葦津泰國の、私の「視角」

 私は葦津事務所というささやかな出版社の代表です。日常起こっている様々な出来事に、受け取り方や考え方を探ってみます。

理屈の実で割り切れぬ皇室論ーその4

2012年01月08日 13時57分10秒 | 私の「時事評論」
祈りを無視した皇室改革は文化を壊す
 
  日本には古い気風が生きている。


 奇妙な形へ時代が変わり、現代の学者や文化人、そしてマスコミ人や政治家たちが揃って、まるで日本の古来、営々と育んできた知恵の集積を無視する姿勢を競うように見える世情となった。彼らは、日本文化の持っている個性や特徴がどういう条件で出来上がったのかさえ考えようとはせず、文化の断絶がどんな結果をもたらすかも理解できない集団である。そのくせ自ら自分のことを知識人と称し、自らもそう思いこんでいるのだから困ったものだ。日本文化の持つ基本的遺伝因子を見失って、叫びまくる彼らの主張は危険なものだと思うのだが、なぜか日本ではこんな空論が愚か者扱いされずに、日本の進路を惑わす結果となっている。
 だが表面的にはこんな暴論が主張されているのにもかかわらず、日本人の大部分を占める沈黙せる大衆の中には、祖先たちが営々と築き育ててきた独自の古典的文化の特性が、殆ど傷もつかずに厳然と生きている。日本文化、それは世界のどの文明のコピーでもなく、独自の地理的条件などによって育まれたユニークな特徴あるものだ。独特の日本文化、先祖から蓄積してきたものを大切にし、自然や神と共生して集団で睦みあって生きてきた歴史が生んだ独特の文化は無意識のうちにしっかり継承されている。こんな日本に育った価値観や道徳などを知り、それに親しんだ人には、世界の文化がそれぞれ影響しあう現代であっても、地についた暮らし方をする。穏やかな環境が保守的な日本人を作ったのかもしれない。従来の文化の中にどっぷりつかって生きていくのに居心地がよく、新しい変更をとりいれるとしても、それは従来の文化と共存できるものに限られていて、簡単に先祖たちが築き上げたものを、検討も充分にせずに廃棄したりする気風は見られない。



  文化を複雑にした初めての敗戦の経験

 何でこんな相いれない二潮流が国内に存在するのか。その大きな原因はいまから六十五年前に、日本にとって国が始まって以来初めてという外国への敗戦があり、そして外国の支配のもとに組み入れられたという厳しい経験があったからであった。それは西欧文明諸国に対する敗戦(大東亜戦争=第二次世界大戦)によってもたらされた。
 日本は西欧文化圏を相手に総力戦で戦うはめになり、力尽きて敗戦したが、日本を占領した占領軍は、このアジアの小さな非西欧文明国が、想像を絶する抵抗力を示したことに驚いて、この国が再び力を取り戻して自分らの脅威に育たないために、日本文化の特徴をこの国から消すそうとする強硬な占領政策を実施した。

 敗戦というものはどんなものか、そんな経験の無かった日本人は負け方を知らず、国内には占領軍が進駐すると、彼らの方針に安易に追随する者が多く出た。そんな占領軍にコロリと転向して追随する連中に日本の在来の指導層が入れ替えられて以来、先祖を尊び、長幼の慎みを重視し、家族を大切にし、隣人のために己を捨てて努力する日本人の心は「封建的な専制政治の復活を許すもの」として公然と否定されることになった。

 周囲の人のために己を捨ててひたすら動くことは、西欧的個人主義に目覚めない日本人の自分を大事にしない愚かさだ。家の方針や指導者の方針に忠実についていくのは自分が無い証拠である。この際、国内にある封建的なこんな組織は否定しなければいけないというのだ。この洗脳は占領軍の命令の下に学校教育や新聞・マスコミなどで国民に対して徹底されたが、天皇制と国民の面からみると、まるでこれは日本の中で最も自分を捨ててひたすら過ごす日本の象徴・天皇陛下、日本人が理想の人間像、日本文化の核である祀り主の徳性を非常識だと否定するようなものだった。

 勝ったり負けたりの経験が豊富な西欧諸国などでは、こんな勝利して進駐した外国軍による国民洗脳はうまくいかないだろう。どの国にも自国の文化を愛し、誇り高く生きる意地がある。また、強硬な圧力で占領期間中、そんな政策を強制されても、国が独立を回復すれば、必ず元に戻す動きが出てくる。しかし歴史上もいまだ敗戦経験の無い日本には、そんな抵抗を示す冷静さもなかった。そのため占領目的の教育や洗脳が徹底され、独立回復後もそのまま日本は占領中の政策を後生大事に受け継いで、そんな状況が六十年間以上も続いてきた。

 占領政策が最も力を入れたのが、国のまとまって動く力をそぐことだった。それは日本を統治する天皇陛下の影響力をそぎ、その天皇制度を精神的に支える日本独自の信仰・神道の力を社会から追放することだった。

