7日め、帰国日。空港へ向かうためのホテル出発時間・18時30分まで自由行動です。
ホテルのシャトルバスでシンタグマ広場に向かい、そこからは徒歩で、古代アゴラとアテネ国立考古学博物館を回り、途中で中央市場を見学することにしました。
時間があれば国会議事堂(元々は初代ギリシア国王の王宮だった)の無名戦士の墓前で1時間ごとにある衛兵交代式・もしくは30分ごとにある左右の持ち場の交代も見学したいと思いましたが、大規模な衛兵交代式は日曜日だということなので平日の今日無理はしないことにもしていました。
ブラカ地区・パルテノン神殿があるアクロポリスの周辺などをぐるっと1時間かけてまわるハッピートレインという可愛い乗り物が走っていて、6ユーロです。
これに乗ってみるのも良いかと思います。
また、地下鉄・トラムなどを利用するのも良いかもしれません。
90分1ユーロ・24時間3ユーロで乗り放題だそうです。
でもね、歩けます。近いです。なんてことないです(夏はわからないけど)。
地下鉄への階段を上がったり降りたりする時間に、かなり歩けてしまいます。
シンタグマ広場から、古代アゴラ・国立考古学博物館に行く間に、エルム通りを歩いたり、オモニア広場を通ったり、中央市場を通ったりします。
国会議事堂はシンタグマ広場から見えるしね。
ホテルのシャトルバスの第1便は9時15分発。
以後、毎時間15分発の設定でした。
15分ほどでシンタグマ広場に到着するため、帰りの便は毎時間30分発でした。
シンタグマ広場はギリシャの首都アテネの中心部にあります。
シンタグマとは憲法を意味し1844年ギリシャ王国の憲法が発布されたことにちなんで付けられたそうです。
1975年には憲法が再改正され、現在のギリシャは共和国です。
シンタグマ広場周辺は官公庁・銀行・カフェやレストランなど多くの商業施設が周囲に集まるアテネの中心地です。
古代アゴラを目指して歩き初めました。
えーと、実は私は相当な方向音痴です。
どこを歩くにもたくさんの方に道をたずねなくてはたどりつけません。
まずは目に付いたタイガーコペンハーゲンに入り、可愛い3Dカードを3枚1ユーロというお安さに小躍りしながら買い込み、古代アゴラまでの道をたずねました。
もうね、ギリシャの人ってみーんな親切です。
レジ打ちが忙しくなったようだったので「いいです。いいです」と言っても、「待ってて」と言って教えてくれようとします。
会話を聞いていた女性客が「私が案内するから。付いてきて」と言ってくれました。
この女性は途中通ったメトロポリスギリシャ正教会聖堂の説明をしてくれたり、ご家族の話を聞かせてくれたりし、あとはまっすぐ行けば古代アゴラというところまで案内してくれました。
別れ際に名刺をくれ「ここにメールしてね。友達になりましょう」と言ってくれました。
お礼に、海外旅行の際はいつも持参するピーピーラムネをお子さんにと差し上げました。
ピーピーラムネ、どの国でも結構喜んでもらえるんですよ。
果物ワゴン。
エジプト・トルコ・ギリシャ共通お土産の青い魔よけの目玉。
これはペルセウスが倒しアテネ女神が甲冑につけたメデューサの目だそうです。
古代アゴラチケット売り場。4ユーロ。
アゴラとは人の集まる所を意味し、市場や集会所などがある公共広場で、個人商店も立ち並び、市民(古代ギリシャでは市民は男性のみ)はここで買物や社交や情報交換を行ったそうです。
紀元前6世紀頃から発展したそう。
1931年から300軒の民家を移動して、アメリカ隊による発掘が行われたそうです。
アッタロスのストアの中。
ベルガモン王アッタロスの寄進によるもので2階立てのショッピングセンターだったそうです。
ミュージアムショップが入っています。
ミュージアムショップの店員さんに、「ギリシャ人はみんなギリシャの民族ダンスが踊れるのか」と聞いたら、居合わせた店員さん2人で踊って見せてくれました。
すごい、すごい。
この出来具合の違いにびっくり。
もらった地図と照らし合わせるとちゃんとわかるはずなんだけど…。
何が何やら?
