伊勢一風花 落柿の音

もう一人の自分

パインアップル

2009-08-30 | 
 ずいぶん昔の話だ.新婚旅行で沖縄に行った時ひとり800円で入った観光農園は,パインアップルが食べ放題だった.さほど広くない園内を一回りした後,元気なおばちゃんがパインを1つ切って出してくれた.ひと口目は美味しかったが,とても丸ごと一個は食べられない.もう一つどう?と笑顔のおばちゃんに,ボクたちは苦笑してお断りした.丸々2つを平らげる大食漢はそうはいまい,たとえ2つ食べられてもおばちゃんにぜんぜん損はない.
 今やパインアップルは安価な果物の代表格でスーパーに転がっているが,子どもの頃はもっぱら缶詰のラベルでしか知らない未知の果物だった.観賞用のパインアップルをみても美味しいかな、と考えてしまう世代はだんだん少数派になりつつある。

ヘクソカズラ

2009-08-28 | 
 気の毒な名前だ.生垣に混じったり公園のフェンスに絡まったりして身近なところに生えている.覗き込んでみるとなかなかおしゃれな花だ.さらに花後の実が付いた蔓が,結構な値段で取引されている.ブーケを作るのに,実の付いた蔓が求められているのだ.ボクの友人は,畑の近くにたくさんのヘクソカズラを這わせて,実の付いた蔓を切っては出荷している.
 実はヘクソカズラには,サオトメバナという素敵な異名がある.名は体を表すというように,他者を認識するのに名前はもっとも重要な情報だ.これからは素敵な名前で呼んであげようと思う.

シュウカイドウ

2009-08-26 | 
 子供の頃からなじみの植物だ.前庭から裏庭へ続く隣家との間、あまり日の当たらない細長いところに,キエビネやシュウカイドウが植えられていた.花を見るとなるほどベゴニアの仲間だとわかるが,木立性ベゴニヤや花壇のセンパフローレンスなどとは全く趣が異なる.和の植物のようだが,秋海棠は古く江戸時代に中国から園芸植物としてやって来たらしい.
 久しぶりにシュウカイドウの優しい草姿と桃色の花に出会い,故郷の湿った黒い土を懐かしく思い出した.

タカサゴユリ

2009-08-24 | 
 ついにわが家の庭にも侵入してきた.タカサゴユリの名の通り,台湾から南西諸島に自生する白ユリ.花後に大量の種子を生産し,それが風で飛んで繁殖する.高速道路沿いで急速に分布を広げているように見える.友人Fによるとどうやらタカサゴユリそのものではなく,園芸植物の血が入っている疑いがあるという.花筒の外側があまりにも白い.
 外来の生物との共存はいつも人の都合で変化し,邪魔ものにされたり,歓迎されたり.わが家の小さい庭に落ちた種が,そこで花を咲かせたことをボクは素直にうれしく思う.

イポメア

2009-08-22 | 
 ずいぶんと昔,おそらく20年以上前のことだったと思う.マレーシアの地方都市の露店でイポメアのライムとトリカラーを初めて見てとても驚いた.当時日本ではイングリッシュガーデンが紹介され,寒冷な気候に適した宿根草にばかり目が向いていた.大いに反省し,以後東南アジアの園芸に目を向けるきっかけになった植物だ.
 毎年園芸店にイポメアが並ぶと,マレーシアの友人はどうしていることだろうかと遠い南の国を思い出す,もう長いこと彼に会っていない.

サギソウ

2009-08-20 | 
 子供の頃サギソウを見て,なんて素敵な花だろうと思った.その頃はサギの実物をまだ知らなかったが,羽を広げた姿から空を飛ぶ優雅な鳥が見て取れた.
 湿地の植物なのでミズゴケなどに植えて,日向に置くと結構簡単に育つ.残念ながら自然の湿地にあるサギソウは,絶滅が危惧されている.球根が営利的に栽培されており自然の植物を掘り取る必要はないが,一度失われた自生地が回復するのは時間がかかる.しかし,自生地に人間が増やした苗を植えようなどと,浅はかなことをしてはいけない.それは二重に自生地を破壊してしまうことになる.

フヨウ

2009-08-18 | 
 優しいピンクの大きな花は,強い日差しの中でほっとする空間を作り出している.アオイ科の植物の多くはどことなく南の国のイメージだが,フヨウは東洋のイメージだ.この大きな花は一日でしぼんでしまうが,次々と咲くのでずいぶんと長いこと咲いているように思ってしまう.
 この季節,道を歩いていて思いがけず柔らかなその花姿を目にすると,なにかとても幸せな気分になる.

ヘンカアサガオ

2009-08-16 | 
 日本園芸には,珍品奇品をありがたがる伝統がある.メンデルの法則というすっきりした説明が伝わるずっと前,私たちの祖先,といってもわずか200年ほど前,園芸の先達はじっくりと植物を眺め,そして沢山の変化朝顔を育成しかつ維持した.変異を固定したばかりではなく,種子の取れない品種を維持するため,それらの出現を保証する維持系統を採種していた先人達の目には全く敬服する.
 一神教のもとに発達した西洋科学はボクたちの暮らしを一変した.しかし,自然に多神を見たボクたちの先人の目は決して西洋に引けをとらない.

