流れているのかと思ったことがあった。

値段も安かった。南アフリカ・ケープタウンでは、週一回食べ放題の日があった。5,6人で行って次
から次喰ってしまっていやな顔をされたこともあった。

宿まで大島さんにタクシーで送ってらった。うまかったです・・・ごちそうさまでした。







8月7日金曜
ロシアビザダメだった。朝一番にロシアビザ代行社に行って申請書を作ってもらった。その書類をもっ
てロシア大使館に出向く。

午後1時にオープンする。陽ざしが強いが早めに行って並んだ。今日で二回目になる。一回目は書類
不十分だった。

今回は代書屋に頼んだ。3人目にビザ提出部屋へ。サハリンまで10日間では無理なので「30日ビザ」
がほしい・・。

「ここでは10日間」だけしか発給しないとロシア大使館は受け付けない。やっぱりだめか。

10日間でサハリンまでいけないことはないが、あせって走って事故っては、もともこうもない。

最後はワニノからフェリーでサハリンに渡らなければならない、その運航もわかってない。フェリーが
週一回だったらビザが切れてしまう不安がある。

しょうがない、ここまで来てあせる必要はない。日本に一度戻って一か月ロシアビザを取り直そう。

オートバイで来ていたのでそのままきのう予約した「ゲストハウス、オアシス」に向かう。大島さん
からタクシーに乗っているとき道順をきっちりと聞いていたのですんなりと「オアシス」につくことが
できた。

ゲルに泊まることにした。







8月8日土曜 
ゲルに泊まるのは前回2003年6月モンゴルに来たとき、別のホテルの従業員のキャンプに連れても
らったときにゲルに泊まったので二回目になる。

ゆっくりできる名前のごとく「オアシス」だ。

本屋には食堂、ドミトリなどがある。もちろんネットも食堂でできる。夜の食事は食堂に注文した。


8月9日日曜
ビールなどは・・自分のカードに書き込んで冷蔵から持っていく。

世界の旅人が集まる男女ゆかいな仲間たちばかりだ。オートバイで来ている5,6人、キャンピング
カー5,6台それぞれ工夫した車が並んでいる。

車の屋根の上にテントを張れる車・・などすぐれものも止まっている。敷地内は深い砂利を敷いてい
るのでわたしは入り口のコンクリートに置いた・・

8月10日月曜
ロシアビザをとるために日本に帰らなければならない。安い飛行機を探した。


モンゴル~日本往復7万円の飛行機をとった。あした11日朝8時半頃の出発(時刻・・アイパッド
に残していたが、動画をとりすぎて、アイパッドがパンクして記録がなくなってしまったので正確の
時刻はわからない)

オートバイは隣りの味戸さんの修理工場に預ける。

預けるついでにライトストップなど気になるところを箇条書きにして味戸さんに修理を頼んだ。










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リヤカーマン  塩田忠市さん 75歳

2016年08月17日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ


リヤカーマン塩田忠市さん75歳

塩田さんはこれまで日本の海岸をリヤカーを引いて・・
近道なしで、すでに日本一周を果たしている

今回は北海道から背骨にあたる道を歩いて九州、佐多岬まで
歩きとおす・・元気・・元気・・丈夫な塩田さん

北海道から今塩田さんは新潟についたので応援に、わたしは
九州・嬉野から一気に新潟まで走ってきたところです。

新潟駅前の居酒屋でごくろうさん、納涼会二人でカンパイ。
これから11月佐多岬まで歩き続けます。

頑張ってください塩田さん・・。

ブログ「宮代わらじ」←検索して応援してください。

わたしは17日自宅に戻りました。






新潟の居酒屋さんはうまくて安いですわ・・生ビールとつまみで390円・・
こりゃいいぞー・・連泊しました。
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ふるさと、佐賀・嬉野温泉に帰っています

