伊勢一風花 落柿の音

もう一人の自分

世界標準食

2011-01-30 | 
 ビックマック指数という言葉がある.各国のビックマックの値段を比較し,経済動向の参考にするものらしい.今から25年以上前のこと,はじめて欧州を3カ月かけて旅をした時,ボクはチーズバーガーの値段比較をしながら旅をして,スイスや北欧で相対的にチーズバーガーが高いことがとても不思議だったの思い出す.モノの値段はそれを作り出す労働の対価のはずだ.しかし,人が同じ仕事をして受け取る価値が国際間では異なるのはおかしくないか.平和で幸せな国で,無邪気に100円マックの食い放題パーティをするオフィスの若者を眺めながら,ボクはこの100円の意味を考えるように口をはさむべきかどうか,迷ってしまった.

多肉植物

2011-01-26 | 
 ボクたちの目は,意識していないのに見えるものの中に何らかの意味を見つけ出そうとする.エケベリアなどの多肉植物は,短い茎の上にらせん状に葉が並び一見放射相称のように見える.こうした整然とした形は,どうもヒトには心地よいらしい.このような整然とした形の小さなアイテムを再び整然と並べるとさらによく目につくのは確かなようだ.
 自然界で暮らしていた植物を人が見出し,飼いならし,今なお少なからぬ人がお金を払っても手元に置きたいとすれば,それにはそれなりの理由があるはずだ.多肉植物のディスプレイに思わず立ち止ったボク自身の脳ではどんな回路が発火したのだろう.

春への思い

2011-01-22 | ヒト
 ボクは北陸に生まれたからだろうか,春が好きだ.正確には春を待つ時が好きだ.寒が終わり,季節を分かつと立春だ.しかし,北陸ではこの時がもっとも雪の多い時期に当たる.それでも地球の動きは確実で,ボクの誕生日である雨水を過ぎると雪雲の合間に射す陽ざしは,どんどん力強くなっていく.やがて屋根に積もっていた雪が融けて水がぽたぽたと音を立てるようになると春はすぐそこだ.
 実際に春になってしまうと浮世の雑事がどっとやって来て,いつも春を満喫する暇がなく,気が付くと暑くなっている.こんな風だからこそ,春を待つ時が好きなのかもしれない.

友人Fの記事

2011-01-18 | ヒト
 いつもGパン姿で垢ぬけない友人Fのことが,フラワーデザイナーやフローリスト向けの業界誌に載っているという.花のデザインの雑誌がいったい彼の何に興味があるのだろうか,いぶかしげに思い手に取ってみた.記事はインタヴューで,中身は彼の研究の話でもなく,植物話でもない,要は何が専門なのかよく分からない奴だということのようで,なるほどと納得もした.最近,ヒトはなぜ花を愛でるのかを研究しているという.確かにしばしば彼と議論をするテーマの一つだ.しかし,これは真意だろうか.花が---というのは,どうも彼が表の顔を捨て切れていない.本当はかなり怪しげにヒトのサガを,しかも自分を実験材料に観察しているのだ.サガの発露は,快という共通通貨から説明できると密かに考えているらしい.

クリサンセマムパルドサム

2011-01-14 | 
 ノースポールという品種名で呼ばれることが多いが,いくつか別の名前の品種もある.秋まきの一年草だが,晩秋になると開花株が売り出され,西南暖地では冬の間も咲き続ける貴重な花壇素材だ.ある年の忘年会の後,薄暗い路地裏を歩いていていると,ボーット白い塊が見えた.玄関先のプランターにたくさんのパルドサムを咲かせているのだ.路地裏園芸という言葉があるが,限られたスペースでも,人をハッとさせる演出ができるのだ.ボクは,こんな風にパルドサムを作る人がいるのを知って嬉しくなった.

わが家の素心ロウバイ

2011-01-10 | 
 ずっと植えてみたかったロウバイの苗木を昨年ようやく庭に植えた.例年にない猛暑を何とか乗り越えうまく根付いた.ボクは大変忙しい正月を何とか乗り越え,寒の入り,テレビでロウバイの花を見てあわてて裏庭に出て見た.小さい木に一面の黄金色の花,そっと匂ってみると期待通りの甘い香り.寒風の中に咲く花を忘れていた自分を恥じた.
 ロウバイは,唐の時代に日本にやって来たらしい,中国名も蝋梅.旧暦の時代には,新年を待たずに咲いてくる貴重な花木だったにちがいない.

オキナワスズメウリのタネ

2011-01-06 | 
 友人から懐かしい植物のタネをもらった.25年ほど前ボクは新婚旅行で沖縄へ行った.南の島の植物には興味津津.道端で小さな赤い実を見つけた.帰ってメロンの大家FJ先生に写真をみせたところ,どこで撮ったのか?と聞かれ,沖縄ですと答えると,うんなるほど,これはオキナワスズメウリだ,と教えていただいた.あれ以来見る機会はなかったが,最近の緑のカーテンブームで種苗商から苗が売られている.
 わが家でも今年はオキナワスズメウリのカーテンを作ってみよう.果たして妻はこの植物を覚えているだろうか.

新年の思い

2011-01-02 | ヒト
 地球に生まれたボクたちの祖先は,ある周期で時が巡ることに気付き暦を作った.暦では,周期が一回りするたびに新しい「年」が始まることにした.今は何やら時間に追われ,支配されているような生活だが,暦を作り時を刻むことを見出したヒトは,時をわがものにした初めての生き物になった.
 新しいうさぎ年の初め,ボクという生き物に残された時間を想い,今という時を想い,あらためてボクは何者で,何のために生きているのかと空を見上げた.