初めての学習支援ボランティアを終えて、少し感想をと思う。
2つの中学校で一度ずつ参加した。
初回のほうは、ほとんど何もできなかったと言って良い。
生徒の参加人数は、そう、どれくらいだったか。
23,4人くらいだったかと思う。
質問に答えられなかったら、どうしようと心配していた。
が、質問されることは一度もなかった。
場所は図書館だった。
今にして思えば、小さ目の図書館だった。
英単語の意味が分からない様子の生徒がいたので、辞書を探したが最後まで見つからなかった。
英語の辞書もないのかと驚いた。
蔵書の少ない図書館のことが気になったというのは、生涯初めてのことかもしれない。
考え過ぎなことを書くが、貧弱な図書館は、自校の生徒への期待の無さのような気がしてならない。
話を戻す。
2つ目の学校での第二回目は、と言うと。
これがなぜか、少し様子が違った。
ある程度、だが、質問があった。
やはり、ではあるが、数学だった。
場所は、通常の教室を使用。
中学一年生のみを集めていた。
何とか答えられる内容でやれやれではあったが、うまく説明できたとはとても言えない有様ではあった。
それでも、頼りにされるということ。
分からなくて困っている生徒を前にして、いかに伝えるべきか、問題の中で、どこにどのようにつまづいているのかを、
推し量りながら、顔色を伺いながら。
そうして、何とか、一定の理解に達したときの、安堵したような、満たされたような表情を認めたときの手応え。
自分が志すものがそこにあることを確信したような思いに包まれた。
大学生の頃、自分には資格がないと、一度は自分で絶った道。
その後も、まともな就職先を見出せず、ブラック職場を転々としては、その度に、胸の内に呼び起し、夢に描いた道。
だが、求職先としての敷居はいろんな意味で高く、その度毎に断念することを繰り返した。
長い長い時間が過ぎ、若かりしときにあった、早く何とかせねばならない、早く道を見出し、どうしても結果を出さねばならないという、焦りに似た想い。
ゲームオーバーの時期になってしまい、開き直ることができている今。この今になって、皮肉にも、肩の力も抜けて、心から、自然に思えること、
見えてくるものがある。
その一つが「勉強を教える仕事に、自分はどうしても就かなくてはならない」ということだ。
まったく、私塾のホームページアドレスで、ローマ字の綴りに誤りがあることが発覚して、学力のレベルの低さを、実に間抜けな恰好で露呈していることに、
遅ればせながら気づいてるような、この自分が。まったく何を言うという感じだが。
ああ、HPアドレスの変更って、なんで利かないのだ。融通の利かない話だ。畜生め。
学習支援のボランティアの人数は、初回の学校では、自分を含め、3人のようだった。
途中から、実際の教師が3~4人くらいか、入ってきて教えていたようだった。
ボランティアの3人のうちの一人は、とても人の良い感じで、私としては馴染みやすいタイプの人であった。
現役で数学の講師を商業学校で担当しているという話だったが、少しブログでストレートに記述するのは憚られるが、
どもりの傾向があり、ボランティアの人材不足の事情を思い知らされる気がした。
かく言う私も、ボランティア登録後、先方から電話で勧誘を受けて、この度の活動参加に至っているのだ。
面談はしたものの、活動の継続が危ぶまれるくらい、人手が不足して煮詰まっているような状況があるのではないかと思わされる。
久々に何とか頑張ってブログを書こうとしているのだが、今日も時間が来ている。いったん終了。
2つの中学校で一度ずつ参加した。
初回のほうは、ほとんど何もできなかったと言って良い。
生徒の参加人数は、そう、どれくらいだったか。
23,4人くらいだったかと思う。
質問に答えられなかったら、どうしようと心配していた。
が、質問されることは一度もなかった。
場所は図書館だった。
今にして思えば、小さ目の図書館だった。
英単語の意味が分からない様子の生徒がいたので、辞書を探したが最後まで見つからなかった。
英語の辞書もないのかと驚いた。
蔵書の少ない図書館のことが気になったというのは、生涯初めてのことかもしれない。
考え過ぎなことを書くが、貧弱な図書館は、自校の生徒への期待の無さのような気がしてならない。
話を戻す。
2つ目の学校での第二回目は、と言うと。
これがなぜか、少し様子が違った。
ある程度、だが、質問があった。
やはり、ではあるが、数学だった。
場所は、通常の教室を使用。
中学一年生のみを集めていた。
何とか答えられる内容でやれやれではあったが、うまく説明できたとはとても言えない有様ではあった。
それでも、頼りにされるということ。
分からなくて困っている生徒を前にして、いかに伝えるべきか、問題の中で、どこにどのようにつまづいているのかを、
推し量りながら、顔色を伺いながら。
そうして、何とか、一定の理解に達したときの、安堵したような、満たされたような表情を認めたときの手応え。
自分が志すものがそこにあることを確信したような思いに包まれた。
大学生の頃、自分には資格がないと、一度は自分で絶った道。
その後も、まともな就職先を見出せず、ブラック職場を転々としては、その度に、胸の内に呼び起し、夢に描いた道。
だが、求職先としての敷居はいろんな意味で高く、その度毎に断念することを繰り返した。
長い長い時間が過ぎ、若かりしときにあった、早く何とかせねばならない、早く道を見出し、どうしても結果を出さねばならないという、焦りに似た想い。
ゲームオーバーの時期になってしまい、開き直ることができている今。この今になって、皮肉にも、肩の力も抜けて、心から、自然に思えること、
見えてくるものがある。
その一つが「勉強を教える仕事に、自分はどうしても就かなくてはならない」ということだ。
まったく、私塾のホームページアドレスで、ローマ字の綴りに誤りがあることが発覚して、学力のレベルの低さを、実に間抜けな恰好で露呈していることに、
遅ればせながら気づいてるような、この自分が。まったく何を言うという感じだが。
ああ、HPアドレスの変更って、なんで利かないのだ。融通の利かない話だ。畜生め。
学習支援のボランティアの人数は、初回の学校では、自分を含め、3人のようだった。
途中から、実際の教師が3~4人くらいか、入ってきて教えていたようだった。
ボランティアの3人のうちの一人は、とても人の良い感じで、私としては馴染みやすいタイプの人であった。
現役で数学の講師を商業学校で担当しているという話だったが、少しブログでストレートに記述するのは憚られるが、
どもりの傾向があり、ボランティアの人材不足の事情を思い知らされる気がした。
かく言う私も、ボランティア登録後、先方から電話で勧誘を受けて、この度の活動参加に至っているのだ。
面談はしたものの、活動の継続が危ぶまれるくらい、人手が不足して煮詰まっているような状況があるのではないかと思わされる。
久々に何とか頑張ってブログを書こうとしているのだが、今日も時間が来ている。いったん終了。