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第56回光陽展広島展鑑賞雑感(10);「ひとつの顔」・・

2008-10-30 10:45:45 | 怒素人的美術蘊蓄録
<添付画像>:「ひとつの顔」(作・山本泰子)


 Q-1: この作品に描かれている『顔』は、男性だろうか女性だろうか?

 Q-2: 果たして、年齢は幾つだろう?

 Q-3: 眠っているのか、死んでいるのか? 死んでいるなら、死後どのくらい時間経過したのか?


 此の絵画の鑑賞をするたびに上述の疑問に出くわしてしまう。

 その答えは!

 A-1: 未だ低学年!児童?男の子の顔に見えたりするが、どうやら(我輩の感覚では)女性である。 いや、やはり男の子だ・・・ 解らなくなる、、、。

 A-2: 決して高齢者の顔ではなく、むしろ10代後半ティーンネイジャーのものだ。 もっと若いか? 解らなくなる、、、。

 A-3: そして、眠っているのか死んでいるのか? 今朝は、眠っているように思える。 全く解らない、、、。

 昨夜開いたときは、死後間もない「死人の顔」、すなわちデスマスクに想えた、、、。 しかし、なぜか長らく病に臥せって衰弱しきって逝った病人か?否!美しすぎる此の顔は、たとえ病死であっても長期闘病結果の病死には見えない。 ヌヌ?奇想天外にも他殺であるか!?! それとも、悠久の時を経て発掘された美少女のミイラだろうか? まさか、マーブルアート?大理石を切り刻み丹念に磨きをかけて製作した彫刻作品か? 否、それはない、それはない、、、。


 山本泰子氏作品を鑑賞するたび、誰に相談することもなく自分だけの脳裏で、上述の問答を繰り返す。 あれこれ考えているうちに堪らなく怖ろしくなって此の画像から目を背けたくなり、記事が書けなくなる。

 そして、この作品のために、

  この作品の存在がゆえに、

   我輩は第56回光陽展の鑑賞雑感を書き進めることができなかったのではないだろうか。

 昨年度に続き、山本泰子氏作品は、重い。(昨年度作品はこちらから、、)

 昨年初夏には約2ヶ月間悩み考えた末、結果として昨年作品を『強烈な性描写そのもの』として捕らえ、タンゴのリズムのもと、汗と油ほとばしらせ、猥らな呻き声と喚き声すら聞こえてきそうな男女の性行為そのものだった。

 そして一変! 今年の作品からは音や音声は、一切無い。 怖ろしいくらいに音曲騒音は皆無。 有機質の腐臭すら皆無にて、清涼にも無機質にて静寂に包まれている。 漂うものは? 埃も塵も無く、ひょっとすると空気すら存在しないのか。

 結果、絵画から発せられるものは、

 時に、静寂にして安穏か、、、。

 時に、歴史のかなたに繋がる一大ロマンスか、、、。

 時に、臨終を迎えた愛する人の「顔の記録」か・・・

   ・・ったく、人間のもつ動物的発情をみごとに描ききった昨年作品から一転し、今年の山本泰子作品は、重く、深く、人間の裏面から発せられる秘められた「温情と怨念」を発せられるか。

       なんとも、難しい、、、。


             <・・続く・・

        (前回投稿関連記事は、こちらから戻れます・・)

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作品紹介メモ:
 No. 73
 資 格: (会員) 
 題 名: 『ひとつの顔』
 作者氏名: 山本泰子 (広島)



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