伊勢一風花 落柿の音

もう一人の自分

2010-03-30 | 世界
 鶏の顔は哲学的だと,どこかに書いてあったように思うが思い出せない.ボクはチェンマイのナイトバザールで,たまたま手にした小さなウッドカービングの鶏の表情に少し驚いた.作者が意図したかどうかはわからないが,その目は遠くを見据えているような鋭さがあった.思わずいくつも並んだ同じ鶏の木彫りを手に取り,一つ一つ確かめてみた.なるほど手造りらしく少しずつ表情が違うが,どいつもどこか知性のある眼付なのだ.すっかり感心したボクは,鶏の木彫りをいくつもまとめて買ってしまった.
 手元に残った彼は今日もボクをじっと見め,おまえはちゃんと生きているのか,と無言の問いを発している.

ウンナンサクラソウ

2010-03-28 | 
 ウンナンサクラソウという名前で数年前から花屋に並ぶようになった.サクラソウは大家族で,その多くが北半球にいて,しかもアジアはサクラソウ属の宝庫でもある.ひとくちに雲南といっても高山からほとんど熱帯雨林まで多様な環境が存在するから,名前だけから故郷を想像するのは危険だ.
 柔らかな毛の生えた薄緑の葉は,いかにも暑さに弱そうだ.残念ながら暖地での成株の夏越しは期待できないかもしれないが,夏ごろに種子を播き春に咲かせるのはさほど難しくないらしい.新しい植物を手なずけるには,種子をまくことだ.そのうちだんだんと強いものが出てくる.

ハイドゥンツバキ

2010-03-26 | 
 ベトナム産の椿.肉厚丸弁の柔らかな紅色と鮮やかな黄色の雄しべ,とても優しい雰囲気に満ちている.葉は大ぶりで,ツバキというよりお茶の葉のようだ.日本のツバキは,枝先にできる冬芽の下位リン片の腋芽が花になるが,この椿は枝の途中の葉腋にも花が着く.
 ボクはベトナムへは一度しか行ったことはなく,すさまじい勢いで走るバイクの波が印象深かったが,本当のベトナムの森を知らない.このような艶やかなツバキの咲く森を歩いてみたいものだ.

アイスプラントの花

2010-03-24 | 
 アイスプラントはメセンの仲間.サボテン好きにとって,メセンといえばリトプスやコノフィツム.確かにアイスプラントの花は,コノフィツムなどによく似ている.南アの乾燥した気候の中で,春のひと時に花を開くのだろう.それにしても弱々しい花だ,とても耐塩性のあるしたたかな植物には思えない.
 昨年買った小さな株は,いつの間にか幾重にも分枝して,枝先近くの腋芽が次々と花になっている.枝先の小さな葉を失敬して口に含んでみた.夏ごろにはなかった確かな塩味,冬場には葉が成長しないので,体内の樹液が濃いのだろう.さてせっかく咲いた花,これに種子がのるのかどうか,種付け好きのボクはさっそく受粉させてみた.


玉之浦

2010-03-22 | 
 五島列島の福江島で偶然発見されたとされる.このような完成度の高い変異が自然に生み出され,島の山中にひっそりと生えていたことに驚き,人の育種の成果など単なる偶然の塊に過ぎないのではないかと思ってしまう.さらにこの原木が,枝を採集する人々が多すぎて枯れてしまったと聞き,改めて人のサガを思う,そして,このサガの上に園芸は成り立っているのだ.
 幸い全国で挿し木繁殖された玉之浦は絶えることなく,わが家にもやって来て何本かのツバキに混じって春のひと時を競っている.

バラ芽ぶく

2010-03-20 | 
 バラの芽は季節に敏感だ.3月になるとさっそく赤い新芽を伸ばしてくる.そのくせ葉が開き始めてから晩霜があると,あっさり芽の先が黒くなってしまう.だからあんまり元気よく芽を伸ばし始めた年は,返ってハラハラしなければならない.
 植物の新芽は赤いことが多い,これは生まれたての柔らかい組織を紫外線から守るためにアントシアニンが蓄積したものだと言われている.友人Fが,あれは気温の低い時に新芽の温度を高める役割もしているのではないかと話していた.面白い考えだと思う.しかし,生き物は元来使えるものは何でも使いまわして生き延びてきた.人はその理由を考えて学問をしているつもりになる.

ムギ萌えだす

2010-03-18 | 
 3月になると日に日にムギ畑の緑が濃くなる.まるで緑の塊が地面の下に隠れていて,それがムズムズと這い出して来たかのようだ.周りの落葉樹はまだ裸のままのこの季節,時には季節外れの雪に見舞われる.そんな中でもムギの成長はとても力強い.
 春は慌ただしく,ムギの葉がすっかりのびてしまう頃には,すでにむせ返るような陽気が満ち満ちて,凛とした空気は遠くなってしまっている.ああ,またこうして春はやってきて,駆け足で過ぎてゆく.ボクはムギ畑を眺めながら,セーターの背中に春の温かみを感じていた.

