AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

第9期針灸奮起の会「整形外科の現代針灸」実技講習会、只今開催期間中です。ver.1.3

2024-08-24 | 講習会・勉強会・懇親会

針灸臨床を初めて早や40年が経過しました。先輩方の模倣からスタートした治療でしたが、少しづつ自分なりの治療体系を構築し続けて現在があります。私の治療もベースは現代針灸ですが、現代針灸治療を実践されている先生方は他にも大勢いらっしゃるわけです。そこで私の現代針灸スタイルを、AN現代針灸 (英語名 AN modern acupuncture)と標榜 することにしました。AAとは  ATSUSHI NITADAすなわち似田敦のことです。この変更に伴い、本ブログは「現代針灸治療」から令和6年7月6日より「AN現代針灸治療」とタイトルを変更しました。

先回の令和5年春には、第7期針灸奮起の会「五官科の現代針灸」を、同年秋には「内科症状の現代針灸」の針灸実技講座を実施しました。今回は一周回って元に戻り令和6年「整形外科の現代針灸」の実技講座を行います。講習会の内容も次第に洗練されてきました。以前、参加されたことのある先生方でも満足されることと信じています。
今回の整形外科実技では、これまでの整形の現代針灸内容を取捨選択する一方、新規内容を取り入れています。病態生理と病態把握に立脚した現代針灸治療をご披露し、この技術をお伝えすることが目標です。重要なことは効かせる技術ですが、効かせる技術とは、秘伝ということもなく現代針灸の初歩的理論の中に含まれるものです。初学者対象の講習会が多い中にあって、奮起の会は臨床に勤しむ中堅の先生方を受講対象にしています。これまで奮起の会に参加された先生方の平均治療経験は、約十年です。
実技助手として小野寺文人氏、岡本雅典氏のベテラン勢も配置しました。受講生12名に対してスタッフ3名。受講生は2人がペアとなって実技練習をすることになるので、2ペアに1人が指導するという万全の指導体制です。

参加者の声(M.I先生):
針灸奮起の会!このような勉強会は学校でも一般の講習会でも無いです。遠方からご指導を受けられるのも納得します。
皆さん迷走している中、似田先生のご指導が暗闇のなかの光に感じられていると思います。こんなにご指導頂いている私ですが、まだちょっと闇の中でオロオロしております。患者情報とご指導頂いた内容がすぐ結びつくようにしなければと解っていても、後から『さっきのはこうだった~』と後悔してみたり。こうならないように先生のご指導を叩き込みます。


奮起の会マスコット「放心状態で考える君」

1.スケジュール開催時間:午後5時30分~8時頃
各回の定員:12名(定員になり次第〆切) 
残席数は8月6日時点です

第1回 令和6年3月3日(日曜)  午後5時30分~午後8時 背腰痛 終了しました。 
第2回 3月17日(日曜)  午後5時30分~午後8時 腰下肢痛 終了しました。


 

第3回 4月 7日(日曜)  午後5時30分~午後8時 膝痛 終了しました。
第4回 5月19日(日曜)  午後5時30分~午後8時 頸痛  終了しました。 

第5回 7月21日(日曜)  午後5時30分~午後8時 肩関節痛 終了しました。
第6回  月  1日(日曜) 午後5時30分~午後8時 上肢症状 残席1←8/6キャンセル発生のため
上肢のテキストが完成しました。当日参加者で下調べしておきたい方には、PDFを送付しますので、Eメールにてご連絡ください。(8/21)
8月24日、今回の奮起の会参加者一覧のファイルを誤って消去しているのを発見。参加予定者が正確には把握できなくなりました。
1ヶ月前の参加者ファイルはプリントアウトして残っていたのですが、最新情報が不確かです。過去のメールアドレスを点検しつつ、メールに上肢テキストPDFを添付して送っていますが、不明箇所があって遅れていない方が出てきています。
上肢テキストPDFが届いていない方は、至急ご連絡下さい。連絡先「nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp 似田敦」となります。


第7回  9月15日(日曜) 午後5時30分~午後8時 下肢症状 満席(+見学者2名)

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

2.講習会会場::国立市中1丁目集会所
    東京都国立市中1丁目10-34       
  JR中央線国立駅、南口下車徒歩3分
     

3.持参品:筆記用具程度。各回オリジナルカラーテキストを配布し、針灸実技用の道具類は支給します。

4.会費:針灸有資格者7,000円、針灸学生6,000円  見学3500円(2名以内)

5.懇親会:講習会後、駅前の居酒屋にて。飲食費は実費で3000~3500円程度(当日受付)

6.受講お申し込み方法

参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話 ⑤eメールアドレスを、eメールまたは電話でお伝えください。 折り返しご連絡を差し上げます。参加費は当日現金でお支払いください。領収書発行します。 お申し込み〆切り日は各回とも開催前日午後3時頃までです。ただし参加者12名に達した場合、その時点で受付は終了します。なお各回ごとに見学者は2名以内でお引き受けしています。

あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 電話042(576)4418 
メールアドレスnitadakai825@jcom.zaq.ne.jp


講習会内容 

A.腰背痛
A4版,9ページ

A1基礎:撮診法の臨床応用
①撮診と浅層ファッシアの関係
②脊髄神経後枝走行と撮診法の関係
③撮診法に対応した背部一行刺針で、高い治療効果を生む理由

A2症状:膈兪~肝兪付近(胸椎部で肋骨がある部)に感じる痛み
  <胸椎後枝症候群>
①腰背筋痛は、浅層にある起立筋ではなく、深層の横突棘筋(半棘・多裂・回旋筋)に原 因がある。
②治療は、背部一行刺針(棘突起外方5分)から深刺する。刺針体位は、腹臥位よりも側腹位で行う方が効果的。

A3症状:脾兪~腎兪付近に感じる痛み 
 <メイン症候群(胸腰椎接合部後枝症候群)>
①胸椎は回旋可動性に富むが腰椎は回旋できないので、第12胸椎の回旋させる力は第1 腰椎椎体に受け流すことができず、力学的ストレスが生じやすい。これをMaigne 症候群(胸腰椎接合部後枝症候群)とよぶ、
②本症候群には側腹位。Th/ L1棘突起間直側への刺針が効果的である。
③上殿部痛は、メイン症候群ではなく、上殿皮神経痛の場合もある。後者では、腸骨陵を縦走する上殿皮神経のワレーの圧痛点を発見し、この部から水平刺して筋膜癒着を剥すことを考える。

A4症状:上体前屈時にL5~S1椎体間に感じる痛み
<腰椎-仙椎移行部多裂筋過緊張症>
①腰椎は前後屈の可動性に富むが、仙椎椎体は可動性は全くない。
に加わった前後屈の力学的ストレスは、仙椎に受け流すことができず、L5/S1椎間関節は強い力学的ストレスが生じやすい。
②この結果、L5/S1椎間関節と多裂筋がダメージをうけやすく。L5/S1一行刺針が効果的になる。

A5症例:志室あたりの起立筋外縁の鈍痛
<胸腰筋膜癒着または大腰筋筋膜症>
①脊柱起立筋(後枝支配)の外縁には腰方形筋(前枝支配)があり、両筋間には強大な腰仙筋膜(=胸腰筋膜)が発達している。この部の筋膜が緊張すると、腰部深部に広範な鈍痛を起こす。志室から腰仙筋膜に深刺入するとよい。
②腰仙筋膜深部には、腰神経叢があるので、ここから出る神経枝症状に対しても志室深刺が効果がある。大腿外側、陰部鼠径部、大腿前面、体内内側痛に対しても腰神経叢刺針を行う適応がある。
 
A6症状:下背部で起立筋外縁の鈍痛
<外縫線部の筋膜癒着>
①胃倉あたりは外縫線とよばれ、脊髄神経前枝支配筋と後枝支配筋の境界領域である。このあたりは筋構造が複雑であり、筋膜癒着が起こしやすい。
②側臥位で、胃倉から横突起方向に深刺すると、中~下背部に広範に針響を与えることができる。広範囲におよぶ背痛に適応がある。慢性背痛の他に胆石症の鎮痛にも効果がある。

A7補講:八髎穴への刺入技法と治療点の選択
①次髎穴の後仙骨孔から針を入れて貫通させるコツを紹介。
②仙骨神経叢はL4~S3の高さから起こるので、代表治療点としてはS2(次髎)を選穴する。陰部神経はS2~S4から出る体性神経なので、代表治療穴としてはS3(中髎)を選択する。端的にいえば、整形疾患では次髎を使い、泌尿婦人科疾患では中髎。
②ただし実際には、神経枝は後仙後仙骨孔から仙骨骨膜に沿うように広範に分布しているので、後仙骨孔内に入れる必要はなく、むしろ仙骨骨膜刺激を目的とする水平刺を行った方が効果的である。


B.腰下肢痛
A4版,10ページ

1症状:片側の殿部~大腿後側~下腿(前面・外側・後面)が痛む。知覚低下部はない。
<梨状筋症候群>
①梨状筋症候群の真因は、坐骨神経痛ではなく、坐骨神経周囲の梨状筋ファッシア興奮による筋膜痛である。坐骨神経ブロック刺針(中国流環跳)刺針が効果的になる。
②腰椎椎間板ヘルニアは、腰部神経根症状ではなく、腰部椎間関節部の筋膜重積症状である。腰椎椎間関節部~横突棘筋への刺針が効果的である。

B2症状:上外殿部から大腿外側が動かすと痛む。
<中・小殿筋緊張症>
①臀部筋すべては知覚支配はないが、運動成分はあり、トリガーポイントが発生。
②とくに中・小殿筋の筋緊張は臨床で頻回に遭遇するので、側臥位で日本流環跳から深刺すると効果的である。難治性の中殿筋緊張では、横座り位で施術すると効果絶大になる。
③上殿部の強い痛みは、中・小殿筋の痛みではなく、上殿皮神経痛の場合があり、この時トリガーポイントは腸骨陵の腰宜穴あたりに出現する。

B3症状:上殿部外側の痛み・鼠径部痛。歩行時の鼠径部に感じる違和感
<変形性股関節症>
①変形性股関節初期は、 筋緊張で股関節変形に起因した筋膜痛によるものなので、日本流環跳から深刺により速効で鎮痛できるが、変形が進行すると効果は持続しない。短い場合はせいぜい1~2日間にとどまる。自発痛があるような進行期であれば、針灸無効である。
②初期~中期の変形性股関節症では、筆者考案の徒手矯正手技が有効だ。

B4症状:同じ姿勢を続けている時に生ずる腰部の鈍重感と下肢不定症状
<仙腸関節機能障害>
①大多数の腰殿痛は、運動時痛だが、仙腸関節機能障害は静的腰殿痛、すなわち同じ姿勢を続けていると痛くなる。筋膜や靱帯の持続的負荷による痛みの悪循環が正体。
②仙腸関節の関節裂孔底まで刺針し、股関節の屈曲外転自動の運動針が効果的。

B5症状:5分間ほど歩行すると足が前に出にくくなる。 腰をかがめて数分間座っていると、再び歩けるようになる。
<馬尾性間欠性跛行症>
①間欠性跛行は、動脈性と神経性があり、前者は下肢閉塞性動脈硬化症、後者は馬尾性間欠性跛行症でともに難治である。しかし中には陰部神経を圧迫が、間欠性跛行をもたらす場合もあり、針灸適応になる。   
②陰部神経が仙棘靱帯の狭隘部分で圧迫されている場合、この局所への深刺が効果的である。
③内閉鎖筋中をアルコック管が通過する部位での陰部神経絞扼が症状をもたらしていることもあり、アルコック管刺針が適応となる。(ただしアルコック管部の陰部神経絞扼の場合、肛門症状は生ずるが間欠性跛行症状はない)

 

C.膝関節痛
A4版,11ページ

C1症状:慢性的な膝関節前面が痛む。鶴頂穴圧痛(+)。
<大腿直筋過収縮>
①膝関節痛は、大腿四頭筋力低下ではなく、四頭筋の膝蓋骨停止部の過緊張で、痛みを生じていると仮説。
②仰臥位膝関節屈曲位で鶴頂穴を刺激すると効果的。この治効はⅠb抑制理論で説明できる。

C2症状:膝蓋骨外縁(外膝蓋)または内縁(内膝蓋)の痛み。
<外側広筋または内側広筋の過収縮>
①前述C1症例と同様に、外膝蓋や内膝蓋の痛みは大腿膝蓋関節の関節痛によるものではなく、外側広筋、内側広筋の停止部痛である。
②仰臥位膝屈曲位にて外膝蓋や内膝蓋を刺激すると痛みが軽減する。外膝蓋穴や内膝蓋穴から膝蓋大腿関節裂隙に刺入する意味はない。
③膝蓋関節圧迫テスト(+)は、関節痛ではなく四頭筋伸張痛の結果である。