オンファロス(へそ)のコピーかな?
ヘパイストス神殿。
パルテノン神殿と同時期のものだそう。浮き彫りはテセウス伝説(ミノタウロス退治が有名)だそう。
この後、ソクラテスが獄中死したという牢獄を探しました。
遺跡の中はスタッフが大勢いるので何でも聞けます。
牢獄はわかりずらい場所にあり案内してくれました。
こおんなワイルドフラワーが咲き誇る中。
リクガメがのそのそする中。
それはありました。しばし黙祷。
ソクラテスに同情する牢番は彼がいつでも逃げられるよう鉄格子の鍵を開けていたそうですが、「単に生きるのではなく善く生きる」と紀元前399年ドクニンジンの杯をあおり刑死したそうです。
ドクニンジンは英語では「ヘムロック(毒草)と呼ばれ、苦痛なく死にいたらせるものであると信じられていて、 アメリカの安楽死協会は「ヘムロック協会」と命名されているそうです。
ドクニンジンがセリ科の様々なヘムロックの中でも唯一アルカロイドの毒性で末梢神経に麻痺を引き起こすもので、ソクラテスのあおった杯の中には、苦痛を和らげるケシも含まれていた可能性が考えられるのだそうです。
ドクニンジンは日本に自生していなかったそうですが、北海道や東日本で帰化植物となっており、シャク(セリ科シャク属の多年草でヤマニンジンとも呼ばれ、茎・葉・根を食用する)と誤認して採取され、死亡例もあるそうです。
注意したいものです。
古代アゴラ入り口付近は良い雰囲気のカフェやレストランがたくさん。
古代アゴラの手前にあるストア・ポイキレ(だと思う)。
ストア派のゼノンが講義を行いストア派の名前の元となったという。
中央市場とその周辺。
蜂蜜ショップの店主。
お酒は飲めるかと聞かれ少し飲めると答えたら、ミニカップにお酒を注いでくれ、チンと乾杯しました。
ちょびっとで胸が熱くなり顔を扇いだら大笑いされました。
えーとね、お土産はこの辺で買ったらいいと思います。
観光地より安いです。
蜂蜜やドライフルーツ(レーズン・アンズ、イチジクは硬い)、ナッツ類、ワインなど。
アテネ国立考古学博物館。7ユーロ。
チケットはなくさないで。コーナーの出入りのたびに見せます。
まずはミュージアム・カフェでランチ。
いただきまーす。
では、見学開始。
あのね、広すぎて、何が何やら。
下調べしていかなかったのです…。
ともかく、アガメムノンの黄金マスク、ゲット。
たくましい。前から。
後ろから。
これ、有名だった気がする。
三叉の鉾を投げようとするポセイドンのブロンズ像だって(イカズチを投げようとするゼウスの像と書いてあるものもある?)。紀元前5世紀~4世紀のものだそう。
ブロンズとは青銅のこと。銅と錫の合金。
錫の量により赤銅色・黄金色・白銀色となるそうですが、錫の量が多くなるともろくなるそうです。
ブロンズ像は緑青の皮膜のおかげで長期間原型をとどめてきたそうですが、ブロンズ色というと赤茶色のことですよね?緑青を磨いてはがしたの?んー?
古代ギリシャのブロンズ像は幾つもの部分にわけ分鋳し溶接するという、表現の自由度の高い手法が取られているそうです。
ブロンズは、紀元前3000年頃初期のメソポタミア文明であるシュメール文明で発明されたとか。
首は不自然。
鏡。これにオリーブオイルを張って鏡面として使ったとか。
アンフォラ。
オリーブ油を入れて競技祭の優勝者への賞品としたそう。
このアンフォラをたくさんもらいそれを売って、優勝者は一生安泰だったそう。
黒絵。
赤絵。黒絵より新しい時代になります。
えーと、この館内でも何回も順路をたずねました。
ほんとわかんない。広すぎて。
エグジット。
全世界共通のスプレーアート。ちょっと芸術的?