ギンヨウアカシア

2010-03-16 | 
 雨の中車を走らせていると,遠くの道端に鮮黄色の塊がみえる.銀葉アカシアだ.ボクは路肩に車を止めて,しげしげと眺めた.銀白色の細かい葉はもはやところどころにちょっと顔を出すだけ,木全体が黄色の塊だ.
 アカシアはマメ科なので,場所を選ばない.なんとなく乾燥した空気の似合う植物で,南半球の雰囲気だなーと思っていたが,やはりオーストラリアの原産.暖地で早春に花咲く頃までは良いとしても,彼らにとってきっと日本の梅雨は鬱陶しいことだろう.

ツクシ

2010-03-14 | 
 毎年春になるとオフィスの建物の周りにたくさんのつくしが顔を出す.佃煮にするためだろうか,近くの人が摘みに来る.昔懐かしい田舎の風景のように思えるが,市街地でもたくさんのつくしが採れる.しかしつくしを摘む人を見て,ボクは少し複雑な思いだ.なにしろ空き地に除草剤を連用すると,だんだんスギナが増えてくるのだ.
 昔は畔や道端の草を人が刈り,そこにつくしの生える環境が維持された.今は除草剤を撒き続けた空き地にたくさんのつくしが出ている.

ハゴロモジャスミン

2010-03-12 | 
 夜遅く帰ると,甘ったるい香りが部屋中に漂っていた.出窓に置かれたハゴロモジャスミンの香りだ.ジャスミンは人のために香っているのではない.どうしてヒトの嗅覚は,これを甘いというのだろう.
 ハゴロモジャスミンは中国南部原産の暖かいところの植物だが,戸外で大きくなっているのをよく見かける.なんでも温暖化の影響にしてはいけないが,やはり冬が温暖になっているかなと思う.ハゴロモジャスミンは一度根付くと丈夫で,ニュージーランドなどでは外来生物として生息地の拡大が懸念されている.彼らは何も悪いことをしていないのに,汚名を着せられているようで気の毒だ.

ジャノメエリカ

2010-03-10 | 
 ツツジの仲間といわれるとちょっと不思議な気もする.小さな花は,壺のような形をしていて,ドウダンツツジなどと確かに似た形だ.冬に鉢物として出回るエリカはほとんど南アフリカ産.なかでもジャノメエリカは丈夫のようで,公園など屋外でよく見かける.1月ごろから咲き始めるので,冬の色どりに貴重な庭園素材だ.
 それぞれの花はとても小さいが,ピンクの花から黒い葯が顔を出し,よく見るとその真中から色のないめしべがピッと突き出ている.ポリネーターとの関わりの中で進化した小宇宙がここにもある.

土佐有楽

2010-03-08 | 
 土佐有楽は名前の通り土佐で見出された大輪のウラクツバキ.樹勢が強く,かなりの大きな木になる.柔らかなピンクの花は,まさに木偏に春と書く木にふさわしい華やかさがある.ツバキを長らく研究した先生から1本分けていただき,庭に植えた.条件の悪いわが家の庭で,毎年たくさんの花を咲かせている.
 窓から裏庭をのぞき,ピンクの花がみえると,もうすぐ春だなーと気持ちが優しくなる.


ブライダルブーケ

2010-03-06 | ヒト
 花嫁が結婚式でもったブーケを未婚の列席者に投げるブーケトス.最近列席した式でのこと,なんとブーケトスに参加する未婚者が司会者から次々呼び上げられた.アラサーの彼女たちはワイワイと集まってきたが,見ているボクは少しはらはらした.確かにたくさんの人が独身だからこそ,このようなことができる.そして彼女たちは,改めて周りがまだまだ独身なのを確かめる.結婚適齢期などという言葉は死語になりつつあり,晩婚化は着実に進んでいる.
 多くの国で,子どもを多く持とうとするヒト生存戦略は色あせたものになりつつあるのはどうしてなのだろう,ボクはブーケトスを眺めつつ、説明のつかないことへのかすかな不安を感じた.

河津桜

2010-03-04 | 
 オオシマザクラとカンヒザクラ自然交配種とされるこのサクラは,伊豆の河津町で偶然発見され,近年ブレークした.花は濃いピンクは華やか,早咲きでかつ開花期間が長いところが素晴らしい.暖かい地方でその能力をよく発揮するようだ.葉芽の休眠も浅いらしく,花が咲いている間に葉が少しずつ展開してくる.友人Fによると,このサクラは,開花に対する低温要求性がソメイヨシノなどにくらべてずっと低いらしい.
 以前タイの友人から,タイでもきれいに咲くサクラの品種はないかと尋ねられた.低温があまり要らないカワヅザクラは,案外適しているかもしれない.

矢口桃

2010-03-02 | 
 旧暦の3月3日は,上巳の節句.ちょうどその頃モモの花が咲くので,いつの間にか桃の節句となったようだ.災厄を人形に託して川などに流した流し雛がおひなさまの始まりで,その意味ではモモの花とおひなさまは直接関係がない.しかしモモの優しい色は,女の子のお祝いにうまくマッチしていると思う.
 桃の節句を前に花屋に並ぶモモの切り枝は,たいていがこの矢口という花モモの品種だ.早咲きの品種で促成栽培に適している.花モモも果実を食べるモモも同じ種の植物で,中国の原産,日本には古くからもたらされていたようだ.春の花としてはすっかりサクラに負けているが,サクラにはない華やかさがあり,古くから人が愛でてきただけのことはある.