C3症状:膝関節前面の痛みで、内・外膝眼圧痛(+)
<膝関節包緊張症>
①内・外膝眼穴の圧痛は、膝関節包の過敏状態を示す。膝痛で膝を動かさない→関節周囲の筋力が低下→膝関節の動作不安定→関節包が牽引→さらに関節の痛みと炎症を生じる。
膝下脂肪体の増殖は、外的刺激から膝関節を保護する目的がある。
②内膝眼、外膝眼への刺針は、仰臥位で行うより立位で四頭筋に力を入れさせて行うと治療効果が増す。すなわち膝関節包緊張状態にさせての関節包刺針が効果的。
   
C4症状:膝関節内側の鵞足部の痛み
<鵞足炎>
①大腿内転筋群が集合腱となって脛骨内縁部に停止する部を鵞足とよび、伏在神経が皮膚知覚支配している。浅層ファッシアの癒着により伏在神経が興奮した状態。
②鵞足部撮痛(+)は、伏在神経痛によるものでり、圧痛点の皮膚刺激(皮内針など)が有効になる。
③鵞足炎ではハンター管症候群は合併しやすく、ハンター管症候群には陰包刺針が有効。
④鵞足部から下行する伏在神経内側下腿皮枝は、三陰交や地機の皮膚知覚を支配するので、
婦人科症状に多用するこれらの穴は、伏在神経痛軽減意義があるのだろう。

C5症状:膝窩が鈍く痛む
<膝窩筋腱炎>
①大腿四頭筋筋力低下すると膝折れを生じやすくなる。これを防止するため腿四頭筋は瞬時に緊張するが、この結果は脚が棒のように伸びて滑らかな歩行ができなくなる。
②棒のようになった脚を元に戻して膝ロックを外し、歩行可能にするが膝窩筋の役割だろう。
④膝窩筋が過収縮すると、歩行時の膝窩鈍痛を感じることがある。この時の膝窩筋のコリは膝90°屈曲の膝立ち位にさせ、膝窩筋の緊張を触診し、コリ中に刺針すると効果的。
                                           
C6症状:中学生。脛骨粗面部の痛み    
<オスグッド病>
①成長期(10~15才頃)の運動ストレスが膝蓋腱付着部の脛骨粗面部に集中し、膝蓋腱が脛骨粗面部の脛骨靱帯を引っ張ることで生ずる骨軟骨炎で、疼痛は伏在神経膝蓋下枝神経痛による。
②局所治療:筋腱付着部症と捉え、膝蓋靱帯の脛骨粗面付着部のピンポイントとして出現する圧痛点を刺入点とし、浅刺斜刺。Ⅰb抑制として働く。
③膝蓋靱帯と脛骨間に、これを開けるような気持ちで術者の両手母指先を差し入れる。これがⅠb抑制として働き、四頭筋の緊張が緩む。
④仰臥位で膝屈曲にしても脛骨粗面の膝③大腿四頭筋を緩める目的で、拮抗筋であるハムストリングの緊張を高める。(Ⅰa抑制)

 

D.頸腕痛

A4版,11ページ

D1基礎:後頸部の筋構造
①頸は頸椎自体の前屈伸展・左右回旋の動き、および頭蓋骨の前屈伸展・左右回旋動きをする部でもある。
②頭蓋骨を可動させる筋は、後頭骨-C2間にある後頭下筋で、後頭骨-C1は前屈10°伸展25°ROMをもつ。C1-C2は左右回旋45°ずつのROMをもっている。
③頸椎と頭蓋骨を併せたROMは、前屈60°、左右回旋60°後屈50°  語呂:ハイとイイエは60°
④胸腰部浅層には棘筋・最長筋・腸肋筋という固有背筋があるが、頸椎はこれらとは異なり、浅層には板状筋(頭板状筋、頸板状筋)が回旋運動の主動力となっている。頸椎は左右回旋ROMが大きいので、板状筋という回旋専門の筋が発達したのだろう。
⑤胸腰椎浅層筋にある固有背筋は、上半身の重力を支持する抗重力筋としての役割をもつので、強い筋力を必要とする。頸椎における抗重力筋は頭半棘筋で、胸腰椎における抗重力筋と比べて、重力支持するものは頭蓋骨だけなので、強い筋力は不要なのだろうが頭半棘筋一つが大黒柱としての重積を担うこととなった。頭半棘筋がゆるむほどの泥酔状態では、電車のシートに座っていられず、倒れ込んでしまう。

D2症状:顔を下に向けづらい(顎を引けない)。 項部に痛みはないが凝りが強い。
<後頭下筋(とくに大後頭直筋)緊張症>
①後頭下筋は後頭下神経(脊髄神経C1後枝)が運動支配するのでコリを生ずるが、痛むことはない。後頭下筋が収縮不足では、顔を天井にむける動作(うがいなど)ができなくなる。
②大後頭神経と三叉神経(とくに第1枝)はC1~C3脊髄部で連絡している。ゆえに項部が凝る と眼精疲労が生じやすい。(大後頭三叉神経症候群)
③大後頭直筋への刺激は、上天柱から深刺する。大後頭直筋に達する手前で、針は頭半棘筋に入る。頭半棘筋は大後頭神経(C2後枝)を貫いており、C2後枝興奮では大後頭神経痛が生ずる。頭半棘筋自体は知覚支配がないので、痛むことはない。
④大後直筋への効果的な刺針技法は、座位で下を向かせた肢位で上天柱から深刺する。

D3症状:頭を左右に回すと痛む。
<頭板状筋緊張症>
①頭蓋骨の左右回旋は主にC1-C2の間の動きによる。この動きは主に頭板状筋の収縮による。本筋の代表刺針点は下風池が適切になる。
②下風池から刺入すると浅層にある頭板状筋を刺激できる。座位で患側の頭回旋筋を伸張状態にさせた肢位で、同筋に刺針すると効果的である。

症状D4症状:顔を下に傾けたデスクワーク姿勢を続けていると後頸~上背部が疲れる。
<頭半棘筋緊張症>
①頭半棘筋とは頸胸腰部の深層にある固有背筋(半棘筋、他裂筋、長短回旋筋)の一つである。頭半棘筋は、頭蓋骨の重量を支持する大黒柱の役割があり、また頸椎の前後屈の動きの主動作筋である。
②頭半棘筋の下には頸半棘筋があり、その下には胸半棘筋がある。これらの半棘筋は頭や頸は前方に垂れ下がるのを防止している。
③要するに、頸を前後方向に動かしにくい場合、後頭部~Th7の一行刺針が有効である。この一行刺針の高さは、脊髄神経後枝の撮痛帯を調べることで治療点を決定できる。
                                                                                    
症状D5:1週間前の交通事故後、その翌日からいわゆるムチウチ状態になった。痛むので頸を動 かすことが非常につらい。
<外傷性頸部症候群(頸部捻挫、むちうち症)>
①車に乗っていて後から追突された場合、胸鎖乳突筋の過剰伸展による筋微小断裂が生ずる自分の車が前の車に衝突した場合、後頸部の横突棘筋の微小断裂が生ずる。
②胸鎖乳突筋が瞬間的に伸張された直後から、二次的に短縮状態となる。短縮した筋を伸張させる動作で、痛みを生ずる。筋短縮には安静を守るといった合目的性があるので、受傷後1週間程度は安静が重要である。1週間経過後からは、胸鎖乳突筋を伸張させた肢位で刺針する。
③突然加わった外力に対しては、横突棘筋などの力を受け流す遊びがない短い筋ほどダメージをうけやすい。頸部一行刺針を行う。頸部一行の位置ぎめは、撮診法で行う。

D6症状:頸部が痛く、片側の上肢の感覚が鈍い。前中斜角筋に圧痛(+)
<(前)斜角筋症候群>
①胸郭出口部において、椀神経叢と鎖骨下動脈が圧迫されて生ずる上肢の痛みや痺れを胸郭出口症候群とよび、圧迫部位により、頚肋症候群、肋鎖症候群、(前)斜角筋症候群、過外転(=小胸筋)症候群の4つに分類されている。
②近年、MPS(筋筋膜性疼痛症候群)の考え方が発展しており、胸郭出口症候群に限らず頚部神経根症も、筋膜症のことが多いのではないかと認識されるようになった(筋の萎縮がみられれば、これまでの認識による神経根圧迫と考えてよい)。
③さらには椎体の横突起部(関節包)に刺激を与えることが、従来の神経刺激よりも有効だとする見解もみられるようになった。横突起付近は種々の筋が密になっている部なので、癒着が起こりやすいというのがその解釈である。
④針灸治療は、C5~Th1椎体の横突起付近の筋膜癒着部に刺入し、針響を症状部へ与えることになる。代表刺針点は、中国式天鼎(=腕神経叢ブロック点)および大椎一行になる。

症状D7症状:頸部が痛く片側の上肢がピリピリとしびれる。烏口突起内側の圧痛(+)
<小胸筋症候群(=過外転症候群)>
①胸郭出口症候群の一つに小胸筋症候群があり、小胸筋が緊張して、小胸筋と肋骨間を走行する椀神経叢と鎖骨下動脈圧迫されて起こる症状の痛みや痺れをいう。
②小胸筋の緊張を緩める目的で、中府あたりからの直刺を行い、上肢症状部へ響きを与える。

 

.肩関節痛
A4版,13
ページ

症状E1:肩関節の外転90°を超えると、肩関節~上腕・肩甲骨周囲に痛みが出現し、それ以上の外転できない。(他動外転では肩関節ROM制限はない)
<肩腱板炎とくに棘上筋腱炎(または棘上筋腱部分断裂)> 
①筋腱の障害があるとROM制限がおこる。たとえば肩腱板炎では自動 ROMは低下する。凍結肩では他動ROM制限が起こる。
②上腕外転作用があるのは、三角筋と棘上筋で、棘上筋腱の方が構造的に脆弱で、健付着部症を起こす。健付着部を刺激するとが治療になる。巨骨または肩髃から棘上筋腱部に刺入する。

症状E2:中華料理人。鍋を振る時、左上腕外側に痛みが出て力が入らない。    
<三角筋停止部症>
①上腕挙上しての継続作業は、三角筋粗面の健付着部症を起こす。局所である臂臑運動針が有効である。その時の刺針肢位は、上腕外転90°位にする。

症状E3:結髪動作をすると肩痛が生ずる。(他動的には可能)
<肩腱板障害(結髪動作制限)>
①運動制限の原因は主動作筋の筋力低下ではなく、その拮抗筋の過緊張(=短縮)にあり、それを伸張させようとする運動により筋の伸張痛が生ずる。
②結髪動作は、肩関節の屈曲(前方挙上)+外転+外旋の複合運動であるが、屈曲と外転は結帯動作をするための一連の動きなので必ずしも障害されている訳ではない。結帯動作制限の中核となるのは内旋筋で、この過収縮が症状を形成している。それに該当するのは肩甲下筋と大円筋なので、それぞれ肓水平刺(肩甲骨-肋骨間に入れる)や肩貞の運動針が有効となる。
③外転制限に対しては、症例1と同じように考え、棘上筋腱への刺針を併用する。

症状E4:肩関節前面~外側の動作時痛。結帯動作で痛み出現。結髪運動は可能。
<肩腱板障害(結帯動作制限)>
①運動制限の原因は主動作筋の筋力低下ではなく、その拮抗筋の過緊張(=短縮)にあり、それを伸張させようとする運動により筋の伸張痛が生ずる。
②結帯制限は、肩関節の伸展(後方挙上)+外転+内旋の複合運動であるが、伸展と外転は結髪動作をするための一連の運動なので必ずしもROM制限がある訳ではない。結帯動作制限の中核は、外旋筋の過収縮であろう。外旋筋過収縮しているのは、棘下筋と小円筋肩甲下筋なので、それぞれ天宗や臑兪の運動針が有効となる。
③外転制限に対しては、症例1と同じように考え、棘上筋腱刺針を併用する。