 ここは占領政策を主として論ずる場所ではない。だから天皇制のみに絞って論を進めるが、占領軍は国民洗脳のために、国際法で禁じられた憲法の変更による政治体制の変革、宗教干渉など様々な圧力を日本にかけた。憲法の改定においても政治の実際においても、最も力を入れられたのは天皇の政治的権限をそぐことだった。そして日本人への洗脳工作において、痛烈に批判する対象であったのは、天皇陛下のように、己を捨てて国民のために、ひたすら祈り、皆を元気づけて歩かれる存在は決して望ましいものではないという思想を吹き込み、日本人を自分本位な野獣のような集団に変更することであった。

 だがそんな日本において現在でも、日本人がもっとも尊崇してやまないのは天皇陛下となっている。国民は天皇陛下のお人柄を仰ぎ、理想の生き方をされる方だが、まねたくてもまねられない存在として仰いでいる。しかし学校教育などでは、それに反した野獣のような人間になることが理想と教えている。ここに現代日本のゆがんだ構造がある。


 木に竹はつながらない


 だが、そんな日本に深く根付いている気風を無視して、日本文化に木に竹を接ぐような乱暴さで、どこぞやの国ではやった異質の改革を無理に輸血しようとするのが、戦後追放された連中に代わって、占領時代に力を得た連中やその後継者たちが集う牙城である政界や官界、教育界、マスコミなどのグループであった。それがなかなか成果をあげえないのは、その企ては本来の日本人の遺伝因子や血液型に不適合なものを強制しようとするからであった。ここは天皇論を書いているのだからそれに絞るが、戦後占領軍によって皇位継承を不安定にし皇室を弱体化しようと皇族なども大幅に縮小され、多くの宮家が皇族から離された。それで皇位継承が不安になって、いま、継承者への女系や女帝の導入案が出されたり、今回注目されている女性の宮家壮立案もそんな一連の提案として出されているようだが、そのままでは決して育つわけがない。それは沈黙せる国民大衆にとって、深く考えると、どこかシックリ来ない内容のものであるからだ。これらの案は西欧諸国の王制などでも採用されていると説明される。そんな提案を盲目的な西欧文明礼賛の連中がいくら宣伝しても、ここは世界で最も古く、独自の文明を築き維持してきた日本である。日本文化は西欧のキリスト教やそこから派生した唯物論の価値観から見ると、古ぼけた時代これの文明になるのかもしれないが、いまでも連綿として生きていて、他国とは異質の特徴を発揮しながら、現代の世界に結構適合して生きている。

 現在の日本でも、文化の行き詰まりといわれるような問題は多々生じているが、それらのほとんどは、そんな日本が、自国の文化との適合を深く吟味せず、軽率に西欧文明を模倣したけっか生じているものがほとんどであり、祖先たちが苦心の結果生み出した文化が悩んでいるのではないことを知るべきである。我が国において、従来の日本文化の改革を試みるときは、いままでのような深い吟味もせずに飛びつく軽率さを避け、日本の文化の特性を十分わきまえ、新しい試みに適応できるかどうかを充分に考えなければならない。


 日本文化をもう少し我々は知らねばならない


 日本にはまだ、従来からの日本人の特徴を持ち、日本らしい思考で行動をする人々がたくさんおり、どんな時でも生き続けてきた文化が土壌として生活している。「日本の伝統を安易に変更するのは良くないと」と思っている伝統の重要さを主張する人が、日常生活の表面だけでは少数のように見えたとしても、それは変化を加えることに国民が賛成しているということなのではない。彼らは新しい潮流に気は進まないが、そこが日本的な特性で、本来は従順な性格を持つ日本人だから、ただわざわざ大声で反対を唱えて、我が国を混乱に持ち込もうとは思わないだけだ。日本人はそれが日本文化の特性でもあるが、いたずらに声を荒らげ、お上に平常から大声を上げるのを心良しとはしない。内心は少々困ったことだと思うことでも、大騒ぎはできるだけ慎む特徴がある。

 それによく、我が国では最後の最後には悪しき改革には自然や人間の営みをいつも見ておられる神さまの罰が下り、日本はそんなことをきっかけに祓いをして身辺を清らかにし、それによって清浄さを復活するといわれている。いまは少々政治に携わる者が軽率で、大きな転換期にその重要性が認識されていないとしても、日本の伝統が保持されているときは、大切な時に全国民の心が振り起こされて、人々を結束させ、揺り動かして日本を動かす力になる。日頃は学校などで、徹底した日本文化を無視した教育のみが行われるような時代になったが、何か突然の問題が起こると、先の大震災や敗戦のとき、日本が危機に立たされた時などがそのよい例だが、日本的な行動方程式が地の底から湧き出してきたように人々を駆り立て、日本を守る大きな作用をすることを忘れてはならない。