2016年08月09日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ





今日8月8日ふるさと嬉野に里帰りしました。

70歳になってアラビア半島から走り始めてシベリア横断してサハリンから1年半
ぶりに帰国したとき、谷口嬉野市長さんからお祝いの電報をいただいていました。

そのお礼を兼ねて表敬訪問させていただきました。

市役所のみなさん、地元の人たちも…お出迎えを受けました。
感謝しています、いそがしいところ、ありがとうございました。


このあと





母校、鹿島実業高校におじゃましました。

11月19日創立90周年式典の講演を依頼されています。林校長先生、森田先生と
その打ち合わせをさせて頂きました。

女子バレーボールの練習の最中でした。元気な声のあいさつを受けながら講堂の
舞台など、見せて頂きました。

これからを生きる鹿島実業高校のみなさんたちへ…世界で暮らす人たちの話が
出来ること、いまから楽しみです。なお当日手話通訳付講演会になります。

鹿島実業高校のみなさん…
では当日お世話になります。よろしくお願いします。
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オートバイひとり旅・モスクワからシベリア横断サハリンまで 5

2016年08月02日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ



イシムからバイカル湖に向かう






7月27日月曜
朝早くホテルをでる・・うす暗い町にお回りさんが立っている「ジャパン」だけでOKだった。
ノボシビルシュクまでは1000キロある。行けるところ走ってみよう、これまでは工事中の
道がたびたび出て、工事の信号で長く止められる、暑いなー。

時には高速道路顔負けの素晴らしい道路も出来上がっている。道脇では朝早くからロシアコーヒ
ー軽食の販売が忙しそう







7月28日火曜
ノボシビルスクに来た。これまではトラックがひっきりなしに上りも下りを走っている。よく
トラックが走っているなーと思いながら走ってきた。

渋滞している反対車線を走ってくる暴走トラックに二回であった。とっさに路肩に逃げて難を
逃れた。どこの国にもいるもんだ・・バ○やろうが・・。

大きな交差点はまっすぐはクラスノヤルスク、バイカル湖方面、ノボシビルスク街は右に向か
うようだ







7月29日水曜
ノボシビルスクからクラスノヤルスクまで800キロ。ノボシビルスクを過ぎた・・あれだけ
走っていたトラックが消えてしまった、うん、どうした。おかしいな・・。

道を間違っているのか・・地元の人に聞きなおす。「戻って左に入れ」戻って左に入ってすぐ
に途中からものすごいじゃり道、立ち身運転で20キロ以下で走る。

ところで相変わらずトラックがいない。「ケメロヴォ」に着く直前にトラックが出てきた・・
わたしはどうも違った道を走ってきたようだ。

暑い一日だった。太陽はまだ高い位置にある、早いけれどホテルを見つけたので泊まることに
する。


大きなそろばん・・






ペトロールスタンドと料金所

7月30日木曜
クラスノヤルスク・・・「クラスの、ヒトタチ」などと覚えて走る。
これまでの道と違って狭い道になってきた。ペトロールスタンドの清算方も慣れてきた。
「満タン」では通じないのだ。

5L、10L、15L紙に書いて窓口に持っていき、金を払って自分で給油する。わたしは
12Lなどと書いて給油している。

窓口はどこでも鉄格子になっている、盗みがいるからだろうかなー。






バイカル湖に到着

7月31日金曜
広々とした景色のいい高原に止まって写真を撮った。走ろうとしたときスタンドのそばに・・
ネジが落ちてるのを発見、あーっ・・スタンドがぶらぶらになってしまった。

ゴムひもをバッグから引っ張ってとりあえず応急処置・・修理屋のある所まで走ろう。バイカル
湖の入り口の街イルクーツクについた。

うまい具合に道路のそばに停まりやすい自動車修理工場を見つけた。さっそく止めて修理を頼む。
従業員が集まって楽しげに・・話しかけてきた。このオートバイで121か国、世界を走ってき
たと・・いつものように自慢話をしてしまう。

頼んだスタンドの修理、サブ、ライトなど見てもらって二時間ほどかかった。オーナーの奥さん
と子供さんが記念にペンダントをくれた。充分に気持ちが伝わってくる。ありがとうございました。