症状E5:五十代男性。肩の動きが悪く、結帯動作、結髪動作ができない。自動・他動とも外転70°制限。肩関節の痛みはほとんどない。
<凍結肩(癒着性関節包炎)>
①凍結肩は、急性期、慢性期、回復期という3期に分けられる。急性期は肩関節痛が主訴で関節可動域はあまり制限を受けていない。慢性期は疼痛みに代わり拘縮症状が中心で、肩関節可動域制限が現れる。回復期は、肩関節可動域制限が緩み自然治癒に向かう時期である。一連の経過には6ヶ月~2年を要する。
②凍結肩の急性期初期の段階では、凍結肩に移行するか否かは不明だが、五十才台が最も炎症が拡大しやすく凍結肩に移行しやすい。移行を食い止めるため積極的な運動療法が必要となる。
③五十肩の中心となるのは凍結肩期で肩関節包が癒着した状態(癒着性滑液包炎)である。
この段階になると、有効な治療法は乏しくなるが、少しでも肩関節拘縮を緩めるため、治療院内でも適切な運動療法が行われる。ここでは現在当院が行っている2つの方法を紹介する。
a.仰臥位にさせ、術者は患側上腕を引っぱりつつ、他動的な外転動作を繰り返すことで
癒着を緩める。術者の足は、患者の側胸部にあてるようにする。
b.患者は立位で、術者は患者の患側に移動。柔道の一本背負いの要領で、患者の腋窩を術者の肩甲上部にあて、患者の肘は軽く屈曲させ、上腕を術者がつかみ、腰を曲げる。すると患者の肩関節が引っ張られるとともに、足が浮き上がる。

 

F.上肢症状
A4版,14ページ

 症状F-1   テニスで、右バックハンドでボールを打ち返す際、右肘付近が痛む。
<診断>バックハンドテニス肘(上腕骨外側上顆炎)
  
症状F-2 ゴルフクラブでボールを叩く時、利き手の肘内側が痛む。
<診断>ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎) 

症状F-3 重いものを右手に持つと右側母指の橈側基部が痛む
<ド・ケルバン病(狭窄性腱鞘炎)>

症状F-4 右IP関節を屈曲した母指を伸展しようとしてもスムーズにできない。無理に伸ばそうとするとバネのように弾けて伸びる
<母指バネ指(弾撥指)>
  
症状F-5 右手の母指と示指でモノをつまむ時、右側合谷深部に痛みを感じる。
<母指内転筋症>
  
症状F-6 手掌全体とくに手掌側の母指・示指・中指にピリピリ感疼痛がある。
<手根管症候群>

症状F-7 50才女性。2~3ヶ月前から右示指のIP関節部が腫れて痛む。     
<ヘバーデン結節>

総括F-8  橈骨・正中・尺骨神経麻痺の学習ポイント


G.下肢症状
A4版,11ページ

症状G-1 歩行中に左足首をひねり、歩くと足外果の直下が痛む。痛みを我慢すれば、何とか歩くことができる。
<足関節外側捻挫>
  
症状G-2 両側の足母指基部が「く」の字型に曲がり、腫れて痛む。
<外反拇趾>                          、

症状G-3 ランニングをしていると土踏まずあたりが痛み、運動を続けられない。
<足底筋膜炎>
  
症状G-4 歩行時に、足の第3~第4指がビリビリと痛みが走る。
<モートン病>   

 症状G-5 陸上競技選手。短距離走直後に、下腿の脛骨後内側が痛む。     
<シンスプリント>

 

 

 


バックハンドテニス肘の針灸治療 ver.2.1

2024-08-17 | 上肢症状

1.バックハンドテニス肘の概要

1)症状:
テニスでバックハンドで球を打つたびに痛みが出る。雑巾絞り動作(前腕回外筋負荷)でも起こりやすい。
 
2)所見
外側上顆の腱起始部圧痛(++)、伸筋々腹(おもに短橈側手根伸筋)の圧痛
中指伸展テスト(+):手掌を下にして前腕をベッド面につける。検者は被験者の中指を軽く押圧しつつ患者に中指を反らすよう指示。手三里付近の痛みが出れば陽性。
中指伸展テストそしてトムゼンテストやチェアテストなどのバックハンドテニス肘の理学テストは、短縮性筋収縮を再現しているので、バックハンドテニス肘の真因である伸張性筋筋収縮とは違ったものといえる。ただし実際の診療では、バックハンドテニス肘の診療に非常に役立つものである。
 

3)病態


 
①テニスで相手からの返球をラケットで受け止める際、手関節は背屈するのて前腕屈筋は伸張状態になるが、この衝撃を受け止めるには短橈側手根伸筋が強く収縮する。
すなわち筋長は伸びているのに筋は緊張する。これを伸張性筋収縮(=エキセントリック筋収縮)とよぶ。
  

 

②エキセントリック筋収縮による筋損傷

エキセントリック筋収縮は筋に負荷がかかるので、筋力を増やすには適するが、筋の微細損傷を生じやすい筋収縮形態になる。
なお
通常の筋収縮は緊張すると筋長は短くなる。これを短縮性筋収縮(コンセントリック収縮)とよぶ。コンセントリック筋収縮は、筋への負荷が比較的少ないので、筋線維を損傷しづらい。
eccentricは<奇妙な>という意味。鉄棒懸垂で肘を曲げて身体を上げつつあるのは短縮性筋収縮であり、肘を伸ばして身体を下ろしつつある状態は伸張性筋収縮である。


③短橈側手根伸筋の特徴

長・短橈側手根伸筋の共通起始は上腕骨外側上顆である。長橈側手根伸筋停止は第2中手骨底、短橈側手根伸筋の停止は第3中手骨底である。この停止位置の違いにより、長橈側手根伸筋は単に手関節背屈作用、短橈側手根伸筋は橈背屈作用になる。バックハンドで球を受ける際、前腕は橈背屈運動となるので、短橈側手根屈筋への負荷が大きい。
 
なお腕橈骨筋は上腕の筋に分類され、肘屈曲機能になる。手関節の運動とは無関係なので、テニス肘やゴルフ肘とは無関係。

 

 ②短橈側手根伸筋の負荷         
   

2.バックハンドテニス肘の針灸治療

1)手三里移動穴運動針 

中指伸展テストを実施し、その時に出現する手三 里付近で短橈手根筋上の圧痛点(手三里の5㎜~1㎝尺側)を発見して刺針する。置針したまま、肘伸展位で手関節の背屈運動針を5~10回程度行わせる。学校協会教科書での手三里は「
曲池穴の下2寸、長・短橈側手根伸筋の間にとる」とあるが、ここでは短橈側手根筋中にとり、刺針している。   
    

上の断面解剖図では、手三里を刺入点として短橈側手根伸筋→回外筋に刺入している。しかし回外筋の収縮時症状では使うが、バックハンドテニス肘では使わないかもしれない。
2)孔最刺針しての前腕の回外運動針
 
バックハンドで球をミートする際、前腕は回内位となり、円回内筋は伸ばされながらも収縮する。すなわち短橈側手根伸筋と同じく伸張性筋収縮となる。したがって治療は、前腕回外位にて伸張状態にある円回内筋の孔最あたりの圧痛点へ刺針し、前腕の回外の運動針を行う。円回内筋は上腕内側上顆と前腕屈筋側中央で橈側中点を結んだ線上にあり、代表孔として孔最がある。
※孔最(肺):前腕前橈側、太淵穴の上7寸。尺沢穴の下3寸。腕橈骨筋上。深部に円回内筋がある。 

手三里の反対側に円回内筋がある。ここを「裏三里」と称して、後述する孔最刺針の代わりに使う方法もある。

 

  

 

 

 

3)実際のバックハンドテニス肘の回内回外痛への対処

バックハンドは前腕回内筋痛なのか、または回外筋痛みなのかは、実は考えれば考えるほど混乱する側面がある。しかし針灸治療は基本的に副作用がないから、孔最(円回内筋)と手三里(回外筋)を両方刺針する。そして刺針したまま肘を伸ばした肢位にし、患者の手指をパーのように大きく開いた状態にして回内回外運動をやらせると上手に行うことができる。


腰痛に関する最近の筆者の考え ver.1.1

2024-08-09 | 腰背痛

何といても腰痛で来院する患者は非常に多い。針灸治療も手慣れた感じで行うことになるが、今更ではあるが新たな発見があるので、昨今の知見を総括してみたい。


1.背部一行の圧痛好発部位

第1胸椎以下の背部一行(棘突起外方3~5分外方)の圧痛を触診すると、胸椎全域と胸椎と腰椎の接合部、および腰椎と仙椎接合部に圧痛が出現することが多いことに気づく。

 

 2.胸椎間は回旋可動性、腰椎は前後屈可動性
 

椎間関節の関節刻面の傾斜により脊柱の運動方向が決定される。胸椎は左右の回旋運動(上体を後にひねる動作)が可能である反面、屈伸運動(上体の前かがみや上体反らし動作)ができないので、上体回旋運動による力学的ストレスが胸椎部の椎間関節に加わることで、椎間関節性変化を生ずるのであろう。上体の激しい回旋時、Th12胸椎は左右に動くが、その下にあるL1椎体間は可動できないので、Th12/L1椎間関節は力学的な歪みが生じて椎間関節性腰痛が起こりやすい。

同様のことは腰椎と仙椎間にもいえる。腰椎は前後屈できるが、仙骨は一つの骨に癒合していて
可動性がない。強い前屈・背屈ではL5/S1椎間関節の椎間関節症が起こりやすくなる。

3.背部一行にある障害を受けやすい筋

この椎間関節に加わる力学的ストレスによる障害は、そのすぐ近傍にある筋の無理な伸張を強いる。一般的に脊柱起立筋のように長大な筋は上手に力を逃すことができるのに対し、椎間関節近傍にある深部筋(横突棘筋と総称)は、椎間関節の変化を直接受け、筋長も短いので力を逃すことができづらく、筋筋膜症性変化も引き起こす。すなわち筋筋膜性腰痛を生じる。

その問題となる深部筋は、脊椎の可動性に対応したものとなる。胸椎では左右回旋に可動するので、この過剰可動を制止するため長・短回旋筋にストレスが加わる。腰椎部では前背屈に可動するので、この可動を制止するため多裂筋にストレスが加わる。
建物を増築した場合、元からある建物と増築部分の境界が地震に弱くなる。それは地震に伴う建物の揺れ周期が両者間で異なるので、継ぎ目が脆弱になるからである。これと同様のことが胸椎-腰椎間、および腰椎-仙椎間でいえる。
頸椎-胸椎間でも同じ現象が起こるので、大椎や定喘(C7/Th1棘突起間の外方1寸)
などは頸回旋時痛に際する治療点となる。


3.背部一行圧痛時の診断名

すなわち椎間関節性腰痛と筋筋膜性腰痛は、背部一行部にある筋においては重複した概念になる。そしてその椎間関節症は、先に示したように、胸椎全般と、Th12/L1間と、L5/S1間に起きやすい。

 




4.椎間関節直接刺について


繰り返して記すが、腰痛は、背部一行の圧痛のある触知をもって、椎間関節性腰椎であると判断することはできない。筋の問題にしても椎間関節の問題にせよ、脊髄神経後枝内側枝の鎮痛を図るという意図からは、背部一行刺針は有効なことが多い。


では捻挫時に局所の関節に直接刺針すると、よく効くのと同じように、椎間関節症に対して棘突起から外方2㎝ほどの部を刺入点として、筋中を貫き、椎間関節の骨にぶつかるまで深刺する方法も考案されている。ドーンという強い針響が得られるとのことだが、2~3番針程度の太さで行うのであれば針響も適度なものとなる。柳谷素霊の秘法一本針伝書中の「五臓六腑の針」もこの機序を利用したものであろう。

ブログ:柳谷素霊「五臓六腑の針」
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/4def4967b4651eb11221c8cf63c3a6ee

 


5.背部三行刺針

1)腰方形筋、腰仙筋膜深葉の痛み

背部三行とは、起立筋外縁と腰方形筋のつくる筋溝をいう造語である。筋筋膜性腰痛として腰仙筋膜深葉、それに腰方形筋性やなどの深部の腰痛で、この背部三行の刺針目標となる。穴としては胃倉、外志室、外大腸兪あたりになる。3寸ないし2.5寸の5~7番針程度が必要である。

起立筋は、体幹を下るにつれ、先細りになるのに対し、第12肋骨と腸骨稜間にある腰方形筋は逆に、体幹を下るにつれ広がっている。ゆえに下部腰椎部では起立筋の外方に腰方形筋がはみ出てきている。腰方形筋緊張による腰痛は、上後腸骨稜の外方で、腸骨稜上縁に沿うような痛みも出現しやすい。これは筋の骨付着部症としての脆弱性があるためだろう。立位上体前屈位にせしめ、腸骨稜縁の圧痛点に刺針。上体の屈伸運動を行わせると効果的である。


2)大腰筋性腰痛

大腰筋性腰痛が注目され出したのは最近である。何らかの原因で腸腰筋の持続的収縮が起こると中腰姿勢状態になり、上体を伸展させる際に、ひどく痛む。中腰姿勢の持続は、バランスをとるために腰背部筋の緊張を惹起するようになり、背部筋の筋筋膜性腰痛も合併するようになる。