 日本人の精神構造はいまでも表に見えないところにしっかり生きている。それはわが国に国難が起こりそうになると必ず表に出てきて、日本の伝統的文化を残しながら、難局を乗り切る力を与えてくれてきた。これを我々は日本が「神国」だからそうなったと思っている。八百万(やおよろず)の神さまが祈りを受けて我々のためにいつも加勢をしてくださる。それは日本では国民を代表して、神々の代表である天照皇大神が、祀りを行えと命じられた歴代の天皇が、神々に対して祀りをされているからである。


 神々が住んでおられる国


 これは唯物論には馴染まない発想だ。宗教的ともいえる超物理学の次元の話になるので、日本の神を信じない人にまで無理やり強制するつもりはないが、そんな神意が度々歴史において示される国柄であると我々日本の大衆は知っているので、我々もそろって常に日本の神々に頭を下げるし、その祭りをひたすらされている歴代の天皇に、神に語りかけ、神との中間に位する方であるとの敬意を感じて暮らしている。

 天皇は特別な人だと思う我々だって、科学の上では天皇が人間でない特別の物理的存在だなんて思っていない。ただ歴代の天皇と日本の神々の間には、お互いに祀るものと祀られるものとの二千年を越す相互の合意があると我々が信じている。神さまが日本人の代表として祀りをしてくれるにふさわしいものと合意され、その関係が延々と引き継がれて続いてきた。そんなお方だと天皇陛下を意識している。

 そしてその神さまと天皇との合意は、天皇が皇祖皇宗の男系の後継者であり、いままでしっかり続いていると思っている。

 天皇の祈りがその天皇御一代限りの個々個人の独特のものではなく、初代天皇から現在の天皇まで一貫して通じているものが中心であるとも思っている。その代々続く天皇のお心を我々は「大御心」という。

我々がいま、政治の場で論ぜられている皇位継承権の女系への拡大に反対しているのには、皇位継承の論議があまりにも天皇個人の肉体問題に流れ、大御心はどなたが皇位につかれても、本来は崩れるものではないという確信から離れて、まるで個人崇拝の論理に代わっているような状況の論になっていることにもよるのではないだろうか。天皇は、日本の神々と国民の仲介のお役目の人だから、国民ばかりではなく、神々もお認めになる方でなければ務まらない。そんな変更が天皇の御存在の重要性、陛下御自身も神さまのお認めになる方でなければ、神々とのお祭りの主催者として相応しくなくなってしまうという側面もわきまえず、皇位の継承が決められてよいものだろうか。これは決定的な疑問である。「こんな資格のものを国民の統率者としていうことなど聞くことができるか」と神々が思われたらどうなるか。これは大きな不安である。

そんな神々無私の政治的都合という狭い視野だけの提案に、いくら多数のものが上辺だけの理屈で賛成しても、変更は天照皇大神との合意に基づくものでない。人間だけで決めようとしている。それは我々の天皇や神々に対する信仰や崇敬心に重大な影響を及ぼす。それは多数決などで簡単に変更して良いものではないのだ。


 国家というもの

 日本では昔から、国のことを家という字をつけて「国家」と言う。家族を単位として、それが集まって共同体ができ、その上に天皇の皇室がある(決してこれはいつでも必ず時の政治と重なったものではない。もっと大きな概念として捉えてほしい)。共同体意識を基礎に持って暮らしてきた日本人にとって、国そのものが広い意味での日本民族の集まる大家族なのだ。誰かさんが「人類は一家」なんて盛んに宣伝していたことがあった。あれとは少し違うかもしれないが、みんなが家族のように協力し合い、長幼会い助け合って生きる姿が日本人の国家像だ。そして国家という大家族の家長が天皇なのだ。その発想は文字が日本に伝わった時代以前から連綿として続いている。

 私は日本文化をこんな家族制度が共同体の基礎になって発展してきた稲作共同作業型の社会から発展してきたものだと認識している。家族制度では、その家の長は、祖先から家の霊統や精神を引き継ぐ家長であり、父系(男系)社会の長である。家長はその家の先祖からの霊統を継承し、祖先祭りを行い、先祖の道に逆らうこと無く、皆が協力して生活することに己を捨てて常に心がける義務がある。以前は血縁を重んずる母系社会から出発した日本の社会は、人々が寄り集まり共同して稲作農業に従事する初期の古代社会の時代に、精神的なもの、霊統的なものを重んずる社会・父系社会へと変質していった。それがさまざまの面で、団結して生きていく力になったからだと思う。天皇制の基礎にはこんな発想もある。

 天皇制を語るときは、そんな概念がなぜ生まれて、それが天皇制度の基礎になったのかも含めて、その得失を考えなければならない。単に目先の法律で定める狭い範囲に天皇制度があるからといって、その範囲においてのみ見てはいけないものなのだと私は思っている。

 天皇制を論ずるときには、単に法制度などという目先のもの、限定された政治制度としてこれを論じ、安易に変更することは危険な副作用が多いと思う。憲法や民法・公法などはその時その時の政治制度でいくらでも書き換えることができるものだ。だがそんな作られた時々の法は、その国に何千年も続いてきた慣習法の一部を成文化して適用しようとする目的を持ったものであり、慣習法に代わるものではありえないと思う。




(つづく)




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