アジア批評。

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阿妹を批判するヤツはみなアホである

2004-08-15 16:03:21 | 石井(音楽)
 埼玉県在住のライター、石井恒です。いきなり長文すみません。

 台湾の人気歌手・張惠妹(愛称:阿妹=アメイ)が中国大陸と台湾との間で、政治的騒動に巻き込まれ、板挟みになっている。
 今年3月22日の台湾総統選で、わずかの差で国民党の連戦(イヤな名前!)を民進党の陳水扁が破って再選となり、親中国大陸的な国民党と、台湾自立化路線を目指す民進党の対立が深まった。この対立は、中国大陸での台湾独立反対運動へと飛び火し、阿妹は今回、この矢面に立たされてしまったのだ。
 事の発端は4年前、民進党候補の陳水扁が、台湾で初めて国民党候補を破って総統に当選した際の就任式で、阿妹が中華民国国歌を歌ったことに遡る。このことで阿妹は“台湾独立派”とみなされてしまった。
 今年の6月8日、阿妹は中国の青島でイベントに参加した際、“台湾独立派は青島から出て行け”と書かれた横断幕を持った観客に迎えられることとなる。そして4日後の6月12日、杭州で行なわれるはずだったコンサートが中止に追い込まれた。地元大学生たちがコンサート会場に押し掛けて阿妹に対する抗議を叫び、阿妹を支持するファンと衝突して現場は大混乱。安全上の理由からコンサートは取り消されたのだ。
 そして7月31日、阿妹は北京でコンサートを行った。ここでも会場近くで台湾独立反対派が、阿妹に中華人民共和国の国歌を歌えと要求するなど抗議活動を行い、ファンと激しい罵り合いとなったが、開演2時間前にファンに追いやられ、1500人の公安を配置して何とか無事にコンサートは行われた。
 しかし、騒動は阿妹が台湾に戻ってから、さらに別の局面を迎える。
 台湾の副総統・呂秀蓮が「中国大陸と台湾との間で戦争が起こったら、阿妹は北京に行って歌うことを選ぶのか、それとも台湾2300万人の同胞を守ることを選ぶのか」と発言。また、「阿妹は“私は中華民国の国民だ。自分の国の国歌を歌って何が悪い”と誇りを持って言うべきだ」とも発言した。さらにテレビ・キャスターの江笨湖は「芸能人は政治意識はなくてもいいが、国家意識は持たなくてはならない。阿妹はなぜ“国歌を歌ったことを誇りに思う”と言わないのか。少し金稼ぎを控えて、台湾人としての尊厳を持って生きるべきだ」と、あからさまに批判した。
 つまり阿妹は、中国大陸の台湾独立反対派からも、台湾の台湾愛国派からも批判を受けているという、非常に辛い板挟み状態に置かれてしまったのだ。
 阿妹は8月6日に「中国大陸と台湾との政治関係についてなぜ私が発言しなくちゃいけないの? 政治問題は政治家が解決すればいい。政治問題に私の名前を出さないで。ただ平和を望んでいるだけなのに」と、記者たちの前で辛い心情を語った。
       *       *
 一連の騒動を見て、阿妹を批判するヤツらみんなアホだなあ、と私は呆れた。歴史的/民族学的視点がまったく欠けている。
 阿妹は台湾原住民のプユマ族である。中国大陸とプユマ族の関係なんか薄っぺらいものだ。中国大陸とプユマ族居住地が同じ政権下/同じ国であったのは、日本敗戦(中国的には光復)の1945年から中華人民共和国成立の1949年までのたった4年間だけである。たった4年間! それ以外の悠久の歴史の間、中国大陸とプユマ族に接点はない。
 台湾の旅行ガイドブックなどで、原住民居住地域として台湾中部山地と東部が色分けされた地図を見たことがある人もいるだろう。あの地図で色分けされた原住民居住地域は、実は日本占領前の清朝期に、“番地”と呼ばれ(番/蕃は台湾原住民を指す)清朝政府の支配が及ばなかった地域にほぼ重なる。台北から屏東に至る台湾西部平原と、東北部の宜蘭周辺に住んでいた台湾原住民は漢民族と同化してしまったが、そこまで漢民族の支配が進んだ時点で日本占領時代になってしまった。日本占領以前、清朝(中国大陸)は台湾全土を支配下に置いていたわけではないのだ。日本が撤退した時、プユマ族は歴史上初めて中国人政権の支配下に置かれた。今ではプユマ族など台湾原住民の老人以外は中国語を話すが、原住民が中国語を話すようになった時には、既に台湾と中国大陸は対立していたわけで、同じ言語が喋れても、中国大陸は遠い存在だろう。
 中国大陸人が阿妹に、彼らと同じ政治意識を強要しようとしても無理な話だ。阿妹にとって、漢民族の面倒臭い歴史ゆえの中国大陸と台湾との軋轢など知ったこっちゃないだろう。生まれた所がたまたま中華民国で、頼まれて国歌を歌った。ファンがいるから中国大陸でコンサートもやる。どこにも批判される理由はない。
 台湾の漢民族が、阿妹に“国歌を歌ったことを誇りに思え”“国家意識を持て”と責めるのもおかしいし、愛国心を強調しない阿妹の行動/発言は正しい。愛国心を強調すれば中国大陸がもっと反発することは必須だし、阿妹は対立構造の如何に関係なくとにかく平和を望んでいるだろう。また、故郷としての台湾は愛していても、国家としての中華民国は愛していないかもしれない。“中華”という思想は、民族的には漢民族だけを指すように思えるが、政治的にはウイグル族やチベット族など非漢民族をも含むことが可能な、傲慢で狡猾で曖昧な思想だ。台湾の大多数を占める本省人(=ミン南人、福建人)も、歴史的に見れば侵略者であり、所詮漢民族である。阿妹は漢民族ではないのに、曖昧に“中華”民族に組み込まれ、漢民族同士のイデオロギー対立の板挟みにされて、とんだはた迷惑であろう。本当に気の毒だ。
       *       *
 実際のところ日本の台湾占領がなかったら、今日ほど激しい中国大陸と台湾の対立はなかったかもしれない。共産党軍は十分な海軍や空軍を持たなかったために、国民党軍を台湾まで追えなかったわけだが、台湾を中国大陸と別の社会に変えてしまったのは、日本の仕業だ。
 だから今回の阿妹の騒動を見て、日本人として、ごめんね阿妹、という気持ちになった。

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1 コメント

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Unknown (Lamyay)
2004-09-24 16:58:13
お邪魔します。

読んでいてとても胸が熱くなりました。どうして A-mei が批難されなければならないのか…とても悔しい思いです。

A-mei の新譜が発売になりましたね。楽しみです♪
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