大腰筋の伸張持続が極端な場合、このままでは筋が断裂すると筋・腱紡錘中の受容器が判断し、反射的に脱力(腰くだけ状態。立つことができない)になるとする説がある。治療は、側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁(痩せた者では横突起の直前)を刺入点とし、椎体側面方向に7~8㎝刺入。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。腰が抜け、立つこともできない者は、大腰筋の脱力を意味している。この状況から本来の筋トーヌスまで回復するには、1時間程度の置針が必要である。


三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 

2024-08-06 | 頭顔面症状

1.三叉神経第3枝の神経走行       

三叉神経第3枝(=下顎神経)の機能は、卵円孔を通った後、運動枝と知覚枝に大別できる。
運動枝は頭蓋外に出て咀嚼筋(咬筋、内側・外側翼突筋、側頭筋)に分布する。
知覚枝は、耳介側頭神経、下歯槽神経、舌神経、オトガイ(=頤)神経など下顎や舌付近に分布する。

 

2.下歯槽神経               

1)解剖

下顎骨内を走り、下顎の粘膜、歯髄、歯根の知覚をつかさどった後、オトガイ孔より皮下に現れ、オトガイ神経となる。

2)下歯槽神経刺針<裏頬車刺針>
 
下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、オトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
下歯槽膿神経この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛の原因となる。

卵円孔を出た下歯槽神経は、下顎骨内側の下顎孔から下顎管トンネル中を走行し、オトガイ孔から骨外の出て下顎から下唇の知覚を担当する。したがって下歯槽神経を刺激できるのは、本神経が下顎孔に入る手前に限られる。これはツボでいうと裏頬車に相当する。

 

3) 裏頬車(素霊、下歯痛の一本針)刺針の技法

側臥位で、歯にタオルを噛ませる。下顎角の内縁に触知するゴリゴリとした筋肉様(内側翼突筋)と骨の間を刺入点とする。2Un #2で下顎骨内縁から刺入針が口角に向かうよう刺入。針響を下歯に得る、とある。

下歯槽神経刺激。裏頬車の下方で下歯槽神経は、下顎管中に入るので、頬車の代用として裏大迎の使えない。
     
※下歯槽神経の走行:
下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、頬車水平刺に含まれる。
 一本針伝書で裏頬車から刺針して「耳に響く場合・・」とあるには、おそらく舌咽神経の分枝である鼓室神経を刺激した結果だろう。鼓室神経は「鼓膜と鼓室の知覚を支配するので、こういうことも起こる。

3.舌神経

  ※舌咽神経:分枝に鼓室神経があり、鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は鼓室神経叢を      形成し、三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでな   く、時には耳まで痛くなるのは本神経の興奮による。

※辛味=痛覚
カプサイシンなどの辛味は、本来動物に「食べてはいけない」という警告を与えるものだが、人によっては辛いものを好む者がいる。辛味は、三叉神経経由で脳に情報が伝わり、痛みとして認識される。この痛みを和らげるため、脳はエンドルフィン分泌を増大するので、辛味で多幸感が得られ、病みつきになる者がいる。

1)解剖
 
三叉神経第3枝の主要枝である下顎神経は下顎孔に入る手前で舌神経を出す。

舌神経は、舌前2/3の知覚を支配している。ちなみに舌前2/3の味覚を支配するのは鼓索神経で鼓索神経は顔面神経と合流する。
末梢性顔面麻痺を起こすベル麻痺では、しばしば味覚障害を起こすことがあるのは鼓索神経も麻痺したことによる。鼓索神経には同時に涙腺や唾液腺に分布している線維も含まれており、涙や唾の分泌にも関係する。
      

※舌咽神経:舌咽神経は舌の後方1/3を知覚・味覚ともに支配するが、その分枝である鼓室神経は、舌咽喉神経の分枝に鼓室神経があり、鼓室神経は鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでなく耳まで痛くことがあるのは本神経の興奮による。

 舌咽神経は、内耳迷路から神経枝が伸びていることも確認されている。なわち舌咽神経刺激は、中耳炎の痛みだけでなく、めまい・耳鳴も関係するという。
舌咽神経を針灸刺激するには、難聴穴(深谷伊三郎が命名)から3㎝程度直刺すればよいことを発見した。なお耳介下部で耳垂の基部に「耳痕」をとり、耳垂下端で頬との境界まで線で結ぶ。その中点に難聴穴をとるこれは鼓室神経(舌咽神経の分枝)を刺激した結果だろう。鼓室神経は外耳道~鼓膜を知覚支配している。
深谷は「難聴穴から半米粒大灸7壮+完骨+少海」と記載しており、針は使っていない。灸刺激では鼓室神経を直接刺激できないので、当然ながら針響は起きない。私は、難聴穴から直刺2~3㎝で鼓膜に響くことを発見した。

柳谷素霊の「秘法一本針伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨(移動穴)刺針の記述があった。中耳炎時の鼓膜の痛みだろう。鼓膜を知覚支配するのは鼓室神経で、まさしく深谷の「難聴穴」と同部位をさすと思えた。

私が難聴穴を使ったきっかけは、解剖学書で浅層に顔面神経も走行することを知ったからだ。顔面神経は茎乳突孔(=翳風)を出た後、耳垂直下の耳下腺中を通過し、顔面表情筋へと枝を送る。したがって翳風への刺針パルスをすると顔面表情筋の攣縮を観察できるが、茎乳突孔部の顔面神経へ刺入するのは、方向が少しでもずれると著しい刺痛を与えるので実施するのが難しく、翳風の代用として私は難聴穴を使うことにしている(ただし顔面痙攣時は茎乳突孔部の顔面神経に刺激する以外、有効な手段がないので翳風へ深刺タッピング手技を行っている)。ベル麻痺時に難聴穴から1~1.5㎝直刺してパルスを流すと、顔面表情筋の攣縮を観察できる。顔面神経は基本的に運動神経なので針響起きない。何人か難聴穴から刺針パルス通電を行っているうち、たびたび耳中に響くという訴えを患者から受けた。
つまり、難聴穴は浅層に顔面神経が通り、深層に鼓室神経が通るという立体交差構造であることを知った。
ちなみに耳介周囲のツボで、耳中に響かせることのできるのは、この難聴穴以外にないようだ。

ブログ:顔面痙攣の針灸 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/135a9ffea3f625a5918e2668247bbf37

※耳垂中央からの深刺すると耳中に響くことを発見したので、私はこの部位を「下耳痕」と名づけたが、その後に深谷が「難聴穴」とよび素霊が「完骨」(移動穴)としているのを知り、それ以降は下耳痕との呼名を止めることにした。

ブログ:ベル麻痺に下耳痕置針 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/32b9f9a0816988958ffd8ee837d6cdd6


 


2)舌神経刺激刺針
 
下歯槽神経刺針と同じく裏頬車からの刺針では舌神経を刺激できない。舌神経を刺激するには、下顎骨後縁の央の舌根穴から直刺する。舌骨上筋刺激になる。舌根穴(=上廉泉)は舌の起始になる。舌骨上筋は舌咽神経支配が知覚支配しており、舌痛症と関係する。刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。舌痛患者はあまり来院しないので、治療経験もわずかだが、舌根骨刺針の治療効果には手応えを感している。

 

4.咀嚼筋枝

三叉神経第Ⅲ枝は咀嚼筋を運動支配する機能もある。咀嚼運動障害の代表が顎関節症である。
顎関節症分類で、筋緊張によるものをⅠ型顎関節症といい、咬筋、外側翼突筋の過緊張による場合が多い。
咬筋の代表治療穴は「大迎」、外側翼突筋の代表治療穴は「下関」になるだろう。

素霊の示した頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激になると思えた。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽神経の直接刺激にはならない。
   

5.おとがい(頤)神経ブロック点

位置:口角の下方を探ると、下歯、下顎骨と触知できる。この下顎骨の縦幅の中点にオトガイ
孔をとる。
刺針:おとがい孔を刺入点とする。45°下方(顎方向)に向けて、さらに45°針を持ち上げて斜刺すると、オトガイ孔を貫通できるおとがい神経の上流にあたる下歯槽神経は下歯に知覚枝を送っているが、オトガイ孔へ刺針しても、下歯痛への効果はあまりない。
 

オトガイ孔は意外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させることは案外難しい。それに加え、オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、オトガイ神経の顔面分布領域は小さいので、臨床で使う機会は少ない。

     

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


三叉神経第Ⅰ枝・Ⅱ枝関連の顔面骨孔への刺針

2024-08-04 | 頭顔面症状

ブログ:三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e89102ce9c94e2ecc5f9728dd5b6ab7f

 

A.三叉神経第Ⅰ枝

1.三叉神経第1枝の神経走行と骨孔

三叉神経第1枝(=眼神経)の主要枝は眼窩裂孔を通って眼窩に入り、前頭神経として走行し、主要枝は眼窩上切痕(=魚腰穴)から眼窩上神経として前頭部~登頂にかけての皮膚に分布する。また前頭神経は、滑車上神経の分岐し、攅竹穴あたりから前頭正中の皮膚も分布する。



                        

2.攅竹(膀)

取穴:眉毛内端。眼窩上切痕から滑車上神経が現れる部。
深刺時の解剖:内眼角(睛明)から眼窩内刺針として深刺すると、針先は上眼窩裂に至る。上眼窩裂は、眼球運動をつかさどる3つの脳神経(動眼・滑車・滑車・外転神経)が出る孔である。
 そのすぐ上には視神孔がある。視神経孔は視神経管が通り、視神経は視覚をつかさどる。
臨床関連:針痛に過敏すぎる患者に対し、代田文誌は本来の治療に先立ち、攅竹に単刺し、針に対する過敏反応の軽減をはかったという(追試しても目立った効果はないようだが)。攅竹刺針の適応は第一に眼精疲労で、皮膚をつまんで刺絡する部でもある。刺絡した刺痛により交感神経緊張して瞳孔散大するので、眼がスッキリするのだろう。
   
3.魚腰(奇)
位置:正中から2.5~3㎝外方眉毛中央。眼窩上切孔(または眼窩上孔)のある処で、眼窩上神経が出る。
刺針: 魚腰が眼窩上神経ブロック点にほぼ一致する。 眼窩上切孔から直角に1~2㎝刺入する。

眼窩上神経ブロック体験例:
かつて私が洗面所で転倒して額を強打してたはずみに上眼瞼破裂創となった。つまり片側の上まぶたがぱっくりと口を開いた。病院内の事故だったので、あわてて外科に駆け込み、上眼瞼を縫合してもらった。その際に経験したのが眼窩上神経ブロックで、局麻剤の刺痛はあったが縫合時は無痛だった。

 

 4.挟鼻(新)


 取穴:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央にとる。
鼻毛様体神経の分枝の一つを前篩骨神経とよび、鼻腔粘膜をつかさどる。ワサビを食べ過ぎると鼻にツーンとくるのは、ワサビの揮発成分が鼻毛様体神経を刺激した結果である。
しかしワサビを舌奥の舌咽神経支配部分に入れると、あまり辛さは感じず、鼻にツーンともこない。


 刺針:挟鼻穴を毫針や鍉針で十秒ほど刺激し続けると、鼻粘膜刺激により鼻粘膜が交感神経優位となり、鼻甲介の海綿体の充血を改善できるので、鼻が開通する。挟鼻を刺激しつつ、強く数回鼻から息を吸わせてみると開通が自覚できる。鍉針は、針先をライターなどで50℃程度にあぶった状態で押圧した方が反応が出やすい(岡本雅典氏)。
夾鼻よりも攅竹刺入点として鼻方向に水平刺する方法もあるが、挟鼻の方が技術はやさしい。
    
   
  

B.三叉神経第Ⅱ枝

1.三叉神経第2枝の神経走行と骨孔
   
正円孔を通り、主要枝は眼窩下縁から眼窩下孔(=四白穴)を通過して顔面表層に現れ、頬上部、鼻翼、上唇を支配する。上顎神経の分枝は歯槽孔を通過して上歯槽神経となり上歯槽を知覚支配する。  

        
  


2.眼窩下神経ブロック点 =四白(胃)

位置:眼窩下孔(=四白)は瞳孔線上で、眼窩下縁の直下1㎝の陥凹部にとる。
刺針:眼窩上孔を刺入点とし、外眼角方向に向けて3㎝ほど刺入すると針は下眼窩裂へ達する。すなわち三叉神経第Ⅱ枝である上顎神経は、下眼窩裂を通り、眼窩下神経となり、眼窩下孔(=四白)から顔面表層に現れる。
応用:下眼窩と眼球がつくる陥凹で、外眼角から内眼角に向かう線の外側1//4に球後穴がある。球後は中国では内眼病で用いられる。

3.球後(新) 刺針注意!    