イルクーツクの町からからそのままバイカル湖、湖畔まで走った。2003年7月に続いて
二回目のバイカル湖は気持ちが落ち着きやっぱりなつかしい。

前回と同じく、行き止まりまで走った。前回と違ってバイカル湖、湖畔にあった魚の売り場はな
くなって、反対側の広場に場所を移していた。宿を探そう・・安宿を聞いて回り、その宿に行く
がインターネット設備がない

最近できたと思われるロッジ風の宿に決めた、二泊予約した。観光客はロシア以外の人たちも多く
見る。中でもバスツアーできている中国の人たちが目につく。

中国の人たちが泊まっているホテル湖畔では一番と思われるホテルの値段を聞く1万円以上だ。
今日明日は予約でいっぱいだとフタッフ。




スタンドの留め金が欠けてブラブラになってしまった。ごむひもで引っ張り上げて応急処置
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オートバイひとり旅・モスクワからシベリア横断・サハリンまで 4

2016年07月25日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ






7月25日土曜
二泊目・・連泊することにした。近くのマーケットまで歩いて食料を調達。
雨が降り出してきた・・あしたは雨かいな、いやだな。

7月26日日曜
雨を覚悟して出発したが、雨には合わなかった。ウファーの街でぎりぎり
になってきたペトロール・・探すがなかなか出てこない。

とうとうウファーの街に入っていく。ラッシュン時間で混んでいる。
ようやく見つけたスタンドで給油。まっすぐ走っても本線に出ると地元の人は話すが
・・混み入ってかえって時間がわたしにはかかりそうだと考えた。

ナビも効かないし、Uターンして本線に戻ろう。オムスクに向かうが、直接向かうと
カザフスタンに入ってしまうので手前で大回りしなければならない。

クルガンから北のほうにと考えていた・・何回も大きな十字路が出てくる・・「オム
スクに向かいたい」地元の人に聞いたらこの道をまっすぐに北に向かっていけと教え
てくれる。

クルガンよりこっちの方がいいように聞こえる。言われるままにその道を上っていく。
あまり大きな道ではないが、道そのものは悪くもない。どこまで走っても交差点が出
てこない。

最初から「イシム」を通過してと考えていた・・イシムの町ついたあと地図をアイパ
ッドで見ると、だいぶ手前のチェリャビンスキから北に入って・・・

エカテンブルグからチュメニを走ってイシムの町にきたことになる。木造ホテルに泊
まろうとしたが・・おかみさんが「だめだ」と許可しなかった。
タクシーを呼んで(個人の車が来た)もらって町の中に入って泊まった。





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オートバイひとり旅・モスクワからシベリア横断・・サハリンまで 3

2016年07月16日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ

シベリア横断・・モスクワ~サハリン1万キロ

シベリア横断・・モスクワ~ウファ




7月23日木曜
どこの、なんとゆう街なのか読めない、聴いてもわからないところのホテルに泊まった。
前回はウファから分かれている・・カザンの街から南にあるサマーラを通ってモスクワに
向かった・・今逆にモスクワからカザンを通ってウファに向かっている。

しばらくはカザンを目指して走って行こう。その先はおそらくウファの街に出る道だ。 

しばらく、カザン、ウファー、そしてバイカル湖目指して走るだけ。道路はいいほうの道だ。
カザンまで750キロの標識が出てきた・・よしよし。この道でいいのだな。 




                      






7月24日金曜
今日もまずまずの天気、川が出てきたり湖みたいなところが出てきたり、景色のいい急ににぎやかに
感じる街に出た、カザンの街に入ったようだ。

うんうん、街から出るとき、ちょっと違う道に来たようだ。こっちはサマーラに向かう道だ・・
ロータリに止めてウファ方面は・・どっち。

「戻って右だ」・・走りながら、タクシー運転手さんは1キロ右だと教えてくれる。
ガス、スタンドで再び確認してループになっているところからウファー方面本線乗ることができた。

なんと言う町だったか忘れてしまったが教えてもらった町の中心にありながら、思った以上に安い
5000円ぐらいの立派なホテルに入る。結婚式などで地元の人でにぎやかになっている。

























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