ホテルに戻る際のシャトルバスのドライバーさんのエキゾチックな横顔。
楽しかった自由行動も終わり、部屋でシャワーと荷造りを終えました。
えーと、ギリシャ神話の英雄の名前、みーんな語尾に「ス」がつきますよねー。
不思議だったんです。
この「ス」は、古代言語の主格語尾の名残でほとんどのヨーロッパ語で消滅しているそうですが、ギリシャでは今でも男性の名前の語尾には「ス」がつくことが多いと現地ガイドさんにお聞きできました。
女性の名前の語尾は今でも「A」で終わることが多いそうです。
98%がギリシャ正教を信仰しているそうですから、現代の名前はギリシャ正教の聖人の名前をいただいているのではないかと思うのですが、聖人の名前も人がつけたもの、多分男性の聖人は「ス}、女性の聖人は「A」で終わる名前が多いのでしょうね。
ギリシャの神殿や像はみんな大理石(結晶質石灰岩)でできているイメージがありました。
大理石の産出量が多いんだなー、産出地に近いんだなー、すごいなーと思っていましたが、実際にギリシャに来て見るとパルテノン神殿以外は石灰岩でできているようでした(見た範囲)。
石灰岩に石灰を溶かした白い絵の具を塗って大理石に見せていたそうです。
大理石の像は首だけ挿げ替えてリサイクルもしたそうです。
ギリシャは国土の8割が山や丘陵だそうです。
石炭・マグネシウム鉱・鉄・ニッケル・ボーキサイト・原油・天然ガスなどを産出するそうです。
また金鉱があるという話もあるそうです。
ギリシャ神話では冥府の神ハデスはオリンポスの12神に入っていませんが、地下を統べることから鉱物の支配者であり豊穣の神でもあったそうです。
ハデスの別名のプルートは富めるものという意味だそうです。
地中海世界の共通ワードは、葡萄・オリーブ・小麦。
多少の塩害があっても育つ大麦と違い小麦は乾燥や塩害に弱く、小麦の適地を得るためにまた貿易で小麦を得る経路の確保のために、古代の戦争が起こったそうです。
アレキサンダー大王がロシア・インドまでも遠征し疲弊してしまったのも、この肥沃な土地を求めてだそうです。
4月のギリシャは樹木も野草も花盛りで、とても綺麗でした。
ちなみにオリーブはもくせい科だそうで、花の時期(5月~6月のほんの数日だそう)はあの香りに包まれるのだとか。
年によっては4月前半は雨が降るそうで、4月半ばからが天候も良くなり観光シーズンには早いため人が少ないので旅行に良いのではと聞きました。
心残りのいくつか。
シュリーマンのお墓に行きたかった。
ヘラクレスの血というワインを旅の記念に買いたかった。
ギリシャは地ワインを大切にする国でした。
「ヘラクレスの血」というワインはあるか?とどこで尋ねても、返ってくる言葉は一様に「うちにあるのはここで取れる葡萄で作ったワインだよ」でした。
自分へのお土産は、お醤油用のペットボトルみたいなのに入った地ワインの赤と白を行程中に買いました。
また、アンズやイチジクなどの干しフルーツと塩焙煎のピスタチオとはちみつ。
どれも美味しかったです。
これにて<ギリシャ旅行 ダイジェスト その3-3>終了。
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ギリシャは他のヨーロッパとは大きく異なる国でした。
いわゆる中世の面影というのが見当たらず、工業化されていない。
えーと、トイレ事情ですが、ほとんどのトイレで個室のドアの鍵が壊れていました。
ともかく、ドアが閉まっていればご使用中と解釈するしかありませんでした。