位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。
解剖:「球後」は眼球の裏側という意味。球後から直刺深刺すると下眼窩裂に達する。針尖を上内方に少し向け、眼球裏に達するほどの深刺をすると、毛様体神経刺激になるが、毛体神経刺激の臨床的意味は不明であるが、眼球裏には毛様体神経節、長・短・鼻毛様体神経などがあるので、眼に対する副交感神経刺激になるだろう。

 

4.客主人(=上関)(胆)斜刺
 
位置:頬骨弓中央の上縁。
刺針:客主人から下方に向けて3㎝以上斜刺すると、針先は上顎神経が上歯槽膿神経に分岐する処の近くに至る。針響は上歯に至る。この部は側頭筋筋膜部でもあり、側頭筋緊張により放散性の上歯痛をきたす場合の治療点となる。
           
 

ブログ :上歯痛の治療  ver.2.0
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7083c92196f0d9741ae4e56e4cee5586


太陽穴の局所解剖と瀉血意義 ver.1.2

2024-08-02 | 頭顔面症状

1.頭痛薬「乙女桜」の話

伝統的に、コメカミの具合が悪いと頭痛になると考えられたようである。かつて我が国では頭痛の民間治療として、コメカミに米粒やすりつぶした梅干をテープで貼り付けたりしていた。これにヒントを得て、明治時代末期には、コメカミに頭痛膏「乙女桜」(サロンパスを小さくしたようなプラスター剤)を貼ったりもしていた。昭和の時代、おばあさんが貼っているのをたまに見かけたものだ。
現代でも同様の貼薬である「点温膏」や「おきゅう膏」が市販されている。


※上は町の電気屋のおばさん役のタレント。電球を買いに来た客に電球を売る前、電球が切れていないか、店のソケットに入れて、本当に光ることを確かめた後に客に手渡した。その時のやりとりをCMにしたもの。当時の電球は輸送途中のショックでフィラメントが断線することがよくあったため。松下電器は輸送中の少々の衝撃にも耐える梱包方法を発明し、それ以降、買った電球が光るのは当たり前となった。


2.牧畜民チャムスに伝わる「ンゴロト」


ケニアの牧畜民チャムスに伝わる伝承医学には、「ンゴロト」(弓矢式瀉血)という方法がある。通常の瀉血では治らない激しい頭痛の際には、矢じりの先数ミリを残して布のテープを巻きつける。患者の首を革ひもで絞め、こめかみに血管が浮き上がってきたところを、左右とも近距離から弓矢でいる。首の革ひもをといて、出血を弱める。血が止まるまで放置する。頭痛がするときは、こめかみから血が飛び跳ねるが、余分な血を抜くと、血管に適量の血液が流れるようになり、頭痛は鎮まるという。



3.側頭部局所解剖の特殊性

昔から頭痛の際には、コメカミ刺激が行われていたが、なぜコメカミに注目したのだろうか。この理由を局所解剖から探ることにした。

1)側頭筋の局所解剖
太陽穴から直刺すると、まず頬部脂肪体をつらぬき、続いて側頭筋中に入る。側頭筋の浅層には側頭部脂肪体がある。側頭部脂肪体は表層。裏層ともに筋膜があるので、側頭筋部は弾力に富み、指頭で押圧するとグリグリと可動する。粗な組織である上に、静脈血流に富むので、静脈鬱血になりやすい。

 

バッカルという言葉は、顔の頬の部分をいう。バッカルファットとは、頬骨弓上下にあり、側頭筋や咬筋の浅層にある脂肪塊のことである。バッカルファッドがあると側頭部から頬部にかけて凹凸が減るので。若々しい外見になる。バッカルファッドが多すぎても少なすぎても老けてみられる要因になることがあるので、美容外科の対象となる。

経絡走行からは、頬骨上部で側頭筋部の脂肪ファットは三焦経に、頬骨下部で咬筋部の脂肪ファッドは胃経所属になる。

 

2)コメカミ瀉血の適応症
    
頭痛や眼の疲れを訴える場合、太陽穴付近が鬱血しているようなら、瀉血して放血させることがある。粗な組織の中に静脈が走っているので、止血しづらいので多量に放血できる。さらに浅層には浅側頭頭動・静脈があって、眼球自体の栄養血管である眼枝を分岐しているからか、眼がすっきりする効能もある。眼がすっきりとするのは、鬱血を改善したというより、痛覚刺激により瞳孔散大したことによるのではないか? 
  

3)坂口弘(細野診療所医師)の経験

   
瞳子髎から耳のほうへ少し寄って一面に圧痛がある。ここへ太い針を刺す。私は注射針にてヤトレンカゼインを薄めたものをごく少量注射する。多くは針を抜くとタラタラと出血する。なるべくこの出血を十分出すように絞る。充血と流涙で目が開けられなかった者が、帰途にはパッチリとあくといったケ-スがよく見られる。(坂口 弘:得意とする疾病とその治療法、「現代日本の鍼灸」、医道の日本社、昭和50年5月) 

※ヤトレンカゼイン:戦前の医学で、感染症に対して使われた注射液。牛乳のタンパク質を原料とする。

   

 


バネ指手術の体験 ver.1.1

2024-08-01 | 上肢症状

1.術前の経過

2年程前から、理由なく起床直後に左母指のバネ現象が生ずるようになった。ただし基礎疾患として7年前頃から糖尿病があった。脱力時には痛みはないが、母指の曲げ伸ばするために、カクンカクンとして母指が動かしづらいので、絆創膏を母指IP関節に巻いてIP関節の動きを制限して過ごした。やがてバネ現象は自然消失したが、今度は母指IP関節が完全伸展できなくなった。母指の屈伸動作を行うと、母指MP関節掌側横紋の示指寄りに鈍痛が残るようになった。すなわち第3期のバネ指状態になった。母指の完全伸展ができないことは我慢ができても、母指球の鈍痛には我慢ができなかった。この鈍痛は湿布しても効果なかった。

痛みに我慢できなかったので、これまで整形外来に2度行き、腱鞘内への鎮痛剤注射を行う処置をうけた。注射直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくるとのことだが、まさにその通りだったので驚いた。しかし2~3ヶ月で元にもどることも多いという。一応計2~3回注射して、それでも効果ない場合、手術に踏み切るとの段取りになるという。腱鞘内への注射そのものが非常に痛く、局所注射が腱鞘を傷つけることになるなどの理由から、注射回数にも限界があるとのこと。


 2.(参考)バネ指のスタジウムと処置法

1)第1期:
関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
  
2)第2期:     
①バネ現象陽性
が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
   
②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
     
③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
  
治療は、腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)  

3)第3期 
バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。関節拘縮状態。 輪状靱帯の開放手術。手術以外に方法がない。


3.輪状靱帯切開手術

私のバネ指は、第3期となっていた。腱鞘への局麻注射も7ヶ月間に計3回たので、手術しか選択肢がなくなった。腱鞘への注射は、クリニックの外来で行ったが、手術となると手術設備のある病院になる。この医師は母体が同じクリニックと病院日替わりで勤務している。クリニックでは病院に宛てに紹介状を書いていた。書いた人と受け取る人は同じなのに、上の人から「書かないといけないんだって」とブツブツ文句を言っていた。

否応もなく平成29年9月15日、輪状靱帯切開術を受けた。手術室に入ると入口のナースが、「あの先生は、自分宛てに自分でご高診依頼状を書くんですよ」と妙なことを話してくれた。ところでバネ指の所見は腱が肥厚していて、輪状靱帯を切開すると、その輪状靱帯に覆われた部分だけ細くなっていたという。A1靱帯を切除し、A2靱帯入口部分も切ったとのこと(両靱帯を2つとも切除することはできない)。手術方法の選択はもちろん医師に一任したのだが、2㎜ほど皮膚切開してガイドナイフを使って腱鞘切開するという新方法ではなかった。しかし腱鞘を目視して切開できたことが、A1靱帯完全切除、A2靱帯入口の部分切除という臨機応変な対応をとることができた。A1靭帯を切開する時、腱が太くなっていて輪状靱帯をつまんで切開するのに手こずっていることが、医師の独り言から伺えた。

皮膚切開は10㎜ほど。手術は正味20~30分で、手術室に入っていたのは60分ほどだった。YouTubeでは簡単に済んだという動画があったが、私も安直に考えていたが、予想外に本格的な手術だった。

輪状靱帯を切除したということは、腱鞘が癒着しやすい状態になったことを意味するので、これを防止するため、術後は母指の曲げ伸ばしをしっかり行うこと、との指導を受けた。
術後2~3時間して麻酔がとれてきた。これで母指伸展も正常になると思い込んでいたが、意外にも母指伸展可動域の改善はほとんど改善しなかった。ただし母指球の鈍痛はなくなった。
   
その翌日から、右手に包帯を巻きつつ、鍼灸治療業務を何とか行った。母指を動かす度に傷口に痛みを感じていたが、経過と共にその痛みも軽減した。術後4日目に術後チェックをうけたが経過良好とのこと。

 

 

 

 

4.術後経過

術後2週間経て、抜糸を行った。改めて自分で触診すると、傷痕深部にシコリがあり、健側に比べて隆起していることが判明した。熱感と腫脹があることを医師に報告すると、抗生物質を5日間分投与された。抜糸して4日目になった現在、やはり熱感が少々残存している。傷痕内部のシコリも依然として存在している。安静時痛はなくなったが、母指を動かす際、MP関節掌側の痛みを若干感じる。母指IP関節の可動域は手術直後よりも改善したのだが、術前の症状を10とすれば、7程度にはなった。大幅に改善したというわけではない。健側と同様の可動域まで改善するのは約3ヶ月後だったが、成書を読み返すと、これも想定内のことといえた。

 母指を伸展すると母指MP関節部が痛むのは、オペ痕部に硬く分厚い皮下組織ができてしまって、それが母指屈筋腱を圧迫するためかと思ったが、触診してみるとオペ痕部が痛むのではなく、オペ痕よりも3㎜ほどIP関節に近い点に強い圧痛を2点発見した。銀粒を持っていなかったので、とりあえず米粒を貼って2カ所の圧痛点にテープ固定してみると、その直後から動作時の鈍痛は軽減したのでびっくりした。これもMPSの一部ということなのか。術前症状を10として3程度に改善した。だが別の痛点が出現してくる。

バネ指手術の症例数が多いことで知られる古東整形外科の「バネ指の手術を受けられた方へ」を読むと、手術後はスッキリと改善しない例もあるが、6ヶ月~1年の経過で、徐々に腫れが引いて、違和感が消失するといった内容であった。輪状靱帯に局麻注射をしても直後に痛みは改善せず、1週間~10日くらい後から徐々に効いてくるという治療経過、手術後後遺症が消えるのは6ヶ月~1年かかることもあるといった術後経過。バネ指は他の疾患と比べて、いろいろユニークな点が多いらしい。

術後2ヶ月経って、普段かかっている内科医に、ついでにバネ指をみてもらった。するとこれは腫れではなく、線維化だという。線維化だとすると、この分厚い皮下組織はもう治らないかもしれないとも思った。しかし術後3ヶ月が経過した12月下旬になってみると、母指球の重苦しい痛みや、母指運動時痛は術前の8割以上消失しており、普段バネ指だったことを意識することもまれになった。厚い皮下組織も術直後に比べて、1/3ほどにまで縮小している。そして術後2年した頃には皮下組織の肥厚もなくなった。常々思っていることだが、現代医学書の内容は、事こまかに事実に一致していることに驚かされる。このこと一つとっても現代医学の信頼性につながる要因となるといえる。

 

 


下歯痛の針灸治療 ver.1.2

2024-08-01 | 歯科症状

1.針灸適応となる歯痛
歯の激痛に対して、針灸で止痛させることは難しい。しかし関連痛による歯痛(放散性歯痛を含む)による歯痛は効果がある。歯肉痛にも効果がみられる。上歯痛・下歯痛それぞれ2回に分けて考えてみる。


2.下歯痛の治療

歯痛の鍼灸治療で、筆者が参考にしているのは、柳谷素霊著「秘 法一本鍼伝書」であり、また木下晴都創案の傍神経刺である。今日で入手できる歯痛の傍神経刺の載っている成書として「最新鍼灸治療学」がある。
 