花火

2009-08-14 | ヒト
 お盆になると各地で花火大会が催される.ボクは毎年,家のすぐそばから遠くの花火を眺めることにしている.どうして花火は魅力的なのだろう.遠くの夜空に一瞬だけ咲く花.その短い時間に色々な思いが去来し,生きている今を見つめ,そして人を想う.ボクたちは生きているからこそ,時間の経過を認識する.そしてそれが時には早く,時にはゆっくりと進むが,けっして繰り返されないことを知っている.
 今年もボクは遠くの夜空にあがる花火をしばし見つめ、過ぎ去った時間をたどった.そして遠い空の下にいる人のことを想い,少し悲しい気持になった.

ナツズイセン

2009-08-12 | 
 真夏のある日,忽然と花茎が顔を出し,あっという間に開花する.穏やかなピンクの花は夏の花らしからぬ優しさがある.リコリスの中では,一級の美しさだと思う.古く中国からもたらされたらしい,スプレンゲリとストラミネアの自然交配種.花びらの先がブルーになるのはスプレンゲリの特徴だ.
 申し訳ないことに,わが家の狭い庭ではブロック塀の脇にわずか数株が植えられている.広い庭にたくさんのナツズイセンが点々と咲くような風景を作ってみたいと思っていたが,実現できずにいる.

ビナンカズラ

2009-08-10 | 
 寒い冬景色の中,ビナンカズラのユーモラスな赤い実は,とても暖かな気持ちにさせてくれる.なにより学名が気にいっている.カズラ ヤポニカ.カズラは蔓で,日本のつる植物という意味になる.この木には雄花と雌花が着く.雌花は中が緑で,雄花はイチゴのように赤い.不思議なことに日本で出版されている多くの図鑑が雌雄異株,つまりオス株とメス株は別と書かれている,友人Fによればこれはどうも誤引用の繰り返しらしい.図鑑を編集するような偉い先生方もすべての植物を手元に置いて見るわけではないようだ.
 父からもらった株を自宅で藤棚に這わせている.実の少ない年は寂しく,立派な実がたくさん着くとうれしい.今年はどうだろう,ささやかな楽しみの一つだ.

イチジク

2009-08-08 | 
 ボクの家には大きなイチジクの木があった.父親がステッキを使って高い枝を手繰り寄せ,赤く口を開いたイチジクを収穫してくれた.熟れた実を目指して大きなハチがうなりを上げ,熟して地面に落ちた実にはハエがたかり,アリはせっせと果肉を運んでいた.毎年繰り返される夏の風景だった.
 このイチジクの木をボクは自分で切り倒した.サボテンの温室を作るためだった.古い窓枠を組み合わせて作った1坪にも満たない小さな温室だったが,そこはまさにボクの城になったし,温室を持っていることが誇らしかった.イチジクを見るたびに,あの時,何の躊躇もなくノコギリを入れてしまったことを少し申し訳なく思う.

原爆の火

2009-08-06 | ヒト
 子供のころに見た原爆の記録写真は,とても大きな恐怖心を幼いボクに植え付けた.臆病者のボクは,焼けただれた人々がただただ怖かった.日本に住むボクたちにとって戦争は遠い出来事になり,歴史認識の中でしか語られない.しかし,見方によっては,第二次世界大戦は真に終了はしておらず,全世界に火種を残してそれが半世紀以上くすぶり続けているとも言える.民族問題,南北問題,社会主義の崩壊と様々にカテゴライズされるが,基本は人が富と権力を争い,結果として悲しみ,恨み,恐怖,不信が繰り返し生み出され,それがまた次の争いの誘因となる.
 どうしてヒトは争うのだろうか.平和を語る人々はしばしば,この問題を問うことを忌避する.ヒトという生き物の理解なくして争いは防げない,この自明のことに目をそむけてはならない.

センニチコウ

2009-08-04 | 
 千日紅と書くように花は乾いても色が変わらず,ドライフラワーになる.夏の暑い日差しの下で元気に育つのは,他のヒユ科,マツバボタンやスベリヒユと同じC4植物だから.光のエネルギーをつかみ取る効率がずっと良いのだ.かつてのセンニチコウは濃い紅色一色で草姿もなんとなく間伸びしたものだった.今は垢ぬけしたオレンジやピンクとなり,小さなブーケなどに使われている.
 改良されても相変わらず丈夫な植物で,一度植えるとこぼれ種から生えてくる.夏の日に道端の小さなスペースに元気に育つセンニチコウを見ると,がんばってるなと声をかけたくなる.

カノコユリ

2009-08-02 | 
 最も美しい日本のユリだ.シーボルトが持ち帰り,ヨーロッパに紹介した.ヨーロッパの人々はさぞ驚いたことだろう.東洋の島国にこれほど美しいユリが咲いていたのだから.
世界中に広がるオリエンタルハイブリッドの重要な親の一つ.ヤマユリと共に多くの交配種が作り出され,今もその数は増え続けている.種生物学的に見れば,もっとも成功した遺伝子たちだともえる.
 ボクは木漏れ日の中に佇みぼんやりとカノコユリを眺める.彼女はそんなことはどうでもよいかのように,甘い香りを午後の湿った空気の中に放っていた.