
華やかな平安王朝をメモした清少納言(その6)
清少納言のその後
藤原棟世が摂津守(現在の大阪北中部と兵庫県南東部にあたる)を務めていたのは長保年間であったが、清少納言はこの地に身を寄せたのであろう。その後は棟世の別荘があった「月の輪」(現在の京都市左京区嵯峨清滝月の輪町あたりに住んでいたことが「公任集」によって知られる。宮廷から去った後も宮廷関係の女房らとつきあっていたのが和歌のやりとりで分かっている。道長の室 倫子に仕えた赤染衛門から
元輔が昔住みはべりける家のかたわらに清少納言が住みけるころ、雪いみじく降りて隔ての垣根も倒れければ、申しつかわしける。
跡もなく雪ふるさとは荒れにけり いずれ昔の垣根なるらむ。
独り身になったころには亡き父の住んでいた所のかたわらにいたのでしょう。赤染衛門は栄花物語の著者とも言われており、中古三六歌仙でもある。小倉百人1首の中に「やすらわで寝なましものをさ夜更けてかたぶくまでの月をみしかな」がある。また和泉式部(いずみ)からは
駒すらにすさめぬほどに老いぬれば 何のあやめも知られやはする
清少納言から
すさめぬにねたさもねたし あやめ草 ひき返しても駒かえりなん
いまでは馬すらも食べてくれない枯れ草のように老いてしまった私には節句の菖蒲も分別のあやめも知られません。
馬も食べてくれないとは癪にさわるわね、節句のための菖蒲のように若返りましょう。馬も引きかえして来ることでしょう。
和泉式部も三六歌仙で 小倉百人1首の中にある あらざらむ この世のほかの想い出に 今ひとたびの逢うこともがな がある。清少納言より14歳ほど年下である。彰子の女房として出仕している。紫式部日記では「恋文や和歌は素晴らしいが、素行は感心できない」と批評されている。数多くの恋愛をして恋歌を情熱的に歌っている。和泉式部日記は彼女の書いた作品とされている。
清少納言の晩年を伝える「古事談」がある。
清少納言が落ちぶれたのち、その家の前を殿上人が通りかかって、その家がすっかり壊れているのをみて「清少納言も落ちぶれたものだな」と話していたところ、清少納言が家の簾(すだれ)をあげて鬼のような尼姿で顔をだして「中国では駿馬(しゅんめ)の骨を買った人だっているよ」と言った。(馬を好んだ王が死馬の骨にも金を出したという故事による。また、源頼光が部下に清少納言の兄弟である致信を討たせたとき、同居していた清少納言を男法師と間違い一緒に殺されそうになった時、自分が女であることを知らせるため衣をまくって陰部を見せたという。
紫式部がはからずもいった、清少納言こそしたり顔でいみじうはべりける人・・・そのあだならぬ人のはて、いかでかはよくはべらむ。という予言は的中したのでしょうか。清少納言のたくましき生き様を世人は非難したのであろうか。宮中の女房は当時の女性の最高の就職先あった。華麗なる平安王朝の中で定子とそれを囲む宮中サロンの情景は清少納言によってメモされた。あたりはうすぐらくなり、文字も書けなくなり、筆もちびってしまいました。これだけを書き終えましょう。この草子は私が見、こころに思ったことをまさか人は見ることはあるまいと思ったのに。しかしこの草子が書かれたので平安王朝の輝きを今に知ることが出来たのである。感謝
平安朝時代の王朝の男女は数多くの恋愛をしてつかの間の青春を謳歌したようですね。人生30年から50年ぐらいだったのでしょうか。
小野小町をはじめ清少納言、紫式部、和泉式部などの宮廷女房にしてもその生涯の焦点は宮廷奉仕の時期のことしかわかっていなく、晩年のことか定かではない。
清少納言の生まれたのは康保三年頃(966)で死亡は万寿二年頃(1025)という。
墓所は徳島県鳴門市里浦町坂田 比丘尼の姿で阿波里浦に漂着して辱めをうけんとして自らの陰部をえぐり投げつけて姿をけし、尼塚という供養塔を建てたという。
香川県琴平金比羅神社大門 清塚という清少納言が夢に死亡地を示した「清少納言夢告げの碑」
京都市中京区新京極桜ノ町 誓願時において出家、往生を遂げたという。
13 蛍の光
1 蛍の光 窓の雪 文よむ月日 重ねつつ いつしか年もすぎの戸を
あけてぞ今朝は別れゆく
2 とまるも行くも限りとて かたみに思う ちよろずの 心のはしをひとことに
さきくとばかり 歌うなり
3 筑紫のきわみ みちの奥 海山遠くへだつとも その真心はへだてなく
ひとえにつくせ 国のため
4 千島のおくも おきなわも やしまのうちの まもりなり
いたらんくにに いさおしく つとめよ わがせ つつがなく
14 案山子
1 山田の中の1本足の案山子 天気のよいのに みのかさつけて
朝から晩までだだ立ち通し 歩けないのか山田の案山子
2 山田の中の一本足の案山子 弓矢でおどして力んでおれど
山では烏がかあかと笑う 耳がないのか 山田の案山子
いよいよ夏のまっさかり、毎日あついですね、お元気ですか、こちらではもうツクツクボイシが鳴き始めました。夏の甲子園は沖縄の興南高校の優勝でしたね。それでは歌のおけいこで流星文字もしっかりね。



