1)頬車水平刺(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:上歯痛の場合と同じ。但し上歯と下歯とのあいだに手拭いをまるめて噛ませるようにする。こうすれば穴が益々明かとなる。
②取穴:下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。
③刺鍼:鍼尖が口吻の方向に向くようにし、鍼尖をして下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的に)に刺し透すやうな心得で刺入する。手技は上歯痛の場合と同じ。 深度は1~1.6寸位。
④注意:刺入しているうち、鍼尖が骨に当ったときのように硬く感ずる、手ごたえがあっても緩やかに旋撚しつつ刺入する。このように刺入せば入るものである。且つ鍼響の感があるものである。但し、耳の中に鍼の響がある場合には鍼尖を下方に向ける(刺鍼転向)、痛む歯に鍼響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後を揉まない。

2)裏頬車水平刺に対する筆者の見解
通常の頬車は、下顎骨の表層を取穴するのに対し、素霊は下顎骨の裏側で、頬車水平刺は内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激をしているようだ。”骨の欠け目”というのは、下顎骨と内側広筋のつくる陥凹だろう。そこで素霊一本針での頬車を、裏頬車と称することにした。

ペインクリニックで用いる下歯槽神経ブロックは下顎の下方から水平刺する口腔外アプローチと、口腔内の歯肉から刺針する口腔内アプローチがある。刺入部位は3者とも異なるが、刺針目標なるのが下顎孔あたりになるのが興味深い。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽膿神経の直接刺激はできない。

 ※下歯槽神経の走行:下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、狭車水平刺に含まれる。 
 

 

3)聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)について

聴関とは、聴宮と下関の中間にあることから木下が命名した。しかし聴関穴は、今日の標準経穴位置から検討すると「下関」にほぼ一致しているので注意すべきである。
この部から2寸鍼を使って3.5㎝直刺する。これには咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針狙いがある。(このさらに深部には、三叉神経第3枝の出る卵円孔があり、ペインクリニックでは上顎神経ブロックとして使用される)

この発想はいいとしても、下関から3.5㎝深刺するとなれば、実際には用いづらい施術法といえよう。

 

 
上歯痛の針灸治療

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7083c92196f0d9741ae4e56e4cee5586

 


上歯痛の針灸治療 ver.2.0

2024-07-31 | 歯科症状



歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしながら放散性歯痛のように、歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手としている歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、徐々に刺入、1~2寸刺して痛む歯に針の響きが得たら、針を揺り動かす。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

2.客主人移動穴刺針の治効理由

1)上顎神経刺激

上述の素霊一本針を行うと、針先は頬骨弓の深部で、上顎神経を刺激できるようだ。素霊の一本針では、水平刺しているようだが、上顎神経に近づけるためには針先は鼻尖に向けて斜刺した方がよい。上顎神経は、前歯槽神経や後歯槽神経に分岐するから、上歯痛(奥歯でも前歯でも)
効きそうだ。ただし虫歯には効かず、放散性歯痛に対する効果だろう。この場合の放散性歯痛とは、第一に側頭筋の過緊張があげられる。



2)側頭筋刺激

上記刺針で、刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。側頭筋の深部には側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。ちなみに側頭頭頂筋は表情筋に分類され、ウサギなどの動物が外敵を察知しようと耳介を動かす意味がある。



側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


下歯痛の針灸治療ブログ
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b079b179c8745443a182851a600501a0


改訂版・針灸院における凍結肩の対応 ver.1.1

2024-07-29 | 肩関節痛

1.凍結肩の概説

五十才前後で肩関節痛が生じると、凍結肩に至ることがあり、一度凍結肩になると自然回復まで半年~2年かかるとされる。現代では、凍結肩とは癒着性関節包炎のことをさすようだ。
若年層では肩関節が老化していないので、そもそも炎症が生じにくい。一方高齢者で肩関節の炎症は生じやすいが、血行が悪いので炎症は拡大せず自然に消退する。ということで五十才前後の者に肩痛が生じると、凍結肩に至ることが多い。
すなわち肩腱板炎症→肩峰下滑液包への炎症拡大→滑液包の癒着→関節包全体の癒着と進行する。一端凍結肩になると、効果的な治療に乏しいが、半年~2年の経過で自然回復するとされる。なお凍結肩の自然回復の機序についてはまだ不明な点が多い。

水色→生理的な関節液  オレンジ色→炎症  黒色→ 癒着


広義の五十肩症状は、疼痛と運動制限が2大症状となるが、痛みは関節包や筋腱の炎症による痛みに関係し、運動制限は関節包の癒着に関係するので、その症状の推移は二相性である。
凍結肩は、運動制限のある状態で、肩関節の自動ROMと他動ROMはともに制限を受ける。
ROM制限があることは凍結肩の必須条件だが、痛みはある場合とない場合がある。

 

痛みがあるケースでは、経過とともに痛みは減少するのが普通だが、いつまでも痛みが引かない例もある。このようなタイプは肩関節の可動域制限と疼痛のWパンチで非常に苦しむ。少しでも腕を動かすとズキンとする強い痛みである。この痛みは針灸での鎮痛させる程度を越えているように思える。おそらくこの病態は癒着性関節包炎に移行せず、肩峰下滑液包炎で留まっている状態であり、整形でもらう強力な痛み止めを使い、何とかこの病期を乗り越えるしかないようだ。
 
凍結肩になると、整形外科に通院するのが普通だが、保存療法で効果的な治療法があまりない。そこで患者は、何かよい治療はないものかと針灸院を訪問することも多い。
無論、針灸院でも特効的な治療があるわけでない。とはいえ、せっかく来院したのだから、少しでも改善できる治療を行ってみたいところだ。そうした意味で、次の方法は試みる価値がありそうだ。

 

2.凍結肩の針灸治療
 
1)「次どこ方式」の刺針
 
凍結肩は本質的には滑液包や関節包由来の痛みなので、直接的に働きかける針灸治療がない。ただ特定の筋に対する施術ではなく、「痛むので動かさない」ことで生じた浅層ファッシアの癒着に注目すると、「次どこ方式」が使えるだろう。
どこが痛むかを患者に指で示させ、そこに単刺する。疼痛部は施術するたびに大きく移動するので、次に今度はどこが痛むのかを再び患者に聴取、指で示すところにさらに単刺する。患者が痛む所を示せなくなるまでこのパターンを繰り返す。
「次どこ方式」は昔からある治療技法らしいが、このユーモラスな命名は、三島泰之著「身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊(2001年3月)で知った。


2)代田文誌の灸治療


私が代田文彦先生に、凍結肩治療はどうすべきかを質問をしたら、「親父(文誌)は肩関節をぐるりと回り込むように灸治療していた」と答えてくれた。これは灸点の一つ一つを局所治療点と捉えず、罹患部の一定範囲に対する治療効果を狙う。換言すれば灸による長期的刺激を前提として”場の改善”を狙ったものといえるだろう。


3)凍結肩の関節裂隙刺針


「痛みの針灸治療」医道の日本社刊(昭和49年1月)という本がある。これは当時我が国を代表する現代針灸派針灸師9名の共著で、五十肩の項は塩沢幸吉が担当している。塩沢は、五十肩の針灸治療をライフワークとしていた。何しろ今から50年前の本ということで、凍結肩や腱板炎も混同した内容なので病態把握に甘さがある。
しかし肩甲上腕関節関節裂隙刺針を紹介している。このくだりと引用してみる。
 
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯運動が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節口腔へ直接刺針する」 


 
 

医師による観血的治療で、凍結肩の関節包癒着に対し、硬くなった関節包をメスで切開する<肩関節関節包切開術>がある。この手術は通常全身麻酔下で行われ、入院を要する。これによりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。
 
これは根拠のある施術法になりそうだと思って、何例から凍結肩患者に肩甲上腕関節関節裂隙刺針を行ってみた。しかし0番や1番針でも骨膜に針先をぶつけると患者は非常に痛がり、十分な治療ができなかったせいか、治療効果もなかった。実際の臨床では実施困難な刺針技法なのかもしれない。


3.治療院内で実施したい肩ROM改善のための徒手矯正法
私が治療院内で行っている運動療法を示す。アイロン体操や棒体操など患者一人で自宅でもできるものは記さない。治療院で行うものは患者一人ではできず、施術者が関わることが必要になる。

1)華岡青洲の肩関節脱臼整復の応用


江戸時代の外科医、華岡青洲は朝鮮朝顔(=曼陀羅華(まんだらけ))と数種類の薬草を配合した飲薬として、全身麻酔薬「通仙散」(別名、麻沸散)を創出した。
これを患者に内服せしめ、1804年世界初の乳癌手術を行った。しかし青洲は通仙散の製造法を門徒にも伝えることはなく、彼の死後は製造できなくなった。

上図は青洲の肩関節脱臼整復の図である。凍結肩の関節腔拡大目的で行う場合、脱臼整復とは異なり、一気に力を入れるのではなくゆっくりと力を入れゆっくりと力を抜く。これを数回行う。術者が腰をかがめれば、患者の足は浮き上がる程度に強く牽引する。この整復は、肩関節が外転90°未満の場合では用いることができない。また治療者と患者間にあまりに身長差があっても実施が難しい。
  
  


②仰臥位での肩関節腔拡大手技

    
術者の片足先を患者の脇の下に挟み、術者は両手で患者の上肢を保持し、肩関節腔をゆっくりと引っぱる。徐々に引っぱり徐々に力を抜く。これを数回繰り返す。
引っ張る時には外旋運動を加える。


 

上図は、肩関節のモビリぜーション
他動的に関節を動かし、関節の柔軟性を高めるリハ手技)

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療技法

2024-07-28 | 肩関節痛

前回のブログでは「結髪・結帯制限の針灸治療理論」を解説した。 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/72356f24985fdae94cc1f9ac836d4583

今回は、効かせるための技法について説明する。針灸の技法は、施術者により異なり、どれか一つが正解ということはない。ここでは私の普段やっている方法を説明することになる。効かせるコツがあるとすれば、施術肢位が治療効果に関わることがあげられる。症状を出現する体位にさせ、痛む部位を患者自身の指頭で示させ、その点を刺激するということが大原則になる。肩甲骨や上背部など患者の指頭が届かない処は、術者が押圧し、きちんと圧痛硬結を探すことが重要である。次に重要となるのは、施術後に再び痛む動作をさせ、術前術後の症状の改善具合を聴取して治療効果を判定することが重要である。通常は改善することが多いが、それでも10が0となるほど著効することはめったにない。先の治療で残存する症状部位を指頭で押さえてもらうことが「二の矢」としての治療につながる。
本稿では、施術体位について詳しく説明している。これも治療効果と関係してくる。


1.結髪動作制限に対する治療点

1)肩甲下筋      
①肩甲下筋の過緊張
肩甲下筋:起始→肩甲下窩、停止→小結節 作用→上腕の内旋
肩甲下筋は肩腱板の中では唯一の内旋筋で、外転90°での内旋運動は手掌を相手に向けての敬礼動作となり、事実上の結髪動作動になる。肩甲下筋が過収縮していれば、内旋ができない。



②側臥位にて膏肓(肩甲下筋)水平刺 

膏肓(膀):Th4棘突起下外方3寸、肩甲骨内縁。菱形筋中にとる。
側臥位で、肩関節をやや外転させた状態で、膏肓を刺入点とし、肩甲棘基部(曲垣穴)に向けて、肩甲骨-肋骨間を3寸程度刺入すると肩甲下筋に入る。膏肓の肩甲骨内縁を刺入点とし、針先を上腕骨頭に向けて、肩甲骨と肋骨の間隙から刺入し、菱形筋→前鋸筋と貫き、肩甲下筋中に入れる。2寸以上刺入すると肩甲骨の裏に強く響く。これは肩甲下筋のトリガーポイントに当たったのだと考えている。この響きを気持ち良く感じる患者もいる。


 

③肩甲下筋刺激の増強法
うまく響かない場合、他動的にゆっくりと肩を外転させると運動針となり治療効果が増強する。

2)大円筋
①大円筋の過緊張
大円筋:起始→肩甲骨下角、停止→小結節稜 作用→上腕の内旋・内転
大円筋の過緊張は、肩関節の内旋時に大円筋が伸張されて痛み、結髪動作を困難にする。

大円筋が上腕を内旋させるのに対し、小円筋は上腕骨を外旋させる。したがって大円筋刺針(肩貞)は結髪制限に対して使用するのに対し、小円筋刺針(臑兪)は結帯制限に対して使用することが多い。肩貞と臑兪は肩甲骨外縁に並んでいるので、長針で透刺をするやり方もある。

※学校協会教科書では、肩貞は腋窩横紋の後端から上1寸に、臑兪は肩甲棘外端の下際陥凹部としている。本稿では肩貞を腋窩横紋の下で大円筋上にとり、臑兪を腋窩横紋下で小円筋上にとる。 
    

②肩貞刺針               
肩貞(小):腋窩横紋上端から上1寸。  大円筋中。
大円筋を伸張させながら、肩貞から大円筋に刺激を与える。
側臥位で肩甲骨外縁の大円筋起始部を圧迫しつつ触診し、圧痛硬結を発見、この圧痛が刺入点となり、肩甲骨外縁に向けて刺針する。


 

上図:大円筋起始は肩甲骨外縁にあるから、側臥位にてこのヘリを押圧して、グリグリした硬結を見出し、刺針する。

 

③大円筋刺針の増強法 立位にての大円筋トレッチ
 立位で結髪動作をさせ、健側の腕で患肢を引っ張ってさらに外転させる。この動作で肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。ヨガでの「ネコの背伸のポーズ」でも大円筋のストレッチとなる。

 

2.結帯動作制限に対する治療点

1)棘下筋
①棘下筋の過収縮    
棘下筋:起始→肩甲骨内縁  停止→上腕骨大結節  支配神経→肩甲上神経運動支配
結帯動作(肩関節の伸展+外転+内旋)制限では、内旋筋である大円筋と肩甲下筋の筋力が弱まって生じているのではなく、拮抗筋である外旋筋(=棘下筋と小円筋)が過収縮状態にあり、これが伸張を強いられて痛みと可動域制限が生じている状態である。

②天宗運動針 
天宗(小):肩甲棘中央と肩甲骨下角を結んで三等分し、上から 1/3の処。棘下筋中。
棘下筋のトリガーポイントは教科書的な天宗の位置に限らず、棘下窩のいろいろな部分に複数出現することがあるので、丹念に触診して圧痛を見出すこと。    
強度な結帯制限では圧痛は肩甲骨下角に近づき、結帯制限軽度な者は肩甲棘に近づくという研究報告がある。 

③棘下筋刺針の増強法
過緊張状態にある棘下筋を刺激して伸張させる。座位で天宗刺針したまま結帯動作をさせる。患側上のシムズ肢位で、患側手掌をベッドにぴたりとつけ、肘を90°屈曲位で天宗   圧痛点に刺入したまま、肘の円運動をさせる。棘下筋に響きを与える刺激量を患者自身が調節できるのがメリットである。我慢できる痛みの範囲内で10回~30回、回旋するよう指示する。

 

 

2)小円筋
 
①小円筋の過収縮     

起始→肩甲骨の後面外側縁上部の1/2 停止→上腕骨大結節陵   神経→腋窩神経運動支配
小円筋が過収縮すると、内旋制限が生じる。これを無理に伸張しようとすると結帯制限が生ずる。
 
②臑兪運動針

臑兪(小): 腋窩横紋後端の上方、肩甲棘外端の下際陥凹部で小円筋中。臑兪は側臥位にて肩甲骨外縁を刺入点とし、骨にぶつけるよう刺入する。要領は大円筋刺針と同じ。

③臑兪刺針の増強法
座位で両手を腰にあてる。その際、母指は背中側に向ける。肘を手前に動かして、左右の肘頭を近づけ動作(肩関節内旋動作)を指示する。この時小円筋は伸張される。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結を診る。圧痛ある臑兪から小円筋に刺入。上記動作を側臥位で実施。患側の腰に手をあて、肩関節45°外転位とする。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結に対して刺針する。刺針したまま、患者の両肘を近づけるよう前方に動かすことで運動針となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩関節痛に対する「条口から承山への透刺」の適応 ver.1.4

2024-07-27 | 肩関節痛

1.五十肩に対する条口から承山への透刺の方法 

この刺針法は中国の清代以降に発見されたらしいが、わが国では1970年以降に、中国からの情報として知られるようになった。五十肩に対して健側の条口から承山に透刺(2穴を貫く)する方法で、条山穴と略称される。実際に2穴を貫くには5~6寸もの長針が必要である。


肩関節痛患者に対し、仰臥位または椅座位にさせて、4~10番相当の針を用い、健側の条口(足三里から下5寸、前脛骨筋中)から深刺する。そして針を上下に動かしながら、肩関節部の自動外転運動を行わせると、肩関節周囲への施術だけでは改善できなかった肩可動域制限も、半数程度の患者では可動域増大すことを経験する。なお元々は健側刺激となっているが、患側治療でも大差ない効果となる。しかし持続効果は短いのが欠点である。健側の下肢を刺激することが原法であるが、試しに患側を刺激してみたこともあったが、治療効果に大差なかった。


2.奏功要因

なぜ条山穴は、肩関節痛に効果があるかに解答することは困難だが、どういうタイプの肩痛に適応となるかを、台湾の中医師である陳潮宗氏は次のように報告した。

陳医師は、発症後1ヶ月以上を経過した者で、外転角100°未満、外旋45°未満、内旋45°未満であった14例の五十肩患者に条口-承山透刺を行った。その結果、肩甲上腕関節の外転可動域は、ほとんど改善しない(平均1.7°)が、肩甲胸郭関節の上方回旋可動域が改善(平均6.7°)したと発表した。(條口透承山穴治療五十肩、中国中医臨床医学雑誌 1993.12)
陳医師の治療成績が、あまり芳しくないのは、凍結肩状態にある患者を選んだためだろうが、結果的にこの結果が本研究の信憑性を増している。結局、条山穴透刺は、肩甲上腕関節の動きではなく、肩甲胸郭関節の動きに効果がるようた。

五十肩で上腕が十分には外転できないのは、肩関節包の癒着の問題を別にすれば、筋緊張が強すぎて短縮状態にある筋を、無理して伸張させようとした状態である。それは肩甲上腕関節の主要外転筋である棘上筋と三角筋中部線維と、肩甲骨上方回旋の主動作筋である肩甲下筋と大円筋である。このたび条山穴刺針が肩甲骨の可動性を改善した結果、肩の外転可動性が増すことが判明したので。条山穴刺針は肩甲下筋刺針や大円筋刺針と同じような作用をすると思われた。  

条山穴透刺が、肩甲胸郭関節の緊張がゆるんで、外転時の肩甲骨上方回旋角が増大するという。凍結肩での外転障害は、肩甲上腕関節の大幅な可動性低下であっても、肩甲骨上方回旋運動性が良好ならば、強い凍結肩であっても、外転30°はできるから、箸をもって食事したり、トイレで尻を拭いたりはできるだろう。この時肩甲上腕リズムは、正常では、肩甲上腕関節:肩甲骨上方回旋=2:1だは、3:1とか5:1となるだろう。
一方高齢者では、肩甲上腕関節の可動性よりも肩甲骨上方回旋可動性が低下することが知られており、肩甲上腕リズムは1:1とかになるだろう。おそらく本来はこのような病態に対する治療として条山穴透刺が適するのではないかと思えた。

 

3.条山穴刺針の治効理由

条山穴を透刺するには6寸針もの長針が必要である。これは長すぎるので、筆者は条口から1寸、承山から1寸刺入を続けて刺入することにしたが、塗料効果はそれなりにあるようだった。さらに省略する者もいて、条口一穴から2寸ほど刺入しても、一定の効果は得られるようだ。条口から浅刺直刺して、
下腿三頭筋を刺激するのではなく、その深部にある後脛骨筋への刺針が必要な気がする。きちんと断言するためには、症例を多数こなして感触をつかむほかない。

陳潮宗氏の研究結果のように、条山穴刺針がもし肩甲胸郭関節の可動域を増すことが目的ならば、肩関節に関係する經絡走行という観点では、条口よりも承山刺激の方が重要となるだろう。承山と肩関節は、陽蹻脈で連絡しており、アナトミートレインでの浅層バックラインでも連絡している。

 

朝目覚めて、思わず背伸びする時、体幹から下肢は弓成りに反らし、両腕はバンザイするよう挙上させる体位となるが、このような原始的姿勢反射も、上腕挙上と下腿筋の収縮が関係していることが推察できるからである。


4.症例:凍結肩患者に対する承山運動針の効果

現在通院中の右凍結肩患者(55際、女性)に対し、椅坐位で患側の承山に2寸#4で2㎝刺入し、肩関節外転運動を実施すると70°→75°となった。抜針せずに条口から2寸#4で2㎝刺入すると、外転運動を実施すると75°→80°程度となった。承山穴刺針と条口穴刺針の凍結肩に対する優劣は不明であるが、ともに同程度の効果をみた。その後、患側上にした側臥位で承山と条口個々に刺針してみたが、体位が悪いのか、すでに坐位で一度肩関節周囲がゆるんだ直後だったのか、ともにそれ以上に改善効果は得られなかった。条口→承山への透刺を行うことは実際的な治療として無理な話だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療理論

2024-07-27 | 肩関節痛

1.結髪制限・結帯制限の運動分析

結髪制限とは、肩関節の屈曲+外転+外旋の複合動作であり、結帯制限とは、伸展+外転+内旋の複合動作でありともに肩関節障害での代表的なADL制限である。
凍結肩を別とすれば、肩関節障害は、結髪・結帯制限複数の関節運動の主動作筋とくに肩腱板の障害によって起こるとしてよいだろう。下表×印は緊張状態にある筋という意味で、これを引き伸ばそうとする動作で痛みと運動制限を生ずる。結髪・結帯を構成する3方向の運動うち、障害動作に関わるのは、外旋・内旋制限の関与が最も強いとみなすことにして、分析を先行させてみた。  

       
 

なお外転制限×は、棘上筋腱に続く肩腱板部、および三角筋停止部の筋腱付着部症によるものであり、結髪・結帯動作制限の原因である過収縮筋の過緊張とは病態が異なる。なお外転制限についても触れているが外転制限については、下のブログで説明した。

肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

 

 

2.結髪・結帯制限にかかわる筋

上表では、結髪制限に強く関与するのは内旋筋である大円筋と肩甲下筋であり、結帯制限に強く関与するのは外旋筋である小円筋と棘下筋であることを示している。これを断面図として表現すれば次の図と表を得ることができる。     

     
     
     
 外旋内旋の各2筋(計4筋)は、どの筋も起始を肩甲骨に、停止を上腕骨頭としている。
内旋筋は結髪制限に関与する筋で、大円筋(肩貞)と肩甲下筋(膏肓で肩甲骨-肋骨間に水平刺)になる。外旋筋は結帯制限に関与する筋で、小円筋(臑兪)と棘下筋(天宗)を結んでいる。
結帯・結髪制限では( )内で示した治療穴を使うのだが、これをどのように刺激するかは技術の問題になるので、稿を改めてブログにて記すことにする。


3.いろいろな運動制限

 
1)結髪・結帯制限の合併ケース


これまで結髪制限・結帯制限を個別にみてきた。その病態生理は「過収縮している筋を結髪や結帯動作で伸張させる際の痛みと可動域制限」と単純化して考察してきたが、伸張痛ばかりでなく、過収縮時痛もあるだろう。
もし過収縮時痛であれば、結髪動作制限時に使用することになる肩貞や膏肓水平刺は、結帯動作制限での治療穴になる。実際の病態は、過収縮時痛と伸張痛が混在することが多いと考えるので、上述した肩貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴を同時に使用して運動針(運動制限のある動作を行わせる)のが実用となるだろう。
 
2)外転制限の治療

   
結髪動作(屈曲+外転+外旋)と結帯動作(伸展+外転+内旋)には、どちらも外転動 作が含まれているから、外旋と内旋治療とは別に、外転制限に対する治療を併用した方が  効果的かもしれない。

筆者は以前のブログ(肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0)で外転制限には、座位で腰に手をあてた肢位させ、肩髃から3㎝以上水平刺(床と平行に)するとよいことを説明した(他に3寸針を使って肩井から上腕骨頭大結節方向に深刺斜刺しても効果的だが難易度が高い)。
  

したがって、どのような腱腱板症状に対しても、前述した貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴に、肩髃を加えて常用5穴とすることが実戦的な治療になると思われた。

 

 


肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

2024-07-26 | 肩関節痛

1.肩関節の外転運動の機序

 

①肩甲上腕関節において、凸面である上腕骨と比較して凹面である肩甲骨関節窩は比較的広い。これにより上腕骨頭が上下に辷る仕組みがある。
②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。固定させる役割は肩腱板(とくに棘上筋部)が担当する。回転軸を固定した後に、三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。③
③上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上の外転では、上腕骨大結節が肩峰に衝突するのでできない。
④上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度できるようになる。

2.棘上筋の退行変性の病態生理 

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 
上述したように上腕を外転させる機能があるのは三角筋中部線維と棘上筋である。この両者では、圧倒的に棘上筋と棘上筋につづく腱板部分が脆弱である。この部分は肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。現在でも筋腱付着部症(エンテソパチー enthesopathy)とよばれる病態の一タイプになる。 

筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。病態としては腱炎そのものである。

肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

3.肩関節外転制限の針灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、本稿ではこの部に肩髃をとる。座位で患側の腕を自分の腰にあてがい、肩関節45度外転位とする。肩髃(大結節と肩峰間)を刺入点に刺針点とし、床に平衡に3㎝程度刺入すると、針先が棘上筋腱の虚血好発部(カリエのいう危険区域)に達する。
この肢位で刺針する理由は、肩を外転すると肩腱板の筋収縮により上腕骨頭が降下して肩関節腔が開き、刺入しやすくなるためである。以前筆者は、後述する<肩井の斜刺>に比べて効果が少ないと考えていたが、3㎝以上刺入(したがって寸6ではなく2寸針を使用)することで、治療効果を得ることが
できた。以前の2㎝程度の深さの針では針先が危険区域に達しなかったらしい。

     
 

2)肩井から棘上筋腱への刺針

肩井から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入るが、これでは治療効果が得られない。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、肩井から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させるのがよい。側臥位または座位で行う。僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせる。この施術は3寸針を使った斜刺になる。治療効果は高い、強刺激になりやすいという欠点がある。なお本法では患者自身の手を腰に当てさせる必要はない。

 

 

 

 

3)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人や美容師などなど腕を長時間上げて作業することの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎(エンテソパチー)を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことも多い。前述の肩腱板の障害では「肩を上げる際の痛み」になるのに対し、三角筋の障害では、肩を上げ続ける肢位できない」というようになる。

本症も三角筋停止部の筋腱付着部症(=エンテソパチー)である。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。
臂臑(大腸):上腕骨外側の上(肩髃)から曲池に向かう線で上1/3。三角筋停止部。

「腕を長くは上げていられない」という特徴的な訴えになる。「鍼灸治療は痛む姿勢にして、痛む処を施術すればよい」というのが治療の定石なので、本例も施術体位に一工夫する。患者を椅子に座らせ、患側肩が正面にくるよう患者と直角位置に術者も座る。患者の患肢を術者の肩井あたりに載せる。この姿勢で腕を上げるよう指示し、術者はその腕を抑えることで。三角筋の等尺性収縮となり、その時生ずる運動痛(=圧痛点)である臑兪を施術するのがよい。

 

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なる)

肩前(新穴)
上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。実際には上腕二頭筋長頭腱々炎はまれな疾患であり、肩前に圧痛が現れることは少ない。すなわち実際に肩前穴に治療点を求める機会はマレである。

肩髃(大腸)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。

肩髃穴は棘上筋腱が大結節に起始する部位なので、臨床で使う機会は非常に多い。

肩髎(三焦)
教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。本穴は治療穴としての使用意図が不明であり、実際に使用する機会は少ない。

 




膝関節痛の部位別針灸治療と考察のまとめ ver.1.6

2024-07-05 | 膝痛

私の膝関節治療の方法は、現在ではi以下の 1~4 のように場合分けされシンプルになってきた。これまでブログで発表してきたことなのだが、個々の技術の誕生には時間差が相当あるので、まとめて紹介することはできなかった。以上に加え近頃、膝蓋骨両縁(内膝蓋、外膝蓋)の痛みを訴える患者に対して効果的な方法を発見したので、5・6の項を追加し併せて説明する。

同種の内容に、筆者が3年前に発表した「膝OAに対する鍼灸治療 Ver.2.0」がある。これも併せてご覧いただきたい。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/870c279ba4b953cc9c8193fa0b273992

 

1.鶴頂の圧痛(+)時     <大腿直筋停止部症>

診察:膝蓋骨あたりに痛みを訴えた場合、仰臥位で膝を立てた状態で、膝蓋骨上縁(鶴頂穴)をさぐってみる。
治療:強い圧痛があれば、この姿勢で鶴頂に速刺速抜+施灸する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:大腿直筋の膝蓋骨停止部の筋膜症が、膝蓋骨前面の痛みを感じている。大腿直筋をできるだけ伸張させた体位で、その圧痛ある停止を刺激することで、大腿直筋が緩む。この治療機序は、生理学的にⅠb抑制を利用している。

 


2.内膝眼、外膝眼の圧痛(+)時   <膝関節包過敏>

診察:膝蓋骨下縁と脛骨がつくる左右の陥凹(内、外膝眼穴)を、押圧して痛む場合。
治療:立位にして圧痛ある内外膝蓋に直刺し、膝関節包を刺激。速刺速抜する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:内、外膝眼の直下には筋組織がない。直刺すると、皮膚→膝蓋下脂肪体→膝関節関節包と入る。しかしながら仰臥位で内、外膝眼に刺入しても針響はあまり起きない。というのは仰臥位では膝関節包はゆるんだ状態にあるため。立位にすると上体を支持しようとして四頭筋は収縮し、膝蓋骨が上に移動する。この時膝関節包も緊張する。
この状態で内外膝蓋に刺入すると、膝関節の奥に響くようになり、再現痛が得られ治療効果があかる。

 

3.鵞足の圧痛(+)時  <鵞足炎>

診察:仰臥位で鵞足部をつまんで(撮診して)、明瞭な撮痛がある場合
治療:撮痛点数カ所に印をつけ、この部に円皮針数カ所を置く
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。歩こうとすると鵞足が痛くて、実際には歩けない者であっても、治療直後から歩行可能になることもある。

アセスメント:鵞足部皮膚を走行するのは伏在神経(大腿神経の分枝で皮膚を知覚支配)で、この皮膚の痛みが症状をもたらしている。皮膚の痛みの有無は、押圧するより撮診するほうが把握できる。また皮膚の痛みなので、灸刺激または皮内針・円皮針の方が適している。


①エピソード紹介
私が日産玉川病院東洋医学内科研修生であまり臨床経験がなかった頃。同期M・Y君がいた。M・Y君はある日往診を依頼され、患者宅に行った。「立ち上がり際、膝の内側が痛く、動けない」という。鵞足炎と診断し、とりあえず圧痛ある鵞足部に皮内針をしてみたところ、患者は痛みなく立ち上がり、歩けるようなったので、他に何もせず帰ってきた」と私に自慢した。それ以来、鵞足炎には皮膚刺激というイメージができあがった。あれから約30年後、私の処にも膝痛で歩けないという往診依頼の電話がきた。高齢女性の患者宅に行き、診ると鵞足炎たっだ。皮内針治療を行い、症状は大幅に軽減した。

 

柏原修一氏による追試報告 
鵞足炎の痛みに対してパイオネックス貼付が著効した例(60才、男) 

現病歴:1週間前の作業中、転落防止用ハーネスにて右膝を強打。直後から立ち上がり動作で右膝内側に発痛。整外未受診。
所見:内出血、発赤、熱感、腫脹なし。右鵞足部、右内膝蓋部、右内側広筋筋腹部に圧痛あり。
治療:立位にて右鵞足部を擦診。発痛部にパイオネクス0.6mm貼付。同じく立位にて右内膝蓋及び内側広筋筋腹部に寸6-3にて単刺、得気。
効果確認:ベッドからの立ち上がり動作および歩行にて痛みが顕著に改善していることを確認し、治療終了。
所感:私は従来は経筋療法にて足趾の当該経絡の圧痛個所に皮内鍼を貼付する方法でそれなりの効果をあげておりましたが、今回先生の方法で顕著な直後効果を確認することができましたので、今後とも是非活用させていただたいと思います。

 

4.委中の圧痛(+)時  <膝窩筋腱炎>

診察:膝裏部中央が痛む者に対し、膝関節90度屈曲位にして膝窩(委中穴)あたりを深々と押圧した際、委中付近に2~3カ所膝窩筋の硬結があり、硬結を押圧すると非常に痛がる。これをもって膝窩筋腱炎と判断する。
治療:膝関節90度位(四つん這い、または膝立ち)にし、圧痛ある委中あたりの膝窩筋の硬結数カ所に刺針。速刺速抜。(体位的に不安定なので置針は難しい)
伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じになり、筋緊張部に刺入したという感触は得られず、当然治療効果もない。要するに膝窩筋を収縮させた体位で見いだした圧痛硬結に刺入すべきである。
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:膝窩筋の機能は、膝関節完全伸展位(体重は骨で支持しているので、筋への負荷は少ない)から膝屈曲動作へチェンジする際のスターターである。もし膝窩筋が存在しなかったらスムーズにひざが曲がり始めないので歩行動作はギクシャクしたものになる。膝窩筋が緊張した結果、膝の完全伸展しづらくなり、立位を保つために四頭筋の緊張を強いられることになろう。逆に四頭筋が過緊張状態にあれば、代償的に膝窩筋も筋腸することになる。

 


5.膝蓋骨内縁の圧痛(+)時 <内側広筋付着部症>

1)出端氏の考えた大腿膝蓋関節裂隙刺針<内膝蓋、外膝蓋>

※30年ほど前、出端昭男氏が「診察法と治療法」という本を医道の日本社から出版した。これは現代医学をあまり勉強してこなかった鍼灸師向けに書かれたようであって、初学者が独習するには適した本だった。しかし当時の本にありがちだか、本書にも取穴根拠には触れていなかった。すなわち疾患ごとの整形外科的病態生理の紹介の後、いきなりどこそこに鍼灸治療をするという結論を示すものだった。この膝蓋骨内縁の圧痛部への刺針は、<大腿膝蓋関節の間隙に入れるように刺針する。ただし直刺すると骨にぶつかるので、斜刺するようにする>と書いてあった。確かに、膝蓋骨の裏面は隆起しているので、直刺するとすぐに骨にぶつかるので斜刺するように書かれている。  
 内膝蓋圧痛(+)で大腿骨圧迫テスト(+)の者に対し、大腿膝蓋関節内へ斜刺を試みてみたが、効いた感触が得られなかった。

内・外膝蓋の圧痛出現理由は、大腿膝蓋関節症ということらしいが、膝蓋骨圧迫テスト時の痛みは、関節包を刺激しているわけではないので、これは筋性の痛みだろう。

 

 

2)外膝蓋、内膝蓋の圧痛は、外側広筋、内側広筋の付着部痛か

膝蓋骨圧迫テストでは大腿膝蓋関節の状態をみるが、ガリガリとした術者の指に伝わる感覚は、大腿膝蓋関節の不適合を意味するが、圧痛は四頭筋の伸張痛由来だろう。

大腿四頭筋の膝蓋骨停止部は、膝蓋骨直上にある。では内側広筋・外側広筋の膝蓋骨停止部はどこになるだろうか。以前私は下血海・下梁丘だと考えていたが、そうではなく、内膝蓋・外膝蓋ではないかと考えるようになった。

内膝蓋や外膝蓋の圧痛点を術者が強圧した状態で、膝関節の自動運動を10回程度で行わせる。その後立たせ、治療前の痛みとの違いを比較させる。軽くなっていれば、強圧した部に運動針を実施。変化ないようであれば、内側広筋上の別の圧痛を見出し、同様の施術を実施。

あるいは直接、仰臥位で膝を伸ばした肢位で、内膝蓋または外膝蓋に刺針。そのまま膝をゆっくり屈曲させると、内側広筋と外側広筋が伸張されるので、運動針効果が併用され効果が増強される。


3)内膝蓋、外膝蓋刺針の奏功アセスメント

内側広筋の部分的筋緊張により、内側広筋が短縮して膝蓋骨内側縁を引っぱり上げた状態。これにより膝蓋骨の位置がずれ、大腿膝蓋関節の不適合に発展した。治療により、その逆の機序が働き、大腿膝蓋関節が適合するまでになったと推察した。外膝蓋の圧痛の場合も、これと同じ考えになる。

 

4.内側広筋、外側広筋のトリガー活性による放散痛

上のトラベルの図によれば、外膝蓋~下梁丘にある外側広筋上のトリガー活性化すると、大腿前外側から大腿外側にかけて広範な痛みが出現するよう示されている。


鍼灸師K.E氏は、ネット上で外側側副靱帯損傷に対し腸脛靱帯への運動針が効果あったと書いていた。腸脛靱帯は靱帯であり筋ではないので、トリガーは発生しないだろう。ただし腸脛靱帯の両サイドは外側広筋になるので、外側広筋に生じたトリガーが鎮静化できれば、外側側副靱帯あたりの放散痛は改善するだろう。しかしながら外側側副靱帯損傷という病態が存在しているのならば、放散痛軽減させただけでは、すぐに症状再発することだろう。